第二十三話 大規模移送作戦 移送艦隊編
「順調だな」
誰に伝えるわけでもない独り言を漏らし、カステレードは手元のレーダーへ視線を落とす。円形上の範囲円に敵影の姿はなく、艦隊は想定していたよりもかなり順調に進行していた。
クレリーを筆頭にした空兵たちの間にも、かれこれ四時間になる安定した飛行に比較的穏やかな空気が流れている。
エルネスト達は、空母内の中会議室で待機中だと報告が入っていたのでそちらも大きな問題はないだろう。
「シェダルシャより各艦。ブロックⅡ 空路クリア。護衛機とともに哨戒を継続する」
無線からは逐一早期警戒機からの報告が流れている。もう何度了解と報告し返しただろうか。確かに紗代の移送は重要であるが定期報告の頻度が通常の三倍とあってはさすがのカステレードでも気が滅入る。
報告など最悪なにか異常があったときのみでもかまわないのだが、折角の”新兵器の試験兼実働哨戒”だ。データを多くとりたい技術部の気持ちもわかる。
「セトルエット、了解。アウト」
「……それにしても技術部はよくやりますね。三万メートルからの長距離哨戒とは」
クレリーは、ため息をこらえ何度繰り返したのかも覚えていない報告を済ませたカステレードへ手元の資料を突き出した。
十二時間強の高度三万メートルからの逐次哨戒。一体何をどうしたらそんなことが可能になるのか。王国の技術部には驚かされる。
護衛の戦闘機しかり、早期警戒機しかり、最高のパフォーマンスを発揮したい場合、本来の航空機であれば高度二万が限度であろうといわれていた。
原因として、高度が上がれば上がるほど吸引できる魔法エネルギー量は少なくなることが影響している。吸引量が減れば、飛行自体の精度が危ぶまれる可能性があり、各操作にも影響がでてくる。
では対策はないのかといえば、ないわけではない。最初から圧縮した魔法エネルギーを機体に積みこむというのも手ではあるが、これでは航続距離は伸ばせないし、高高度となると空気抵抗を使う方向舵の類も効果が薄くなるため、圧縮空気や方向転換自体も魔法エネルギーでまかなう必要が出てきてしまう。
それではあまりに効率が悪いということで生まれたのが、今三万メートルで早期警戒機の護衛をしている最新鋭の戦闘機だ。
技術については極秘ということで詳細は聞かされていないが、この技術は今後の航空戦を大きく変えるものになることは間違いない。
さらに早期警戒機についても、高度の上昇とともに大幅な航続距離の上昇により、哨戒性能は爆発的に良くなった。優れた警戒監視能力は随行する艦隊に多大な影響を及ぼすだろう。
これまでの想定を大幅に上回る性能が及ぼす影響は計り知れない。
直接的な戦争を目的としていない抑止力などのための軍事強化で、相手よりも高度な技術を手に入れることがどれほど有益な事かは言うまでもない。
「魔法エネルギーがすごいのか、技術部がすごいのか」
「どちらにせよこの性能上昇はおかしいと思いませんか? 航続可能時間なんて、一世代前の二.五倍ですよ。護衛の交代理由が機体関係じゃなくて人間のほうなんですから」
クレリーの疑念はカステレードも感じている。このタイミングでの大幅な技術の向上については上層部でも噂になっていた。
確かに。技術の上昇とは、王国にとってはすばらしい事であろう。事実上戦争がなくなったとはいえ、大国、小国関係なく軍事力の保有、増強は強制外交や抑止力を維持するために必要なことだ。
さらに最近では、天使の憐憫などの過激派組織の登場もあり、侵略等に抵抗するためにも、軍事力の増強と技術の向上は必要な事であろう。
しかし、あまりに突飛な上昇は逆に不信感を抱かせてしまう要因にもなる。その値が数倍ともなれば、そこに何かあるのではないかと感じるのも無理はない。
さらに技術部は今回用いられた技術について、導入した部隊へも詳細を明かしていない。本来であればそのような事態はありえないのだが、 (※フィルバート王国の場合) 一体何をそこまでひた隠すのか是非とも聞いてみたいものだ。
が、私たちはあくまで実働部隊。後方組にどんな思想があれ、命令通りに動くのみだ。
「私たちには関係のない話さ」
「むう、そうですね。ここでいくら言い合ったとて事態は変わりません」
相変わらず不信感を否めない様子のクレリーへ仕事に戻れと促し、改めて手元の資料に視線を落とす。
「……匂うな」
そのつぶやきは誰の耳に届くわけでもなく消えていった。
飛行開始から六時間。王国領「レヴェラルウッド上空」。
レヴェラルウッド。王国領の中央部と東部を分断するように雑木林が点在している領空に差し掛かり、セトルエットのブリッジ内には緊迫した雰囲気に包まれる。
この領域は地形的にも魔導兵器的にも最悪の環境であり、本移送作戦において最も注意の払われる個所だ。
雑木林が発する高濃度の魔法エネルギーの分布を常に把握しておく必要があり、それに加えて、空域を支配しているドラゴンという化け物に警戒しなければならない。ここではそれまで耳障りに感じていた早期警戒機の定期報告が非常にありがたい。
「今のところ敵影はなし……か」
「そうですね。しかし、いつどこから現れるかわかりません」
ブリッジ内でレーダーへ視線を落とすカステレードとクレリーの間にも緊張が走る。
彼らの視線の先、レーダーには早期警戒機からの情報が常に更新され表示されている。もし友軍以外の影が映った場合、甲板でスクランブル(緊急発進)の準備を整えた迎撃機が敵の撃墜のため発艦する。
準備は万端だった。いつどこから敵の攻撃があろうと、これだけの準備と機材を整え敵を理解した上での迎撃戦だ。たとえ相手が空域の支配者であろうと後れを取ることはないと、この時はまだ誰もがそう思っていた。
セトルエット空母機動艦隊。輸送護衛艦「レグナード」。
レヴェラルウッドの上空に差し掛かり、輸送護衛艦であるレグナードにも警戒監視令が発動され、空兵たちは慌ただしく右往左往していた。
輸送護衛艦という名称からも推奨できるように、この艦は護衛艦でありながら輸送用の貨物室が備え付けられている。大規模移送作戦に伴って、前線基地の物資だけでは到底補えない不足分の物資の一部を詰め込んだ輸送護衛艦は至って順調に空路を飛行していた。
「……ん?」
そんな輸送護衛艦のブリッジ内に設置されたモニターに、警告を表す赤い点が現れた。
「貨物室に異常? 詳細は?」
「警報四。魔法エネルギーを感知したと」
艦長の問いに答えた空兵は怪訝そうにモニターを睨みつけると無線を引っ張り上げる。
「ブリッジより警備兵。第一貨物室で異常を感知。状況確認を」
「了解。確認する」
無線に答えた警備兵が貨物室へ到着するのを待ちながら、艦長はセトルエットへ通達すべく空兵から無線を受け取った……その時だった。
「――!」
「うわ!?」
突如、輸送護衛艦を強い衝撃が襲う。まるで艦の内部に物凄い力で何かをたたきつけたかのような、凄まじい衝撃にブリッジ内の空兵達が吹き飛ばされる。
「なっ、なんだ!? 何があった!」
「なっ、な、なんてこった」
予期せぬ事態に困惑する艦長の問いに答えたのは、無線から漏れた警備兵だ。その音色は絶望に染まり、若干の震えを含んでいる。間違いなく貨物室で何かがあったのだ。
「おい警備兵! 何があった! 報告しろ!」
「こっ、これは、転移術式だ」
「はあ?」
警備兵の予期せぬ回答に艦長は素っ頓狂な声を上げると、モニターへ駆け寄り映像を切り替える。警備兵が取り付けている小型カメラの映像を映し出すと、そこには信じられない光景が広がっていた。
あの貨物だ。輸送小隊が消えて積み込みの遅れていた回復系のアイテムの山。そこからの現れた大型の……かなりでかい多重層魔法円を前に、警備兵たちがたじろいでいる。
術式自体はいたってシンプルだ。警備兵の言う通り、間違いなく転移術式だ。
「なんてことだ……」
艦長には状況がすぐに理解できた。偽装されたアイテムに紛れ込んだ集結展開術式だ。回復系のアイテムのカプセルや液体そのものに術式を細切れにして紛れ込ませ、時間なり場所なり、何かしらのカギに触れた瞬間自動的に”一つになり”発動する超高レベルの魔法術式。
この術式の厄介なところは術式を細かく分断し、他の要因に紛れ込ませることが可能なところだ。これにより検査で感知されにくい。
回復系のアイテムは元の魔力指数が高いこともあり、細切れにされた転移術式よりも元となる回復系のアイテムのエネルギーを検知してしまう。まさに検知不能の最高の不意打ち術式だ。
だが、この集結転移術式は超高レベルの術式だ。この世界でこの術式を発動できる人間は五本の指に入るほどの魔法使いであることは間違いない。
そんな攻撃を想定しているはずもない輸送護衛艦のブリッジ内には混乱に包まれた。
「レグナードよりセトルエット! 応答を……」
「…………!」
セトルエットへの緊急無線を行おうとした艦長をはじめとした空兵の動きが止まる。
付けたままとなっていた警備兵の無線から聞こえた低く轟くうなり声は、人間を黙らせるのには十分な要素となった。
「……!」
無音となったブリッジに何かが割れるような音が響く。ガラスにひびを入れた時のような、透き通った破壊音。それを合図に魔法円が赤く輝いた。
これまで何度も似たような光景を見てきた。術式が展開したのだ。
「ひっ」
情けのない悲鳴を上げた警備隊の目の前で、そいつは静かに現れた。
何人の獲物を切り殺してきたかぎ爪と、人間の体躯ほどもある剛腕は白銀に染まり、どのような攻撃をも打ち返す鉄壁のうろこに覆われていた。
やつが姿を現すごとに輸送艦全体が悲鳴をあげる。かぎ爪が他の貨物を薙ぎ払い、貨物室には到底収まりきらないであろう巨体が姿を現した。
「そっ、そんな」
手にしていた無線機が手から滑り落ちる。
信じられない。なぜ、これほどの化け物が魔法円から出現したのか、艦長にはわからない。
「白竜……」
白竜。空域を支配するドラゴンの中で、最も上位の存在であり最も強力な種族。そんな化け物が貨物室に現れたのだ。
「退却! 退却しろおおお!」
警備兵の一人が叫ぶ。それを機に、絶句する警備兵たちが一斉に走り出す。
数でどうにかなる相手ではない。白竜の戦闘能力は現在に至るもほとんどが不明だが、現状の兵士たちだけではどうにもならないことは一目瞭然だ。
そんな兵士たちを前に、白竜は大きく口を開くとその咥内へエネルギーを集積させる。
まずい。艦長の戦慄は他の空兵にも伝わっただろう。これは……その一撃を何の防壁もなく受けるのは。
「貨物室の位置は!!」
艦長の罵声に空兵はモニターを手繰り寄せると小さくつぶやいた。
「……魔導動力部の真上です」
「なっ」
再度貨物室での異常を知らせる警報が鳴り響く。
「警報……五だと」
警報五。魔法攻撃を感知した際の警告だ。
「やっ、やめろおおおおおおおおおお!!」
艦長の叫びが白竜に届くわけもなく白竜はエネルギー砲をぶっ放す。圧縮されたエネルギーがレーザーのように上下左右、あらゆる空間を蹂躙する。
「ぎゃあああああああ!」
巻き込まれた空兵や警備兵たちの断末魔が響き渡る。
「艦長! 動力部に損傷!!」
「全員退却……」
艦長の命令は爆発音にかき消された。




