第二十一話 大規模移送作戦
「次にこれからの日程ですが、本艦隊は間もなく中央飛行場から離陸し、目的地であるゲレンダル前線基地まで飛行。日が昇るのを待ち、その後はすでに前線基地で待機中の陸軍一個旅団と合流。密林地帯であるルベークを抜け白妙の塔へ紗代様を移送します」
クレリーは大雑把にこれからの計画を説明するとこちらに視線を送る。質問があれば言えということなのだろう。
「なぜ艦隊は離陸しないんだ?」
口を開いたのはエルネストだ。本人のお気に入りである手元の懐中時計に視線を落としながらの単調な問いに、クレリーはばつが悪そうな表情になる。
確かに、当初の予定では我々が合流し、乗艦したのを確認したのち直ぐに離陸することになってたのだが一向に離陸する気配がない。
「ああ……それについてはちょっとした事故があってね」
「事故?」
カステレードの回答にエルネストが首をかしげる。
「輸送小隊が渋滞につかまっちゃってね。護衛艦に積み込む予定だった物資の到着が大幅に遅れたのだよ。すでに到着して積み込んでるところだからもうじき離陸になるかな」
「あらま……」
カステレードは特段怒るようなこともなく笑っているが、エルネストの反応からも想像がつくように、輸送担当の兵士達は顔面蒼白だろう。遅延の理由が襲撃でも車両トラブルでもなく渋滞とあっては、上層部にどう説明をすることになるか、想像するだけでも恐ろしい。
「私からも一ついいですか?」
せっかくなので俺も気になっていることを聞いてみる。こういう場での遠慮は厳禁だ。
「ああ、どうぞ」
「離陸してから到着までの時間はどうなりますか?」
クレリーからの承諾を受け、俺は当たり障りのない問いを投げかける。長旅になることはわかっているが、細かな計画等を立てる際には詳細な時間把握が役に立つ。という理由で大まかにでいいので目安を知っておきたかった。
「離陸してから前線基地まではおよそ十三時間。到着後は日が昇るのを待ち、朝一の出発で前線基地から塔まで陸路で四時間というところでしょう」
十三時間の空の旅。この星の一日は、地球と同じ二十四時間なので前線基地に到着する頃には日が暮れているわけだ。
「しかし、一点。注意しておかなければなりません」
クレリーは手にしていた筆ペンらしき筆記具を置くと、カステレードのほうへ視線を移す。
二人の様子からも次の報告が我々にとって芳しくないことを物語っていた。先ほどまでの雰囲気とは打って変る、重い雰囲気がブリッジ内を支配する。
「今回の艦隊による移送作戦は高確率で襲撃されることが予想されています」
「はい? 襲撃って、この艦隊をですか!?」
クレリーの発したまさかの報告に声を荒げたのは、今まで無言で報告を聞いていたリオレだ。
「まさか、そんな馬鹿なやつがいるとは思えないな」
これにはエルネストも驚いたようで、リオレと同じく信じられないといった様子だ。
確かに、今回の艦隊の報告書には目を通したが、この艦隊の戦力値を考えても艦隊を襲撃してくるような輩がいるとは思えない。最新なのは各艦の外見や飛行速度などの性能だけではない。兵器やレーダーなどといった戦闘能力や、対空戦闘専門の艦載機も全て次世代型に変更されている。
この艦隊を襲撃することに対するメリットなど、何一つないような気がするが。
「人間なら……そんな非効率的な攻撃はしないってことだろう?」
「……なるほど」
ヴェルフィアの回りくどい言い方に、エルネストとリオレは納得したらしい。
「ええ、今回ばかりは艦隊の規模が裏目に出そうなのです」
クレリーは地図に赤く円を描く。
「その領地は確か」
「紗代の予想通り、ちょうど上空はドラゴンどもの空域だ」
紗代とヴェルフィアの会話から何となく察しがついた。どうやら今回の襲撃者は人間でなく、大空の食物連鎖の王であるドラゴンらしい。
「まった、今までの移送作戦と今回のルートは同じなんですか?」
ここで些細な疑問が俺の脳裏をよぎった。報告書の内容からして、これまでの移送作戦でも、今回と同じ危険な空路を進んでいたはずだ。これまで執り行われた作戦で、ドラゴンについての記載が出ていないという事はこれまでは襲撃などなかったということ。
なのに、なぜ今回はドラゴンを危険視するのか。まさか、これまでの報告書に記載がないだけで、実際には襲撃があったがこちらに対した被害が出ていないため未記載……なわけないか。
「先ほども報告した通り、今回はリディアーヌ将軍が不在の為艦隊の規模を大幅に拡大しています」
答えてくれたクレリーには申し訳ないがそんなことはすでに分かっている。魔将が不在のため、戦力を補う目的でこれほど規模の艦隊を飛ばすことになったのだから。
「ドラゴンは自身の空域を侵される事をとても嫌うんです」
「でも、これまではなんの問題もなかったわけでしょう?」
「ええ、これまでの移送では遠方のドラゴンに察知されないよう、できるだけ艦隊の規模を縮小していたんです」
なるほど。ようやく理解した。
「ドラゴンは魔法エネルギーで敵を探し出す?」
俺の出した結論にクレリーは首を縦に振った。どうやらこの世界のドラゴンというモンスターは、敵を探す方法として魔法エネルギーを感じ取れるよう進化しているわけだ。
確かに、合理的な進化だ。高度な場所から自身の空域を侵そうとする脅威を見つけるのに、この世界のすべてのモンスターが持つ魔法エネルギーを察知できるように進化するのは、他の能力を進化させるよりも手っ取り早く索敵の性能も高いだろう。においや視力を強化するよりも広範囲を索敵でき、かつその情報は正確。最高の索敵方法だ。
これまでの最小限での移送では、ドラゴンの索敵にできるだけ引っかからぬよう対策を打てたのだろうが、今回はそういうわけにはいかない。
なにせ、このセトルエットの消費エネルギーだけで過去の艦隊とほぼ同じだけの量のエネルギー食うのだから。それが空母機動艦隊全体ではどうかと言われたら……敵さんに「ここですよー」とアピールしにいくようなものだ。
「この空域を回避できないのですか?」
「我々も色々模索したんだが、なにせそのあたりの領地は最高に最悪なんだよ」
当然ながら、俺と同じことをカステレード達も考えたらしいのだが。最高に最悪な環境という表現がもってこいの領地なのだとか。
「あのあたり一帯が高濃度の魔法エネルギーを放出している雑木林の群生地でねー」
カステレードは諦めたように肩を落とした。確かに、改めて地図を見ると付近の領地には雑木林が点在しており、それが王都の東部と中心部を分断する線のように続いていた。これでは大規模艦隊では通り抜けられないだろう。
これでは回避もくそもないか。しかし、雑木林点在ゾーンの中で唯一開けた領地がドラゴンの生息地になっているとは、ついていない。
「大丈夫です。この艦隊は対空戦闘を得意としています。たとえドラゴンであろうと突破は不可能です」
自信があるのか、ただの気休めかはわからないが、ここはクレリーの言葉を信じるしかない。俺は苦笑いで返事を返すとエルネストへ視線を送る。
案の定、王国随一の心配性と名高いエルネストはカステレードと安全安心な空路はないかと模索しているところだった。その後ろでは今更何を言っているのかと呆れるリオレ小隊の面々がリオレへ何かを訴えている。
紗代とヴェルフィアは、そんなエルネストには目もくれず最新鋭のブリッジ内へ輝かしい視線を送っていた。
「なんというか、面白いというか、自由な方々ですね」
「まあ、いいんじゃないか? 堅苦しすぎるよりも」
自由気ままな部隊の様子に温かいため息を送っていると、俺の様子に気づいたクレリーとカステレードもなんともいえぬ雰囲気に小さく笑った。