第十九話 大規模移送作戦
※1 フィル この世界での共通通貨であり、一フィル一円の価値がある。
「いやあ、驚きましたね。まさか十四歳で少尉だなんて」
艦への移動を再開してしばらくたつが、俺とエルネストは相変わらず幼さの残る小隊長についての話題で持ちきりだ。
「噂には聞いていたんだよ。子供の小隊長がいるってのは。まさか、魔導部隊の隊長だなんて」
エルネストによれば、アーシアは少し前から話題になっていたようだ。それが噂の域を出なかったのは、アーシアの配属先が特殊な立ち位置に属する部隊だからだろう。
魔導部隊は、王国が保有する軍関係の機動部隊の中で最も数の少ない貴重な部隊だ。
現状存在する魔導部隊はたった十五部隊。魔法兵に換算すると人数は二百五十人ほどだという。
現フィルバート王国の総兵力が、陸海空、護衛あわせて約百八十万。そこから考えても、どれだけ人数が少ないかは想像がつく。
数百年前まで主力の戦闘部隊だった魔法兵……というか、魔法使いがなぜそこまで減少してしまったのかは諸説あるが、最も有力な説は神が死に絶えたことだといわれている。この辺は俺もあまり詳しくないので詳細は割愛するが、とにかく、魔法と神は深く関係していたらしい。
そんな魔導部隊についてだが、詳細が謎に包まれた部隊としても有名で、軍部と深いつながりがあり護衛部の上官であるエルネストでさえ存在を聞いていた程度だとか。
というのも普段作戦を遂行する上で高難易度の任務などあまりないので、エルネストたちは魔導部隊とは縁がない。
そう。縁がないのだ。別に魔導部隊も素性を隠しているわけではない。一般的な任務において魔導部隊との接点がないだけなのだ。
めっちゃ強いのに影が薄い。なんとも悲しい部隊だ……。
「まあ、実力があれば年齢なんて関係ないさ」
「そうはいってもな……幼さ故の問題点も多々だろう。判断、指示、処理、隊長ってのは大変だ。嫌でも心配になるもんだ」
ヴェルフィアは楽観的だが、エルネストは持ち前の神経質さがにじみ出ている。
「ははは、心配するのも程々にしないと内蔵に穴が開いちゃうよ?」
「うるさい」
「あれ? 人間はストレスとかいうやつに弱いんだろう?」
「そうなんだよ。わかってるなら、人の心配の心配なんてやめにしたらどうだ」
「なんだー心配してあげてるのに」
「それはどうも」
ヴェルフィアの茶化しに、エルネストは口をとがらせるとぶっきらぼうに言い返す。この二人の私的な会話は珍しい。俺と紗代はお互いに顔を見合わせると、もうひと時繰り広げられるであろう二人の会話を邪魔しないよう一歩距離を開ける。
「そういえば、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「ええ、かまいませんよ。答えられることならなんなりと」
「今回の紗代の目的は「正規公務」ってことなんだけど、一体どんなことを?」
「えっ」
俺の問いを受けた紗代の表情がほんの一瞬暗くなる。困惑などという感情ではなく、不機嫌なような不快感を感じた時のような、そんな表情。
ひょっとして、俺はまた何かまずい質問をしてしまったのではないか? 脳裏をよぎるのは二日前のエルミートとアルドゥアンの一件だ。あの時も導火線を用意し火をつけたのは俺なわけで、いや、違う。わざとじゃないんだ!
俺自身、この世界にきてまだ日も浅い。ということは当然人間関係も深くない。
知らないことも多い中での何気ない質問が、相手の逆鱗に直結した導火線に火をつけることになるかもしれないという恐怖は計り知れない。
しかし、そんなにまずい質問だったのだろうか? 俺はただ公務の内容について聞いただけなんだが、なんにせよ相手を不快にさせてしまったのは事実だ。
「ふふ、内緒です」
「ああ、えっと、聞かないほうがよかったかな? ごめん」
「いえ、気にしないでください。公務の内容は極秘ってことになってるんです」
とっさに出た俺の謝罪に答えた紗代は、いつもと変わらぬ様子でさらりと受け流す。俺に向かって小悪魔のような意味ありげな笑顔を向けると、何事もなかったかのように歩を進めた。
「そっか」
とは言ったものの、気にするなってほうが無理な話だ。俺の仕事は紗代を何としても守り抜くこと。
そのためには彼女をもっと知る事も大切だ。確かにまだ出会ってさほど時間もたっていないし、すべてを打ち明けろなんてのは無理に決まってる。
だが、定期的に執り行われる公務の内容くらい教えてくれても罰は当たらないのではないか。
そもそも、今回の公務で俺たちが知らされている情報は紗代の行き先のみ。しかも、その行き先というのが「白妙の塔」なのだ。
王国領の東。末端に佇む白妙の塔は、神の遺物であり、紗代が生まれた場所。そんな場所で執り行われる公務とはいったいなんだ? 俺は……いや、これまでの小隊員や軍関係者の様子から何となく察しはしていたが、今回の任務は実働部隊に対しての秘密が多すぎる。これだけの人員と予算をかけ、執り行われる紗代の移送作戦。その重要性は十分すぎるほど承知の上だ。
しかしだ、指令室から伝えられた任務は紗代を白妙の塔へ送り届けること。それだけだ。それ以外の紗代に関する情報は一切入っていない。送り届けた後塔で何が待ち受けているのか、無情報のままではあまりに危険な気がするのだが。
まあ、あくまでも移送作戦だし、俺の考えすぎだと言われたらそこまでだ。今までもこの条件で何とかなっているのだから通常の移送作戦では問題はないと考えるのが無難だろうが、今回は魔将不在の特例の移送作戦だ。今までの常識が思わぬ惨事を招く可能性も無きにしも非ずだが上層が極秘というのだから、内容はどう頑張っても聞き出せないだろう。
「さあ見えましたよ! セトルエット級飛行空母 セトルエットです」
紗代の歓声に、地面に落としていた視線を上げると、そこには目を圧倒される巨体が鎮座していた。
「さすがだ。でかいな」
エルネストのつぶやきにただうなずき返し、遥か上の甲板を見上げる。エルネストもセトルエットを実際に見るのは初めてなようで、その巨体に圧倒されているようだ。
全長は二百九十五メートル以上で最大幅は八十九メートル。最新鋭の魔導戦闘機を三十五機搭載し、乗員は約千三百人。現状王国が保有する艦の中でもっとも大型であり、最新であり、高価である艦だ。
一隻怒涛の六千七百億フィル※1。一フィル一円換算なので、日本円で一隻六千七百億円。これに年間の運用費が七百五十億フィル。艦載機が九千五百億フィル。
「恐ろしい」
セトルエットの報告書を読みながら、エルネストは目の前の巨体に冷や汗を浮かべていた。こんなものを今も買い続けているのだから、防衛費が高くなるのも仕方がないのだろうが、もう少安くならないものか。いや、技術に金を惜しむのはタブーだ。どんな技術も技術者と金があってこその白物であり建造に携わった人間への苦労を考えると安……くはない。
「素晴らしいでしょう。初の実戦配備が紗代様の移送作戦とは、セトルエットも運がよろしいようです」
すっかりセトルエットに見惚れていた四人に初老の男が話しかけてきた。
初めて見る正装だ。上下とも白を基盤とした、シンプルな五つボタンの正装。目立つ装飾は胸のリボンのみだ。あとは肩に階級章が……。
大佐!? ということは。
「エルネスト小隊、ただいま合流しました。お久しぶりですカステレード大佐」
エルネストもそれに気づいたようで、敬礼と軽い挨拶を済ませると早速本題に入る。エルネストの所有する階級は空軍の大佐と同等となり、改まった挨拶をかっ飛ばした。
「やあエルネスト君。ほう、いい新人を採用したな。エルミート将軍から噂はかねがね……私はセトルエット級飛行空母 セトルエットの艦長ベルナルド カステレードだ。以後お見知りおきを」
カステレードは愛想のいい笑顔で、俺たち一人一人を品定めでもするかのように一瞥すると満足げにうなずいた。
「流石は紗代の護衛隊だ。いい人材を獲得したようだ。最近では……清水くんか」
「えっ、私ですか?」
カステレードからの名指しを受け、俺は思わず一歩後ずさる。
「うむ、よく育てられている。これからも精進したまえ」
カステレードからの期待と興味の入り混じったような笑みに、俺は苦笑いを浮かべつつ敬礼で返答を済ます。
こういう無意識のプレッシャーは苦手だ。昔から緊張には弱い性分で、他者の期待なんかにはめっぽう打たれ弱い。
「時に、ほかの隊員はどうしたのだ?」
「ああ、セトルエットの甲板を集合地点にしておりましたので、そちらで合流予定です。ここまでの紗代の移送は陸軍が担当しておりました」
「ああ、なるほどな。ここで会ったのも何かの運だ。さっそく甲板へ案内しよう」
カステレードは、エルネストからの回答に満足そうに首を縦に振ると意気揚々に歩き出す。
その後に続く俺たちも、王国で最大の飛行空母に胸を躍らせていた。