第十三話 護衛官として
「しかし、エルミート将軍直々の招集なんて、いったい何があったんですかね?」
俺の些細な問いに、エルネストは一瞬考えるようなそぶりを見せる。
なにか分からないことがあると、とりあえずエルネストに質問を投げかけてみる。この世界に来てから何かあれば彼に相談していたのもありすっかり癖になってしまった。
「もしかして、二日後の公務か?」
「ああー、そういえば……」
そうだ、今から二日後。正式に紗代専属の上級護衛官になってから初めての公式公務が行われる。まさか、公務が二日後に迫った今問題が発生したとでもいうのだろうか。
「まだ決まったわけではないが……可能性は高いだろうな」
エルネストは、曇天が覆う夜空を見上げると小さく呟く。
嫌な胸騒ぎだ。
面倒ごとはできるだけ避けたいが、そういうわけにもいかないらしい。エルネストの表情がそれを物語る。
「覚悟はしておいたほうがいいかもな」
エルネストの呟きに俺は静かにうなずいた。
その夜。
「えっ」
状況を理解できず、俺は素っ頓狂な声を上げる。
この世界に来てからすっかり慣れ親しんだ自室で眠っていたはずなのに……なぜ俺は、青と白を中心にした護衛隊の正装を着て輸送車に揺られているのだろう。
わけが分からない。少しでも周囲の状況を確保しようと外に目をやると、どうやらどこかの森の中を移動中のようだ。
「どうしたんだ? さっきからせわしないな」
状況が掴めずあたりを見渡していた俺の様子に気づいて、隣に座っていた軍服の男が話しかけてきた。
誰なのかはわからないが確実に初対面だ。俺は相手が誰なのか全く見当もつかないが、向こうは俺のことを知っているらしく、呆れ半分心配半分といった表情でこちらをまじろがずに見ている。
「ええっと、ああ、いえちょっと考え事を」
「ちょっとルーセル隊長。彼は初任務なんですから緊張してるんですよ」
聞き覚えのある女性の声。まさかと発した人物へ視線を送る。予想通り、俺の代わりにルーセルと呼ばれた中年の軍人に答えたのは紗代だ。
「紗代!? どうして……」
「へっ?」
少し離れた位置に腰かけていた予期せぬ人物に、またも素っ頓狂な声を上げてしまった。
紗代は、俺の反応にクエスチョンマークを浮かべ首をかしげる。
かわいらしい動作だが、状況がつかめない。混乱でうまく頭が回らないのだが、俺はここでなにをしているのだ? この軍服の男は初対面だし、紗代にはもう何か月もあっていないというのに。
「おいおい、大丈夫なのか? 頭でも打ったか?」
「ははは、しっかりしてくださいよ清水さん」
ルーセルと、目の前に座る軍服の男が不安げに俺の顔を覗き込んでくる。
「おいフランク上級伍長。彼にもう一度作戦の説明を」
「勘弁してくださいよ隊長」
ルーセルと目の前に腰かけている若い軍服の男、フランクとの会話を受けどこからともなく車内に笑い声が響く。
なんだか気まずい。
なんと言い返せばいいのかわからずまた視線をさまよわせる。俺はもう少し現在の情報が欲しくなり、車外へ視線を移した。
どうやらこの車両は、王国軍所属の装甲輸送車らしい。独特の暗い迷彩が特徴的で、中型、六輪式の非武装装甲車のようだ。
場所については、どこだかは知らないがかなり深い森の中を比較的ゆっくりと移動中らしい。車体の振動的に、道の整備もあまり進んでいないのだろう。
前後に機関銃付きの軽装甲車が続き、さらに前方には戦車らしき車両も見える。正確な規模は不明だが、中隊か、大隊ほどの規模は間違いなくある。
上空からは、プロペラ音が響いているところをみるに、地上部隊だけでなく、上空にもヘリ型の偵察機か攻撃機が展開しているらしい。
「……本当に大丈夫か?」
一向に落ち着かない様子の俺に、ルーセルが再度声をかけてくる。
「ええ、大丈夫です。すいません。緊張して、いろいろ考えこんでたみたいで」
だいぶ落ち着きを取り戻してきたこともあり、ルーセルには笑顔を向けておいた。
これ以上隣に座る軍人を困らせるわけにはいかない。事態を悪化させたくもないし、多少の嘘は仕方がないと目をつむる。
「ああ、よかった。全く、本気でどうにかしちまったんじゃないかと」
俺の様子にルーセルは歯を見せ笑った。見た目こそ厳ついものの、とても優しそうな雰囲気の人物だ。
「にしても、相変わらず薄気味悪い森ですよねー。緊張するのも……」
「――!!」
鮮やかな金髪を手で整えながら、誰に問うわけでもなく発せられたフランクのつぶやきは、突如響き渡った爆発音に遮られた。
耳をつんざく轟音と振動は、防音仕様であるはずの車内にも十分すぎるほど響き渡った。爆発が強力であり、至近距離で起こった証拠だ。
「なんだ!?」
突然の異常事態にルーセルの顔が強張る。窓の外に目を向けると、機関銃付き軽装甲車の前方を走行していた戦車が吹き飛んでいた。下から突き上げられたのだろう、大型の車体は浮き上がり、砲塔からは火災が確認できる。乗員の生存は絶望的だ。
「対戦車地雷だ! 総員戦闘態勢! 警戒しろ!」
ルーセルの怒鳴り声を期に、車内の兵士たちが立ち上がる。しかし、敵の攻撃のほうが早かった。
「この反応は……! まずい、対戦車ミサイルか!? 総員退避ー!」
運転手の男がこちらを振り返る。その報告は、俺たちにとって最悪の事態だった。小隊規模に分担された部隊の前衛だったのだろう戦車が大破し、進行が一時的に停止した装甲車など格好の的だ。さらにこの車両は非武装。ミサイルにロックされた状況で強行発進などすれば全員が爆発に巻き込まれる。それだけは避けなければ。今俺たちにできることは……。
「降りろ!」
ルーセルの罵声に、俺は反射的に紗代へ駆け寄ると、蹴飛ばすようにドアを開け外へ転がり出る。その後に続き、銃火器を担いだルーセル達が飛び出してきたのだが、長くはもたなかった。
「……!!」
今まで自分たちが乗っていた装甲車が目の前で吹き飛ばされる。凄まじい熱波と衝撃が何とか車外へ飛び出した人間を容赦なく吹き飛ばす。
運転手含め、逃げ遅れたものたちが爆炎の中へと消えていく。凄惨な光景を目の当たりにし、時が止まったように動けなくなる。
「くそ! セドリック航空支援を!」
再びルーセルの罵声が響き渡る。攻撃ヘリによる一時的な航空支援。確かに、戦況を立て直すにはいい案だが……。
「こちらセドリック。敵は潜伏状態にあり視認できない。効果的な航空支援は期待するな」
潜伏とはこの世界において「ステルス」のような役割を果たす能力だ。
大変レアな能力で、自分を含む周囲の味方を一時的にレーダー等から消失させることができる。令器や近接戦においては役に立たないが兵器戦での効果は絶大だ。
「くそ! お前ら何としても巫女を守れ!!」
「おう!」
ルーセル達は紗代を取り囲むように展開し、来たる銃撃へ備える。
「紗代無事か!」
「ええ……なんてことを」
一足遅れた、紗代への投げかけに帰ってきた声は怒りに震えていた。
紗代は前方の森を睨みつけながら、自身の令器である太刀を鞘から抜く。俺もそれに続きヴェルフィアを手に取り、違和感に気づいた。
「ヴェルフィア? おいヴェルフィア!」
先ほどからヴェルフィアが全く反応していない。車内にいた時から、一言も俺に話しかけてこなかったのだ。
「どうなってやがる」
いったい何がどうなっているのか。もう頭の中はぐちゃぐちゃだ。なぜ答えない! この状況はいったいなんだ? いったい……。
混乱で倒れそうになりながらも、俺はヴェルフィアを構える。
「うわあああ!」
護衛のため近づいた装甲車が吹き飛ばされる。もう俺たちを遮ってくれるものなどない。
「そこから離れろおおおお!!」
今まで何をしていたのか、遠くにようやく合流したエルネスト達の姿が見える。
「ぎゃあ!」
始まった一方的な銃撃の中、一人、また一人兵士が倒れていく。
「ヴェルフィア!! おいヴェルフィア! くそおおおお!!」
このままでは殺される。俺は紗代の手を取りエルネストたちへ合流すべく走り出そうとして……動きを止めた。
「清水さん!!」
紗代の悲痛な叫び声が遠くに聞こえる。
何が起きたのかはすぐに分かった。俺の胸に弾丸が直撃したのだ。弾丸は貫通し、炎上する装甲車に弾き飛ばされる。
「がっ」
一瞬の激痛に思わず声が漏れる。波打つ激痛に俺はなんともあっさりと地に膝をついた。熱い。痛い。痛い。痛い!! 激痛と出血とともに己の意識が遠のいていくのを感じながら残された力を振り絞り紗代へ手を伸ばす。
死ぬのか? 俺は、俺は、こんなにあっさりと。紗代を守ることも、護衛の任務を果たすこともできず。終わるのか?
急速に遠のく意識の中、俺は……。