第十二話 護衛官として
「こちらアンセルム五二、配置についた」
「ベネデットよりアンセルム五二、了解。待機せよ」
残された第四小隊と偵察機の無線を聞き、エルネストが立ち止まる。
他部隊は定刻通りターゲットの前方に展開し待機しているようだが、これまでの状況からして突破される可能性は極めて高い。だが、それも計画のうち。
「こちらエルネスト、位置についた。待機する」
エルネストは素早く無線報告を済ませるとなるべく目立たぬよう身をかがめる。
俺もそれに続き、漆黒の密林に姿を隠す。これこそ俺がほぼ即興で思いついたなんともシンプルな作戦だ。
超少人数で待機させておいた第四小隊のサイドにある退路を確保し、ターゲットが回避した先で確保する作戦。
これまでも退路に小隊規模の人員を置く作戦は決行されているが、結局かわされている。おそらく今回のターゲットは何らかの気配を感じ取れるのだろう。大人数での展開は今回のターゲットにとって格好の索敵要因となっていた。
しかし、部隊の人数を減らし待機させるのはあまりに危険だ。ここはモンスターが跋扈する夜の密林。
人数を分割しモンスターの襲撃を受ければ、一兵にはとんでもない被害が出ることが予測された。
そのため、精鋭である我々上級護衛官小隊が、二、三人に分かれ、敵の退路上に待機することになった。
さらにターゲットが、密林の中をぐるぐると周回するように逃走していることもあり、追いつくのではなく回り込んで待機する作戦が実行されることになったわけだ。
しかし静かだ。近場の音源はエルネストのみ。じっくりと耳をすませて聞こえてくるのは、微かな虫の音と、ベネデットのプロペラ音。こういう無言、無音の時間は好きではない。なんというか……落ち着かないのだ。ただ、敵を待つのが性に合わないというわけではない。どうしても余計な考えが頭をちらつき、恐ろしくなってくる。
考えてみれば、今我々が置かれている状況はただじっと自分たちを殺すかもしれない者たちを待ち伏せているわけで、嫌でも脳裏には死に対する恐怖が湧き上がってくる。
全く、こればかりは決してなれることはないだろう。いや、死の恐怖に慣れろなど感情という概念が心身を渦巻いている間は不可能だと俺は思っている。
「はあ……」
こんな現状を前に俺ができる行動は、ため息をつき鬱へ傾く脳内感情を吐き出すことだ。
「くそっ! こちらアンセルム五二。敵は我々を回避し逃走!」
そんなことをしていると第四小隊から本日三回目の待ち伏せ失敗の報告が寄せられる。
ここまでは、作戦想定内だ。
「ベネデット。ターゲットは?」
「ベネデットよりエルネスト分隊へ。ターゲットは小隊を左方向、方位一一五〇へ回避。距離二一〇」
エルネストは、ベネデットからの無線に小さく笑みを作る。ターゲットはよりにもよって我々の待機する進路を経路に選んだようだ。ここまで来てお相手の運も尽きたらしい。
エルネストは前方をにらみ手を挙げる。いわゆる手信号だ。
それを合図に二人は令器へと手を伸ばす。
「ヴェルフィア、睡眠弾」
「了解、契約者君」
手元のヴェルフィアが一瞬青白く輝いたのを見て銃を構える。弾丸の装填が終わった合図だ。
「ターゲットは四人。よーくねらって」
ヴェルフィアの言葉を受け、密林へ狙いを定め、指を引き金にかける。 波打つ鼓動に合わせ、自然と手に力がこもるのが分かる。大丈夫だ。殺すわけではない。そう自分に言い聞かせなるべく平常を保つ。
「……来たね」
ヴェルフィアのつぶやきに目を凝らすと視線の先にうっすらとターゲットが見えてきた。目視したターゲットは依然余裕のある表情で密林を疾走していた。
エルネストが手信号で「遂行」のサインを送る。
「実行」
あくまで端的に。俺は引き金を引いた。
フィルバート王国 中央飛行場。
大型の輸送機に揺られること一時間ほど。ようやく眼前に迫る陸地を見て俺は安堵する。思わず「このおんぼろ輸送機め!」 と叫び散らしたくなるのを必死に堪え、しっかりと体に巻き付けていたシートベルトに手をかける。じっとりと手に浮かぶ冷や汗が俺の恐怖を物語っていた。
確かに緊急の任務ではあったが、もう少しましな機体は用意できなかったのか。どこもかしこもがたが来てしまっている機体に何度死の危機を感じたことか。
低視認性塗装を施された、全長三十メートル、重量六十五トンの巨体を持ち、総乗員は操縦士五名+搭乗乗員九十名規模の”旧式”輸送機「ラドラファ五八九」は嫌なきしみ音を滑走路に響かせようやく停止した。
「…………おっ、おつかれさまでした」
操縦士のおびえ切った「おつかれさまでした」にこの機体に対する何かを感じ取り俺は足早に地上に降り立つべく立ち上がる。
「いやー! お疲れ様!」
物々しい王国軍所有の輸送機から夢見た滑走路に降り立つと、中年の男性が満足げな笑顔を浮かべ待機していた。
かなり年配のようだが、身体的な衰えは見られない。さすがは現役といったところだ。
「出迎え感謝する。警備隊長」
エルネストの敬礼と差し出された報告書を目の当たりにし、警備隊長の男は豪快に笑う。
「はははは! やはり仕事が早い! さすがは上級護衛官殿」
「感謝する。では、我々はこれより輸送任務を警備隊へ移行し帰還する」
「了解だ」
社交辞令の決まり文句と敬礼を済ませ、警備隊はヴェルフィアの睡眠弾を受け眠り込んでしまった泥棒さんを引きずるように護送車へと運んでいく。今回は軍令作戦ではないので書類等の提出は先ほどの報告書のみで良い。
晴れて我々の任務は終了だ。
「しかし、あの警備隊長、かなり年配でしたね」
「ああ、年は食ってるが腕は確かだな。警備隊長を任されるのもよくわかる」
先ほどの警備隊長とのやり取りを見ていた兵士のつぶやきに答えつつエルネストは帰路につく。
そんな彼の先ほどのやり取りを受け、俺は驚いていた。
日本ではいまだに年功序列をよく目にする関係上、あれだけの年齢差がある者同士が同等の口調で話しているのは新鮮だ。
フィルバート王国は典型的な階級主義を導入しているが、階級選別などは年功序列ではなく実力主義を導入している。
故に、あれだけの年齢差がありながら階級はほぼ同等というわけだ。
実力主義……それは王国の上層において最も効率よく、最高の人材を確保する手段だ。
この国の実力主義とは、簡単に言ってしまうなら「実力があるやつが偉くなれる」というもので、軍部、護衛部、警備部、製薬機関、貿易機関などといった国家的に重要な機関が採用している。
軍部などはその影響を色濃く受け、三十代で司令部クラスの重役にまで上り詰めているものもいるらしい。
そんなフィルバート王国は、冒険者、農家、生産者、一兵などの低階職を目指していない人間は基本的に実力主義のレールに乗り、教育を受け上級職に就くことになる。
もっともそれは過酷な道で、成功を手にできるものはごく一部。そのため階級を決定する一部機関。例えば人事選別部は「常に自身の暗殺に気を配れ」と警告され、教育機関の教官は「復讐には常に気を配るべし」などと脅される。
なんともつらい役職だが、彼らの犠牲と引き換えに王国の上層部は恐ろしく優秀だ。
今王国の上層にいる人間はエリートか超強運の持ち主の二者のみだろう。
むろん俺は後者だ。偶然手に入れた力と潜在能力で「上級護衛官」などという職に就いている。
とは言ったものの、いざ配属されてみると護衛の任務より、軍の面倒事処理任務が圧倒的に多い。これはこの国の軍隊と周辺機関が関係していた。
フィルバート王国は現在三つの実力組織を持ち合わせている。
「軍」「護衛」「警備」に分類される三つの組織は互いに管轄も違えば、担当任務も異なっている。
軍は、主に外敵への対応と非常時の治安維持を目的とした組織だ。
防衛省が管轄しており、戦争、国内紛争防衛、抑制をはじめとした国防行為に加え、大規模なテロや暴動の鎮圧、治安維持、さらに領域、領空侵犯等へ対応する陸海空からなる組織だ。
警備は、王国領内に存在する小規模以上の都市の治安維持にあたる組織だ。
警備庁が管轄しており、犯罪等の初動や、外部からの侵入者の拘束などを含めた都市の治安維持に努めている、日本でいうところの警察にあたる。
一方護衛は、国内外で対象物の護衛を任される。
重要人物、区域、構築物等の護衛を一任されている組織であり、陸海空司令が管轄している。そのため暇を持て余している護衛部隊には上層部である軍司令部からおこぼれ任務が与えられることも多い。
そんなわけで、諸事情あって暇を持て余している我々上級護衛官は、腕の良さもあって司令部からはちょうどよい任務担当隊として見られてしまっているらしい。
「……そういえば」
今まで無言だったエルネストが不意に立ち止まる。その顔は、思い出したのだろう”用事”が良いものではないことを物語っていた。
「つい先ほどなのだが、明日一〇三〇、我々エルネスト小隊に召集が掛かった」
「召集ですか? だれから?」
俺の何気ない問いは、次にエルネストから発せられた言葉に打ち砕かれる。
「エルミート将軍だ」
「いっ!?」
エルネストの後続に続く小隊の面々から発せられた奇怪な悲鳴が、事の重大性を物語っていた。
アマリア = エルミート中将。王国陸軍本部次長を務め、フィルバート王国内の組織図では事実上陸軍後方部隊のトップ二に位置している人物であり、護衛部の最高責任者でもある人物だ。
普段であれば、我々上級護衛官へ軍関係の命令や任務を通知してくるのは上級将校と呼ばれている連中だ。准将以上の階級所有者が、直接任務の通達や招集命令を執り行う場合となると、司令部直属の部隊であるか、緊急事態に陥っているかの二者択一。まあ、上級護衛官の場合選ばれるのは後者なわけだが。
そんな人物から、直通のお呼び出しとなると……それなりの覚悟が必要となる。
「皆、決して寝坊したなんてことがないように」
エルネストの警告に小隊員はただうなずいた。