第十話 戦争に満ちた歴史
五百年前
「では両者、誓いの握手をお願いします!」
王国特有のキザったらしい正装に身を包み、整えられた髭が特徴的ないかにも役人だといった風情の男は、会場中に響き渡る程の大声で宣言する。それを受け、大勢の報道関係者や政府職員に見守られながら二人の国王はお互いに笑顔で手を結ぶ。
どこにでもあるような上っ面ばかりの社交辞令。だが、今回の社交辞令は”その世界”では実に異例で、歴史的快挙なのだ。
その日、「マクシミリアン = クレンゲル皇帝」と「ジャン = マルク = ルエル国王」は、それまで続いてきた戦争を終わらせる第一段階としてお互いに停戦協定を結んだ。
これは戦争という行為に呪われた世界で、平和という仮想へと近づく大きな一歩だった。
その世界は戦争で満ちていた。世界中、ありとあらゆる所で戦火が上がり、一つ終わればまた別のところで戦火が上がる。そんな呪われた世界で人々は今日も戦争という現実に身を置いた。
きっかけはなんとも些細な事ばかり。ある時は領土で、またある時は互いの同盟について意見が合わず、またある時は他国の工作員に自国の高官が殺されて、その度に大国は他国への攻撃と進行を続けていった。
そんな数多の戦争でひときわ目立ったのは「フィルバート王国」と「ヴェンネルヴィク帝国」、二大大国同士の大戦だ。
のちに終焉戦争と名づけられたその戦争はまさに世界を終わらせるほどのものだった。
他国を圧倒する軍事力と技術力に加え、圧倒的な資源力と生産力を誇る二大大国に列強諸国はなすすべもなく。ただ大戦の行く末を傍観することしかできなかった。
そう、当時列強といわれていた国々でさえ、王国と帝国の大戦にだけは手を出さなかった。どこの国も理解していたのだ。手を出せばどうなるのかを。
列強諸国は始まってしまった大戦の終焉を願い、待つことにした。待つという行為は、圧倒的な大国との戦争などという、資源と人材を消耗するだけの無意味な行為に身を置かなくて済むのだから最良の選択といえるだろう。
しかし、戦争は終焉を迎えるどころか戦火はさらに拡大し、それは傍観側の列強諸国を巻き込み、さらにはその世界に存在していた「神」という人知を外れた化け物すら巻き込み、終焉戦争へと発展した。
そんな戦争を前に神は人間に力を分け与えた。
なぜかって? そんなこと人間の俺らにはわからない。戦争を終わらせたかったのか、さらなる力を与え、戦争を楽しみたかったのか……はたまたその両方か。今となっては真相は闇の中。だが、それが人間の戦争を変えてしまったことは紛れもない事実であり、終わることのない大戦の速度をさらに早めることになってしまった。
その神の与えし力こそ「令器」だった。
武器職人が生涯で一度だけ生成できる、神の力が宿った武器。それが令器と呼ばれる代物だ。
ある武器職人は偶然令器を生成し、またある者は令器の生成のために一生を捨て、期を見て作る。力も恩恵もその職人の腕と、武器に対する思いで左右される。
令器の中には普通の武器と変わりない性能の物から、主に恐ろしいほどの恩恵を与えるものまで、さまざまだった。
神が与えた令器は、戦争をさらに残酷で無慈悲なものへと変えた。それまで「魔法」と「兵器」のみだった戦場に「令器」という化け物、いや、大量破壊兵器というべきだろう。そんなものが加わったのだ。
一度に殺せる人間が増えれば、犠牲者の数も爆発的に跳ね上がる。圧倒的な”性能”で兵器は歩兵を足止めするだけの置物になり、”力”を前に、詠唱を必要とする魔導士たちはあっという間に前線から後退する。支援がなくなれば歩兵の死者は倍増し、さらなる混乱を招く。
前線はまさに地獄だった。若き兵士に「死んで来い」と命令する指揮官。絶叫を上げ一瞬で肉塊に代わる兵士たち。人外同士のぶつかり合いが戦場にさらなる混乱を引き起こし、もはやそれは戦争などと呼べる代物ではなくなっていた。
ただの無秩序な虐殺だ。秩序を失い、ひたすらに目の前の敵を殺す。
殺して殺して殺して殺して、死ぬ。
そんな戦場を地獄と呼ばずなんと呼ぼう。
そんな現実を目の当たりにし、最初に声を上げたのは両大国の国民だった。こんな戦争をこれ以上続けることに何の意味があるのか。最初は小さかった灯はやがて国中に広がり、世界へと広がっていった。
そして今から五百年前、長きにわたる交渉と、絶え間ない国家間の協力によりついに王帝間に停戦協定が結ばれた。
さらに他の列強諸国もこれに同意し、事実上この世界から戦争がなくなった。
長きにわたる戦争の歴史から、ついに人間は平和をもぎ取った。王国も帝国も、ようやく訪れた静穏に身を置いていた。
しかし、そんな世界に再び戦火が切られてしまった。きっかけは、度重なる天災等の自然災害や疫病だ。これまでの戦争の代償か、新たな火ぶたを切らせるために仕組まれた何者かのシナリオか。それは多くの人々を襲い、命を奪った。
災害は世界中に蔓延し、人々の怒りは当時信仰の対象であった「神」に向いてしまった。
四百年前。
人間と神の大戦が幕を開ける。
信仰を示し、祈りをささげてきたにも関わらず、我々に恩恵など与えてはくれない。ならば、もう神など必要ではない。
我々だけで十分だ。真の支配者は人間だ。
使えぬ神の元にひれ伏すなどゴメンだと、人は神に刃を向ける。
違う。神に対する失望だと? そんなことは表の理由だ。神への信仰心など、当の昔に薄れてしまった。なにが我々人間から信仰心を奪ったのか? 強いて言うなら戦争と発展だ。
長きにわたる戦争は人々から希望を奪い去った。戦時中、唯一の祈りの対象こそ神だった。だが、神になど祈って何になる? 助けてなどくれない、ではないか。これまで一度でも恩恵を受けたことなどない。その失望は恐ろしく大きいものだ。
さらに、発展した科学と魔法は、人々から神という存在をさらに遠ざけた。神などに頼らずとも、我々は進化したのだという慢心と傲慢が人間から信仰を奪いさっていった。
そんな神という存在は鬱憤の吐き出しには絶好の標的だった。
災害は神のせい。根拠はなく、それを裏付けるものなどないというのに、人間は人間を愛していた神に刃を向けた。
しかし、相手は神だ。人外の化け物集団と人間では戦力差など天と地程の差がある……わけではなかった。
皮肉にも、神が与えた令器が不可能を可能にしてしまった。神は己が与えた令器により命を落としたのだ。己が与えた圧倒的な力が、神と、それに仕える天使たちを殺し尽くした。
なんともあっけない終わり方だった。人間が拍子抜けするほど、神と人間の戦争はあっさりと幕を下ろす。
しかし、神もただ黙って死を迎えるほど甘くはない。神は朽ち果てる間際に現世に遺物を残した。
王国領内に塔を建てたのだ。正方形で直径は二㎞。純白の塔は遥か上空まで、美しくその場にたたずんでいた。
塔についての詳細は一切不明。表面の物質も、中に何があるのかも、何もかもが不明の塔は人間にあるものを与えた。
一人の赤ん坊である。人々はその赤ん坊に「紗代」という名前を付け、守ってきた。
四百年がたつ、現代にいたるまで。




