彼との出会い
「いい加減許してくれぇ」
ここは森の奥ーーー盗賊の森と呼ばれる場所だ。
魔物以上に危険な盗賊達が潜む森、場所を把握出来ないものは盗賊に殺されるまえに餓死する迷いの森としても有名だ。実際、一週間に同僚も餓死していた。まぁ、夜中に脱走したんだから当然ではある。ベテランの盗賊でさえ、迷うのだ。我々のような技術もない若造に抗う術はない。だが、彼の取った行動の理由はわかる。耐えられなかったのだ盗賊としての現実に。
そう僕は盗賊の一員だ。村が亡くなり飯を食うためだけに盗賊になった。当然、気に入らないことも多かったが生きるためには仕方なかった。唯一の救いはまだ、自分の手で人を殺していない事だろうか。その時も近いとは思っていたが、まさか自分がそうなるかもしれない立場になるとは…だが問題は。
今の状態がパンツ丸出しの状態という事だ
「殺せええぇえ!もう殺してくれぇえ!!」
僕は叫ぶ。ズボンを腰の辺りまで下げられ、ヒモのようなもので縛らている。
みな姿は見えないが、当然この無様な格好は見えているはずだ。
盗賊といっても、役割はちゃんと別れている。陽動や囮役の女性もいたりする。僕も15年という短い人生ではあるが、ここまで恥ずかしい事はない。なんせパンツのサイズが合わないので半ケツ状態だ。流石に憧れの女性に尻を見せて喜ぶ趣味は僕にはない。
「おい!聞こえてんだろお前!!」
「涙声になってんなぁ…人を殺しに来といてよく言えるねぇ」
「せめて、パンツを」
「おう!お断りするぜ。」
声はそこそこ若い声ではあるが、独特な感覚だ。それこそ盗賊たちの分かりやすく威圧的な声ではない、何をするか分からないそういったようにしか言いようのないそんな喋り方だ。
「闘争対策に便利だろう微妙に脱げてないから走れないだろうし、何事も経験だ」
こんな経験二度とゴメンだ!もう三十分はこうしている。
「まぁまぁ、とりあえずさ歩きにくいだろうけど前にどうぞ!」
「ま、前って崖しか」
後ろで笑い声が聞こえる。それがどうしたとばかりの笑い声だ。
「行かないならしょうがないなぁ」
腰の辺りに堅い感触を感じる。汗が服の隙間から首から背中にかけて流れる。
「ナイフで刺されて死ぬのはキツいだろうなぁ…」
「!!」
「少なくとも即死ではないだろうし…ねぇ」
笑いながら、後ろの男は続ける。
「こう、考えよう。君の仲間が見ているのは僕も知っている」
「な、バレていたのか…」
「ああ、やっぱり居るんだ仲間。それっぽい事言ってみただけだけど」
………完全に失言だ。この会話まで聞かれていたら仮に助かっても、頭に殺される。
「どした?腹でも痛いのか?」
「いいから続けてくれ…」
「だからさ、もしかしたらさ落ちる前や、落下中に助けてくれるかも知れないんじゃないかな」
嘘だ。それぐらい分かる。だが、後ろにはナイフがあるのだ。僕には拒否権はない。でも、このままでは間違いなく助からない。考えろ!考えろ!……そうだ。
「あ、あのさ」
「ん、なぁんだい?」
「取引したい」
「お断りします」
…ダメか。
「…冗談だよ!」
再び笑い声が聞こえてくる。良く響く声だ。
「でも、取引出来る品が君にあるとは誠に残念ながら思えないんだよ。…そうは思わないかなぁ」
「手下になる」
「却下」
「どう使ってくれてもいい」
「却下」
先ほどの愉しそうな口調が消えていた。恐らくこっちが素なのであろう。
「そんな役に立ちそうもない手下貰っても困る」
苛立ちを隠せないようなそんな口調で後ろの人物は続ける。
「第一、自己評価が低い奴等、クソの役にもたたん。そんなつまらん下僕俺にはいらん。」
…いいぞ。もっと喋れ。少しでもお前の求める手下を教えろ。
僕だって死にたくないんだ。言葉のアヤでも何でもいい…上手いこと言いくるめてやる。
「だいたいお前童貞だろ?」
「え、それ今関係なくない!?」
「あ、いや、そうじゃなくて…」
後ろで咳払いが聞こえる。
「人を殺したことがないのをそう呼ぶんだ」
「とにかく、何も出来ないのはだいたい分かる。実際お前は俺を捕まえようとして、逆にこうなったわけだしな。」
…その通りだと思う…けど、でもだいたい連想出来た!後はタイミングだけだ。
「所で取引の内容は対価はなんだったんだ?」
きた!これだ!男は続ける。
「まさかズボンを履かせてくれってか?」
「ああ、その通りだ!」
「は?」
「俺は今猛烈に恥ずかしい!だからズボンを履かせてほしいそれだけだ」
「…」
後ろの奴も理解しているとは思うが、正直ズボンなんてどうでもいいのだ。…もうお姉さん達にもたぶん散々見られたし。
僕が考えてるのは対価として、コイツの手下になる事だけだ。
あくまで僕がコイツに助けてもらったていだ。一応コイツでさえ部下に対しては優しい…はずなのは流石に僕の理想だが。このさえ待遇は気にしない。それに俺の予想が正しければ…
「対価、対価って言うけど僕の願いはズボンを履きたい事だけなんだ。そんな簡単な取引も出来ないなんて貴族もそんなもんか?」
「貴族?何でそう思ったんだ」
当たっているのか…今のもハッタリだ。だが元々僕の立場は不利なのだ。恐らく盗賊団にも帰る場所はない。ならコイツについて行くしかない。
「下僕ってあんた言ったろう。そういうのって貴族とかが使う下々の者って奴だろ?んで貴族ってのはいかなるものとも、約束は違えないんだろう?」
「…」
震えそうな声を必死に隠し続ける。
「俺があんたに言いたい事は一つだけだ、もう一度言う」
己の人生が掛かっているんだ。過去最高、そしてこれから先も超える事ない、僕の最大限のいい声でこう言った。
「僕にズボンを履かせてくれないか」
僕は何を言っているんだ。
噴き出すような笑い声が聞こえきた。
「分かった、分かったよ」
上手くいったのか!やった、やったぞ!
「まぁ、ハッタリは下手だがな」
「え」
「貴族じゃねぇぞ俺、あの言葉もまぁヒントというかどう使うかは気になって使っただけだしな」
!!遊ばれていたのか!
「声も震えすぎだな。あんなもんは慣れだからな。度胸はまぁまぁかな、若干落第点かな。」
「それダメじゃん!」
「だな、だがお前は逃げなかった。必死に考えたんだろ?対価は…ダサいがいいんじゃない?俺は好きだぞそういうの」
「…嬉しくない」
「だろうなぶっちゃけ褒めてないし」
褒めてないのかよ!でこれからどうするんだろ周りにこの会話聞こえたら二人とも殺されるだろうし、…なんだろう感覚がおかしいあんまり怖いとは思わなくなっている。
「でさ、後ろのナイフいつなくなるんだ?」
「ああ、コレ?後ろちょっと見てみ」
腰が抜けそうになった。ただの尖った石ころだ。こんなもんに僕はびびっていたのか…
「こういうのはビビったら負けだ。お前は自らの想像力に負けそうになったわけだ…おいおい不満そうな顔するなよ俺の手下殿」
「手下にはしてくれんのか」
「最後にちょいとテストだけしてな…行くぞ!」
そして僕を押しながら後ろのコイツも崖から飛び降りる。
頭が真っ白になりながら、横にいる黒髪の男を見る。
笑っていた。愉しそうにこっちを見ながら。
これが僕と魔物調査員ライネスの出会いである。
そして、中途半端な履けていなかったズボンは当然の如くどこかに飛び去って消えた。
「団長、手紙が届いております」
「おう」
野太い声の主が兵士から手紙を渡される。紙と一言にいっても沢山ある。この紙は高級という事を彼は知っていた。逆に言うと、それしか知らないわけだが…
しかし、男は師団長という立場、知識は乏しいが頭はキレるそんな出来る男だ。前回の戦争においても最前線で戦った。
師団長的に若干無謀すぎる気もするが
「今回はどんなアホな報告書だぁ グフフ」
師団長の彼に送られてくる手紙は少なくはないが、この手紙は特別であった。なぜなら、思う存分バカに出来るからである。
手紙を開ける彼はまるで好物を待つ、幼児のようなそんな嬉しさとおバカさが混じった顔であった。
団長へ
今回は諸々の事情で報告書がぱぁになりました。
用もあるので直接会いに行きます。
君の親愛なる他人ライネス
「うぜぇんだよ!報告書ヨコセヤコラァ」
「いかん!師団長が下唇を噛みすぎてまた切っておられる!衛生兵!衛生兵!!」