8:この国の歴史や風土について知っておきたいと
図書室には、そこで図書が読めるようにと簡易の机と椅子が置かれている。客間や居間にあるような豪奢なものではないが、図書の閲覧を目的とした机は、三人が座っても余裕があるほどの大きさ。なのだが、今はその机いっぱいに、書物が置かれていた。
「散らかしたままで、お恥ずかしいですわ」
はにかむように言いながら広げられた書物を片隅に積み上げていくリスティニカに、「いえいえ、突然訪問したのはこちらですから」と、その作業をさりげなく手伝いながらセドリックが応えている。朗らかで人好きのする性格のセドリックは、初対面の相手とでもあっという間に打ち解けるのが常だが、異国の姫相手にもその性質はいかんなく発揮されているようだ。
本当に、これではどちらが婚約者なのだかわからないな、と思いつつ、クロエは積まれていく書籍を見やった。
離宮の図書室のこと、宮城の大図書室には到底及ばないが、それでも蔵書はそれなりに揃っている。
過去の政策に関するもの、歴史や伝承をまとめたものに、学術的な研究書、詩集や物語もある。総数は千冊を超えるだろう。
そのほとんどがエクス語で記され、政治関連のものは宮廷語で記されている。残りは古語や異国語だ。
机に置かれているのは、歴史書に、伝説や伝承をまとめたもの、エクスダリアの風土や風俗を記したものなどで、ほとんどがエクス語で記されたもの、中に幾つか宮廷語で記されているものもあった。
一冊を手に取り、ぱらぱらとめくる。エクスダリアに伝わる伝説や伝承、御伽噺や昔話をまとめた本だった。ひとつひとつのエピソードは短く読みやすそうだが、物語集として編纂されたものではなく、どちらかというと研究書に近いのだろう。伝説や昔話を、当時の風俗や風土と絡めて分析している。
「随分と小難しい本を、読んでいるのだな」
クロエが手に取った一冊こそ言い伝えや昔話の類までを網羅しまとめた逸話集だが(それにしたって研究色の強い編纂だ)、机に積まれている書籍のタイトルを見ると、歴史や政治、風土といった文字が入った、堅苦しそうなものがほとんどだ。
十五の娘が読んで面白いだろうとも思えないし、この図書室にはもっと、娯楽と呼べる物語も所蔵されているのに。机に載せられているのは、クロエからしても面白みのなさそうな、実用向けでさえない、学術書に近いものばかりだ。
クロエの疑問に、リスティニカは僅かに目を伏せて、
「エクスダリア皇家の一員となるのですから、この国の歴史や風土について知っておきたいと思いまして」
と、控えめな声音ながらはっきりと答えた。
その返答に、クロエは思わず視線を上げた。目の前の少女の顔を、まじまじと見る。
「いまさら、と思われますか?」
クロエの視線の意味をどう解釈したのか、リスティニカはそう言って、控えめに笑う。それに、クロエは頭を振って答えた。
「あなたと俺の婚約がまとまったのが、三月前だ。それから輿入れまでの間に相手国の歴史や風土、風俗を完璧に習うというのは、無理だろう。エクス語が読めるだけでも、たいしたものだ」
王族ならば、自国語に加えて宮廷語と周辺国の公用語の修得を教養として求められるが、実際に読み書きまで含めて修得している者は多くない。クロエとて、宮廷語の読み書きはともかく、ランスフォードの公用語は会話がせいぜい、と言うレベルだ。
政治や外交に関わるならば、他国の人間と意思疎通ができることは必須だが、それは宮廷語で間に合う。文書の作成は官吏の仕事だから、他国語に関しては読み書きまで求められないのが実際なのだ。
それを、エクス語、宮廷語で記された書物をこれだけ読める──読もうと思えるのなら、十分すぎるほどだろう。少なくともクロエなら、ランスフォードの公用語であるフォード語で記された歴史書を、読もうとは思わないだろう。
感心していると、開いたままの扉がノックされた。振り向くと、二人の侍女が一礼し、入ってくるところだった。
その姿を見て、クロエもセドリックも目を瞠る。
茶器を載せた盆を手にした二人の侍女は、写したようにそっくりだったのだ。
驚くクロエたちの様子に、リスティニカが「ふふ」と笑う。
「ランスフォードより連れてまいった、わたくしの侍女です。ご覧の通り双子ですわ。先程のセドリック様の疑問へのお答えです」
そう言った声は笑みを含んで悪戯っぽく、ようやく彼女がまだ十五歳の少女なのだと実感できた。