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7:良ければ図書室でゆっくり話そう

「姫君は図書室か?」

 放っておけばいつまでも続きそうなハミル夫人の言葉を遮るように、クロエは腰をあげ、ドアへと向かった。

「案内を」と申し出る夫人に、そっけなく断りを入れる。

 ここは、彼が幼い頃、母と過ごした離宮だ。案内など請わなくとも、部屋の配置は分かっている。

 慌てたように後をついてきたセドリックが、苦く笑う気配がする。

「ハミル夫人が女官長では、姫君もさぞ息詰まる思いでお過ごしだろうな」

 小さく零された声には、同情が滲んでいた。クロエも同意する。

「まったくだ。あの目敏くて厭味な夫人に始終見張られていたのでは、気も休まるまい。図書室に逃げ込みたくもなるだろう」

 その逃亡先として図書室を選んだのは偶然なのだろうが、結果としてはこれ以上ない選択だっただろう。


 完璧な貴婦人であることを標榜しているハミル夫人は、彼女自身が貴婦人に必要と認める教養は完璧に身につけているが、それ以外の学問には見向きもしない。

 自国語の読み書きは当然だが、アルドゥール大陸各国宮廷で使用されている宮廷語は話すだけで十分。それ以上の語学は貴婦人には必要ないと、彼女は考えている。

 読書についても同様に、教養のひとつであり嗜みであると公言しているが、彼女にとってはあくまで〝嗜み〟にすぎないのだろう。ハミル夫人が図書室に籠る姿は想像できないし、むしろ、度を過ぎてのめりこむことを見下しているきらいもある。

 それが、朝から図書室に籠っているという姫君に対する悪し様な言動につながったのだろうが、逆に、図書室の中まで追いかけてきて居座り、姫君を監視しようとはならなかっただろう。晴れて姫君は、陰口と引き換えに自由を得たわけだ。


 迷いなく図書室に辿りつき、クロエはそこで、ぎょっと足を止めた。

 何事かと訝ったセドリックがクロエの視線を追い、同じように驚きの声を上げる。

「あの侍女は……」

 異国の衣装に身を包んだ女が、図書室の扉を押し開けた状態で立っている。おそらく主が通るのを待っているのだろう。その侍女は、先程クロエたちに給仕をしてくれた女だった。

 クロエたちは客間からここまで、最短の経路で来た。どうやって先回りしたのかと思ってその侍女に視線を向けていたら、図書室から出てきた少女と目が合った。


 少女はちょっと目を見開くと、ついで柔らかく微笑んだ。

「クロエ=ファルティス・エクスダリア殿下でございますか?」

 訛りもない滑らかな宮廷語で話しかけてくる。

 クロエが肯定を返すと、「はじめまして、リスティニカ・ラツィードでございます」と、異国の衣装ながら完璧なエクスダリア式の礼を見せた。


「せっかくご訪問いただきましたのにお迎えもできず、申し訳ございません」

「いやいや、使者も立てずに押しかけて、むしろ不調法を責められるべきはこちらですから」

 穏やかに詫びる姫ににこやかに対応したのはセドリックで、クロエの傍に立つ彼に、姫は問うような視線を向けた。受けてセドリックは、恭しく礼をする。

「申し遅れました。セドリック・ド・ツヴェルフと申します」

「ツヴェルフ──では、宰相殿のご子息ですか」

「よくご存知で。──時に姫君、そちらの方は」

 セドリックが視線で示したのは、姫君の後方で控えている侍女。セドリックの視線を追って侍女を見たリスティニカは、セドリックに向き直って小首を傾げた。


「わたくしの侍女ですが、彼女がどうかいたしまして?」

「いえ、先程、客間で彼女に給仕を頂いたのです。彼女を残して、我々はまっすぐこちらに来たのですが、どこで先回りされたものかと」

 セドリックが疑問を述べると、きょとんとしていたリスティニカが破顔した。

「客間でお二人に給仕したのは、彼女ではなく、妹のほうでしょう」

「妹? いや、しかし」

 姉妹というにも似すぎていた、と返そうとしたセドリックの言葉に被さるように、背後から声がした。

「まあ、殿下方。このような場所で立ち話など」

 わざとらしい声音は、振り向くまでもなくハミル夫人のものと分かる。図書室に向かうと言って出てきたクロエたちを追ってきたのだろう。

 余計なことを、と、うんざりと思う。こちらは心底、放っておいてほしいのに。


「そうだな、こんなところで立ち話もなんだ。──姫君、良ければ図書室でゆっくり話そう」

「図書室で、ですか?」

 戸惑ったように、リスティニカがクロエを見た。その肩に手を沿え、少女の体を、先程出てきたばかりの扉に向ける。

「ここは俺が幼い頃、母と過ごした離宮でな。図書室にも思い出があるんだ」

 言い訳のように言って、ハミル夫人を振り返る。

「お茶の用意を頼めるか? そちらの侍女に持ってこさせてくれ」

 言い置いて、返答を待たずに図書室に入った。


 開いたままの扉越し、ハミル夫人の靴音が遠ざかるのを聞いて、ほっと息をついた。

「殿下は女官長が苦手ですか?」

 ほっとしたところに心裡を突かれて、はっとする。見ると、リスティニカが小首を傾げてクロエを見ていた。

「苦手というか、彼女がいると、監視されているような気がして、な」

 言い当てられたのが気まずく、視線を外しながら言うと、意外にもリスティニカは「分かります」と苦笑した。

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