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4:彼女を求めたのは、夫となる皇子ではなく

 アルドゥール歴七七二年、晩冬。

 ランスフォード王国第二王女リスティニカは、エクスダリア帝国の帝都へと入った。両国の和睦の象徴として、肖像画でしか見たことのない皇子の花嫁となるために。


          ‡ ‡ ‡ ‡ ‡


「──なのに、こんなことになるなんて、ね」

 滞在する離宮の図書室で、図書閲覧用の簡素な卓に分厚く古びた本を何冊も積み上げて、そのうちの一冊に目を落としながら、リスティニカは呟いた。

 結論から言えば、彼女はまだランスフォード王女リスティニカ・ラツィードのままで、エクスダリアの皇子クロエ=ファルティス・エクスダリアとの婚姻は果たされていない。


 本来ならば、宮城入りしたその翌日には婚儀が執り行われる予定だったのだが、彼女の帝都入りを目前に、エクスダリア帝国皇帝クリスライドが、突然病に倒れてしまったのだ。

 皇帝が倒れたとなれば、いくら事前に予定されていたとはいえ、婚儀どころではない。しかも、一般には公表されていないが、皇帝の病状はかなり重く、倒れてすでに六日、未だ意識が戻らないという。そのような状況で、皇族の婚儀に伴う祝賀行事など行えない。

 皇帝が回復するにしろ、このまま身罷るにしろ、状況が動くのを待たなければならず、結果、リスティニカは未だ第二皇子の婚約者という立場のまま、宮城内の離宮を当面の滞在場所として与えられ、皇家の客分として留め置かれているのだ。


 もしもこのまま皇帝が息を引き取るということになれば、少なくとも喪が明けるまでは婚儀は行えないだろう。婚姻関係だけならその限りではないが、それもどうなるかわからない。

 エクスダリアには皇帝の息子たる皇子が二人いるが、どちらも後継者として指名されてはいない。もしもこのまま、後継者を指名しないまま皇帝クリスライドが死去すれば、どうなるか。


 リスティニカは知らず、眉を顰めた。

 皇帝クリスライドの二人の皇子は、それぞれ母親が異なる。

 エクスダリアの慣例から言えば、帝位を継ぐのは長男である第一皇子リオラント。しかし彼の生母である先の皇妃は地方貴族の出身で、第二皇子クロエの生母にして現皇后より随分と身分が低い。それを理由にクロエを皇太子に推す声が少なからず存在し、それが故、皇帝も今に至るまで後継者の指名を行えずにいた。


 長男でありながら母の身分が低いリオラント。対して次男でありながら有力貴族出の母を持つクロエ。

 皇后の生家を筆頭に、有力貴族は血統の正しさからクロエを推し、その勢力に反発する者たちは長男であることでリオラントを推している。

 そんな状態で、後継者を指名しないままに──否、たとえ指名したとしても、皇帝が死去すれば、帝位争いが起こることは目に見えている。


 嘆息を零しながら、開いた書物の(ページ)をめくる。記されているのは、エクスダリアの歴史だ。

 立場としては第二皇子の婚約者であるリスティニカは、未だエクスダリア皇家の一員ではないが、それに準ずる客分として扱われている。世話係の女官つきで離宮をあてがわれ、生活に不自由はない。

 不自由はないのだが、彼女は暇を持て余していた。


 皇族や貴族の生活は、公務と社交で成り立っていると言ってもいい。リスティニカのように他国から皇家に輿入れする場合、まずは婚儀の式典とその後の披露宴でエクスダリアの貴族たちにお披露目される。その後は通例に則って、皇家の妃としての公務や社交を行えばいい。

 しかし、諸事情あるとはいえ婚儀を行えていない上、正式にお披露目もされていないリスティニカは、『第二皇子の婚約者』であり『皇家の客分』とはいっても、いまだ貴族たちに面識を得ていない。エクスダリアの貴族たちとしては、彼女をサロンに招待したくともできない状態なのだ。

 皇帝が病床にあることから晩餐会や舞踏会など大規模で華やかな夜会は自粛されているが、そもそも貴族たちの行う社交には情報交換という側面が少なからずあるので、昼餐会や茶会はあちらこちらで行われているらしい。

 婚約者である皇子が仲介してくれれば、そのような集まりに出ることもできるのだが、エクスダリアに入ってすでに四日、肝心の婚約者は彼女に会いに訪れもしない。


 政略の婚姻であることはもとより承知している。彼女を求めたのは、夫となる皇子ではなくエクスダリアという国であり、顔を合わせたことのない相手が自分を娶ることをどう思っているか、リスティニカには分からない。ただ、好かれていなくても驚きはしないし、失望もしない。

 正式な婚約が結ばれる前に交わされた肖像画でしか互いに相手のことを知らない状態で、好意を持つもなにもない(容姿に対する一目ぼれならありうるだろうか、それだって所詮は肖像画が相手だ)。

 状況が状況だけに、相手がリスティニカを放置している理由が彼女との婚姻を厭ってのことかどうかまでは分からないが、放置されている事実は変わらない。


 (ページ)を繰る手を止めて、リスティニカは吐息を零した。

 幸いにして離宮には図書室があり使用も認められているため、有り余る時間のほとんどを読書に費やしている。

 身動きの取れない状況ではまだしも有益な時間の過ごし方と諦め混じりに納得はしているが、それでも代わり映えのしない毎日に、そろそろ飽きてきた。


 できれば皇帝陛下にお目通りもしたいのだが、そもそも皇帝の意識が戻らないのでは話にならない。

 隣国の姫にして皇子の婚約者という立場ではあるが、あくまでもまだ客分である。異国の宮城をふらふらと歩き回るわけにもいかないし……、さて、どうしたものだろうか。

 などと思案していると、横合いから「姫様」と呼びかけられた。


 視線をやると、ランスフォードから連れてきた侍女のひとりが跪いている。

「お返事がなかったので、失礼ながら、勝手に入らせていただきました」

 恭しく告げる侍女に、リスティニカは苦笑した。

 借り出しては戻すという行為の繰り返しにうんざりし、今日は朝から図書室に籠ってしまっていた。

 彼女の挙措のすべてを値踏みしているような気のするエクスダリアの女官も、図書室の中までは追ってこなかった。静謐な空気の中、思う存分、読書と施策に耽り、すっかり没頭していたようだ。

「ごめんなさい、フェリス。気づかなかった。なにかあった?」

 問うと、フェリスは跪いたまま、「クロエ殿下がお越しです」と告げる。

 予想外の言葉に、リスティニカは目を瞠った。

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