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3:大地は彼女が赴く国へと続いている。

 ランスフォード王国第二王女リスティニカは、つい今しがた潜ってきた神殿の扉を振り返った。

 ランスフォードの王城の、最奥。王家と、王国の祭祀を司るヴェルディッド家の者のみが足を踏み入れることを許されている神殿。リスティニカはそのさらに奥、公的には誰一人踏み入ることの許されていない聖域で、ランスフォード王家の姫として最後の祈りを捧げてきたところだ。

 エクスダリアへ輿入れのためランスフォードの王城を発つ日は、明日に迫っている。


「いよいよ明日でございますね、姫様」

 名残を惜しむように神殿を見つめるリスティニカに、侍女が声をかけた。それに無言の笑みで応え、リスティニカはその視線を西の空へと向けた。

 山岳国であるランスフォードでもひときわ高い標高を誇るデラフィラス山。その山腹に築かれた王城のさらに最奥に建つ神殿は、デラフィラス山の峰を北に背負い、王城さえ見下ろす高さにある。王城南側の眼下に広がる王都ををはじめ、遥か彼方にかすむ国土を見ることもできる。

 王城の神殿前は、この国でひとが立ち入ることのできる最も標高の高い場所だが、もちろん国土のすべてを望むことは叶わない。まして国境のその向こうまで見晴るかすことなどできはしないが──

 それでもリスティニカは、赴く国の方角に視線を投げ、遥か彼方に想いを馳せた。


 明日、自分はこの国を出てゆく。この国の王女として有していた権利、その一切を放棄し、それでもなお国と民の命運を負って、二十年前、剣を交えた国の、皇子に嫁ぐために。


 緊張状態にある両国の関係を緩める手段として、或いは友好関係を強める手段として、王族同士の婚姻は古来より幾度も使われてきた。すでに「手垢のついた」と表現されてもおかしくないほど、繰り返されてきた行為。どこからどう見ても端から端まで疑う余地もなく政略結婚だが、王族なんてそんなもの。

 二十年前の交戦は停戦協定によって終焉したとはいえ、以来緊張状態の続いていた両国がこの婚姻をもって和睦の道に進めるのなら、それはランスフォードにとって悪い話ではない。

 花嫁に一の姫ではなく二の姫(リスティニカ)を指名してきたことには若干の引っ掛かりはあるものの、ランスフォード側としては突き返せるわけのない申し入れであることも事実。

 姉、ルクレツィアは反発を見せたが、彼女とて理性では理解しているはずだ。ランスフォードに、その申し入れを断る選択肢はないことを。


 王族として生きるからには、自らの婚姻に際し自らの意思が反映されることなどないと、とうに覚悟していた。他国への輿入れとなったのは意外だが、それでも想定していなかったわけではない。

 育ての母であるヴィアヌ后妃も、祝福してくれた。それがエクスダリアからの申し入れてある一点にのみ、后妃は柳眉を顰めたけれど。──そう、嫁ぐ先がエクスダリアでなければ、ルクレツィアとてああまで反発しなかったに違いないが、それはもう言っても詮無いことだ。

 リスティニカのエクスダリアへの輿入れは、すでに決まったこと。

 エクスダリア皇子クロエ・エクスダリアとランスフォード王女リスティニカ・ラツィードとの婚約が結ばれたのが、三月前。以降、すべての準備は滞りなく進み、明日、リスティニカはエクスダリアへと赴くため、ランスフォードの王城を後にする。


 今日が、この国で過ごす最後の一日。その一日の大半を、彼女は王城最奥の神殿で、祈りを捧げることで過ごした。

 穢れなき花嫁となるための禊だ。

 その儀式も終わり、明日の朝には王位継承権を放棄する宣言を行い、そのまま彼女はこの国を去る。隣国に嫁し、おそらくは二度と、戻ることはないだろう。


 澄み切った冬の空の下、霞む大地は彼女が赴く国へと続いている。その先へと視線を向け、リスティニカはほんの僅か、寂しげにその目を細めた。

「──行きましょう。最後の支度を、しなくては」

 ほんの少しの未練と、それより僅かに大きな不安を胸中に仕舞い込んで、リスティニカは控える侍女を促し、足を踏み出した。

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