1:エクスダリアの申し出をお受けいたします。
「お待ちください、お父様!」
声を荒らげ異を唱えたのは、意外と言うべきか、第一王女ルクレツィアだった。
「姉であるわたくしが未婚であるのに、妹を先に嫁がせるおつもりですか? 順当に考えるならば、わたくしがエクスダリアに嫁ぐべきでしょう」
反らした胸に手を当てて、ルクレツィアは言い放つ。その声に含まれる憤りは、婚姻において妹に先を越されるという焦りによるものではない。彼女はただ純粋に、敵国に等しい異国に妹が──未婚の姉がいながら妹が嫁がされることに、憤っているのだ。
「しかし、エクスダリア側からは二の姫を是非にと。確かに、あちらの皇子は十七。十九のお前では──」
「つりあわぬということはないでしょう。妻が年上の婚姻など、珍しくもありません」
歯切れ悪く弁解めいたことを言う父王に、ルクレツィアは容赦なく畳み掛ける。
「確かにリスティニカは利発で聡明な子。異国に嫁いでも立派に務めを果たせましょう。──けれど、あの子はまだ十五です。和議のためとはいえ、人質も同然の花嫁に、お父様は本気であの子を差し出すおつもりなのですか」
「ならばお前で良いというわけでもないだろう」
眉根を寄せて返した王のその表情は、一国の王ではなくただ父親のそれだった。そんな父を──父親としては愛せても王としては頼りなく感じてしまう父を、ルクレツィアは睨むように見やる。その視線に気押されたように、玉座の王はその表情を改めた。父親のそれから、王のそれへと。
「エクスダリアとの和睦は、我が国にも益のあること。和睦の象徴として、両王家の婚姻が最も強固な絆となるというエクスダリアの主張、お前とて異論あるまい」
エクスダリアは大陸北部に名を馳せる大国。そのエクスダリアにかつて剣を向けられ亡国寸前にまで追い詰められたランスフォードには、「和睦のための花嫁を」というエクスダリアの要求を退けるという選択肢はない。
実際、要求を呑む他ないとはいえ、エクスダリアからの和睦の申し入れは、ランスフォードにとってはありがたい話だ。国境の安定と北の大陸国家への牽制が得られれば、それは国の安定と民の安寧につながる。
花嫁の立場が実質人質であったとしても、民と国のためならば、それも王族の務め。
「相手方の申し入れは、是非にも二の姫を、ということだ。ならば、望まれぬ娘よりもリスティニカのほうが、エクスダリアも篤く遇しよう」
「ですがっ!」
「良いのです、姉様」
理屈は分かる。それでも、納得できるかは別の話だ。理性と感情は、多くの場合、乖離する。
感情のままに、階の上、玉座に座る父王を、王としてではなく父親として、王女としてではなく娘として詰ろうとしたルクレツィアを、幼い響きを含んだ声が押し止めた。
声に振り向けば、異母妹が穏やかな笑みを浮かべて、彼女を見ている。
「ありがとう、姉様。けれど、良いのです。国と民のため、この身を捧げるのが王族の務め。エクスダリアがわたくしをご所望なら、わたくしが行かなければ」
凛と背筋を伸ばし、面を上げ、王族の姫の顔で。
けれどリスティニカは、まだ十五歳なのに。
リスティニカは実母の温もりを知らずに育った娘だ。
その代りのように、ルクレツィアの母である后妃が、実子と変わらぬ愛情を注いで育て、ルクレツィアも兄も、彼女を愛おしんで接してきた。母は違えど、リスティニカはルクレツィアにとって、大切な愛おしい妹だ。
そのリスティニカが、すでに覚悟を決めた瞳で、ルクレツィアを見つめている。
王家に生まれた者の務めも覚悟も、妹のほうがよほど理解し、固めている。
そのことがむしろ痛ましくて、ルクレツィアは唇を噛んだ。
「でも、リスティニカ……!」
「ありがとう、姉様。わたくしは、大丈夫ですから」
そんなルクレツィアに、穏やかに、諭すように、言い含めるように、リスティニカは繰り返した。向けられる笑みはただ穏やかで、これではどちらが姉が分からない。
ただでさえ幸福ならざる出生を負っている妹を、人質同然に、敵国同然の国にやらねばならない。未婚の姉がいるにもかかわらず、代わってやることもできないのか。
悔しさに顔を歪めると、そんな顔をなさらないでと囁かれる。
ルクレツィアが視線を合わせると、ふっと年相応に笑う。一瞬の笑みを残して王女の表情に改めると、玉座の王に向け、リスティニカは凛然と言った。
「ランスフォード王女リスティニカは、エクスダリアの申し出をお受けいたします」