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18:ランスフォード王家の事情があるのです。

「后妃殿が、貴女の戴冠を阻まれる、ということですか?」

 たとえ国に残っても、自分が玉座に座ることはありえない、と言い切ったリスティニカに、セドリックはそう推測した。

 制度上、側室が認められ、正室の子も側室の子も『王の子供』として等しく権利が認められるとはいえ、個人的な感情を考えれば、后妃が貴妃の産んだ子供と自分の子供との間に隔意を抱くのは当然だとも思う。

 聞く限りではランスフォード后妃は高潔な女性らしいが、だからこそ他の女が夫の子供を産むことに寛容でいられないということも考えられる。継子であるリスティニカに我が子と同様の愛情を注げないとしても、それを責めるのは酷だろう。


 セドリックのその推測に、姫はほのかに微笑んで、僅かに首を傾げた。

「そうですわね。后妃様は、わたくしが玉座につくことを望みはしないでしょう。──誤解しないで頂きたいのですが、それは、后妃様がわたくしを疎んじているということではありませんわ。ランスフォード王家にはランスフォード王家の事情があるのです」

 穏やかに笑んで姫はそう言ったが、セドリックにはその言葉を素直に信じる気にはなれなかった。


 他の女の産んだ子供よりも自分の子供を玉座につけたいと思うのは、母親として──と言うより、王や皇帝の妃としては当然の感情ではないだろうか。

 エクスダリアのように一夫一婦制では、皇帝、或いは皇太子に輿入れした時点で(男児に恵まれさえすれば)いずれ国母となることが決定しているようなものだが、そのエクスダリアでさえ、今現在、先の后妃の子(リオラント)現皇后の子(クロエ)との間で(正確にはその二人をそれぞれ担ぐ勢力の間で)派閥が分かれ、帝位継承争いがあるのだ。

 ランスフォードのように複数の妻を持て、その妃たちの子供、皆に等しく権利が認められる国の王家、その後宮で、争いが起きない道理などないだろう。

 たとえ后妃自身が高潔であっても、外戚のすべてがそうとは限らないのだし。

 後宮入りする姫の生家は、自家の姫が産んだ子が王位につくことを望むだろう。


 リスティニカ姫は決して后妃を悪く言わない。それどころか慕っているそぶりさえ見せるが、果たしてかの后妃は、継子である姫を、本当に我が子と隔てなく接し、育てたのだろうか。そんなことが、できるものだろうか。

「いけませんわ、セドリック様。勝手な想像をなさっては」

 不審に翳った表情を見咎めたのだろう、リスティニカが苦笑含みに言った。

「后妃様は、わたくしを二人のお子様と同様に育ててくださいましたわ。異母兄(あに)異母姉(あね)も、わたくしに優しく接してくださいました。──この輿入れが決まった折にも、姉様は自分が代わりに嫁ぐとまで、言ってくださいましたのよ」

「それは……?」

「エクスダリアからの申し入れでは二の姫をとのことでしたが、和睦を求められての申し入れとはいえ、人質も同然となるかもしれない花嫁に妹を差し出すなどできないと。自分も未婚なのだから、自分が嫁ぐことに触りはないと、仰られて」

「そんな、エクスダリアは姫を人質だなどとは──」

「ええ、こちらに来て、それは感じましたわ。エクスダリアはわたくしを、クロエ殿下の婚約者として厚く遇して下さっています。けれど──お気を悪くなさらないでくださいね。二十年前、エクスダリアは本当に突然に、ランスフォードに侵攻しました。その折のことを、そして彼我の国力を思えば、エクスダリアからの和睦申し入れとともに求められた花嫁は、人質と扱われると、ランスフォードは考えたのです」


 淡々と語るリスティニカに、セドリックは言葉を失った。

 此度の姫の輿入れの求めを、そう解釈されているかもしれないという予想はあった。当初、そう警戒されていたとしても、今、その警戒が取れているのなら構わない。

 セドリックが驚いたのは、人質の花嫁と扱われる危険を承知で、それでもリスティニカがエクスダリアへ赴いたことと、彼女の姉姫が身代わりを申し出たこと。

 姉姫は、本当にリスティニカを──腹違いの妹を、自ら身代わりを申し出るほどに愛しているのか。

 驚くセドリックの顔を見て、リスティニカはにっこりと笑う。

「后妃様も兄様、姉様も、わたくしのことを慈しんでくださいました。わたくしも、后妃様を母と慕わせていただきましたし、兄様のことも姉様のことも大好きです。ですから、どうか不確かな憶測で、后妃様たちのことを悪く思わないでくださいませ」

 リスティニカの穏やかな訴えに、セドリックは瞑目し、頷いた。

「申し訳ない。ランスフォード后妃も、姫の兄君も姉君も、善いお人柄のようだ。穿った憶測を、謝罪します」


 頭を下げるセドリックに、リスティニカはほっとしたように笑みを深くした。その反応からも、彼女が家族に対する評価を改められたことに安堵していることが分かった。その家族を、心から愛しているのだろうことも。

 本当に、ランスフォード后妃も、その薫陶の元育ったという王子も一の姫も、少なくともリスティニカが慕うに足る人物なのだろう。

 その内心に葛藤がないとは思わない。しかし、感情を抑え、己が立場に相応しく振舞える人物ではあるのだろう。己の責務を自覚し、感情に負けることなくそれを果たそうとする。それは、リスティニカにも通じるものだ。

 なるほど、リスティニカを養育した人物、ということか。

 セドリックは隣国の后妃に対する認識を改めた。一国の王の妃──相応の権力を持ち、周囲への影響力を持つ立場の人間として、感情に流されず、理性的に振舞えることは、尊敬に値する。

 特に彼は、なにより己の感情を優先する人物を、知っているから。


 リュシエンヌ=ジルフォンド・エクスダリア。ツヴェルフ家よりリオラントに嫁いだセドリックの姉は、おそらくランスフォード后妃と対極だ。

 彼女のことを思うと、自然、セドリックの心は沈む。実際、苦いものを含んだようにさえ感じる。

 自身に与えられた立場と、それに伴う責任、義務よりも、個人的な感情や欲望を優先させ、それを恥じることもない。姉はそんな人間で、姉のその性状に両親は──特に父は、頭を痛めている。

 宰相家に生まれた娘に求められるものも、皇子に嫁いだその立場も、それに付随する責任や義務も、一切考えない。どんな時でも、他者の求める自分ではなく、自分の望む自分であり続けようとする。

 それが周囲に──実家であるツヴェルフ家や宰相である父にどんな影響を与えるかなど、考えもしない。まして、己の行動のせいでツヴェルフ家が力を弱めれば、己の立場も危うくなると、想像だにしないのだろう。

 万一、娘の所業のせいでツヴェルフ家が失脚するようなことになれば、原因となったリュシエンヌも道連れになりかねないというのに。──いや、逆か。と、セドリックは苦く思う。沈むとすればきっと、リュシエンヌが先だ。自らの失態で沈むリュシエンヌが実家を道連れにする。それは十分にありえると、思えてしまうことが怖ろしい。

 リュシエンヌはいまや、ツヴェルフ家にとって悩みの種だ。いつ爆発するか分からない爆弾と言ってもいい。


 リスティニカやランスフォード后妃のように、とは言わない。

 そこまでの高望みはしないから、せめて表面だけでも取り繕い演じられるだけの分別か、リスティニカの半分でも立場に対する自覚を持ってくれればと、近頃セドリックは以前にもましてそう願うのだが、あのの姉は、弟のそんな願いにも気づかないのだろう。

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