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16:二の姫を王にと望む者も少なくなかったと

 そうして一時、リスティニカとセドリックはさまざまに議論を交わした。

 宰相家の息子だけあって、セドリックは政治向きにはかなり博識だ。今はまだどんな肩書きも地位も得ておらず、朝廷には出仕せずに宰相たる父親の補佐を私的に務めているというが、宰相も近々、朝廷に送り込むつもりでいるのだろう。

 知識も思考もしっかりしていて、議論していて楽しいほどだ。

 宰相にとっては、頼もしい跡継ぎに違いない。


 帝国の地方統治の手法について、問題点とその改善策を取り留めなく語り合った後、一息ついてセドリックが笑って言った。

「いやぁ、まるで教師か学友と話しているような気分になりますね。正直、エクスダリアでは政治の話ができる女性というのはかなり限られておりますから。女性の視点というのもなかなか新鮮だ」

 リスティニカにとっては、その感想のほうが新鮮だった。ランスフォードでは女性同士の会話でも政治の話題が上ることは珍しくない。リスティニカにしても、異母兄(あに)異母姉(あね)との茶席で、統治や外交について語り合ったことが幾度とある。

「そうですわね。男性ばかりの朝廷では、意見が偏るものかもしれませんわ」

「ランスフォードの宮廷には、女性が出仕していると聞きますが」

「ええ、門戸は男女ともに開かれておりますわ。もとよりランスフォードは、女系が力を持つ国ですから」

 建国の祖からして女性だったと伝えられているし、一門の長を女性が務める家門も多い。朝廷においても、女性を排除する理由はなかった。


「なるほど、それでランスフォードでは、女子にも王位継承権が与えられるのですね。姫も、継承権をお持ちだったのでしょう?」

 その問いに、リスティニカはほのかに笑んで答えた。

「ええ。国を出る際に返上いたしましたが」

「それはやはり、両国の軋轢となることを避けるために?」

 僅かに目を細めて問うてくるセドリックに、リスティニカは頷いた。

「他国の皇族が自国の王位継承権を持つような事態は、どのような国でも避けたいものでしょう」

 むしろ、避けるべき事態であろう。


 リスティニカがランスフォードの王位継承権を有したままエクスダリアの皇家へ嫁げば、いずれ生まれるであろう子供に、その継承権が引き継がれる。たとえ継承順位が低くとも、エクスダリア皇家に生まれる子供にランスフォードの王位継承権が認められるような事態は、両国にとって望ましくない。

 ランスフォードには、エクスダリアの皇族に統治者の座につかれる──王家を乗っ取られるかもしれないという危惧を植えつけ、エクスダリアには同様の野心を芽生えさせかねない。

 それは、両国が互いに独立した対等な国同士として和平を結ぶためには、忌避すべき想定だ。


 そもそも、かつてランスフォードを制圧せんと侵攻したエクスダリア側から求められた姫の輿入れ。王族の婚姻をもって和睦を結ぶことは特異なことではないといっても、ランスフォード側が勘繰る要素は十分にあった。

 王家の姫を人質同然に差し出してまで自国の独立と安寧を求めたランスフォードが、エクスダリアの出方を警戒し対策を打つのは、当然だった。

 たとえランスフォードの抱いたその危惧が杞憂に過ぎなくとも、僅かな疑惑でも放置すれば禍根となりかねない。皇子と王女の婚姻をもっての和睦に、そのような不安要素を残すわけにはいかなかった。

 結果、リスティニカは祖国での王位継承権を返上した後、エクスダリアに輿入れすることになったのだ。


 リスティニカの返答に、セドリックは瞑目した。

 僅か十五の姫がそのことを理解し、それだけの覚悟をもって異国へと嫁いできたのだということに、純粋に感嘆した。

 改めて、目の前の少女を見やる。少女としか形容しようのない華奢な肢体を異国の衣装に包んだ異国の姫は、年下とは思えないほど大人びた表情で、彼が知る誰よりも凛と、面を上げていた。


「ランスフォードには、二の姫を王にと望む者も少なくなかったと聞きました。貴女を王にと望んだ者の気持ちが、分かります」

 世辞ではなく、それは素直な感想だった。十五にしてこれほどの聡明さと判断力、覚悟を持ちえるのなら、長じて後はきっと善き王となっただろう。

 彼女の言葉の端々には、王家に生まれた者の矜持と覚悟が見て取れる。それは、下々の者を顧みない傲慢さではなく、国と民に幸あらんと願う慈悲と、その存在を背負っているという自覚だ。

 誇り高き王家の姫と評するに値する。彼女を慕う者たちの気持ちが、セドリックにはよく分かった。


 古くより資源と呪術を二つの柱に、外交と政治によって国を守ってきたランスフォード。

 リスティニカが玉座についたかの国は、どのように治められただろうか。

 いや、たとえ玉座につかずとも、彼女が祖国に残っていれば、必ずや王家や王の助けとなったに違いない。

 その様を見てみたかったと、セドリックは、もはや決して訪れない未来に思いを馳せた。

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