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9:クロエが思っていたよりもずっと、和やかに、

 机の上の書籍が片付けられ、即席の茶会のテーブルとなった。

 給仕に控える二人の侍女を交互に見やって、セドリックが感心したように溜息をつく。

「本当に、見れば見るほどそっくりだ。これは別の場所で見れば、同じ相手と間違えますね」

「女官の皆様も、当初は随分驚いておりました。見分けがつかないと困惑されておいででしたので、印をつけましたの。青の髪飾りが姉のフェリス、赤の髪飾りが妹のリュシアですわ」

 リスティニカはそう言ってにこやかに二人の侍女を手で示す。

 見れば確かに、黒髪をまとめた簪の飾りが、青と赤だ。


 リスティニカもそうだが、二人の侍女もまた、足首に届くほど髪を伸ばしている。その一部を結い上げ簪で飾るのがランスフォードの女性の風俗だというのはクロエも知っていたが、長く美しい髪というのは、ランスフォードでの女性の美しさの基準のひとつでもあるのだとか。エクスダリアで明るい金の髪や肌の白さが好まれるのと、同じようなものなのだろう。

 その簪の飾りの色で双子を区別しようというのはいかにも苦肉の策だが、それも仕方ないのかもしれない。身につけるなにかしらで区別するしかないほど、双子の外見には差異がない。

「姫君はあの二人、見分けられるのですか?」

 困惑気味に聞くセドリックに、リスティニカはおっとりと笑った。

「もちろんですわ。ですが、どのように、とはお聞きにならないでくださいましね。説明できるようなものではございませんので」


 聞けば、二人の侍女は姫の母である貴妃の姉の娘で、姫とは従姉妹の関係にあるらしい。姫より三歳年上の双子は、姫が生まれた時からその遊び相手として、長じて後は学友、侍女として、ずっと傍近く仕えてきたのだという。

 姫にとっては物心つく前、それこそ生まれた時から姉妹のように育った間柄、見分けのつかないはずがないと言う。どれほどそっくりな双子でも、家族であれば容易く見分けられる、ということか。

「とはいえ、ランスフォードの王城でも、二人を正確に見分けられたのは、他には后妃様と姉様くらいでしたわ。他の者たちはまとめて『双子』と呼んでいました。時々混乱することはありましたけれど、見分けがつかなくとも皆、特に気にしておりませんでしたから、すっかりそんなものだと慣れてしまって。こちらで女官の皆様が戸惑われているのが、不思議なくらいでしたの」


 リスティニカが語るところによると、ランスフォードでは二人の侍女は二人セットで扱われていたようだ。名を間違えられてもその都度訂正するだけで、双子も周囲もそういうものと、さして気にしていなかったとか。時折、双子を取り違えて混乱することもあったが大きな騒動になることはなく、本人たちも周囲も、すっかりそれで慣れてしまったのだとか。

 青年貴族がリュシアと間違えてフェリスを口説き手ひどく振られた話や、フェリスとの約束をリュシアに確認して知らないと言われショックを受けた同僚の女官の話など、リスティニカが語る双子の侍女にまつわる逸話を、クロエもセドリックも楽しく聞いていた。

 その後は、リスティニカや双子の侍女が纏うランスフォードの衣装や装飾品の話から風俗、エクスダリアとの相違へと話は及び、リスティニカのエクスダリアでの過ごし方からこれまでに読んだこの図書室の書籍、その内容など、和やかに話が弾んだ。

 ──そう、クロエが思っていたよりもずっと、和やかに、退屈することなく、時を過ごすことができた。


 実物のリスティニカ・ラツィードは、肖像画で見るよりも美しく感じた。異国的で陰鬱だと思っていた黒髪も、実際に見ればそれは艶やかな黒絹のようで、白磁の肌との対比は目を引くと同時に、どこか緊張感を孕んだ凛とした美しさを醸し出している。濡れたような黒瞳は黒曜石のような輝きを持ち、見つめていると吸い込まれそうだ。

 彼が憧れてきた華やかな美しさとは対極だが、静謐で思わず息を呑むような──リスティニカは美しい姫だと、クロエは素直に認めた。


 それは、外面的なものだけではなく、内面的なものも関係しているのだろう。

 リスティニカはとかく知識が豊富で、思考の回転も速い。クロエやセドリックが何気なく発した疑問に的確な、或いは機知に富んだ答を返してくるが、己の知識をひけらかすような雰囲気はなく、ランスフォードの世俗について無知な二人の異国人を見下す様子もなかった。

 性格は控えめで、エクスダリアの女性のように自己主張が強くない。それは彼女個人の性格か、ランスフォードの女性の国民性か、クロエには判断しかねたが、総じて好ましいものならどちらであっても問題はない。


 控えめながら話術は巧みで、かといって途切れなく話しているわけでもなく、煩わしく感じるほどのおしゃべりではない。

 ふと会話の途切れる瞬間は幾度もあったが、気詰まりな沈黙にはならなかった。彼女の穏やかな性格が表情やしぐさにも表れていて、会話がなくともまとう雰囲気は柔らかく、沈黙が重くない。

 外見的な美醜を超えて、クロエにとってリスティニカ姫は、ともに過ごすことが苦痛ではない相手のようだった。そのことが、クロエをして相手を認める心情にさせたのだろう。

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