序:エクスダリア・ランスフォード戦役、その後
アルドゥール歴七五二年、晩秋。
大陸北方の大国エクスダリアは、同じく北方の小国ランスフォードへと、突如、侵攻した。
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エクスダリア帝国はアルドゥール大陸北部において最大の国土面積と軍事力を有する大国。
対するランスフォード王国は大陸最北に位置する山岳の小国。国土面積はエクスダリアの三割ほど。さらにその六割が山地という、国土には恵まれぬ小国ながら、豊富な自然資源を有し、呪術に精通する血統を擁する、大陸呪術の根源たる国。
大陸屈指の帝国と山岳の小国。国境を接する二国は長く、互いに貿易相手国として、緊張を孕みながらも良好な関係を保ってきた。
その関係が崩れたのは、アルドゥール歴七五二年。
エクスダリアは突如ランスフォードに宣戦布告、大軍を率い、ランスフォードに侵攻した。
しかしランスフォードは、大方の予想を裏切り、大陸屈指と謳われるエクスダリア軍に、抗し切った。
平原での戦では負け知らずと言われたエクスダリアの騎兵も、起伏の険しいランスフォードの地形ではその威力を削がれ、冬に向かう気象はランスフォードに味方した。
地形と気象を味方につけ、王都攻防にすべての力を注いだランスフォードは、敗戦が確実と言われた戦を停戦にまで持ち込んだ。
後にランスフォードにおいて『王都の奇跡』として語り継がれることになる一戦が膠着した折、エクスダリアは宣戦布告時と同じく唐突に、その剣を収めた。
思わぬ抵抗にあったとはいえ、両国の軍事力の差は歴然。その物量で押せば、多少の時間はかかろうともエクスダリアの勝利は間違いないと、攻める側も守る側も疑わなかった中、エクスダリア皇帝は唐突に剣を引き、ランスフォードからの停戦交渉に応じた。
その理由は、開戦の理由とともに、未だ『帝国の謎』とされている。
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エクスダリア・ランスフォード交戦より二十年。
アルドゥール歴七七二年、夏。エクスダリアよりランスフォードに、和睦の申し入れがされた。
二十年前の戦役は停戦協定が結ばれ終結したが、以来、両国の関係はそれまで以上の緊張感を孕んでいた。その関係をより友好的な方向に進め、いずれは同盟を結びたいとの、エクスダリア側からの申し出だった。
ひいては、その和睦の象徴として、ランスフォードの王女をエクスダリア皇子の花嫁に迎えたい、と。
かつて、一方的な宣戦布告から剣をもって侵攻したエクスダリア側からの申し入れは、和睦と同盟をちらつかせながらも、実質的な人質の要求に等しい。少なくともランスフォード側はそう理解した。
しかし、再びエクスダリアと剣を交える力は、ランスフォードにはない。
かつての戦役においても、エクスダリアが剣を引かなければ、ランスフォードは滅ぼされていただろう。再びの戦で同じ奇跡を望むほど、ランスフォードの朝廷を預かる者たちは楽観的ではなく、自国の力を正しく把握していた。
加えて、エクスダリアは大陸北方では屈指の大国。その大国と同盟が結ばれれば、国境の安全はもちろん、海峡を挟んで睨み合う北の大陸の国々に対する牽制にもなる。
ランスフォードは、エクスダリアの申し入れを受けた。