32 ニャンコと自問自答と別れと
ーー自立して騎士団を出る。
ずっとそう思っていた。
自分の動悸に気が付き狼狽えた。
頬に熱が集まるのが分かり顔を逸らした。
舌の根が乾かない内に言った事を翻す訳にもいかず、軽口を叩いたが………。
ーー離れたく無い。
それは、“ 何から ” 離れたく無いのか。
ーーここから離れたく無い。
その、“ここ” の中に、ディルムンも含まれている事に気が付き、慌てふためいた。
……気が付いてしまった。
寡黙で少ない会話。
詰め寄られない距離感。
助けてもらい、見上げたあの背中。
そして、頼りにしている。と言われた事。
(うー……。好き、と言うか。……た、頼りになる上司?って……。あー…、でも……)
ジリジリと熱くなる頬に悶え頭を抱えても答えに辿り着かない。
自覚してしまった今、自分の混乱ぶりに自己嫌悪に落ちそうだ。
頼よりにしている。そう言って貰えたが、信用はされているだろうか………。
元は身元不明の不審者。
今は、騎士団預りの異世界人。
凍てつく視線も身の毛のよだつ殺気も減ったが。住所不定の居候の自分には色々ハードルが高い。
まだ、惹かれている程度のうちに気持ちに蓋をするのが懸命だろう。
………傷つく前に、知られる前に、フラレる前に。
想うだけなら、と思っても上手く隠せる訳もなく。こんな気持ちはディルムンにも迷惑だろうし……。
自室に戻り、晩酌しながら夜空を見上げた。
ほろ酔い思考で答えにたどり着くはずも無く。机に伏し溜め息を重ねた。
憧れるくらいで気持ちを抑えないと仕事がし辛くなる。せめて足を引っ張らない様にするのが精々。
そう、頼りになる上司の為に仕事を頑張る。それだけの事。
(恋愛で仕事に差し障り出す訳にいかないし)
気持ちに蓋をし、自己完結で自身の答えを締めた。
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いつも通り。
それが難しいと痛感しながらその日を過ごす。
レンブラントが一連の騒動が落ち着くと急遽帰国の途につくと聞かされた。フォルニアスからの要請で滞在打ち切りとなった。レンブラント自身に怪我も無く、五年前の騒動の残党が他国で迷惑をかけた事もあり、両国の禍根とはならずに終わったのは幸いだ。
王宮で陛下に挨拶をしてから向かうらしく、私も王宮に呼ばれた。ディルムンと王宮に向かい、私はレンブラントとの別れに控え室に向かった。
レンブラントが陛下との謁見を済ませ、控え室で二人だけの最後の相見となった。
「リラ、短い間だったが楽しかった。……いい思い出をありがとう」
「レンブラント……貴方との出会いは私にとっては救いでした。ありがとうございました……」
しおらしい雰囲気が似合わないレンブラントが顔を曇らせた。
交差する視線に含まれる思いの数々に、脳裏に今までの事が流れていく。
不意に抱きしめられ首筋に顔を落とすレンブラントに、だいぶ慣れた私は困りながらも背中に手を回す。言葉にできない思いを込めて手に力入れ抱き返した。
同郷の魂への思い。
レンブラントからもたらされた言葉の数々。
その言葉は私を導き示してくれた。
それが自分の中で一番欲しかった言葉。
色々な思いがせめぎあい上手く言葉に出来ないのがもどかしかった。
「もう、早々に会う事は叶わないだろう。元気で……」
「はい……。レンブラントもご壮健で」
私を腕から離し、何か言いたそうにするレンブラントが、グッと口を硬く結ぶと口を開いた。
「前に“リラの帰りたい所はどこ?” って聞いたけど、あれの意味分かった?」
「え?………日本っていうか、家?っていうか……」
前に言われ、その場で口から溢れた言葉をレンブラントも聞いていたはず。不思議に思い首を傾げているとレンブラントが困りながらクスリと笑った。
違う意味も含めたんだけど、気が付いて無いから。と呆れられたが、私には言葉通りにしか分からなかった。
貴族社会の口上を述べ、口巧者相手に口合戦する強者の言葉など深読み出来ない。
「じゃあ、ちゃんと言い直すよ。リラは、
“ 誰の所に帰りたい?” 」
「へっ!?」
質問の意味が分からず肺から息が漏れた。
たぶん間の抜けた顔をしているだろう私の顔を眺めるレンブラント。眉を寄せて苦笑いしているから間違いない。人の顔を見て笑うとは失礼な。と、まで思考が回らないのは衝撃のせいだ。
返答出来ず、はくはくと口を戦慄かせる私を尻目にレンブラントは肩を竦め落とすと嘆息する。
「観てれば分かるよ? まずは、シャルトは馴れ馴れし過ぎだ。女慣れしすぎて距離感が掴めてないのが残念野郎だな。シーニアもリラを大切にしすぎて過保護は駄目だ。リラの成長を妨げる。他にもいるが……、まあ、大丈夫だろう」
勝手に男性達を吟味し両断する意見を並べるレンブラント。なぜレンブラントが評価する立場なのか、甚だ疑問だが構わず話を勧めている。
ーーリラの帰りたい所はどこ?
それは誰の所に帰りたいか?と言う意味でもある、と。
帰りたい。というか、頼れる所は……。
私は脳裏を打ち消す様に頭を振った。
ーー憧れるくらいで気持ちを抑えないと仕事がし辛くなる。
そう思った矢先に、自覚を促される事を言われ目眩の様な動悸に項垂れた。
「好きなんだろ?ディルムンの事」
「!!」
図星にビクリと肩を揺らし顔を上げれば、悪戯顔のレンブラントがニヤリと笑っている。秘密がバレた子供の様にオロオロと狼狽する私にレンブラントは穏やかな声が届く。
「観てれば分かるよ?ま、日本人のアルカイックスマイルを判別できるのは俺くらいだろうけど」
空気を読む日本人素養を持った自分には雑作もない、と胸を張っている。
脳筋には読めないだろうねー。といらない事を付け加えるレンブラントは意地悪顔だ。
「アイツと居る時、リラ安心してるだろ?」
自然にいられるのが答えだろ?と追い討ちをかけられた。
あー、とも、うー、とも、言葉に出来ない声を出す私に、レンブラントは頭に手を置きぐしゃぐしゃと撫でる。諦めて撫でられるままにする私にレンブラントが言葉を続けた。
「後悔は、もうしない方がいい」
強制的にこの世界に来た私。未練も後悔も山程あるのを知っている。レンブラントに優しく見つめられた私はゆっくりと頷いた。
「幸せを祈っているよ」
とろ火で、沸点に到達するのに時間のかかるリラです。基本後ろ向きなので。
じれじれゆっくりで、まどろっこしいですが^^;
レンブラントは歳下だけど一番しっかり者です。歳下なのに頼れるギャップは好きです。




