31 ニャンコと事後説明と
戦いはいつの間にか終わっていた。
「リラ、もう大丈夫だ」
私はレンブラントに肩を叩かれるまで気がつかなかった。
「っ……。終わっ、たの?」
その言葉に一瞬で気が抜け、その場に崩れたが、その前にレンブラントに抱き留められた。
「リラのおかげで危機を免れた。ありがとう」
抱き寄せられたままレンブラントに耳元で言われたが脱力したままの私は頭が真っ白だった。
騎士や側近が忙しなく動き回り事後処理に追われている。
数人の護衛に囲まれ、私はレンブラントに抱えられながら座り込み、ぼんやりと見ていた。
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「……………ここ、何処?」
素晴らしく豪華な部屋で目を覚ました私。
見回すと無駄に広く、高価な物に飾られた装飾に身を縮ませた。
(うわー。高級品に囲まれてる……怖くて身動き取れないわ……)
ベッドの上で途方に暮れているとドアをノックされた。
「失礼致します。ご気分はいかがですか?」
「え、は、はい。大丈夫です。ゆっくり休めたみたいです」
「私は侍女のルシャと申します。まずは身支度を致しましょう」
「あの……ここはどこですか?」
他にも数名侍女の方々が入室し、着替えの準備などを始めた。
私はルシャの作業を遮る様に質問で止めてしまったが、状況を把握したかった。
「ここは王宮の客室です。昨日の騒動で気を失われ眠られていた為、王より申しつかりここでお休み頂いた次第です」
そうか、休んでいた後から記憶が思い出せない。いや、結界張って、終わったあたり?から?記憶が朧げだ。
ぼんやりと思案に暮れていると侍女の方々に急かされる様に身支度をされた。
私は身ぐるみ剥がされ、洗われ着替えさせられ、朝からぐったりとなった。
室内で食事を済ませ一息つくと違う部屋へ連れて行かれた。
*
ーー王の私室。
侍女に案内をされ入室を許可されドアが開かれた。
驚いて目を見開く私の前に、ソファーに座る陛下と傍にはディルムンが座っていた。
ディルムンの顔を見てホッとした。
陛下との謁見に緊張していた私にとって、ディルムンがいた事で安心した。まあ、ディルムン自身も王弟だから敬うべき相手なのだが、上司として接してる時間が長い以上、緊張感が薄くなる。
「災難だったな。体調はどうだ?」
「こ、この度、客室を使用させて頂き感謝致します。ゆっくりと休ませて頂きました」
陛下からの問い掛けに喉の奥が乾く様な感覚に口が上手く回らない。緊張感が薄くなると言っても緊張が無くなる訳では無い。挨拶一つにしても身体が強張る。ソファーにかける様に勧められ、重い足取りで進み腰をかけた。
「今回の働き大義であった。王子に大事なく助かった。事の全容はそいつに聞け」
陛下はディルムンに視線を向けると目を細め目尻に皺を寄せている。ディルムンは眉間の皺を深め陛下を一瞥すると私に向きを変えた。
ディルムンの双眸は鋭く真剣で真一文字に結んだ口をクッと引き締めてから口を開いた。
「危険な目に合わせてすまなかった。本来なら襲われる事などなかったのだが、こちらの落ち度だ。謝罪する」
ディルムンに頭を下げられ、状況が分からない私は慌てるしかなかった。
「え?えっと、ディルムンさんのせいじゃないです。それに無事に今ここに居ますから」
気にしないでください。と身振りで動揺を隠した。
いや、今回は……。と、ディルムンは言い澱み視線を下げ、珍しく苦渋の表情を浮かべた。再び口元を引き締めた後に意を決したディルムンは重い口を開いた。
「リラを、……囮に使った」
すまなかった。とディルムンは再び頭を下げた。
「囮、ですか……?」
「ああ、……そうだ」
ディルムンは気まずそうに話し始め、事の真相が詳らかにされた。
フォルニアスの騒動の残党がレンブラントを狙った。イシェルワに来た事で隙を狙っていた、と。
しかもその騒動の裏で皇太后が奸計を被せてきた。
イシェルワでフォルニアスの王子に何かあれば婚約は破棄、再び両国に溝ができる。その諍いに乗じてレイニアンが攻める計画だった、と。
レンブラント王子から計画を持ち込まれ、致し方なくな。と陛下は渋い顔をした。
もちろんフォルニアスの王子を危険に晒す訳にもいかず、全力を保って対応に当たったのは当然だ。
しかも、皇太后がまた手を出しきた。
隔離、蟄居扱いでは緩かった。と陛下は能面のような無表情で呟いた。
斥候偵察を5番隊に任せ、選りすぐりの6番隊がリラに付いた。火矢を放っていた者達は6番隊に始末された。
馬車を襲撃したフォルニアスの残党は近衛騎士達に掃討された。皇太后の手先は5番隊によって事前に防いだ。
本来なら、馬車の奇襲は第四騎士団が阻止する筈だったが、道を崩され足止めをされてしまった。その為、馬車が襲われた、と。
話しが終わり、すまなそうな顔の陛下と眉間に皺を寄せたままのディルムンを交互に見つめた。
一連に顛末を聞いても急過ぎて茫然とするしかなかった。
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翌日、レンブラントに呼ばれ迎賓館へと向かった。
「いらっしゃい、リラ」
「レンブラント元気ないね。どうしたの?」
いつもの様に抱きつかないレンブラントの元気のなさに心配になった。近づく事を躊躇するレンブラントを怪訝に見上げた。
「リラを巻き込んだ。ごめん」
「……囮に巻き込んだ事?」
「……うん」
終始、覇気の無いレンブラントに私は眉を下げた。
「巻き込んでも大丈夫だと思ったからでしょ?」
私はレンブラントの期待に応えられた?と顔を伺う様に覗いた。苦しそうに辛そうな表情を浮かべるレンブラントに私から抱きしめた。
「怒ってないよ?」
驚いたけどね。と片眉をワザと上げて戯けた。
レンブラントは眉を下げ口元を引いた。
私はポンポンとレンブラントの背を叩き、安心して?と口にすれば、くしゃりと困った様な笑いを浮かべた。
レンブラントは私の手を握り視線を合わせた。
「リラ、フォルニアスに来ない?日本みたいには行かないけど、それに近い暮らしをさせてあげられる」
驚いて見上げれば、熱の篭った深い青に刺されそうに見つめられて動悸が高まるのが分かった。
「レンブラント…………分かっているでしょ………」
視線を逸らし尻すぼみに呟けばレンブラントに抱き寄せられた。
「リラ、俺を選んでよ。王族の重責もリラがいれば安心する。ダメ?」
「ダメなのは自分で分かっているじゃない……」
「それでもリラと居たいんだ」
私の首筋に頭を落とし懇望するレンブラントは駄々っ子の弟の様で甘やかしたくなる。自分は一人っ子だから兄弟の気持ちは分からないけど。こんな感じかなぁ?とレンブラントわの背中に手を回し、あやす様にポンポンポンとリズムを刻む。
「分かっているのに、……我が儘言っちゃダメよ」
「……うん。知ってる。言えるのはリラだけだから」
最後の我が儘を言いたかったんだ。と首筋に頭を落としたままで甘えるレンブラントの背中を撫でた。
王族としての立場も身分も分かっている。
諦めてはいる。
それでも、感情はままならない、と。
レンブラントは自分で口にしておきながらも、割り切れない感情に奥歯を噛み締め押し殺した。
「リラは自由に進んで。応援している」
自由にならない自分の代りに。と想いを込めてレンブラントは再びリラを抱きしめ首筋に頬を寄せた。
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「レンブラントから謝罪は受けたか?」
仕事に行くとディルムンから聞かれた。
私は謝罪して貰う程の事じゃ無いから。と答えるとディルムンの表情が曇るのが分かった。
「怒って当然だと思うが?」
「終わりよければすべてよし。です」
私は苦笑いを浮かべ、肩を落としているとディルムンは不機嫌そうに顔を逸らした。
「……レンブラントとフォルニアスに行くのでは無いのか?」
レンブラントに誘われたのでは無いのか?とディルムンが低い声で伏せ目がちで言葉を落とすのを私は不思議な気分で聞いていた。
「……行きませんよ。イシェルワに恩義があると言いましたよ。それにレンブラントに " ちゃんと社会人復活して、自立した女性になる。心配しないで ” と宣言しちゃいましたから」
ヘラっと笑い肩を竦めるとディルムンに怪訝に見つめられた。
「……自立とは?」
「え。…それは」
つい言い淀んだが、いつか騎士団を出る。とディルムンに伝えた。
ディルムンは眉間を曇らせ溜め息をつき、絞る様な声を出した。
「………会計の仕事なら、商会ギルドで探すか?」
「そう、ですね……………」
他を探す。
ここ以外の場所で。
騎士団を出る。
そう思っていたのに。
言葉が出ない……。
ここから離れる。
それは、この6番隊から出るワケで。
改めて突きつけられた現実を、自覚して考え返した。
今までは、お世話になるのが申し訳なかったり、居場所の確立の為とか、色々な理由があった。
だから自分の気持ちは二の次だった。
ーー周りを見渡した。
自分の机。書類の山。
机や棚に視線を運び、最後にディルムンに向いた。
あれ?なぜ私……気分が晴れない?
騎士団から出たかったのに?
自立して一人暮らししたかったのに?
あれ?……胸が、苦しい?
苦しい?というか動悸?困惑?
え………?
私は、……離れたく、無い?
考えていた事と気持ちの乖離に自分自身でも戸惑い狼狽えた。離れると不安なんて分離不安の乳児じゃあるまいし。
この部屋に来れなくなるのも、この席に座らなくなるのも、嫌だと思った……。
嫌?
違う。
悲しい?
ーー商会ギルドで探すか?
ディルムンにそう言われ、胸がギュッと詰まる気がした。
初めて………気持ちに気が付いた。
…………私が離れたくない理由に。
自覚した気持ち気が付いて、狼狽える私をディルムンが眼下に見据えている。
眉間の皺が取り払われ、穏やかな深緑色を視線に捉えた。吸い込まれる様に見つめられ、静止した様な時間に囚われ息も止まった気がした。
はっと意識が戻り、慌てて視線を外し顔を横に逸らせばディルムンの溜め息の様な、鼻で笑う様な音が耳に届いた。
気恥ずかしくて吃りながらも、迷惑かけたくなくて、今までと同じ様な発言が口から溢れた。
「で、出ていくならちゃんと、立つ鳥跡を濁さずで全部仕事終わらせますよ」
少なくなった書類の束に目を向けながら、素っ気ない素ぶりをしてみた。
「なら」
ドサっと書類を机に置かれた。
「終わらないと出れないのだろ?」
終わりそうもないな。と深緑の瞳が細められた眼を私に向けニヤリと笑った。
呆気に取られ、思わずポカンと見上げていた私の肩をポンと叩き、
「頼りにしている」
そう言うと踵を返して元の席に座った。
魔術も身につけ、生きていく自信が芽生えたので。
やっと自分の感情に向き合える余裕を持てる様になったリラです。




