30 ニャンコと言い伝えと発動と
ガラガラと馬車が街道を走って行く。
控え目な装飾の馬車は、内装は贅を尽くされている。
座席の刺繍に壁面の飾りにドレープの効いたカーテン。彫刻掘りされた窓枠に金の装飾。
車内は豪奢な内装を物ともせず鎮座する人物と、身を縮めて居心地悪そうに座る人物が乗車していた。
四頭立ての馬車は騎士達に護衛され北西部に位置するクークム湖に向かっている。
大義名分の “文化交流 ” とやらを成す為に観光するレンブラントに連れ出された私は問答無用で馬車に拉致られ、只今馬車に乗車中。
馬車の周りをは王族護衛の近衛騎士とレンブラントの護衛騎士の皆さんが回りを固めている。
クークム湖手前には街があり、そこで一旦休憩をして湖に向かうらしい。
「地域観光に何故私が同伴する必要があるの?」
私の質問にレンブラントはバツが悪い顔で肩を竦めた。私は、そんな顔してもダメです。と半目でジロリと見据えた。
「一人じゃツマラナイだろ?リラが一番気楽に居られるからねー」
「振り回されて困ります」
仕事が溜まるじゃない。と不満をぶつけても、レンブラントはへらりと笑っている。
「これから向かうクークム湖は透明度の高い湖で有名なんだ。景色もいいらしいからリラと来たかったんだ〜」
嬉しそうに話すレンブラントに呆れながら笑い返し、ふと外を見た。
私が王都の城壁を越えたのは数えるほどしかない。
シーニアとの遠出、猫になって子爵邸を探した時と、シャルトとの魔術訓練、あとはシーニアに草原で告白された時、か。
草原でのシーニアの告白が脳裏に浮かび羞恥に顔に熱が集まるのが分かった。
(今はソレは置いといて!考えちゃダメだって!)
自分に自分が慌ててどうする。と内心ツッコミながら平静を装う。
馬車の中では人目を気にせず話せる為、レンブラントの笑みも柔らかい。前世の事を少しづつ思い出しながら話しをした。
「リラに会ってから鮮明に思い出して来たんだ」
今までは夢みたいに、ふとすると忘れてしまいそうになるんだ。と噛み締める様に口にした。
それは、異世界転生という知識が無ければ夢で終わりそうに成る程、朧げで儚い記憶になってしまうと言う。
それを聴いて、だから転生者の記録が無いのかと思い至った。“ 転生者 ” という物が分からなければ、前世の記憶を記憶として認知出来ない。だから転生者としての自覚も無いという事だ。石碑を残した人達は何を思って残したのか分からないが、数少ない自覚持ち、と言う事か。
街に着き休憩場所に向かう。
休憩場所には高級旅館を借り上げている。
近衛騎士に警護されながらの休憩は休んだ気がしないが、トイレ休憩だと思って我慢した。
旅館の応接室で寛ぐレンブラントはやはり王子。堂々たる姿に感心する。
日本人ならドギマギと狼狽えるだろう。今の私のように。男子三日会わざれば刮目して見よ。とはよく言ったもんだ。と感心した。
「リラ殿此方にどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
騎士に誘導され案内され、ペコリとお辞儀して応接室のソファーに座った。
「ここから湖は少し距離があり、馬車より馬の方がいい。リラ乗れるかい?」
「ええ?!無理よ!速歩もまだ慣れてないのに」
馬車じゃダメなの?と聞くとレンブラントは何故か胸を張って否を唱える。
「一緒に乗馬したかったんだ。乗れないなら俺と一緒にねー」
嬉しそうにするレンブラントの傍らで、側近の人が眉間に皺を寄せて不満を露わにしている。
王子と同乗など不敬だよね。分かります。側近さん、レンブラントに言ってー!と思うも側近さん、口に出す気配が無い。
一緒に乗馬は決定の様で拒否れそうも無かった。
……理不尽だ。
乗馬の準備が整い、いざ乗馬。なのだが。
スカート穿いているので、やはり抱き上げられて馬に乗せられた。
「ひゃあ!!」
「リラ大丈夫?」
レンブラントにいきなり抱き上げられて声を我慢出来なかった。恨みがましくレンブラントを見れば楽しそうに笑ってる。ひらりと此方に構わず馬に跨がればレンブラントの雰囲気が変わる。
年下の男の子から、手綱を捌く頼り甲斐のある貴公子の王子様に。
横座りで乗りレンブラントに寄っ掛かる訳もいかずバランスを取った。乗馬練習のおかげで座っていられるが、レンブラントの視線に気が付かないフリをするのが一番難しかった。
ーーリラが好きなんだよね。
唐突に言われた告白。
レンブラントが記憶のせいで私を特別視してるのは分かる。魂の望郷に引き摺られて私に好意を持ってくれたのは嬉しいけど複雑だ。
ふと気を緩めるとレンブラントに抱き寄せられた。慌てて見上げれば悪戯っ子の様な眼で笑っている。
「レンブラント、……セクハラ」
「いやいや、シートベルトだから」
「王子様のシートベルトなんて贅沢ねー」
肩を竦め呆れていれば、レンブラントは楽しそうにクスクス笑う。
「リラはこの湖の伝説知ってる?」
「伝説?」
「うん。言い伝えかな。昔戦いがあり、傷ついた戦士を精霊が助けた。精霊は戦士を看病し癒したが、戦さで穢れたその地に留まった精霊は弱ってしまった。弱った精霊を回復させる為、戦士はこの湖に精霊を連れて来た。湖に精霊を沈め、回復を祈り日々ここへ足を運んだ。精霊が目覚めるまで。何年も。
ある日精霊は目覚めた。そして湖に佇む初老の男に手を差し伸べた……。精霊と戦士は永い時を経て再開した。と言う言い伝え。
ま、永い片思いも成就する。と言う話だね。あの街はその戦士が住んでいた名残から発展したと言われている」
あやかりの観光地化だねー。と笑った。
街から湖へは何本か道があり、今は見渡しやすい街道を進んでいる。前後左右に警護が付き、二人乗りに気恥ずかしいがレンブラントは気にする事無く馬を操る。
しばらくすると湖が見えた。
それなりに大きな湖は陽の光に照らされて湖面が輝いている。
山々を背景に深い森に抱かれた湖は透明度が高く、深度あるのに水底まではっきりと見える。
緑掛かった蒼い水面はゆったりと揺らめき引き込まれそうに澄んでいる。
「キラキラ光って綺麗だね」
「ああ、そうだな」
レンブラントは声が後ろから聞こえたが、振り向くのが躊躇われ前を向いたままでいた。
湖に近づき馬から降りる時はぐっと堪えて降ろして貰った。
「散策する」
レンブラントは側近に何かを指示し、手を上げ振り人払いして護衛を退げると私に手を差し伸べて微笑んだ。
「リラ散策しよ」
「……うん」
差し伸べられた手を握り湖の縁を歩く。
陽の光が射し光る湖面を背後に赤髪の美丈夫が微笑んでいる。肩口の長さの髪が陽に透かされ緋色に輝いている。深い青の瞳に見つめられ、かなり赤面な場面なのに、なぜか湖面の様に心が凪いでいた。
手を引かれ、二人のサクサクと足音が聞こえる。
「リラは今幸せ?」
唐突なレンブラントの質問に言葉はすぐには出ない。口籠もり視線を泳がす私にレンブラントは言葉を続ける。
「どうしたらリラは幸せ?」
「……まだ、生活するだけで精一杯だもん。幸せとかより、自分をどうして行きたいか、決まってないからね」
ブレてる自分を見定めるのが先かな?と自己分析を口にする。
「辛くなったら俺の所に来な。いつでもいいから」
普段とは違うレンブラントの大人びた雰囲気に圧され一瞬息を飲むも取り直し、私はしっかりと見つめ返した。
「ちゃんと社会人復活して、自立した女性になるわよ。だから心配しないで」
貯金頑張るぞ!とへらっと笑えばレンブラントが眉を下げて微笑した。
ーー身分的にも無理なのは分かっているからね。諦めてはいるんだけど。
ーーだからリラは幸せでいて欲しいんだ。
レンブラントの気持ちを知った以上、みっともない所は見せられない。
私の気持ちを後押ししてくれるレンブラントに心配をかけたく無いのは年上としての、なけ無しのプライドか。
「なら頑張れ」
「うん」
年下と思っていたレンブラントの成長ぶりを感じ、負けて居られないと自分を奮い立たせた。
散策をして戻ると敷物が敷かれ昼食の準備がされていた。たわいのない会話をしながら昼食を食べ旅館へ戻った。
旅館に戻ると身支度を整え帰路についた。
馬車の中でレンブラントに今後の事などの話しを聞かれた。
「リラは今まで仕事は何してた?」
「広報で、撮影と製作したり。たまに代理店の接客かな」
「そっかー。この世界、紙媒体が発展してないから広告が無いもんなぁ」
夜会やサロンの口コミが主体の貴族社会だからなぁ。とレンブラントは肩を竦めた。
「広報より人繋がりが重要みたいだからねー」
うんうん。と頷くレンブラント。
雑談を交わし、ひと時静寂が訪れ瞼が少し重くなる。
窓の外は陽が傾き、低い日差しが馬車の置くまで射し込んでいる。陰影の濃くなった車内でレンブラントに目を向けるのに躊躇い、眠気にも負け少しウトウトとした。
その時、ガタン!!と激しい振動に意識を引き戻された。
「何?どうしたの?」
「リラ座ってて!」
馬車の中では外の事が良く分からないが、近衛騎士達が動き回り、馬の蹄の音がドカッドカッと幾つも聞こえた。
馬車は止まり外からは、ヒヒーン!ガキン!ガシャン!と、馬の嘶きと激しい金属音が聞こえた。
「敵襲です!!」
外から大声で聞こえた。
側近は別の馬車に乗車している。
レンブラントが私と二人きりになりたいが為に、側近はメイドと荷物と一緒に後方の馬車となった。
奇襲に慄き、恐怖で震えが止まらない私をレンブラントは抱き肩を寄せた。
「大丈夫だから」
肩に置かれたレンブラントの手が力強く私を抱きしめ私を安心させる様に見つめている。
たたらを踏む馬達の振動で馬車がガタガタと揺れ不安を増長させる。金属音と呻きが折り重なる様に響く。
その時馬車に衝撃と音が伝わる。
ガシャン!!
バシャン!!
二種類の音が同時に聞こえた直後、大声が聞こえた。
「油をかけられました!火矢です!避難を!!」
投げられ馬車に当たり割れた壺から油と破片が飛散した。その声にレンブラントは私を抱えドアに手をかけた。
「外に脱出する。離れるなよ!」
状況を把握仕切れていない私はレンブラントに指示されるままに任せ頷くしかなかった。
馬車の外は、斬られ蹲る騎士、血溜まりに沈む黒い衣の男達。目を背けたくなる惨事に息を詰まらせた。
馬車を護る様に騎士が黒衣の男達と剣を交えている。背後では火矢を受けた馬車が燃え上がる。
「リラ!火矢が来る!頭を下げて!」
火矢が放たれ飛んでくる中レンブラントに庇われる様に抱き寄せられた。
燃え上がる馬車から離れ周りを護る様に騎士達が闘っている。
そんな中、茫然と見ていた私……。
ーー買い物帰り、クレープを食べながら襲われた時が脳裏をよぎる……。
「……わ、私………」
震える手を前に出した。
ーー発動。
私とレンブラントを包む様に光の壁が円形で広がると火矢を弾いた。
騎士達はそれを見て確認すると猛攻し黒衣に向かって行った。
私は集中を切らさない様に、ただ自分の震える手だけを見つめていた。




