28 ニャンコと解読と解術と
私は寝台に横になり、目を瞑った。
深く、深く、意識を集中し。
深淵に向かって、深く、深く。
暗い闇の中を蠢く何か。
そこに到達する為に、また深く、沈んでいった。
*
「あれ?ここは?」
見渡せば、見慣れた天井が視界に入る。。
そう、見慣れたが、見慣れたく無い部屋。
ーー療養室だ。
自分は自分の部屋の寝台に横になった、はずなのに?
「気が付きましたか?リラ」
横を向くと、珍しく怖い顔したシャルトが横に座っていた。
美形が凄むと迫力が増すなぁ。なんて思ってしまうが。さらに目付き鋭く視線を投げられ身を縮ませた。
*
「リラ、貴女は何をしたんです?昏倒したまま三日間眠っていたのですよ?」
「ええ?!三日??」
逆に驚く私にシャルトは落胆の息を吐いた。
「仕事に来ない事を心配して、ディルムン隊長が迎えに行ったら貴女が意識不明のまま昏倒していたんです。私も呼ばれてからずっと精神干渉術を掛けていたのですが。三日も意識不明だったんですよ」
一息に喋るシャルトの気迫に押され、居住まいを正すしか無い。
説明して貰えますよね?と腕を組み半目で凄まれれば、首を縦に振るしかなかった。
「あ、でも……。話して良い事か分からないので、ディルムンさんに聞かないと……」
私がそう口籠るとシャルトの眉間に皺が寄った。
(ひぃぃ!!シャルトが怖い!!)
*
シャルトに呼ばれたディルムンが入室しが、シャルトは入室せず、廊下にいるようだ。
「起きたか。……何があった?」
「あ、えっと。ブランブル団長の件を調べる為に記憶を探っていました」
話していく内に語尾が尻すぼみしていく。
ディルムンの眉間の皺が加算されたからだ。
いつもの強面が当社比三割り増しな形相で睨まれるのは流石に怖い。
「前の時も倒れただろ?勝手にやらず、一言報告しろ」
あれだけ言っただろ?とディルムンに怒られ身を縮ませた。
ブランブル団長の呪いの解読をすっかり忘れていた為、休みの日に記憶を探ってみたのだが。
どうやら、眠ったまま昏倒状態になり、三日間意識不明だった様だ。
「心配かけてごめんなさい」
深々と頭を下げてディルムンに謝ると、頭の上で深い溜め息が聞こえ、さらに身を竦ませた。
「体調は大丈夫なんだな?」
「はい。大丈夫です」
申し訳無さげにディルムンを見上げれば口を真一文字に引き目を見据えている。
ディルムンの形相に尻込みしながら報告をした。
「……記憶ですが、多分?該当しそうな術式らしきものを探り当てました。多分ですが…。自信が無いので……。団長の判断になりますが、シャルトにも話して大丈夫か聞いて貰えますか?」
「分かった」
ディルムンは短く答えると席を立ち退室した。それに入れ替わりシャルトが入室しイスに座った。
「リラ具合はどうです?起きていて大丈夫ですか?」
「……はい。大丈夫です。ご心配をおかけしました」
バツが悪く塩々とシャルトにも謝罪し頭を下げていると、手を取られ唇を落とされた。
「眠る貴女にどれ程心配したか。目を覚まさなかったらと、心が竦む思いでした」
シャルトの怒った様な心配した様な口調と表情に恐縮する思いに駆られるが、相変わらずの接触に身悶えする。やはり何度されても慣れないから落ち着かない。
「看病して頂きありがとうございます。また迷惑かけてしまいすみませんでした」
俯きながら感謝するがシャルトの視線を感じて居た堪れない。
(早くディルムン来ないかなぁ……)
*
ディルムンが戻り、団長の許可がおりた事を伝えてくれた。
「団長にはリアンの呪いが掛かっているそうです」
どんな呪いか分からないのですが……。と自信が無いのでモゴモゴと言い淀む。
「リアンの?何故リアンの呪いが?」
呪いをどう受けたのかと、シャルトは首を傾げている。
「表向きの意識の中には普通?の術式しか浮かばないので、意識して深く集中したらナントナク?掴んだ気がします」
普通の術式と言うのもよく分からないが、いわゆる表層意識と深層意識だと思う。とシャルトに伝えると、怖い顔をしている。
「そのまま深層意識に沈みすぎたら戻れ無くなり、死んでいたんですよ」
「ぇ………っ!」
シャルトの真剣な面持ちと気迫の意味がやっと理解し、罪悪感が湧き上がってきた。
三日間、精神干渉術式を掛けてくれていたのだろう。きっと寝ずに……。
骨折した時も目に隈を作りながら回復術式を包帯に書いてくれたシャルト。想いの形は違えど、シャルトの気持ちに胸が痛くなる。
俯き身を強張らせた私にシャルトは優しく話しの続きを促した。
「……黒いリボンに銀色に光る文字で書かれていました」
「黒、ですか……」
シャルトは目を伏せ考える様に腕を組んだ。
私は佇んだままのディルムンに向き質問をした。
「団長は何か呪いについて言ってましたか?」
「リアンに関わっている。だから話せない。と言っていた」
「話せない呪いですかね……」
「呪いの術式は高位術で滅多に出来るものでは無いのですよ」
流石大魔術師リアンです。とシャルトが困惑顔で感心している。
呪いは闇精霊と精神干渉術の併用術だからかなり難しい高度な技術らしい。そもそも、精霊は扱いが難しく難易度が上がる様だ。
私は後日、体調が万全の時に解除すると決めた。シャルトが付き添うと申し出たのを快諾し、呪い解放に向けイメージトレーニングを繰り返した。
闇の中から掴み出したリボンを思い浮かべ反芻する。
蠢く闇の中で光ったのはあのリボンだけ。他にも術式らしきものがありそうだったけど、私の知識が追いついていない為、簡単に引っ張り出せない。
明確な意思で情報を意識しないと取り出せないのが歯痒い。自分の情報量の少なさに意気消沈する。
(落ち着いたら術式の知識増量計画に図書室通いかな……)
*
これを機に前にもシャルトから言われたリボン自作の授業が始まった。
属性ごとの単語や文法、用途による応用等。
シャルトから本を借りて暇な時も知識吸収に勤しんだ。
「簡単な術式なら書ける様になりましたね」
初級の書き込みはマスター出来た様でシャルトからお墨付きを貰った。
「覚え始めるとリアンの知識が出て来て補正がかかるみたいです」
ちょっとズルしてるみたいですね。と眉を下げてへらりと笑う。
「それはリラの大事な財産ですから、活用出来る物は有効活用するべきですよ」
シャルトは私が書き上げた術式を確認しながらクルクルとリボンを巻いていく。巻いたリボンを皮で出来た弾帯に差し込んだ。
「リラこれをどうぞ」
シャルトはリボンを差し込んだ弾帯を私に差し出した。私は装飾された弾帯の皮ベルトを手に取り、首を傾げながらシャルトを見た。
「これ?」
「素早く取り出して、術を発動させる練習も必要ですよ。素早さも自衛には必須ですよ」
後手では自衛になりませんからね。と満足そうに笑っている。
「こんな素敵な物を、わざわざすみません」
「師から弟子へのささやかなプレゼントです」
「練習します。色々師事して頂きありがとうございます」
「優秀な弟子で、私の出る幕がすぐ無くなりそうですよ」
「いえいえ。お師匠様にはまだまだ教えて頂く事がありますから」
私が戯けて返せばシャルトは、ふふふ。と笑っている。
さて、準備は揃った。
後は、私の体調が万全な時と、書類の山が落ち着いたら、かな。
三日間の意識不明は痛かった。
また寝込まない様にしないと山が増えるのは必須。
(山を片付けてからじゃないと増えるー!)
*
解術は、
ーー呆気無く終わった。
気負った割にサラリと終わり、私よりも呪いから解放されたブランブルの団長の有様にしばし言葉を失った。
「大丈夫ですか?」
「……ああ」
ああ。と言う割に動かないブランブル。
床に胡座をかいて座り込み、手を腿の上に置いて、項垂れたまま微動だにしない。
俯くブランブルの表情は窺い知れない。
俯いたままブランブルは呟いた。
「悪りぃな。一人にしてくれや」
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私の体調は万全。
サポートにシャルト。
緊急時の対応にディルムン。
ブランブルの呪いについて知っている者は少ない為、このメンバーとなる。
解術の術式を書き出すのは難しく、思い浮かべて術を発動させる事になった。
シャルトは会議室に結界と防御を貼り、私へ精神干渉術がすぐ発動出来る様に施した。
会議室の床にブランブルを寝かせ、万が一用に精神干渉術のリボンのブランブルの回りに囲い、補正で魔石を置いた。
私は膝を付きしゃがみ、手をかざし脳裏に黒いリボンを思い浮かべ集中する。
対象物に触った者に瞬時に術式を流し込み呪いを掛けるこの術。
その印をブランブルから引き剥がし、開放する。
ーー印は在るべき所へ戻れーー
浮かんだ言葉をそのまま口にすると、ピシリとした振動と電撃の様な感覚が走り、私は顔を顰めた。
一瞬の目眩の他は特に体調に変化は無かった。
後ろでサポートしてくれていたシャルトが近寄り顔を覗き込んだ。
「リラ、大丈夫ですか?」
「はい、私は大丈夫ですが、ブランブル団長は大丈夫でしょうか?」
身動きしなかったブランブルが、のっそりと起き上がり座り込んだのを見守っていた。
だが、ブランブルに一人にして欲しいと言われ、私達は退室した。
*
「リラは体調の変化は無いのですね?」
「はい。大丈夫です」
三日間意識不明を経験した割に、今回は何の変化も無く、自分でも拍子抜けな気分になる。
談話室でお茶を飲みながら一息ついた。
「元はリアンがかけた呪い。リアンの魔力を継いだリラだから簡単に解除出来たのでしょうね」
シャルトはカップを口に運び喉に落とすと、ホッと一息ついた。
「ともかく、無事に終わり安心しましたね」
前科がある自分にその言葉はチクリと来るが、何事も無く終わり私も安堵した。




