7 ニャンコとピアスと買い物と
人称変更しました。
書類に囲まれ、ペンを走らせる音だけが部屋に響く。
計算して書き込み、また次を計算して書き込む。
ただ黙々と作業をする。
その作業が記憶喪失で寄る辺の無いエレの気を紛らわせていた。
だがディルムンはこの状況を作ったブランブルに恨み言がいっぱいだ。
( 何故!不審人物を自由にさせる!?ましてや内部書類に関わらせるなどあり得ない!!ブランブル団長は何を考えている!?そもそも魔術関係なら何故魔術師団に引き渡さない!?……何か理由があるのか?…いや、それよりどうにかして記憶を戻すことを優先にし尋問せねば!間諜かもしれないのだぞ!?ここに連れてくるより5番隊に連れて行って尋問するべきだろうに!! )
ディルムンは不満と思考が交差し纏まらない頭を振り書類に向かう。
だが時間が経つにつれ意外にも仕事が進むためディルムンも何とも言えない気分だ。頑なな態度でいたディルムンだが、彼女自身はこちらを気にせず作業をしている。こちらに差し障りが無い以上、気にしてたら仕事にならない。こちらはこちらの仕事をするだけだとディルムンは仕方が無く気持ちを切り替えた。
エレはいくつかの束を計算してディルムンに渡す。ディルムンに無言で受け取られたが、また席に戻り計算を続ける。
ただそれの繰り返し。
それでも出来ることがあるのがエレには嬉しかった。
その静寂もシーニアの休憩のお誘いで切り上げられた。
「慣れないことして疲れてない?ディルムン怖かったでしょう?大丈夫?」
シーニアはディルムンをからかうように言う。
「大丈夫ですよ。ディルムンさん怖くないですよ?」
クスクス笑いながらエレはシーニアからお茶をもらう。
ディルムンは無表情のままお茶を飲んでいる。
「えー。無表情だわ、目付き最悪だわ、冷酷だわの堅物だよ」
「別に気にならないですよ。計算に集中してたので時間もあっと言う間でした」
最初こそ剣を向けられた事を思い出し身が竦む思いだったが仕事中のディルムンは無口無表情なだけで殺気が無い分、マシな気がする。
「あまり棍を詰めると疲れちゃうよ?まだ慣れないんだから今日は早めに切り上げるんだよ」
エレを気遣うシーニアはディルムンに、ちゃんと早く帰せよ。と強く言った。ディルムンは是も否もなく変わらず無表情に聞き流していた。
この世界に電気はもちろん無い。
朝は日の出と共に起き、夜は魔石のランプかロウソクなため夜が早い。
日が落ちたら外の訓練は出来ない為、日が落ちるあたり位からが夕飯時だ。
ディルムンは日が暮れるだいぶ前に仕事を終了させた。
ディルムンはエレをセレンの所に連れて行った。
「疲労は効率が下がる。早めに休ませろ」
「意外ね?貴方がそんな気遣いできるなんてね」
セレンは意味ありげな笑みを浮かべてディルムンに目配せし、どうせシーニアに言われたんでしょ?と笑いセレンはエレに向いた。
「私も早く上がるから少し待っててね」
「お気を使わせてしまってすみません」
エレはセレンから待っている間にと椅子を進められたが、まずディルムンに挨拶を忘れていた事を思い出し近づいた。
「今日はありがとうございました。ちゃんとお手伝いになっていると良いのですが。また何かありましたらよろしくお願いします」
お辞儀をし感謝を伝えるとディルムンは一礼して返し部屋を出た。
「相変わらず無口無表情よね」
セレンは肩を竦ませ作業を続け帰り仕度をした。
*
エレとセレンは早めの夕飯に食堂に向かった。
料理長オススメを食べているとシャルトがやって来た。
「ご一緒させて下さいね」
シャルトは返事も聞かず勝手に同席すると目的はソレとばかりに話しを始める。セレンはひと睨みするがシャルトは何処吹く風と素知らぬ振りだ。
「エレさん仕事はどうでしたか?あまり無理は良く無いですよ。エレさんの魔力は不安定なので影響が出てしまうかもしれませんよ?」
エレは魔力があるとか分から無いので魔力について聞いてみた。
「私に魔力があるそうですが、どういう影響があるのでしょうか?」
「魔力は当人の体調、感情に左右されます」
シャルトに魔力の基礎を教えてもらった。
体調が悪ければ魔力が低下するし、感情が激しければ最悪暴走して周りを巻き込むから危険だと。
だから。とシャルトはエレに小さな箱を渡した。
「これは?」
「魔力安定用の魔具になります」
箱を開けると紫の水晶の様な石が付いたピアスが入っていた。
「万が一猫になっても落ちないようにピアスにしました」
エレは、なるほど。と思うも自分にピアスの穴がある事も気が付いていない事に少なからずショックを受けた。本当に自分は記憶が無いんだなぁ。と。
「魔力安定させる為にも外さない様にして下さいね」
「分かりました。ありがとうございます。ご迷惑ばかりかけてすみません」
してもらってばかりで恐縮するばかりだ。思わずエレは身を縮こませてしまう。
シャルトはふわりと笑うと、お役に立ちたくてやってますから気にしないで下さいね。と目を細めていた。
セレンは胡散臭い物を見る様な目をしてシャルトを見ている。
「シャルト様はシャルト様の仕事があるのでは?ゆっくりしていて大丈夫なのかしら?」
「私は魔術師団と騎士団の掛け持ち扱いなので色々融通できるので大丈夫ですよ。ご心配なく」
セレンの嫌味はシャルトには効かない様だ。
エレとセレンは食事を済ませ宿舎に戻り、お風呂に入り部屋に向かう。
宿舎は男性宿舎、女性宿舎と別々だ。
女性警護で男子禁制の場所もあるので女性騎士もそれなりに居る。
戻る途中、宿舎の談話室で黒髪黒目のエレに興味を持たれ女性達に捕まった。
ここの世界は髪も目もカラフルだ。赤い髪、青い髪、緑の髪、黄色髪と濃淡様々、目も同様にカラフルだ。
髪と目が同色なのは少ないらしい。
皆、背が高いため上向きを強いられ首が疲れる。
ここでは女性の身長が170cm超えは当たり前。騎士だから体格も違う。
男性に至っては180cm以上が多く会話するにあたり首を上げなければ話しにくい状況だ。
皆との違いを見て、エレは自分の所在のなさを感じてしまう。
( 自分は何処から来たの… )
自分の事で分かった事は
読み書き計算が出来る事が分かったくらい。
( 少しづつでも記憶が戻ると良いんだけど… )
**********
シャルトは獣化に関わるため秘密保持の制約のもと騎士団への派遣が決まった。
シャルトは騎士団に完全隔離されている訳では無いので魔術師団に戻る事は許されているが基本騎士団預かりの為あまり戻れない。
シャルトの上司の隊長には騎士団からの派遣の話しが通っているが良い顔はしてない。
一応、シャルトも第1魔術師団第1部隊副隊長なので実力は上位を争う位に強いのだ。その実力者を騎士団に持って行かれ上司も気分は良くない。
派遣の申請書には将軍から直々に口添えがあり渋々了解したのだ。
相手が相手だ、正式な書類で将軍の口添えがある以上拒否も深く追求なども出来ず不満を飲み込み上司は許可を出した。
騎士団員が彼女の回りを固めておりシャルトはエレへの接触が難しい。
それでもシャルトは、先ずはひとつ目的を達成できただけでも満足だ。
ピアスを渡せた。
それだけでも進展だ。
魔力安定の為に身に付けて貰わなければならないのだ、が。
本来の目的は違う。
彼女を私の監視下に置く。
そして魔力変化を調べるのが目的だ。
あのピアスは魔力安定用だが本来の目的は別だ。
身に付けている間シャルトのピアスと連動し、魔力変化が分かる。そのため彼女が何処に居るかも把握できる様にしてある。
万が一、彼女が猫に戻っても彼女を見失う事は無い。
貴重な研究材料を手放す気は無い。
ゆっくり彼女を調べていけば獣化の秘密も分かるだろう。
獣化術は秘された術で上層部からも術の解明を渇望されている術だ。だから秘密裏に研究が進められているが結果は全く出ていない。
獣化初の成功者である彼女の記憶が戻り術の真実が手に入るまで………。とシャルトは微笑を浮かべた。
大魔術士リアン・シュベーフェルが最後に残した術に近づくにはまだまだだ。
**********
最近のエレはセレンと食事後、ディルムンの所で計算をし、休憩時間は休憩室でシーニア、セレン達とお喋りをするのが定番になった。たまにドウェルやディルムンが来るけどやっぱり二人共無口無表情だ。
セレンがまた買い物に行くから一緒に行こう。と誘ってくれた。
明日は買い物に町へ行く事が決まった。エレも色々見れるのを楽しみにした。
当日シーニアも一緒に待っていた。
話しを聞いてたからね?俺も一緒にいいかな?なんて聞いてくる。ダメとは言えずもちろん一緒に行く事になった。
が、もう一人増えた。シャルトだ。
魔術関連で何かあったら対処できないですよね?と言われれば、やはりこちらも断る理由も無く一緒に行く事になった。
冬も終わりに近づき堅い蕾を付けた木々が立ち並ぶ。吹く風もだいぶ和らぎ春の気配を感じさせる。
行き交う人々に馬車や荷台が所狭しと道を行き喧騒飛び交う売り込みの掛け声が響く。広場も大道芸人が芸を披露し人々で埋まり歓声が上がっている。
人混みを抜け店の路地に入ると少し人混みが落ち着いた。エレは逸れない様にセレンを追うのに精一杯だった。
セレンは小物雑貨店に入ると化粧水やクリームなど身嗜みの小物を買い、エレにも渡してくれた。
「女の子なんだからちゃんと身なりを整えないとね」
エレは、セレンさんの心遣いにはいつも感謝してます。ありがとうございます。と伝えると、いいのよ。妹が出来たみたいで楽しいの。とセレンは笑いながら買い物を楽しんでいた。
シーニアも、ならば。とエレに髪留めを選んだ。
「そんなに頂けません。申し訳ないです」
「いいの。俺があげたいの。似合うじゃん」
断る間も無くシーニアは会計を済ませ、プレゼント。と言いエレに手渡した。
目の細かい櫛に金の花飾りが付いた髪飾りだ。
恐縮し身を縮こませ、ありがとう。と言うと、付けてみて。とシーニアに言われエレは軽く髪を結い上げ髪留めを付けた。
「夜空みたいな黒髪に金の髪飾りが月の様でよく映えるね。似合うよ。エレ可愛い」
サラリと褒め言葉を流すシーニアに恥ずかしくてエレは耳まで赤くなる。
恥ずかしいエレは、ありがとう。としか言えず俯いたままでシーニアには頭をポフポフされていた。
エレには何も返せないのに、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
隊長の皆は町の人に顔が知れている。
行事や祭りのパレードなどに隊長クラスは参加するため当然だ。
ましてやシャルトは翡翠色の髪に赤紫の瞳、整った美貌の持ち主で注目度が高い。
セレンも涼やかな顔立ちに淡黄色の髪、黄緑の瞳に凛々しい立ち居振る舞いに目を引かれる。
シーニアは背が高く騎士らしい雰囲気に少しタレ目な顔付きに人気がある様だ。
そんな目立つ人間が3人も居れば周りから目を引くのだが、身長に囲まれ他人の視線が分からない。背が低くて良かったのか悪かったのか…。
買い物も済ませ、軽くお茶にする事になった。
「私だけ何もしないのも矜恃に欠けますので、ここは奢りますよ。お好きに頼んで下さい」
それは悪いです….と言おうとしたエレの言葉にシーニアが声を被す。
「おーっし!好きなだけ食うかな!」
「貴方には言って無いですよ。女性だけに決まっているでしょ?自分で払いなさい」
男に奢る趣味は無いですよ。とシャルトが言うも、ケチ臭い事を言うとカッコ悪いぜ。とシーニアに言われ、シャルトは眉を顰め黙っていた。
エレは、奢って貰ってすみません。と言うと気にしないで下さいね。とシャルトに優しく返されたが、シーニアとシャルトは溝が残ったままの様だ。
そんな賑やかなやり取りを遠くから観ている者がいたが誰も気が付かなかった………。
2016.12.5改稿
人称変更で加筆修正。
2017.3.8本文にタイトル入っていたので削除しました。