6 ニャンコと相談と計算と
人称変更しました。
内容はあまり変わりません。
エレの一日はセレンの起床と一緒に始まる。
エレは寝巻きから服に着替えた。
昨日買って頂いた服のひとつ、藍色のワンピース。白い襟とボタンがアクセントになっている。その上にクリーム色に薄茶の刺繍がされたボレロの様な上着を羽織り、髪は緩く三つ編みにして纏めた。
エレが食堂に向かうと待ち構えていたのはシャルトだ。エレの座るテーブルの向かい合わせにシャルトは座り話しを始めた。
( 彼女で研究……じゃなく…… )
「今後の対策などを彼女と話をしたいのですが……」
「記憶が無いのに無理強いは良く無いですわよ」
セレンが諌めるがシャルトは気にせず話しを持ちかける。
「大丈夫ですよ。やる事も無いですし、記憶を戻す為にも何かありますか?」
エレの返答にシャルトが答える前、シーニアが口を挟んだ。
「まだ状況が落ち着いない内に彼女に何をするつもりだ?」
シーニアの棘のある言葉に空気の温度が下がるようだ。
セレンは突然口を挟んだシーニアに視線を向けた。
「シーニアいつの間に来たの?ちゃっかりエレの隣に座って」
「お?彼女はエレのまま呼んでもいいのか?」
先ほどとは違う口調でシーニアがエレに聞く。
「はい。それでお願いします」
エレが答えるとシーニアは嬉しそうな顔をしている。
「俺が付けた名前を呼べるなんて嬉しいねえ」
シーニアは顔を緩めていた。
シャルトは今は仕方ない、とばかりに無言で食事を済ませた。
シーニアはエレの背後に座り食事をしながらも警戒を怠らないディルムンにも視線を向け牽制していた。
*
食後セレンはエレを団長の所へ連れて行く為、騎士団の中を案内した。
寮と食堂は隣り合うため案内は楽だ。通路を通り本館に向かう。
並びとしては、寮–食堂–本館–武器庫-訓練所の様な形だ。上から見れば、井の字?ヰの字?みたいな構造なのだろうか?角を曲がると方向音痴には良く分からなくなる。他にも騎士団施設は用途により色々点在している。厩舎や馬房や馬上訓練所や納屋やら武器庫やらとあるが今回それは後だ。
事務所や経理など雑務の事務方は大雑把に案内され目的の部屋に案内される。
「ここが隊長達の部屋よ。第1〜6隊の部屋がそれぞれあるから」
最奥が騎士団団長室であり目的の部屋に向かう。
ドアをノックし、2番隊セレンです。の挨拶後に応答があり入室する。
「エレさんをお連れしました」
エレはブランブル団長に向かいペコリとお辞儀をした。
*
食堂に残されたシーニアとシャルト。
シャルトは獣化解除後、エレの事を他言無用にする事で騎士団の出入りを許されている。
本来なら魔術師の事は魔術師が良いと思うシャルトだが、何故かブランブルは騎士団から彼女を出したくない様だ。とシャルトはいぶかしんだ。
術を使用した不審人物など魔術師団に任して手放した方が仕事的にも楽だろうに。
シャルトはそう考えると、ふと思う。
(ブランブル団長は何かを知っているのでは?だから魔術師団にも知らせない?いや、それは無いか。あの二人では接点がなさそうですし。まぁ自分としては派遣としてでもここに残り、獣化術を扱える彼女に色々聞くため機会を得るしかないですね)
とシャルトは考えを巡らしていた。
「あまりエレに構うな」
シーニアはシャルトに鋭い視線で睨んだ。
「こちらとしても申請されて来ていますので仕事のうちですが?」
「魔術師が口挟むな。騎士団内で起きた事にそちらが邪魔しない様に騎士団に隔離しただけだ」
シャルトは憮然な態度のシーニアなど気にも止めない。
「それは貴方の見解ですよね?何かあった時どうするのですか?彼女は魔術師なんですよ?術を剣で抑えられるのですか?魔術師は魔術師にしか止められませんよ。ましてや上級術を使える相手に騎士では無理かと思いますが?」
騎士には騎士の矜持。
魔術師には魔術師の矜持。
相容れぬ二人に緊張が走る。
「やめんか馬鹿ども。食堂で騒ぐな」
仲裁に入ったのは1番隊バーマンだった。
静かに食事もできんのか。とシーニアに近づき拳を頭に落とす。ヒデェ!とシーニアは不満を訴えるがバーマンは気にも止めずシャルトに話かける。
「シャルト様、建前ではなく意思の疎通の為に騎士との連係の仕事もして頂くので、そのおつもりで」
伝える事を伝えればバーマンはサッサと去って行った。
残された二人はやはり無言のまま席を後にした。
*
食後騎士団内の案内後ブランブル団長に、出来る事が無いかを相談するセレンとエレ。
途中食堂から戻ったシーニアが団長室に合流し同席した。
だが、騎士団で不足人員は騎士くらいなのだ。話せば話すほど特にやる事が無いのが分かる。
ブランブルに、記憶が戻るまで大人しくしてろ。と言われてしまいエレは諦めてセレン、シーニアと退室しようとしたら入室をしようとした隊員とぶつかり書類を散らかしてしまった。
「すみません。ちゃんと前を見ていなくて」
「いえ。こちらこそすみません。お怪我はありませんでしたか?」
流石騎士。丁寧な対応だ。
お互い落ちた書類を拾い、集めた書類を隊員に渡した。
「三枚目の書類の計算違っているみたいでしたよ?」
エレはちょっと気になったので一言付け加えた。
隊員はおや!?という顔をしたが
「ご指摘ありがとうございます。確認しますね」
隊員は一礼して退室をした。
そのやり取りを見ていたブランブルが訝しそうな顔をしてエレに尋ねた。
「嬢ちゃんは計算が出来るのかい?」
「あれ?無意識に計算してますね?何故でしょう?自分でも不思議です?」
自分でも分からず首を傾げ、あまり意に介さず答えれば、ブランブルは不敵な笑みを浮かべ楽しそうにエレに書類を渡してきた。
「試しにこれやってみ」
エレは渡された書類を使ってない机の上で計算して記入していく。
程なくして終わりブランブルに渡すと計算確認をした。
確認し終わるとブランブルは一言。
「経理だな」
一連を見ていたセレンとシーニアも驚いていた。計算が出来るのも凄いがエレの計算速度が早かったのだ。
「記憶が無くてもやはり魔術師だからなのかしらねえ」
「それにしても早い計算だな」
エレはセレンとシーニアにそう言われても、何故出来るか本人にも不明なため、はぁ。としか返事ができなかった。
「一番経理書類溜めてるヤツの所に連れてきな」
ブランブルの発言に異を唱えたいシーニアをセレンが制し、納得すると思いますか?とブランブルに聞く。
「ヤツも背に腹は変えられまい」
楽しそうなブランブルの顔にセレンとシーニアはゲンナリして三人は部屋を後にした。
*
団長の指示通りエレを案内した。
シーニアとしても不満だがディルムンは不満を超えて怒り寸前の様子だ。
「何故ここに!!」
「ここが一番経理書類溜めてるからですよ?」
セレンが間髪入れずに反論すれば、ぐぅ。とディルムンが黙った。
好きでエレを6番隊に連れて来たわけじゃないシーニア。出来れば自分の隊の所に連れて行きたかったようで不機嫌のままだ。
「ブランブル団長の命令ですので諦めて下さいね。なので、くれぐれもエレに失礼の無いようによろしくお願いしますね?」
セレンはしっかりと念を押すようにディルムンに伝える。
シーニアも、エレが困ったり怖かったり恐ろしかったらスグにコッチに来るんだよ?助けるからね。と念を押す。
シーニアにそこまで言われているディルムンは憮然な態度で聞き流す。
セレンとシーニアは後ろ髪引かれるように6番隊の部屋を退室して行った。
残されたエレとディルムンは気まずい空気のままだが仕事に取り掛かる。
ディルムンは仕方なく机を用意し、計算書類だけ抜粋してエレに渡す。
そもそも6番隊の経理書類が溜まるのには理由がある。
1〜5番隊は全員騎士構成だ。上役、補佐なども貴族が多い。
6番隊は戦時は外部部隊編成を組みギルド員や傭兵を徴用する部隊だ。
もちろん騎士も居るが、騎士とは名ばかりで実力主義の集団となっている。そのため騎士と一線を画すせいで狂犬と言われる。
その隊長であるディルムンも冷徹無表情の、氷の番犬と揶揄される。
騎士率が高ければ教育を受けた者が多い事になる。
逆に、ギルド員や傭兵は平民出が多いために識字率が低く、結果ディルムンが代筆することが多い。それを知っているから、経理だけでも負担が減るように気を回したブランブルなのだが……。
ディルムンにとってはエレが同室に居るなど寛容な気分にはなれないのだ。
( なぜブランブル団長は内部書類を外部の人間にやらせるのか!?しかも不審人物だぞ!?情報が漏れたらどうするつもりだ!? )
ディルムンは沸々と湧く疑問と不満に歯噛みし、眉間の皺は更に深くなっていった。
悶々と思案しているうちにエレが渡された分の書類を終わらせてディルムンに持ってきた。
ディルムンは自分の確認計算の方がだいぶ時間がかかっているのが分かった。
実力は渋々納得という所だ。
「計算は早くて正確みたいだな。ならコレを端から片付けてくれ」
こんもりとした書類の山が二つほどエレの目の前に押し出された。
エレは目を見開いて眺めたが、まずはやれる事からやっていこう。と気を取り直し計算を始めた。
2016.12.5改稿。
人称変更。