10 ニャンコと日常と拉致と質疑と
私の日常は6番隊で計算する事と、空いた時間にシャルトと魔術の練習になった。
シャルトが居ない時は普通に休日でのんびり買い物に出たり。
いや、休日はシーニアと出掛けたりする。
シャルトと魔術練習で一緒にいる事が多い為にシーニアが警護と称して便乗してる。
「リラとデートだねー」
「警護の仕事は?」
半目でチラッとみれば、一緒にいれば大丈夫。と満面の笑みで返され手を繋がれる。
一緒に色々なお店を見たり買い物したりのんびり街の中に流れる水路を眺めクレープを食べたり。
「リラはクレープ好きだね?」
「う……。自分で良く作ってたから懐かしくて」
照れ隠しに俯いていると、リラが作ったのも食べて見たいなあ。とシーニアにチラッと見られた。
「また食堂の調理場の使用許可取って作らないの?」
俺が許可取ってこようか?と食い気味に言われ困った。
いや、いいよ。と否定しても、リラの手料理食べたーい。と笑って話にならない。
柔らかい日差しの中で平穏な一日が穏やかに過ぎていく。
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今日はディルムンが急な用事で居ないらしく、午後から休みになってしまった。
どうしようかと思案していると、何時もシャルトの馬車の御者をしている人が来た。
「お時間がお空きでしたら是非。と伝言を預かりました」
急に時間が空き、やる事も無いのでシャルトの馬車に乗って魔術師団に向かう事にした。
だが、向かう方向が違う………。
馬車の中から御者に、何処に向かっているの?ねえ!停めて!と声を掛けるも届かない。
いや、聞こえていても無理だろう。
このよく分からない状況に血の気が下がり、身が縮み胃が痛くなる思いに苛まれた。
暫くすると豪奢な作りの門扉をくぐり玄関に横付けされる。
馬車のドアを開けられ降りる様に促され、渋々降りると見た事のある顔が出迎えた。
「良くお越し下さいました」
上品に柔らかく笑う、胡散臭い紳士が優美に立っていた。
「……トリュー公爵様ともあろうお方が誘拐とは?」
「おや?人聞きの悪い。ちゃんとお誘いの伝言はお伝えしましたでしょう?」
「あれは詐欺って言うんですよ?シャルトの御者まで利用するなんて。“人聞きの悪い” じゃなくて人が悪いと言うんですよ」
騙し討ちで連れてこられ怒り心頭の私は辛口モードだ。
「立ち話もなんです。こちらにどうぞ」
私はトリュー・メイフェイア公爵に拉致られたようだ。
仕方なく付いて行くと豪華な部屋に案内され居心地が悪い。しかも今はシャルトも居ない。一人な自分の存在に心細くなる。
「そう恐縮しないで下さいね。貴女とゆっくり話をしたかっただけですから」
トリューは微笑み目を細めた。その顔はシャルトに良く似てる。トリューが親だからシャルトが似ているわけだけど、今はそんな事どうでもいい。人を謀る公爵に好感度など地に落ちた。
「せっかくのお茶会のお誘いも怪我をされた様で断られてしまい残念です。ですがお早い完治に驚きました」
和やかに笑うトリューの様相からは、見た目だけなら穏やかそのものだろう。王宮での会話から伺うに、宰相を担うトリュー相手にマトモな会話は望めないと思っている。
歯に衣着せてフガフガしそうな遠回りな会話にゲンナリしてくる。
( 怪我で欠席してるクセに治ってるのはどう言う事だ?って言いたいんでしょ!!)
心の怒号は飲み込み、作り笑いの日本式お愛想笑いで表情を誤魔化す。
「シャルト様に治癒術式を包帯に書いて頂きましたので完治が早まりました」
「おや?シャルトが?治癒術式を使うとは初めて聞きました」
トリューは素直に驚きを口にすると上品にティーカップを手にすると口元に運び香りを楽しむ様に口にした。
「先日は失礼しました。ですがとても有意義な話を聞かせて頂きました」
トリューは穏やかに微笑むと私に顔を向けた。
「他の話も聞かせて頂きたいのですが宜しいですか?」
宜しいも何も拉致っといて。と私はゴチる。
早く終わりにしようと居住まいを正し話せる範囲を話す。セレンやシーニア、シャルトに話した内容なので慣れたものだ。
一通り聞いていたトリューは感心し、シャルトの言った通りですね。と納得している。
シャルト何言った!?と私の心の中は恨み節でいっぱいになる。
「貴女は私の立場をご存知で?」
「えっと、……偉い?中立派。と言うくらいしか知りません」
「知ろうとは思わないのですか?」
「興味はありません」
ツマラナイ問答に拉致られたと思うと私は疲れてきた。
「将軍が変わった事はご存知でしょ?私の関係者なのですが」
会話の中で頷くも関係者なのは知らない。首を傾げ怪訝にすればトリューも首を傾げた。
「貴女の事は騎士団長から将軍に上がり宰相である私も知る事となる。……貴女が獣化術で猫になる事もね?」
背筋がヒヤリとする。
シャルトよりも優美に眼光鋭く見つめられる。
「貴女がニホンと言う国から来て素晴らしい知識を持っていると聞いています。どうです?私と取り引きをしませんか?」
「お断りいたします。そう言う事なら帰らせて貰います」
私の即答にトリューは目を見開いている。
「条件も聞いて貰えないとは釣れないですね?」
「どんな条件でも答えは同じです。取り引きにはなりません」
頑なな私の態度にトリューは怪訝な顔になる。
「貴女の知識は世に役立つのでは?人の為に広めてみてはいかがです?」
私は目を瞑り溜め息をつく。
「私の知識は私の国で通用するものです。この国の事はこの国で考えるべきです。急激な知識は毒にしかなりません。人の進歩は歴史と時間に沿って進むべきで、外部から楽に入手するのは間違いです。楽は怠惰と混乱を生みます。先を見据えて考えるべきです」
「……そこまで言える知識。それを持つ事が出来る事。貴女の国は素晴らしい国の様ですね」
更に興味を増した様なトリューの瞳に私は藪蛇だったかと肩を落とした。
トリューは優雅に脚を組み腿の上に手を組んで置くと柔和に胡散臭く笑う。
「貴女は、自身の価値を知らな過ぎる」
「私の事は捨て置いて下さい」
もう疲れた。とばかりに気怠げに答えればトリューは更にやんわりと微笑む。
「貴女のその価値観が貴重なのですよ?」
トリューの熱の篭った瞳で見つめられ私は溜め息をつく。
欲しいのは知識。
だがトリューにはまだ何かありそうだ。
真意が分からない。
私は…………余り聞きたくないが、口にした。
「トリュー様は何をお望みで?」
「貴女ですよ?」
トリューは即答する。
………絶句した。
居住まいを正し貴族相手に緊張して接客していたが、ガラガラと何かが崩れドッと疲れが出た。
手を顔に当て項垂れ大きな溜め息を吐いた。
その様子をトリューは楽しそうにくつくつ笑いながら見ている。
「冗談ですよ?」
トリューの目は本気で楽しそうに細めている。
私は安堵感と腹立たしさと悔しさと色々な感情が混ざり合い口をパクパクさせて戦慄いていた。
「ですが、半分は本当です」
「!?」
「貴女が為政者側に付くなら良い国になりそうなのですが、協力しては頂けませんか?」
「無理です。私はただの庶民です」
溜め息を吐き出す様に力無く答えるもトリューには暖簾に腕押しの様で、このまま根負けしそうだ。
私の這々の体を見るトリューは笑みを崩さずに私に向く。
「お疲れのご様子なのでお部屋をご用意しました。そこでお休み下さい」
有無を言わさず言い放つと私は侍女に連れられ部屋に案内された。
部屋に着くとゆっくり出来ると思いきや、湯浴みをされ全身丸洗いされ身支度をされた。
湯浴みも着替えももうウンザリしているのにドレスに着替えさせられて更に疲労困憊だ。
ドレスを着てゆっくり休めるはずもなく、ソファーに座り窓を見れば外は暗くなっている。
帰りたい………
ーーでも、どこに?
自問自答に溜め息が出る。
立ち上がり窓から外を眺めれば情けない顔をした自分の顔が窓硝子に写り込んでいた。
*
夕食に呼ばれ向かうが、着せられた赤紫色のドレスは首の後ろでリボンを結わくホルターネックで胸元のタックと胸下を締め身体のラインを強調するロングドレスで気恥ずかしくなる。
トリューに出迎えられドレスを褒められ食べた気がしない食事を進める。
豪華だし味も美味しいと思うけど、美味しいくない。会社の接待以上に味気ない食事。気分の乗らない食事程辛いものは無いとつくづく思った。
食事が終わるとまた部屋で質疑応答が始まった。
「貴女の国では国の代表を国民が選ぶそうですがどうやって選ぶのですか?」
「立候補者が演説して国民が納得した人物の名前を書いて得票数で決まります。不正がない様に公の場で多数の立会い人と一般監視の目の下で行われます」
「国民全員が参加するのですか?」
「成人から投票権を持っています」
トリューからの質問は止まらない。
「候補者の名を書くと言う事は識字率が高い証拠ですね」
疲れた頭で精査しながら情報を切り出すのは疲労が溜まる。
本来なら話したくは無いが、それでも迂闊な事は言えず神経を使う。
医療組織の仕組み、教育の成り立ちと在り方、多岐に渡り聞かれ話せる範囲を話す。
私が喋り疲れたのを見咎めお開きにしてくれた。
「では、騎士団に戻らせて下さい」
「もう夜も更けました。今夜は我が屋敷でお休みなさい」
有無を言わさ無い雰囲気でトリューは穏やかに微笑むと私を部屋に送った。
今夜は諦めて明日帰れるかな……と思うも。
本当に帰れるか不安になる。
自分の居場所の無さに震えが止まらない。
寝台の上で身体を丸め不安のまま朝を迎えた。




