30 ニャンコとダンスと手の平と【 後編 】
シャルトに応接室に案内され一息つきませんかとお茶に誘われたが、外は夜も帳が降り暗くなっている。
私もそろそろ宿舎に帰らなければ明日の仕事に差し障りが出てしまう。何よりもダンスとコルセットで全身筋肉痛確定に帰ったらマッサージしなければ明日がツライのが目に見えている。申し訳ないが帰る事を伝えた。
「そろそろ夜も遅いからお暇しようかと思って…」
私の言葉にシャルトは眉を顰め悲しげに目を伏せ顔を曇らせた。
「……一日が短すぎますね」
「今日は楽しかった。色々ありがとうね」
シャルトに近づき見上げて感謝を伝えるとシャルトはこちらを向き手を取ると、また手の平に唇を落とす。
その見つめる赤紫の瞳は熱く鋭く身動きを許さない強さに息を飲む。
不意にシャルトが手を離したと思ったら次の瞬間には両手が頬を包み、驚いて動けない所にシャルトの顔が近づいてきた。
「シャ、シャルト?は、離して!」
慌てて両手をシャルトの胸元に当て抗っていたが近寄るシャルトの顔は避けられず私はぎゅっと目を瞑った。
シャルトは額に唇を落とした。
「額へは友情。瞼の上は憧憬。頬へは厚意」
シャルトはそう言うと、その場所その場所へと唇を落とす。
私はどうする事も出来ずにいるとシャルトに今度は手を握られ唇を落とされる。
「手の甲は尊敬。腕首へは欲望。では手の平は…」
……何だと思いますか?と唇を寄せたままの手の平に吐息が掛かりその熱に私も熱くなる。
双眸を細め妖艶に微笑むとシャルトは私の腰に手を回し身体を引き寄せ抱き締めた。
「ひゃっ!シャルト!?」
顔を耳元に寄せ囁く様に呟く。
「……聞きたいですか?」
意味ありげな表情で妖艶に微笑むシャルトはスルリと身体を離した。
「お帰りになる前に。後少し貴女の時間を頂いてもいいですか?」
私の屋敷の庭園も観て貰いたいのです。と、シャルトが手に囁く様に言葉を紡ぎ、断れそうにない雰囲気に私が頷けばシャルトは蕩ける様な笑みで相貌を緩める。
私は帰れる方向に話しが進むなら流れに乗っておこうと頷くと手を引かれ案内された。
庭園に出れば外は暗く視界に捉えられるのは部屋からの明かりに照らされた仄かな範囲。月は細く光りは弱く周りを見渡せない。
これでは観れないから無理では?と言葉にする前にシャルトは、そこで動かないでくださいね。と言うと私の数歩前に出た。
私はその場に留まり首を傾げながらシャルトの背中を眺めているとシャルトは髪を結わいていたリボンをほどく。解かれた髪がハラリと背中に広がる。翡翠色が月明かりに仄かに照らされて浮かび上がり微かに艶めき目を奪われる。
シャルトがリボンを手に何かを呟くとシャルトが光り始め、両手を前に出し広げると手の辺りが光だし周りを照らしだす。
月明かりとは違う少し青味掛かるその光は球となり宙に浮く。気が付くと幾周りに幾つもの光の球が生じ宙を漂い周囲を照らし始める。
仄かに青白い光の球はシャルトの指示で庭園の四方に散り等間隔に並ん庭園を照らし幻想的な情景を醸し出す。
青霞の光りが宙を舞い浮き出された庭園は整然と整えられている。植木に華やかに咲き誇る花々と花のアーチ。咲く花々を幽玄に光が照らしだし目を奪われる。
魔術らしい魔術を私は初めて目の当たりにして驚いたまま、凄い。と呟く。
「如何でしょうか?」
シャルトが振り向き微笑むと私は、凄い。としか言葉が出ない。
「…………凄い………………綺麗」
シャルトは振り向くと私の手を取り庭園内に足を進めて光りに合わせて案内をする。
「驚いて貰えましたか?」
「ええ…凄いですね…………」
驚き入り言葉が出ないでいる私をシャルトは満足気な表情で微笑む。
光りに目を向けて手を伸ばしてみると揺れて私の周りをフワフワと周る。
「凄い術ですね」
魔術らしい魔術を初めて見て、凄い。しか言えない私は興味津々でシャルトに向きリボンや術の事を詰め寄って聞いた。
「落ち着いてくださいね。それは時間のある時にお教えしますよ」
困った様子で微笑するシャルトを見て自分が恥ずかしくなる。
「ごめん。はしゃぎすぎた」
思わず俯きもじもじしているとシャルトにクスクス笑われているのが分かる。
照れ隠しに、魔術教えてね?と顔を上げ様子を伺えば、喜んで。と満面の笑みで答えを貰う。
シャルトは庭園を照らしていた幾つもの光を私の周りに集めた。フワフワと漂う淡い光に手を伸ばす。
不思議な光の塊の一つを手に乗せて眺めた。
その時、光に照らされシャルトが正面に立っているのに気が付いた。
シャルトは私が手に乗せたその光りを頭上高くに上げた。
上がる光につられ顔を上げるとシャルトに手を取り手の平に唇を落とした。
驚きと恥ずかしさに身を強張らせるが、何故手の平に唇を落とすのかが気になり質問した。
「………何故、手の平に?」
その質問にシャルトの双眸は鋭さと熱を含み私を射すくめた。
シャルトの赤紫の瞳が揺れ熱い眼差しで妖美に光り、たじろぐ程に妖艶に微笑む。
シャルトはスルリと私の腰に腕を回し捕らえるとグッと引き寄せた。
いきなりの事で、ひゃっ!と声を上げるもシャルトの腕は緩まる事は無く更に身体を覆う様に密着させ顔が接近する。
「!?シ、シャルト!は、なし、て!」
動揺して上手く言葉を紡げず恥ずかしさに顔を背ければ私の顔の側面がシャルトに向けらる。
背けた事でシャルトの目の前には私の耳が眼前にくる。シャルトは耳腔に直接吹き込む様に囁き私はゾワリと背筋に走る痺れに身体が震える。
「知りたいですか?」
私は言葉と熱い吐息が耳に吹き込まれ身動ぎして抵抗するも腕の中に囲われ息も付けない。動悸に目眩が起きそうだ。
掴まれたままの私の手は指を絡ませられシャルトの口元へ運ばれ唇に当てられる。
今シャルトが着ている服は全体的に薄手の生地な為寄せらた身体が良く分かってしまう。
魔術師なのに意外に筋肉があり抵抗してもビクともせず身体の熱さまで伝わる。自分が着ているドレスもシフォン生地で薄地な為シャルトに腰に回された手の温もりも指の感覚も感じてしまう。
唇を落とされピクリと反応すれば回された手が震えを拾いシャルトはクスッと笑う。
再び耳元に唇を寄せるのを身を強張らせ抵抗するも囁く。
「答えをお教えしましょうか?」
いきなりシャルトの手が背を撫で思わず息を飲み驚き身体が仰け反ってしまう。私は正面から見つめ合う様になってしまいシャルトと視線が交わる。
真剣な瞳に逸らす事も出来ずにいるとシャルトは妖艶に微笑む。
「懇願しているのですよ」
撫でられた事に驚きそのまま思考停止している私に、懇願?と言われても理解が出来ない。
シャルトは身体を強張らせ身動き出来ない私の頬に手を当て指の腹で唇を撫でる。
「貴女に愛して欲しいと、懇願しているのです」
妖艶の笑みのままのシャルトに私は視線が彷徨う。
「シ、シャルト、冗談は……」
「冗談ではありませんよ?」
やっとの事で言葉にするもシャルトに即答で否定される。
動揺して彷徨う視線と彷徨う思考。
「揶揄うのはやめて……」
「揶揄っていませんよ」
シャルトの強い意志を伝える様に動悸が伝わる。それはどちらの動悸か両方か……。
「……本気ですよ」
「私は獣化の研究対象でしょ?」
平凡な庶民はシャルトの対象外でしょ?と抗議をすれば赤紫の瞳を細めて妖美に微笑する。
「外見も地位も無意味だと貴女で学びました」
聞き様では外見は無意味だと貶された言い様だが、思考が回っていない状態ではツッコミも入れられない。
「……わ、私は…………」
動揺して二の句が継げず視線は彷徨い茫然自失状態の私に、シャルトは、ふと腰の腕を緩めて身体を離した。
「私は乞い願い懇願するだけです」
私の気持ちを知って欲しかっただけです。とシャルトは艶のある声で密めく。
「貴女の拠り所と成れれば私としては嬉しいところです。私では貴女の支えになりませんか?」
熱の篭る赤紫の瞳は逸らす事は出来ず私は静止したまま動けなかった。
答えを持たない私にシャルトは、今日はこれで充分です。と放心している私の頬に唇を落とし妖艶に微笑む。
「…!!!」
驚愕する私に微笑したまま手を取り引いた。
熱い想いに溺れそになり思わず視線を逸らす。
「答えになりましたか?」
シャルトは耳元に囁くと腕を緩めた。
「そろそろお送りします」
残念ですが。とシャルトは付け加え私を伴い屋敷に戻った。
「残念ですが今日はここまでにしておきます」
貴女に嫌われるのは堪えますからね。と顔を曇らせた。
再び手の平に唇を落とし麗しく双眸を細めると、私に畏まって一礼すると、お送りします。と微笑むと手を引いた。
混乱したままの私はシャルトに手を引かれたまま黙って付いて行った。
熱の冷めやらない私は顔に手を当てながら帰りに向かう前にドレスの返却をシャルトに言うと眉間に皺を寄せられた。
「貴女の為に合わせて用意した物ですから受け取ってくださいね?」
無駄になってしまいます。と前に言われた事と同じく言われてしまい今度は私が困り顔になり受け取る事に戸惑ってしまう。シャルトはやはり前と同じで困り顔で笑っていた。
シャルトにお礼を言って馬車に向かった。
一緒にシャルトも馬車に乗り、騎士団までお送りしますからね。と満面の笑みを拒否は出来ない。またまだ息は抜けそうにないと小さく息を吐いた。
どうしたら貴女に見て貰えますか?私の想いで貴女を満たしたい。道中手を握り想いを囁かれ羞恥で顔を上げらなかった。
騎士団に着き宿舎の前まで送って貰うハズが着替えたワンピースやドレスがある為私の部屋まで運んでくれた。
「今日は色々ありがとうございました」
「こちらこそ。リラ……貴女との素敵な時間をありがとうございました」
シャルトは別れを惜しむ様に眉を下げ恭しく手に唇を落とす。
私は手に唇を落とされ慌てて、こちらこそ。としか言えなかった。
気恥ずかしく伏せ目がちに答えれば、ふと笑われ、貴女の夢の中に忍び込みたいですね。と呟かれ羞恥に頬を染める。
「では名残惜しいですが、お休みなさい。良い夢を」
一礼し去って行くシャルトの後姿を見送った。
部屋に入ると急いで寝巻きに着替えてドレスをクローゼットに掛けた。今日着たドレスを眺めて濃い一日を思い返し溜め息をつく。
疲れた……と呟きながら寝台に身を横たえると考える間も無く眠りについた。
翌朝、マッサージを忘れ筋肉痛に顔を顰めた。
「…………筋肉痛、ツライ………………」




