26.5 ニャンコと熱と熱 《ディルムン視点》
療養室で眠る彼女。
仕事帰り様子を見に部屋を訪れた。
月明かりに照らされて見える顔は熱で息が浅く早く上気し頰は赤い。冷やすため額には濡らしたタオルが置いてある。タオルを傍らに置いてある桶の水に漬け絞ると額に置き直した。
「…………、…………」
なにか譫言の様に口が動いているが聞き取れない。
口元に耳を傾けると微かに聞こえた。
ーー帰りたい。
繰り返し、途切れ途切れ微かに聞こえる譫言。
顔を良く見れば涙の跡が付いていた。
タオルを広げ額と瞼を一緒に覆う。
静かに細く長く息を吐き目を瞑った。
彼女は隊長達と楽しげに喋り笑い、仕事は寡黙にこなし境遇に不平不満も言わない。冷静に判断し取り乱す事も無くいつも飄々とした彼女しか知らない。
倒れて抱き上げた彼女は小さかった。
熱のせいか所在無さげに心許ない表情で抱えられる彼女は、記憶の無い時の彼女と重なる。
ーー記憶の無い私は私ではありません。私の一部であり全てでは無いのですーー
逆を言えば記憶の無い彼女も彼女の一部なのだ。
いつも所在無く心細そうに不安げな表情をしていたあの彼女と。
抱えると柔らかく華奢な肩は本当の彼女を表している様だった。
ーー騎士が護るべき唯の女性。
だが彼女は騎士にも頼らない。
弱音も言わず弱味も見せず熱が出ても大丈夫だと強がる。
俺は猫から人になり怪しい対象として疑い警戒して対応してきた。不審人物、正体不明と俺から疑われ居心地の悪い思いをさせてきた。疲労するのも無理は無いだろう。
熱でフラつき立ち上がる事も出来ず座り込んでも頼らない。
熱で潤む瞳で謝られ、頼られない騎士と言う自分自身の不甲斐無さに溜め息が出た。
いや。
本当は、違う………
本当は熱で潤む瞳に見つめられ、『ごめんなさい、ディルムンさん』と言われ自身の感情のどこかが揺らいだ事に気が付きたくなかったのだ。
深く息を吐く。
散々、不審人物、身元不明を処断するべきだと言っていたのだ。自分が頼られないのは当たり前だ。
不甲斐ない自分にまた溜め息をついた。




