3 ニャンコと騎士と日常と
晴れて澄んだ小春日な蒼い空を見上げ流れる雲を眺める。
今日もただ過ぎていく。
今日も変わらない私のニャンコな毎日。
( ん? 訓練所がいつもより煩い? )
訓練所を見ると4番隊と5番隊と6番隊が合同訓練している。
1対1で打ち合ったり、小隊編成で陣取りしたり、多数対1人の練習をしたり、荷台を守護しながら突破する練習などをしている様だ。
( 対人は見てると壮観だけどやっぱり怖いなぁ。戦車やヘリとかゲーム感覚とは違うからなぁ。うーん痛そう )
私は木箱が積まれた上に登り風に吹かれながら騎士の訓練風景を眺める。
訓練用模擬刀で打ち合う騎士達の姿は動きにキレがあり観ていて惚れ惚れする。
ただ打たれると痛そうで私はハラハラして目を瞑る。
眺めていたが痛そうで見てられず、外れにある木陰でのんびりする事にした。
背を丸め足の間に頭を乗せ目を瞑る。
木漏れ日が差し込み心地いい。
ウトウトしていると誰かに撫でられた。片目だけ開けチラリと見上げるとシーニアがタオルを首にかけ暑そうにしていた。
( 休憩かな? アレだけ動けば熱くなるよね )
「エレはこんな所でお昼寝かい?のんびりでいいねぇ」
シーニアは話しながらも撫でる手は休めない。くすぐったくないから撫でられておく。
変なトコ撫でたら即効爪を立てるがシーニアは撫で上手だ。
だいぶ撫でられていると時間がきたのか迎えが来たようだ。
「隊長〜。時間ですよ〜。相変わらず猫好きですねぇ」
「いいじゃん。癒されるよ?仕事サボって一緒に昼寝してたいなぁ」
「ディルムン隊長に殺されたくなければ早く戻った方がいいですよ」
シーニアは、ヒドッ!と呟くとまた私をひと撫でし、しゃーない行くか。と残念そうに訓練所に向かって行った。
( 喋れたらなぁ… どうしたら人に戻れるんだろ… ずっとこのままなんてないよね… )
( それとも猫だけど言葉が分かると意思表示した方がいいのかな? )
( シーニアなら猫好きだから大丈夫かなぁ? )
( 怪しまれて実験動物にされて解剖されたりしちゃったら最悪だし… )
喋れないのがもどかしい。
考えはするが行動には移せない。
言葉にできない思いばかりが心に溜まる。
分からない世界。
分からない状況。
分からない自分。
**********
( …………なんだか煩い )
私は騒がしさに耳を澄ませた。
聞こえてくるのはガヤガヤ騒ぐ人の声。
( 昼寝してられないじゃん )
私はググーーッとひと伸びすると音の方へ向かった。
( 何があったの? )
騒ぎの方に向かえば、どうやらケンカらしい。
拳のケンカは黙認だけど、武器使用は懲戒がつくのが騎士団の規則。
んー。聞いてると、賭けの話から掛け金の話しになり、何故か女の話しに飛んでるらしい。
話しの女性が居たなら、『私のために争わないでぇ〜』だねぇ。なんて思いながら傍観中。
あ、マズイ。剣の柄に手を伸ばしそう?
仕方ない。
私はスタスタと歩く。
喧嘩する二人の間を気にせず進み、柄に手を伸ばしそうなヤツの足元でゴロリと寝転び靴先に爪でガリガリと戯れる。
黒猫は4番隊のシーニアに保護されている猫だと知られている。隊員も猫とはいえ隊長に怒られるから無碍にもできず、皆が動きを止めていた。
私はひとしきり爪研ぎしたら、またスタスタとその場に後にした。
( 後がどうなったか知らないけど。剣はダメよねー。クールダウン出来たならいいけど )
私はその日の夜、シーニアにガッチリ捕まった。
( なぜ!? って……ああーーーー! )
お風呂でガッチリ洗われた。
シーニアに洗われてクッタリな私は抱えられたまま一緒のベッドで朝を迎えた。
( 朝チュンを人で体験するより猫でが先かぁー!微妙に?イヤ!かなりショックだ……私猫以下だわ…… )
固定されて動けないので、ついでとばかりにシーニアの顔を間近で眺める。
イケメンをガン見する機会はそう無いので眼福しとく。
( まつ毛長くて整った顔付き。羨ましいわね )
そろそろ時間だし、私は頬を肉球でフニフニしてシーニアを起こした。
ゆっくり動く瞼。シーニアの綺麗な瑠璃色の瞳が朝日に照らされ光る。
シーニアにじっと見つめられ、私はなんだかドキりとした。
「ニャンコに起して貰えるなんて朝から幸せー」
抱き上げられてスリスリされるのを私は身を捩りすり抜けた。
「相変わらず釣れないなぁ」
残念そうに笑いシーニアは身支度をする。
「ご飯にするよ」
この時ばかりは大人しくシーニアに抱き上げられて一緒に食堂にむかう。
だが、最近のシーニアは私を眺めるだけで触らない。
( なぜかしら?私、何かしたかしら?うーん。覚えがないんだけどなぁ )
思い当たる事が特に無い。
( ま、本当は猫じゃないし、男の人に近寄られるのは慣れてないし、心臓に悪いから丁度良いんだけどね )
などと思い気にしないでいた。
**********
私は最近夜中に落ち着かない。
何故だかモヤモヤするのだ。
眠っているのに寝た気がしない様な。
内なる声なんて言うと中二みたいだからイヤなんだけど。
( 夢の中で誰かと話しをしてた様な…… )
起きると思い出せないので、更にモヤモヤする。
薄っすら覚えている事を思い出そうとするが微かにしか出てこない。
( 声が女性?だった? )
夢の中の景色が、最後に見たあの景色のような気がする?
思考が巡る。
家族のこと、仕事のこと、色々なことを………。
そして私は帰れるのか……と。
あれから何日が過ぎた?
私が居なくなって皆はどうしているの……………。
締め切りが……ヤバイのに…。
上司せっついて期限内に仕上げなきゃならないのに。担当さんと打ち合わせがあったのに部下が対応できるかしら?
あぁダメだ。
コレを考える前に解決すべき点がある。
まず人に戻らなければ何も分からない。
人に聞く事も出来ない以上どうにもならないのだ。
帰る為にもまずは人に戻らなければ…………。
なぜ猫になったのか?
どうしたら戻れるのか?
不安に呑み込まれたら前に進めない。
分かっているから考え無いようにしてきた。
家族に会いたい。
帰りたい…。
私の世界に…。
でもどうやって?
考えない様に
思い出さない様に
思考を止めた。
望郷に思いを馳せて喉が詰まる。
泣かない様に、
鳴かない様に
身を丸める。
夢の中の先にたどり着きたくて、また眠る。
ーごめんなさいー
想いは木霊して私の思考の彼方に霧散した。
2016.12.4誤字脱字改稿