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ニャンコと私と異世界と  作者: たちばな樹
第一部
29/85

26 ニャンコと熱と療養と


喧騒も落ち着き日常が戻ってきたある日。



計算に集中出来ず視界が揺れる。

何度も計算し直しやっと書き込む。


( あー……マズイ。コレ終わったら早退させて貰おう )


私は揺れる視界で書類を見つめ熱っぽい顔に手を当て溜め息をつく。

書類を持ち席を立つと目眩に襲われ机に手を置き身体を支えるも役に立たず床に座り込んでしまった。

様子のおかしい私にディルムンが席を立ち近づく。

「どうした?」

「なんでも無いです。ただの立ち眩みです」

すみません。そう言い私は立とうとするもフラつきまた床にヘタリ込む。

ディルムンが溜め息をつき私に手を伸ばすと額に手を当てた。


「……熱だ。なぜ無理をする」

そう言われるも熱で思考が定まらない私は謝罪しか出来なかった。

私は、すみません、ディルムンさん。と熱で潤む視界でディルムンを見上げると眉間の皺を更に深め溜め息をついた。


不意に私の視界が転じた。

視界が回り頭がクラリと揺れ私は状況が分からなくなった。

私はディルムンに横抱きにされている事に気が付くまで時間がかかり放心していたが、気が付くとフラつく頭が更に熱くなり頭痛がした。

抵抗も出来ずそのまま横抱きにされて医療室に運ばれた。羞恥もあるが朦朧とする頭では意見も言えず大人しく抱えられるしかなかった。


医療室に運ばれた私の医師の診断は、疲労による発熱ゆっくり療養する事。と言われた。


医療室の外で待っていたディルムンを医師が呼びそう伝えると、他に何か話していた。

私は再びディルムンに横抱きに抱えられて部屋を移動した。

宿舎ではなく、療養室に運ばれた。

長期治療用の部屋で、いわゆる入院扱いである。



医師の女性助手の人に手伝って貰いフラフラしながら診察着に着替えて薬を飲み寝台に横になるとすぐに眠りに落ちた。





ディルムンは療養室で眠るリラを確認するとブランブルに報告に行った。


「ここに来て約半年、余りにも色々あり過ぎだろ。今まで無理してきたのが出たんだろうな」


政局内が一新する程の事態が起きるとは最初は誰も思ってはいなかった。リラの誘拐から始まり新将軍、新宰相の確立に終わり師団内も派閥が鳴りを潜めた。


「嬢ちゃん弱音吐かねぇからなぁ」


二人して眉間の皺が深まり憂い顔になる。

ディルムンの憂い顔を見たブランブルは目を細めた。

「お前がそんな顔するとは珍しいな?」

「……経理の書類が溜まります」

ディルムンの答えにブランブルは苦笑いする。


「嬢ちゃんを囮にした訳じゃねぇが政局内と師団内が一新したのは嬢ちゃんのお陰だ。ゆっくり休ませてやれ」


ディルムンは一礼し退室し自分の仕事に向かった。






私の疲労はピークだった様で中々回復しなかった。熱もすぐに下がらず誰かしら見舞客が来ていた様だが虚ろな意識の中では記憶がなかった。


熱が下がり私の意識がちゃんと戻ったのは4日後だった。

熱風邪の様で、高熱が続いたようだ。

身体の至る所が痛いのは高熱のせいのようだ。

インフルエンザで高熱を体験した事はあるがここまで連日熱が下がらないのは初めてだ。ここには抗生物質など無いから仕方が無いが。今は治ってきたとはいえ、まだ頭がフラフラして身体も痛いが食事も取れる様になり体力も戻ってきた。



起きていられる時間が増えた頃見舞客が来た。


「リラ大丈夫?起きて平気?」

シーニアが心配そうに眉を顰め寝台の傍にある椅子に腰掛けた。

「本当に心配だったんだ。回復して良かった」

そう言うと手を取り甲に唇を落とす。いつもの所作とはいえやはり慣れない。顔を赤くすればシーニアから謝罪される。

「ごめん。つい止められなくて。医師から安静にって言われてたのに……」

言葉尻が弱くなり眉を下げ、すまなそうな顔で悄げるシーニアに私も慌てる。

「だ、大丈夫だよ?慣れないだけで……気にしないで」

と言えば困った様な笑みにこちらも困る。私も困り顔になれば二人目を合わせ笑いあった。


久し振りの穏やかな時間を過ごした。


短い時間の面会時間だったがゆったりとした時間に心から癒された。




体調が回復に向かい時折様子を見に人が来る。


セレンは肌ケア用品や身嗜みの物を差し入れてくれた。流石素敵女子。憧れます。シーニアが来た時は起き上がれてすぐの時だったから酷い顔してただろうと思うと恥ずかしくなる。が時すでに遅し。諦めよう……。



ブランブルはディルムンを引き連れて見舞に来た。果物を差し入れてくれたので食後のデザートに頂く事にする。


「だいぶ窶れたな。ちっとは食って太れ」

「それは女性に対し喧嘩売ってますよ?」

ジッと半目で睨めば笑われ、嬢ちゃんは病み上がりだろ?太るくらいが丁度いいさ。と取り合わない。

女心を理解しないおっさんは放っておきます。と頬を膨らませて不機嫌に返せば、ふふん。とブランブルに笑われた。

だいぶ回復したな。と言うとブランブルの眉間の皺が緩んでいた。


「ご心配をおかけしました。面倒をかけてすみません」

寝込んで周りに迷惑をかけたと謝罪すればブランブルは溜め息をつく。


「嬢ちゃんは無理しすぎだ。頼れ」

「それは難しいです。日本人は自己責任の精神なので自己解決なのです」

肩を竦め苦笑いする私にブランブルが珍しく困り顔をしているのを珍妙な気持ちで眺めてしまった。


「無理して倒れるくらいなら頼ってくれ」

「でも悪いですから……」

尻すぼみに語尾が小さくなり私は俯きがちに身を縮こませればブランブルに頭をガシガシ撫でられる。

「頼れ。騎士の沽券に掛かわる」

恥をかかせる気か?としたり顔をしたブランブルはニヤリと笑う。善処します。と私は返したが納得しては貰えなさそうだった。


帰り際にブランブルがディルムンに、お前はなんか無いのか?と言われ渋々した風に口を開く。


「……早く治らないと山が増えるぞ」


………ディルムンのその言葉に私は深い溜め息で返した。





シャルトも私の見舞に来ると魔術書を差し入れてくれた。


「初級なので分かり易いと思いますよ。よく読んで予習して下さいね」

差し入れは嬉しいです、魔術の勉強も嬉しいですが、終始手を握り見つめられると熱が振り返しそうです。

私は妖艶に見つめられ熱の篭った瞳に射すくめられ気恥ずかしさに視線を反らせば握ったままの手に唇を落とされる。

「心配したんですよ?顔をよく見せてください」

シャルトは人の胸中お構い無しに手を握り囁く。

「倒れる程無理してはダメですよ?私では頼りになりませんか?」

貴女に頼られたいのですが?私ではダメですか?などと退室するまで手を握り妖艶な微笑で甘い声を聞かされて熱が上がった気分だった。




回復しても療養も含めしばらくは療養室に監禁と言う名の休暇を与えられた。


時折隊長達が来てお喋りや差し入れに来てくれる。そんなのんびりとした時間に皆からの気持ちが嬉かった。





窓枠に手を置き頬杖をつき、月の綺麗な夜空を眺めて一人溜め息をつく。



夢の中での事を想う。



大魔術師リアン・シュベーフェルは答えなかった。

帰れるか、と言う質問に答えは無いと言う事は…………




再度、帰れない事を意識すると絶望と言う言葉に脳裏を支配される。




帰れない、あの普通の日々。

戻れない、私の世界に。



身の置き所の無い絶望に血の気が下がり手足の体温が下がるのが分かる。



ここでどう一人で生きて行けというのか…………




私は深い溜め息をついた。



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