25 ニャンコと計算と謝罪と動揺と
医師から全快を告げられブランブルからも了解を貰い療養と言う監禁から解放された。
次の日にいつも通りに6番隊に行くとディルムンが席に座り仕事をしていた。
「おはようございます。ご心配をお掛けしました。許可も出たので復帰しました。またよろしくお願いします」
「………無理せず頑張れ」
ディルムンは手短に言うと指を指した。
クルリと踵を返し指差す方を向き与えられている机に視線を動かせば……
「山が…………3山に戻ってる!!」
ガックリ項垂れていると珍しくディルムンがまた口を開く。
「………頼りにしている。だが無理はするな」
振り向くと書類にペンを走らせるディルムンの顔は伺えなかった。
はぁ。と溜め息をつき席に座ると計算を始めた。
私の日常が再び開始された。
ここにだけには、私の居場所がある。
言いようの無い想いに包まれ私はホッと吐息を付いた。
ディルムンに頼りにしている。と言われ、今の私にはこれ程心強い言葉はなかった。
3山を見て前は恨めしく思った時もあったが、今では私の心の支えになっているのが分かる。
頼るより、頼られて自分の居場所を作りたい。
そう思えるこの時間に感謝をした。
*
「リラご飯食べに行こう」
隊長室のドアを開け顔をヒョイと覗き込ませたシーニアが夕飯の誘いに来たので席についたまま、残業なの。と私は肩を竦ませ眉を下げて言うとガックリと肩を落としている。だがシーニアはすぐに気を取り直すとスタスタと私の席に来ると手を握り綺麗な瑠璃色の瞳に見つめられた。
「次の休みにまた遠出に行こうね」
「仕事中だ」
ディルムンが眼光鋭く睨むもシーニアはお構い無しにいつもの台詞を口にする。
「考えておいてね」
言うだけ言ってシーニアは、じゃあね、仕事頑張って。と帰って行った。
相変わらず私の返事を聞かず保留のまま約束を取り付けている事にしてしまうシーニアには、敵わないなあ。と思い苦笑いで彼が去ったドアを見つめていた。
今日の提出分を仕上げてディルムンに渡し、帰っていいぞ。と告げられ帰り支度をするとディルムンがまた珍しく話し掛けてきた。
「夕飯まだだろう。食堂もそろそろ火を落としている時間だ、外に食べに出るがどうする?」
話し掛けられるのも珍しいが食事に誘われるのも初めてで思わずキョトンとディルムンを見つめてしまった。ディルムンは居心地悪そうに視線を逸らした。
「嫌なら…
「ご一緒させて下さい」
とディルムンの言葉に被せ微笑で顔を向け答えた。
ディルムンは一呼吸の後
「………そうか。なら出るか」
そう言うと身支度をし部屋を後にした。
ディルムンのゆっくりとした足運び。
斜め後ろを歩く私の速度をちゃんと合わせてくれているディルムンに思わず顔が緩んだ。
上背の高いディルムンを見上げると月明かりに薄灰水色の髪が照らされている。
30cmは違うであろう長身に、見上げるのもチラリでは済まず顎を上げなければ見れない。
最初の頃は氷のような凍てつく視線に背筋が寒くなったものだが、今では慣れたもの。
ディルムンとて、いつも氷の波動を纏っている訳じゃないのも知っている。
計算中は普通。
ちゃんと仕事していれば別に怖くない。
目付きは悪いけど。
騎士団は王城の北側に位置している。
王都は城を中心にUの字の切れ目を北側にした形で形成されている。
街外れは騎士団に近い為、騎士団相手の飲食屋やら武器屋やら鍛冶屋等、色々な商店街が建ち並んでいる。
夜の帳が下りる街の中を二人は歩を進める。
趣のあるシックな装飾の店に案内され席に座ると、好きに頼め。と言われ困っていると訝しがれた。
「ここの料理の量はどれ位ですか?私では食べ切れない量なら調節しないと残してしまいますので」
「ああ、なら半分の量にしておげば良い。足りなければ追加すれば大丈夫だろう」
ディルムンはメニューに視線を落とし幾つか選んでいる。
「うーん。なら魚を半分の量でお願いします。騎士団の食堂は肉が多いので魚が恋しくなります」
「騎士は身体を動かすからな。肉が主食みたいなもんだ」
「そうですよね。食べる量にも驚きます」
食堂で山盛りにされたトレイを眺めて呆気に取られたのを私は思い出した。
「酒はどうする?」
「甘い果実酒をグラスでもらえますか?」
「了解した」
給仕を呼び料理を頼むとお酒がすぐにテーブルに置かれた。前に飲みに行った時と同じ様に杯を掲げ口にするとお酒の甘さにフワリと頬が緩む。
食事が運ばれ久し振りの魚料理を味わいながらディルムンを見ればお酒を口にしつつ食事を進める。私も気負うこともなくゆっくりと食事を進めた。シーニアやシャルト相手ではこうも落ち着いて食事が出来ない。
シーニアとの楽しい会話。隊員の失敗談や色々な出来事、街の話、色々聞かせて笑わせてくれる。
シャルトは相変わらず探究心で質問も多いけど魔術の事とか色々教えてくれたりして助かるが、内心は疲れる。出来るならゆっくりとお酒を飲みながら食事を味わいたい。それが朴訥で飾らないディルムンなら気にしないでいられるのが心地良かった。
ディルムンは食事の所作が綺麗だ。動作の端々が洗練されているのが意外で驚く。風貌は怖いのに。眉間の皺と目付きが改善されれば端整で整った顔付きなのに、と思うが勿論口にはしない。
食事はディルムンに奢って貰ってしまい、申し訳なくしていると、頼りにしていると言ったろ?と返された。
いつもの目付きで無表情の怖い顔で言われるのはだいぶ慣れたがなんだか居心地がもぞもぞする。ディルムンは気にもせず店を後にするのを私は慌てて追った。
夜も更け街を抜け広場に出ると人は居ない。
月明かりの中をほろ酔いで足を運び、そよぐ風に頬を撫でらるのが気持ち良かった。
広場を進むとディルムンに、ちょっといいか?と言われ突然手を引かれた。
驚いているうちに私は広場の端にあるベンチに座らされた。
私はディルムンに手を繋がれるなんて思いも寄らず何が起きたのか混乱する。ディルムンは私にかまわず正面に立つと右膝を曲げ地面に付け傅き騎士の礼を取ると顔を真っ直ぐ私に向けた。
「お前に謝りたい。今まで辛辣な言葉をかてきた。済まなかった」
「!!?」
纏まらな思考をなんとか集中してディルムンの言葉を理解しようとした。
「は?えっ?……い…いいえ。それがディルムンさんの仕事ですから」
「お前は俺を厭うてはいないのか?」
「組織という集団の中で抑止力になるのは大変な事です。私を疑うのも当然です」
疑う様な視線でディルムンに見上げられ、このよく分からない状況に内心慌てふためいていたが、ディルムンの真剣な表情と瞳に心が戦慄いていた。
「騎士の矜持が、私という不審人物に対し警戒するのは当然だと思います。それが仕事ですし。仕事に忠実な人だと思います」
私の答えに一拍置いてディルムンは口をついた。
「そうか……」
瞳を伏せ口元を緩め微笑した。
初めて見たディルムンの笑み。
思わず凝視すると目を上げたディルムンと視線が交わった。柔らかい表情のまま視線を向けられる。
いつも厳しく険しい顔ばかりのディルムンだが元々整った精悍な顔付きなのだ。そんな穏やかに微笑されるとこちらが恥ずかしくなる。
「厭われている訳では無いのだな……」
優しく笑みを浮かべたまま見つめられ瞳を逸らせない。
膝を付いたままのディルムンに見上げられ私の心臓が早鐘のように鳴り呼吸が苦しくなる。この状況をどうすればいいのかも考えられない程思考は停止し身動ぎ出来ない。
ふと、またディルムンが笑みを浮かべ瞳を閉じると徐ろに立ち上がり私の手を引きベンチから立ち上がらせた。
帰るか。そう言うと歩き始めるディルムンの背を追い私も歩を進めた。お酒の酔いではない顔の熱に私の動揺は中々収まらなかった。
宿舎の入り口までディルムンは送り届けてくれ、では。と短い言葉で去っていった。
私はその後姿を呆然と見送った。




