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第35話 隣の州

 仕事ではよく顔を合わせている。

 それでも、顔を合わせる度に彼女は美しく輝いていた。


 そして、こうやって誰も居ない中で二神、言葉を交わすのはどのぐらいぶりになるだろうか。


 例え、交わす言葉がとげとげしくても。

 また意見が合わずにすれ違っても。


 修羅は嬉しかった。


「貴方とはやはり意見が合いませんね」


 どこか落胆した様に、いつもの事だと言う様に、彼女が立ち去るのを見送った修羅はいつもの飄々とした様子でお気に入りの場所へと赴いた。

 そうして、そこでしばし過ごして執務室へと戻り、いつもの様に仕事をした。



 そんな修羅の元に舞い込んだのは。




「ねぇ、自傷行為もいい加減にしなよ」


 朱詩が激しく自分の額を壁に打ち付けたと聞き来てみれば、修羅の予想とは少し違う光景が広がっていた。


「大根界の侵略を許すなっ」

「ちょっと朱詩、落ち着きなさいっ」

「大根界って何だ」

「さっき説明したでしょうが!このボンクラ宰相っ」

「朱詩、その様に額を打ち付けていたら貴方の額が大変な事に」

「大丈夫だよ陛下!こんなの一瞬で治るからっ」


 顔も体の傷も何でか一瞬で治る自分達。

 確かに治るけれど、傷は残らないけれど、だからといってわざと傷を作る行為を修羅は許せない。治ったって痛みはあるのだから。


「ちょっと何してんのさっ!!そこのアホ筆頭書記官っ」

「誰がアホだよ!」

「君だよ君っ!何が大根界だよっ!カジュみたいな事言って」


 その途端、朱詩がその場に四つん這いになった。


「は?」

「もう駄目だ、死ぬ」

「はぁ?!」

「あんな変態大根大魔王みたいだなんて言われて生きていけないよ、ボクっ」

「ちょっ!修羅、アンタなんて酷い事をっ」

「僕のせい?!」

「お前、可愛い顔して何気にえげつないな」

「っ?!」


 宰相にすら「お前、あり得ないわぁ~」という感じで見られた。傷ついた、凄く傷ついた。基本えげつない事が通常運転の自分が深く傷つけられるといった事態に、修羅は混乱した。


「なんで?!なんで僕が何かしたみたいになってんの?!」

「したでしょ」

「しただろ」


 朱詩の心をグリッと抉ったじゃんーー


「ちょっとカジュみたいだって言っただけじゃんっ」

「それが問題なのよ。アンタそれ、変態呼ばわりされてるも同然なのよ?」

「茨戯が言うならそうみたいだな。だが、言い過ぎだと思う部分もあるが」


 カジューー果竪との接触率が低い明睡が小さな声で呟いた。が、茨戯は聞き逃さなかった。


「むしろ過小評価よ!」


 茨戯の気迫に、明睡は後ずさった。


「いい?アンタは一緒に居る時間が短いから分からないかもしれないけれどっ」


 茨戯が一歩進む度に、明睡は後ずさる。


「今のアノ子は、大根狂いの狂神よ!」


 そこまで叫んで、茨戯はハッとした。これだけでは、下手に突っ込まれた時にまずい。カジュが果竪であると分かったらーー。


「スッ転んで頭をぶつけたばかりにっ!」

「頭をぶつけたばかりにっ?!」


 もっとひねった原因にする筈が、単純な原因になってしまった、失敗だ。


「あ、頭をぶつけただけであんな風になったのか?!」

「そうよ、頭をぶつけただけでああなったのよ!」


 というか、頭をぶつけただけでああもなれるものなのか?という疑問がわいたらどうしようーー。


「衝撃で……いやいや、頭をぶつけて記憶喪失というものもあるから頭部強打はバカに出来……そういえば、元々そういう素質があると何かの拍子に出てくるという、まさか頭をぶつけて元々の素質が」

「アンタカジュをバカにすんじゃないわよ!」


 いつもはいかに怒り狂っていても女らしさを忘れない茨戯が、自分の男の部分を前面に押し出し切れた。その迫力に、明睡は怯えた。


「え?俺、何か悪い事言った?」

「言ったわよ!素質ですって?!ふざけんじゃないわよ!カジュは、カジュは変態でもないし大根狂いでもないわ!」

「いや、散々変態呼ばわりしたのは」

「確かにおかしくなってるけど、カジュはまともよ!」

「え、うん、いや、そうだろうけど」

「素質なんてあってたまるものですかっ!ってか、アンタもカジュが変態だとでも言うつもり?!」

「いや、俺は言ってないけど」


 確かに大根畑を開墾する事に命はかけていたけれど、変態までは言ってない。主に言っているのは、茨戯とか茨戯とか朱詩とか朱詩とか。


「良いこと?!もし今後カジュを変態呼ばわりしたら、明睡がカジュを変態だって言ってたって言いつけてやる!そして『酷いっ!!明睡にーさま、酷すぎるっ』って泣かれれば良いのよっ!」


 お~ほほほほほほ!!と高笑いする茨戯に、今度は明睡が切れた。


「お前!なんてえぐい事を企んでいるんだっ!卑怯だぞっ」


 きっと、この光景を見ていた者達は言うだろう。


 明睡は悪くない、と。


「お~ほほほほほほほっ!アンタもカジュに嫌われておしまいっ」

「既に嫌われてるのにこれ以上マイナス値を突っ切ってたまるかっ!!」


 そうして戦う【海影】が長と、宰相。


 その周囲では、筆頭書記官が


「駄目だ、ボク、もう生きてけない」


 と、膝を抱え込んで体育座りをし


「いや、ごめん、本当にごめん、ってかなんだってそんなに傷ついてるの?僕そんな酷い事言った?いや、い言ったのか?」


 と、体育座りをしている筆頭書記官を医務室長こと修羅が必死に宥めていた。



 そんな彼らを前にして


「……困りました」



 流石の皇帝陛下も困り果てたという。

 因みに、鍬振りうんぬんの報告をした茨戯の部下は、かなり前に「いいからアンタは仕事に戻れ!」と茨戯に蹴り飛ばされて去っていた為、皇帝陛下は誰にも相談する事が出来なかった。



 なので



「陛下、皇妃様がーー」



 三十分後、皇妃ーー明燐の来訪を告げに女官長の百合亜が声をかけるまで、その状態だったという。





 同時刻、問題の叡州に隣接する州ーー幹州の領主館は緊張感に包まれていた。


「……」


 黙りこくるーーというより、なんと言って良いか言葉が上手く出てこない領主と、そんな彼を起点に時計の数字のように円卓に着く側近達。


 その場は静まり返っていた。


 幹州。

 凪帝国に数多存在する州の一つで、今現在問題の叡州の隣に位置する州だった。そう、叡州の領主がとち狂って隣の州の領主夫神に手を出した、という件で手を出された隣の州がこの幹州である。

 叡州に比べれば勢力は小さいが、それなりに発展し繁栄している州で、特産品はお茶と果物と水桃という果物だ。特に茶葉と水桃はこの土地でしか採れず、他国の輸出品にもなっている貴重な収入源だった。

 そんな州は、隣州の領主がバカなせいで色々と迷惑をかけられ、その挙げ句が件の領主夫神の強奪だった。


 ふざけんなてめぇな事案。

 だが、勢力で負ける幹州では太刀打ち出来ず困り果てた、その時に現れた救世主。


「死にさらせぇぇ!!」


 そう叫び、叡州領主の腹部に一撃を食らわした少女の勇ましさは、今も幹州領主と側近達の心に刻まれている。


「何がっ!」


 ドスっ!


「自分に望まれたら」


 ドスっ!


「泣いて喜んで自ら足を開けだぁ!女ナメんじゃないわよっ!」


 ドスドスっ!


「この、顔だけボンクラ無能男がぁ!全身そり上げるわよっ?!」



 ドスドスドスっ!



「三途の川で一度顔を洗って来いやぁっ!」



 ドゴっ!



 そして最後の蹴りで空高く吹っ飛んでいく、隣の州のバカ領主に、妻を奪われ危うく妾にされそうになった挙げ句に自分も散々痛めつけられ危ない所だった幹州の領主と、その側近達はたいそう胸がスカッとしたのだった。


 あの日から、小梅は自分達のヒーローだった。


 だから、その小梅が溶岩流に飲み込まれて瀕死の重傷を負い、両足を失ったと知った時には、幹州の領主と上層部一同は悲鳴を上げた。

 それは、自分達を力強く助けてくれた頼もしいヒーローが居なくなる恐怖ではなく、小梅というかけがえのない存在の消失を恐れてだ。


 幹州だって、やられっぱなしでは居なかった。


 凪帝国ーー昔は凪国ーーの建国から四年目の時は、確かに領主夫神に手を出されても守り切れなかった。しかし、その後必死になって努力してきたのだ。


 更なる努力を初めて一年目の時に起きた、煉国からの侵略。

 あの溶岩流の被害を思えば、それこそ被害は少なすぎた。民に死者も出なかったのだから。


 けれど、自分達にとっては違う。


 小梅の両足が失われ、もう二度とそれは戻らないと知った時、幹州はまるで葬式の様な状態になった。代わりに、叡州のお祭り騒ぎーー主にあのバカ領主とその周囲、そして協力者達だが、あの時は本当に悔しくて悔しくてたまらなかった。


 幹州の領主夫神に手を出した時に、関わっていた奴隷商神が数神居たが、それらも



「死にさらせぇぇぇぇえっ!」



 と、小梅に横っ面を張り倒されて再起不能にされ、捕縛されている。捕えられなかった者達も居たが、動きはかなり制限する事が出来、それから暫くのちに幹州では大規模な神身売買組織を幾つ摘発する事が出来たのだった。


 それも、小梅のおかげである。


 そんな小梅が、両足を失った。



 幹州は深い悲しみを胸に、訪れた筆頭書記官の使者からの命に恭順の意を示した。そして、力を蓄える日々と共に、彼らは小梅の行く末を見守った。


 両足を失い、自暴自棄になった小梅が自らの命を絶とうとしたと知れば驚き、動揺した。それを、筆頭書記官が止めたと知り、歓喜した。


 そうして、凪帝国【皇宮】の奥深くに造られた、【徒花園】と呼ばれる花園に納められたと知り胸をなで下ろした。


 隣の州という事で、叡州の領主が小梅の状態に歓喜し、その隙を狙って命を狙いだしていた事には気づいていた。しかし、いくらあのバカでも、【皇宮】の奥深くまでは手が出せないだろう。協力者は居るし、周囲の州だって全てが賢君、忠臣揃いではなく、暗君も居れば奸臣だって居る。

 腹の中に、獅子身中の虫を買う州だってある。


 皇帝陛下には忠誠を誓っていても、州同士でいざこざがあるのは普通だし、それで領主同士がーーなんて事も普通だ。


 幹州だってバカではない。

 力不足であの様な苦境に立たされたならば、その力を補うだけのものを手に入れれば良い。ここは、【首都】からは遠い州だ。

 何かあっても、すぐに皇帝陛下に連絡は付かないし、付いたとしても援軍が来るまではに時間がかかる。大群なんて動かすとなれば、それぞれの州に通行許可を取る必要だってある。

 領主達は皇帝陛下の臣下ではあるが、その前にそれぞれの州の【統括者】にして【守護者】でもある。そして、絶対に皇帝陛下が正しいとは、決して間違わないとは言えない。


 そんな事、考えも付かなかった頃に、皇帝陛下自らに言われたのだ。



 自分達でも、間違える事はあるのだとーー



 それが間違いかどうか初めから分かる時もあれば、後の世になってから分かる事もある。


 けれど、自分達は、自分は決して完璧な存在では無いのだと、皇帝陛下自らそう仰った。


 だからこそ、皇帝陛下自ら様々な方法を用いて、自分が間違った時の止める術を用意すると共に、各州との関係も法の名の下に守った。


 その一つが、どこかで何かもめ事が起きた時に【皇宮】から軍が送られる際、目的地までに通過する全ての州の通行許可証を必要とする事。

 これがないと、いつでもどんな時でも、むしろ軽々しく大軍が好き勝手に移動出来てしまう。

 言い換えれば、よその土地や家に勝手に大神数が出入り出来るという事になるし、そうなると簡単に侵略だって出来てしまう。

 因みにこれは、州同士も同じ法律で守られており、他の州を通って別の州に軍を送る時にはその通る州の許可が必要となる。


 悪用されると面倒だし、手続きが面倒だと騒ぐ者達も居るが、自分達の家と土地、すなわち財産を守る為に必要なものだと幹州は思い賛同している。

 ただし、何か事が起きてから援軍を頼んだ場合は、やはり遅くはなるが。


 しかし、それならば援軍が到着するまでに出来る事を増やせば良いし、そもそもそういう騒動が起きる前にその芽を摘み取ってしまえば良いのだ。


 無駄な争いはない方が良いし、争いぎ起きてもすぐに収まる方がよっぽど良いだろう。


 それに一度争いになれば、多くの者達が巻き込まれる。


 そうして幹州は必死になって努力した。

 叡州に今後何かイチャモンをつけられても、そもそもイチャモンをつける事すら出来ないぐらいに強くなろうとした。


 努力は少しずつ実っていった。


 けれど、流石に上回る程にはなれなかった。


 いや、今の時点ではなってはいない。



 そして今よりも更にまだ力の無かった昔ーーそう、あの煉国の侵略から暫く後は、更に力が無かった。


 そんな自分達に言ってくれたのだ。


「今、小梅様は危険な立ち位置となられています。貴方達は、その小梅様に恩がある。その恩を返しなさい」


 言われずともーーと思った。

 だが、向こうの隠された意図には気づいていた。

 命ずる事でこちらが断れる余地を残したのだ。

 命じられれば、こちらはそんな事を思っていないのに、と出来る。


 だからこそ、期間が設けられたそれを、幹州側から断った。



 期間などはいらない。

 助けられた恩には報いるべきだ。


 と同時に、個神的に彼女のファンになっているのだ、領主と側近一同上層部が。


 そんな小梅の助けになれる事は、むしろ名誉とすら考えていた。


 ただし、その当時はまだ力が弱く、自分達が後見として名乗り出れば、必ずや小梅に恨みのある叡州領主が黙っていないし、潰そうと考えるだろう。それこそ、手段を問わずに。

 だから、皇帝陛下の助言もあり、叡州を凌ぐ勢力をつけるまでは、影からの支えにのみ留まっていた。


 ただーーそれから、かなり長い時が過ぎたが、今でも影からのみとなっているのは計算外ではあったが、皇帝陛下からの命令ともなれば従うしかない。だが、今考えればそれで良かったのかもしれない。


「小梅様が、叡州に落ちてからもう数日が経つ」


 幹州領主ーー宗公はそう言って、顔の前で手を組んだ。その表情は苦悩の一言。


「くっ……なんとお労しいっ」


 宗公は、両手で顔を覆った。

 その悲壮感溢れる様は、見る者達の心を激しく締め付けるだろう。

 元々、美貌の佳神として名高い彼は、疲労系美神と謳われていた。なんでも、常にどこか疲れた様な様子で、それが何とも言えない色香を放っているらしい。因みに、その美貌自体は艶めかしく妖艶系な婀娜っぽい種類なので、それに疲れ系色香が加わると、それはもう色香がカンストしていた。

 二十代後半の青年である。


 というか、常に疲れている様に見えるなんてどこかおかしいのではないか?というのが、彼の妹の言葉ではあるが。


「私としては、今年こそ筆頭書記官様との婚約発表、結婚報告が聞けるかと思っていたんですが」


 宗公の妹ーー璃姫が淡々と口を開く。

 どこか冷たさを感じるの美貌はーー兄とは違い、全くといって良いほどの平凡顔の二十歳の女性だった。


 そして、彼女の更に下の弟ーー秀公。彼女よりも外見年齢が少し上の彼は、野性的でどこか俊敏な黒豹を思わせる美貌の青年だった。

 冷たく硬質な磨き抜かれた宝石を思わせる美貌とは裏腹に、その野性味じみた言動がワイルド系だと男女問わずに高い神気を誇っていた。


 そんな、兄美形、妹普通、弟美形ーーの三神領主兄妹。


 その美貌の違いだけでも有名で、なおかつ妹だけ養子なんじゃ?とか言われてきた。

 だが、それは断じてない。ただ、祖母だか曾祖母に普通顔が居ただけだ。


 しかし今はそれを置いておき、兄の宗公が疲れた様に溜息をついた。


「婚約報告はちょっと無理じゃないかな?」

「筆頭書記官様がヘタレなばかりに」

「いやいや姉貴、それかなり不敬だから」


 弟の言葉に、他の側近達が頷いた。


「そうね。うちの弟ぐらいの行動力が必要だわ」


 そう言った姉に、弟が言葉を詰まらせた。そんな弟に、姉が溜息をつく。


「後悔していないなら、もっと堂々としなさい。ただでさえ、色々と言われているんだから」

「……」


 弟が、姉を申し訳なさそうに見る。

 そんな弟の横で、やはり申し訳なさそうな青年が一神。

 見た目は、麗しい男の娘である超絶美形の神秘的な美貌の青年に、側近達の視線が集う。


 実は今、幹州では幹州での問題が起きていた。

 本来であれば、叡州のバカになどかかずらっている場合ではない、大問題である。

 そんな、幹州での騒動ーーそれには、璃姫と秀公、そしてその神秘的な美貌の青年の三神が渦中の神として名を連ねていた。


 そして、その問題はというと


「璃姫、私は」

「そう、姉の婚約者と弟がくっついちゃったせいで、私は完全は嫁き遅れ」


 その神秘的な青年ーー凰希は、元は璃姫の婚約者だった。しかし、彼女と婚約してから彼は、璃姫の弟の秀公と運命的な出会いを果たし、そして長くその思いを秘めていた。

 それは、秀公も同じで、互いに想い合う中で、遂にあの帝国を揺るがす大事件の後に秀公と凰希は結ばれた。


 が、二神が結ばれたとなると、問題となるのは璃姫との関係である。璃姫は当然ながら、凰希が秀公と結ばれた事により、婚約を破棄する事となった。それが、二ヶ月前。


 そう、つまり姉の婚約者を弟が獲ったのであるーーぶっちゃけて、簡単に言えば。そして、婚約破棄と言うが、姉は捨てられたも同然だ。最悪である。


 そしてこの場合、どう見ても世間的に同情されるのは璃姫で、世間から非難を浴びるのは秀公と凰希である。秀公と凰希はそれを覚悟していた。


 しかし蓋を開けてみれば、璃姫が世間から非難される始末だ。


 なんでも、想い合う秀公と凰希の仲を引き裂く悪女として、それはもう声高に非難された。


 もちろん、そう叫び非難しているのは全員ではなく、彼女に同情している者達も理解者達も居た。一番は、兄の宗公と、そして秀公と凰希である。


 璃姫は確かに凰希が好きだった。

 初恋だったと言っても良い。


 しかし、璃姫は良い面でさっぱりしていた。


 いくら好きでも、相手の気持ちが自分になくて、気持ちがあるのは弟に対してならばどうにもならないとして、璃姫は身を引いた。


 まあ、いくらかはウジウジグズグズしていたけれど、いくら泣き喚いたってどうにもならないのだ。神の気持ちはそんなもの。それに、叡州のバカ領主の暴挙を見ていた璃姫は、自分は決してそうならないと反面教師にしていた部分もあった。


 そんなわけで、いくらでもごねられ、強制的に結婚に持ち込めた璃姫は凰希との婚約を自ら解消して彼を解放したのだ。


 これには、秀公は完全に参ってしまった。いくら粗暴でも常識神である彼は、自分の思いが許されない事を理解していた。それでも、姉から奪う形となった自分の為に、姉は自ら身を引いた。


 責められるべきは自分だ。

 なのに、姉が責められる現実に、秀公は激怒した。


 因みに、宗公は弟と妹の婚約者の関係には気づいていたが、彼らに全てを任せていた。それでこじれるなら口は出しただろうが、そうでないなら下手に口出しすれば余計に事態をこじらせる事を理解していたからだ。そして、妹の性格を理解していた事もあり、宗公は彼らに決断を任せていた。


 まあ、元々は自分が妹の婚約を決めたのだから、原因の一端は自分にもあるがーーその時には、まだ凰希は秀公とは出会ってなかったし、まさかそうなるとは普通は考えないだろう。分かっていれば、先に秀公に会わせていた。


 宗公は自分の弟が男と付き合っても良いと思っている。本神同士が良いのなら、同性だって別に構わない。子供が欲しいのなら、親の居ない子を養子にすれば良い。そういう子はごまんと居るし、愛情深く子をしっかりと育てられるのならば、その夫婦が同性だろうと異性だろうと関係なかった。


 ただ、そんな宗公でも、まさか妹が非難されるとは思わなかった。


 確かに、秀公と凰希は愛し合っていて、璃姫の存在が長年ネックになっていたけれど。


 それでも、妹は責められるべき立場では無い。


 幸いな事に、常識神である弟と、そして凰希がそれを一番に理解している。そして、自分達の側近達ーー上層部達やその身内達もそうだ。


 誰が責めても、自分達だけはせめて彼女の味方で居よう。そしてーーもっともっと素晴らしい結婚相手が見つかるようにしてあげようと思っている。


 ただーー


「ただ一つだけ不満があるのは、私が責められる事だわ」


 璃姫の言葉に、秀公が苦悩の表情を浮かべ、凰希が悲しそうな表情を浮かべる。


 だが、次の言葉を聞いた瞬間、その場は凍り付いた。


「秀公が攻めで凰希が受けというポジションのせいで、私、弟に婚約者を寝取られた寝取られ系負け犬って呼ばれているのよ?!」


 寝取られ系


 負け犬?!


 新しい言葉だ、造語か?


「せめて、秀公が受けならっ」

「いや、弟を勝手に受けにしないで」

「なんでよ。ってか、同性のカップルって、上とか下とかって特に決まりはないんでしょう?」


 ブッと側近の一神が、自分を落ち着かせようと口に含んだお茶を吹き出した。


「それに、BL界では攻めと思われているキャラが受けのカップリングも数多く存在しているし、リバもあるしっ」

「姉貴いぃぃぃぃっ」

「秀公×凰希も良いけど、凰希×秀公でも。あ、誘い受けでもっ」

「余計に嫁に行けなくなるぞっ」


 秀公は禁句を口にした。


「どうせもう寝取られ系負け犬って言われているんだから、無理よ。だからどうせなら私、新天地で新たな神生を生きようかと」

「新天地?」

「実は、人間界勤務の神が足りなくて募集しているの。そこに応募して、ついでにどこかの任地でそこの若くてかっこいい神官と仲良くなって結婚とかって」

「神官って人間だよな?」

「神と人間が結ばれる話って結構あるでしょう?それに、兄様は既婚者だし、弟も養子貰えば特に問題無いし」


 そういえば、姉の好きな読み物は、神と人間が結ばれる話だ。しかも、神が人間との愛を成就させる為に人間になるもので。


「やめて」

「姉を祝福出来ないの?」

「人間になったら死ぬだろっ!寿命はたかだか平均八十年だぞっ」

「本当に好きな相手との八十年なら良いじゃ無い」

「残された方が嫌だよっ」


 そもそも、姉にかけた負担は大きく、重たい。それをたかだか、愛し合っているとはいえ八十年ほどで終わらせてたまるか。

 それに、八十年という短い時間で姉を失うなんて嫌だ。


 秀公はシスコンだった。

 そもそも、美形兄弟と名高かった宗公と秀公は、その美貌から幼小時より権力者に目をつけられる神生だった。しかも両親が死んだ後は、幼くして権力者のヒヒババアに売り飛ばされた。

 そんな中、平凡顔の璃姫は一神重労働をする為の奴隷に落とされ、兄と弟が多くの権力者達に愛妾や妾妃として買われる中で、姉は酷い暴行を受ける日々だった。


 そんな生活が数十年続いたある日の事だ。


 姉は権力者の家に火を付け、姉と同じ重労働を課せられ酷使され死を待つだけだった奴隷達を率いて愛妾や妾妃にされた者達を助け出したのだ。姉は酷い暴行を受けながらも、虎視眈々と自分の兄弟を買った権力者の隙を伺っていたのだ。


 そして、権力者ーー領主の屋敷は焼け落ち、周辺の地を恐怖で支配してきた領主は姉の手で討ち取られた。だが、そんな姉を領主の協力者達ーーすなわち、奴隷商神達は自分達の伝を使って犯罪神として捕えた。助け出された愛妾や妾妃達ーーそう、彼らを再び奴隷に堕とすには邪魔だったからだ。


 しかし、自分達を助け出してくれた少女の危機に、兄は、秀公は、そして愛妾や妾妃達ーー後に、幹州の上層部と呼ばれる者達は切れた。

 いわば、切れてはならない最後の糸を叩ききったのだ。



 宗公と秀公、そして他の愛妾や妾妃達を手に入れたと喜ぶ奴隷商神達の絶望に染まりきった顔は今でも愉快でしかない。そして、彼らの協力者として璃姫を、殺そうとした者達が堕ちていく様も。


 彼らは切ってはならない者達の堪忍袋の緒を切った。


 出してはならない場所に手を出したのだ。


 そうして、助け出された奴隷達、愛妾や妾妃達を率いる形となった宗公と秀公、璃姫は隠れ里と呼ばれる場所を造り、そこを狙う盗賊達やら奴隷商神達と戦っていくうちに力を増していった。

 そして、殺した盗賊達や奴隷商神達から助け出した奴隷達を保護していく内に、その噂を聞きつけやってきた現凪帝国皇帝と出会い、忠誠を誓ったのである。

 その時は丁度、何度目かの兵糧攻めをされている最中で、もう少しすれば餓死者が出てもおかしくない状況だった。嬉々として自分達の隠れ里を攻める大盗賊集団が萩波率いる軍に打ち倒される様は実に爽快で、彼らは自分達の物資を惜しみなく分け与えてくれた。

 だが、忠誠を誓ったのはそれとは別だ。


 単純に、萩波のカリスマ性と神柄に魅入られたのだ。膝を突き、その傘下に入れて欲しいと頼み込んだ。


 宗公達は、大戦では前線に立って戦いはしなかったが、権力者や奴隷商神達に囚われ助け出された者達の保護、また戦災孤児、戦争未亡神、年老いた神達の保護を任務としてきた。

 宗公達が居た場所以外にもそういった場所は幾つかあり、同じようにそこを守っていた者達が後に武勲を立てたとして、凪国建国時に領主として取り立てられた。

 ただし、そういった者達は全体の領主達の一部である。そして、叡州のバカは確実に違うが。


 できる限り、子供や女性、年老いた者達を戦場に立たせないというのが、当時の凪帝国皇帝ーー萩波の考えだった。他では、子供が率先して盾として戦場に出されたり、戦争の道具として利用される中、萩波の考えに賛同する者達は他の軍にも存在した。


 特に、当時の天帝軍ーー前天帝軍とそれに組する者達は、率先して子供達を盾とし、戦争の道具としてきた。女性達も多くが犠牲になったし、年老いた者達は邪魔だと次々と殺されていった。


 それに対して、現在の天帝達は萩波と同じように子供達、女性達、年老いた者達と、戦災弱者と呼ばれる者達を率先して保護し、なるべく戦に関わらせないようにした。

 戦いに男達が出るならば、その家族をしっかりと保護し、彼らが自分達が生き残る方らに専念出来る様にしたのだ。


 だがーーそもそも、暗黒大戦と呼ばれ千年に及ぶそれは、腐敗に腐敗を重ね、もうどうにもならなくなった状態で起きた大戦だ。もはや大戦自体が末期状態だった。だから、大戦の中期から後期にかけては、もうそんな事すら言ってられない状況となり、子供達はまだしも、女性達は率先して戦ったし、戦いで年老いた者達やある程度の年齢の者達が死んで年若い者達しか居ない場所は、子供でも構わず戦った。


 ただ、その殆どが自分達の意思だった。

 自分達の意思で戦場に立つ事を望んだのだ。


 大戦では、多くの大神達や年老いた者達が死んでいった。


 それでも、残った大神達と年老いた者達、そして沢山の若い者達で必死に再生された世界を繁栄させていった。


 自分達の住む世界すら壊しかけた戦いの重たい代償の中で、必死になって戦ってきたのだ。



 宗公は領主だ。

 凪帝国の一領主として、身分と地位を得た。

 当時同じく囚われていた愛妾達も、幹州の上層部となり、当時奴隷だった者達はその伴侶となった者達も多い。

 しかし、今こうして自分達が生きていられるのは、全ては璃姫が立ち上がったからだ。


 今居る奴隷達を破棄し、愛妾達に更なる地獄を見せようとした領主達に徹底的に璃姫が立ち上がって抵抗した結果、自分達は此処に居る。


 秀公は、自分の手を引いてくれた姉の手の温かさを知っている。


 そして、そんな姉の婚約者を奪う形となった、いや、もう完全に奪った自分に激しい自己嫌悪を抱いている。

 思うのは、どうして姉と凰希が出会う前に先に自分が出会わなかったのかという事だ。その前なら、姉が凰希に気持ちを移す前であれば、誰も傷つかなかった筈なのに。


 そして、どうしていつもいつも記憶が戻るのが、姉が、姉の魂を持つ存在が凰希の魂を持つ存在と出会った後なのか。


 誰も彼もの記憶が、もっと早くに戻らないのか。


「……」


 黙ってしまった弟に、璃姫が溜息をついた。

 普通世間一般的には自分が被害者なのだが、果たして自分が甘いのだろう?



 いや、違う。


 邪魔者は自分だ。


 いつの時代だって、自分の存在がネックになってしまっている。


 どうして世界は上手く回らないのだろうか?


 どうして、いつもいつも自分が先に出会ってしまうのか?



 誰かを傷付ける前に、気づく事が出来ないのか?



「私の幸福は祈ってくれないの?」

「……それで、姉貴が死ぬのは嫌だ。幸せが短いのは嫌だ。たった八十年なんて」

「秀公は我儘ね」


 結果的に、元々の潜在能力的に宗公と秀公が飛び抜けていた為、宗公が領主となり、秀公がその補佐となった。自分達を助けてくれ、多くの者達の神生を救った立役者である璃姫は、能力的には平均かそれ以下だった為、補佐となる事もなく領主の妹として【領主館】に領主の身内としてだけで留まる。


 そんな璃姫の立場を五月蠅く言う者達は、どうしたって存在した。


 何も知らないくせにーー


「私も嫌だ」

「凰希も我儘だわ」

「私達が悔しがるぐらい、璃姫には幸せになって貰いたい。その為には、八十年だなんて」


 もし人間を愛したのなら、相手に神になってもらわなければーーそれぐらいでもしなければ、璃姫にかけた負担の一部すら担えないだろう。


 いや、本当なら凰希は素直に璃姫を愛せば良かったのだ。婚約者として愛せば。けれど、どう頑張っても愛せなくて、彼にとっては慕わしい友神でしかなくて。


 そんな気持ちで、しかも他の相手に心を移した状態で璃姫に接する自分が酷く情けなくて、醜くて、憎らしくて。


 凰希は、璃姫に婚約破棄を願う事を決めた。

 その前に、璃姫が婚約破棄をしてくれたが。


 凰希は璃姫が優しい女性だと知っている。口ではなんだかんだ言いながらも、本当に本当に優しい女性だと。そんな女性を、自分の様な卑怯な男が束縛していて良いわけがない。自分では駄目なのだ。


 璃姫は、誰よりも幸せにならなくては。

 その為の踏み台になら、喜んでなるつもりだ。


 だから、凰希は自分が悪いのだと世間に知らせてきた。誰が見たって悪いのは凰希なのだから。なのに、自分と秀公を理想のカップルと信じ込む者達はそれを受け入れない。自分達の信じたい事しか信じないのだ。


 そうして、璃姫を攻撃する。

 信じたくないのなら、それはそれで構わない。だが、それで璃姫を攻撃するのだけは許せない。


 璃姫は幸せにならなければならない。

 今まで、そして今も大変な璃姫は、幸せにならなければ。そうでなければ、割に合わないではないか。


 それに、たった八十年での幸せは、人間にとっては大きいけれど、神にとっては一瞬である。


 特に幸せな時はあっという間だ。


 その反対に、苦しい時間は例え実際には短くても永遠とも言うべき長さを持つ。


 そうーーあの千年の暗黒大戦は、人間からすれば千年という長い期間だが、神からすればたった千年という長くはない期間だった。

 そもそも不老長寿と呼ばれる神は何事も無ければ軽く数千年生きるし、その中での千年などは、成神する為の期間でしかない。人の世で言えば、せいぜい二十年かそこらの期間である。


 しかし、誰も、誰一神としてあの千年を、暗黒大戦の千年を、「たった千年」と言う者は居なかった。言えるはずが無かった。あの地獄の時代は、誰の心にも「永遠の千年」という言葉を刻み込んでいる。

 一日一日が長く、一日それ自体が千年ほどの長さと思える程。

 それが千年分ーーもう数える事すら嫌になる。いや、もう単純な計算では計算しきれない。


 それに、あの千年は色々なものがぐちゃぐちゃになっていて、時間の流れすらも狂っていたと言われている。いや、実際に狂っていると思わされる事は多々あったし、報告されていた。


 だからもしそうだと、本当にそうだとすれば、あの千年は本来の千年とは違う時間だったのかもしれない。


 千年ではなく、万年ーー人間にとっての千年のように、神にとっての長い長い、途方もない時間の流れがそこにはあったのかもしれない。



 倫理や法だけではなく、時間、時空、全てが狂っていた時代。



 それが、暗黒大戦の時代だ。

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