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番外編 ぶっ飛び娘の日常(むこうの世界では)

現在進んでいる本編より未来のお話です。


 この世界の朱詩は思う。


「向こうの世界のお前の保護者の顔が見てみたいよ、全く」


 と、困ったちゃんこと果竪に言い捨てれば


「鏡は後ろだよ」

「分かってた、分かってたよ!そんな事っ」


 向こうの世界の保護者は、向こうの世界の自分達。

 朱詩は全力で現実を逃避したかった。


「諦めましょう、これが運命なのよ」


 逃避以前に茨戯が諦めた。


「運命?!その運命に抗ってきて今のボク達が居るんでしょう?!」


 お前は花嫁に、妃に、寵妃に、寵姫に、愛妾に、奴隷になる運命なのだーー


 そう自分達を囲う者達が勝手に言い放つ運命とやらに抗い、全てをねじ伏せてここまでやってきたのだ。むしろ、そうしてきたからこそ、今の自分達が居ると言うのに。


「なんかもう、アレ見てると色々と諦観の境地に達するというか」

「諦めないで!諦めたらそこで終了だよっ」

「いや、もう色々と終了してるだろ」


 色々あって対立して、色々あって今はまあなんというか、協力関係になった明睡が茨戯の横で黄昏れている。


「お前も諦めんなよっ!」

「むしろ諦めないお前が凄い。もうお前が宰相やってくれ」

「嫌だよ!そしたら小梅との時間が減るだろっ」

「俺と涼雪は良いのか?」

「涼雪は今、熊狩りで出かける事が多いし」


 そう、元気になった涼雪は熊狩りに出ている。


 それは


「やりたい事をやらないとっ!」


 という果竪の言葉と


「向こうの世界では、一日に一頭が目標の熊狩り毎日なんだよっ」


 一日に一頭?!


 何そのハイペース熊狩りの日々っ!!


 その言葉に、涼雪が燃えた。


 見えない目など何だ。

 熊は目で狩るのではない、心の目で狩るのだ。


 そんな言葉を口にし、猟銃を背負って日々鍛錬に努める涼雪に、とりあえず明睡の配下達の胸が激しくトキめいたそうだ。この前、明睡が不機嫌そうに呟いていた。


 というか、心の目で狩れるのか?熊って。

 確か、夜間とか闇の中での狩猟って危ない筈じゃ。


 それより、明睡より熊の方が大事ですか。


「く……」


 明睡がその場に膝を突く。


「熊が、涼雪の寵愛を受ける熊達が憎いっ」

「いや、普通寵愛してるの猟銃で撃たないでしょ」

「どんだけ鬼畜変態的嗜好だよ」


 茨戯と朱詩がツッコミを入れた。


「そうだよ。涼雪ちゃんはただ大好きなだけだよ」


 果竪が口を開いた。


「熊狩りがこの世の全ての中で一番っ!」

「この世のっ?!」

「全ての中でっ?!」


 あ、こいつまた余計な事を、と茨戯と朱詩は思った。


「こ、この世の、全ての、中、で」


 明睡は愕然とした。

 俺よりもか?と小さな声で呟いた。


 ここで明睡信者の配下の皆様が居れば「そんな事ありません!我が君が一番ですっ」とフォローしてくれただろう。しかし、ここには親友で長い付き合いだけれど、ある程度は放置プレイも辞さない朱詩と茨戯しか居なかった。

 いや、彼らだって頑張った。

 頑張ったけれど、あの変態大根大魔王には勝てないのだ。


「何が、何が足りないんだ」


 この俺に足りない部分ーー


 美貌か?頭脳か?地位と名誉?身分?権力?財力?


 全てを持ち合わせ、この帝国の宰相という地位に就き、最高位の貴族の身分も持ち合わせ、更には妹が王妃という、もはやチートキャラな明睡に足りない部分などあるだろうか?


「体毛?」


 しかし果竪は答えた。


 足りない部分などない筈の明睡の足りない部分を。


「あ、確かに熊はふさふさだよねっ」

「いや、あれふさふさっていうか、ゴワゴワーー熊の毛って結構固いわよ」

「た、体毛ーー」


 髪の毛は艶やかで豊かだが、それ以外の毛ーー。

 髭どころか、男らしい体毛など夢のまた夢。

 つるりとした艶めかしい肌は、毛穴が分からぬ程の、それこそ磨き抜かれた陶器の様なそれだった。


「くっ……毛が、俺に少しでも毛があればっ!そうしたら熊なんて目じゃないのにっ」

「大丈夫だよ宰相様」


 果竪は言った。


「無ければ被れば良いよ」


 被れば、良い?!


 生やせばとかそういうのじゃなくて?!


「無駄な努力はしない方が良いよ」

「無駄って言うなぁ!」


 もの凄く不憫な子を見るような哀れむ眼差しを果竪から向けられ、朱詩は全力で叫んだ。分かってる、生やそうとしたって生えない事ぐらい。今まで何度体毛を生やそうと頑張ってきた事か。


 しかし、主に余計と言われる毛はどう頑張っても生えない。むしろ髪の毛と睫毛、眉毛以外は、「は?毛って何ですか?」っていうあれでーーいやいや、ちゃんと下も生えて……。


「生えてるんだからっ」

「朱詩、落ち着いて」


 騒ぐ朱詩を茨戯が宥める。


「それで、毛についてはもうどうしようもないから」

「……熊の毛皮」

「明睡っ?!」


 熊の毛皮と呟く明睡に、茨戯は危機感を抱いた。


 駄目だ、いや、まずいこいつ。


 本気で熊の毛皮を被りかねない。


「ってか、ちょっと待って。そんなの被ったら大事よ!」

「何が大事だ!俺は、俺は涼雪の関心を取り戻す為なら、毛皮を被る事すら厭わないっ」

「あ、服を脱いでから被った方が良いよ。服の上からだとフィットしないから」

「果竪っ!」


 全裸で毛皮を被って涼雪の前に立つ方が変態だっ!


「いや、その前に何そのアドバイスなれしてる感じ」

「いつもの事だし」

「いつもっ?!」


 いつもって、あれ、向こうの世界ではいつもの事のか?!


「俺は、やる」

「やるなっ!」

「そうだよ!少なくとも【皇宮】ではやるなっ!【皇宮】に見た目完璧な熊が現れたら大騒ぎだろっ」


 朱詩も止めた。

 こいつなら、明睡なら完璧な熊を演じるだろう。

 完璧主義さが仇になる事案だ。


「大丈夫だよ、向こうの世界では【王宮】に熊が出るって思われてるから。何せ、王妃付き侍女の選考基準が【素手で熊を倒せる覇者】だから」


 なん、だと?


「待って、向こうの【王宮】はどこにあるんだ?山か?秘境の山奥か?」

「ここと同じ場所だよ」

「同じ場所で熊が出るわけないだろっ」

「そうだよ。でも、選考基準に熊うんぬんが入ったせいで、王妃付き侍女は熊が倒せなきゃ駄目とか、【王宮】は熊がふつうに闊歩しているとんでもない所だとか言われてーー歩いてるのは大根だけだよっ」

「それもおかしいだろ」


 朱詩は全力でツッコミを入れた。


「とにかく、明睡は熊の毛皮なんて着ちゃ駄目だからね!」

「被るだけだ」

「被るなっ」


 その後、明睡を止めるのに三十分かかった。




「全く、果竪のせいでこっちは大変だよ」

「平凡な日常のちょっとしたスパイスだよ」

「平凡な日常がそもそもないんだよ」


 果竪の首根っこを掴み、朱詩は怒鳴った。


「ったく、こんな変態大魔王が普通に生きている世界がどうなってるか……ってか、向こうの世界のボク達はどうなってんのか」

「いや、別に普通」

「どこがっ」


 どう考えたって普通じゃないだろうっ!と叫ぶ朱詩に、果竪はう~んと考え込む。


「いや、別に普通だよ」

「どこが」


 朱詩は信じない。

 なので、果竪は普通の日常を口にした。




「違うよ紫蘭さん。朱詩はベビードールとか可愛いサテンのリボンやひらひらしたフリルが最高によく似合うけど、実は結構セクシー系の下着が好きで」

「かじゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうっ!」

「にょはははははははははっ」

「凄いわ王妃様!上層部の皆様の下着の好みをしっかりと把握されているなんて、流石は王妃の鑑っ」

「んなもん把握しないでいいんだよっ!」


 果竪と紫蘭ーー現在、凪国で下女をしているが、実は水の列強五カ国が一つである浩国の王妃(現在記憶喪失中)が二神、手を取り合って朱詩の猛追走から逃げていた。


「そもそも朱詩様、セクシー系も穿けば穿けそうですけどね」


 それはもう鼻血で出血多量死するだろうーー世の男達が。


「仕事はイメージが大事だからね。あ、それで明睡と茨戯の好みは」

「言わせてたまるかぁっ」

「アタシのイメージを壊さないでっ」


 明睡と茨戯も追走してくるが、果竪と紫蘭は速かった。王妃の選定項目に「足の速さ」が絶対に書かれていると信じて疑われない程に速かった。


「にょほほほほほほっ」

「ふっ!日々、下着を巡って戦う私の脚力と体力を舐めないで下さいませっ」

「頑張るな!そこで頑張るなっ!あと、ボクの下着を返せえぇぇぇぇっ」




「っていう、追いかけっこをしたり」



 果竪はその日々を思い出していく。




「果竪!このセクシー下着とこのセクシー下着、どっちが私に似合いますでしょうか?」

「違いがわかんない」


 どっちもセクシーだろ。


「ですから、この黒ラメの超ビキニと、スケスケ網下着ですわ」


 もはやそれは下着なのだろうか?


 隠す為の下着なのに隠し切れていないどころか、むしろ見せますと叫んでいる様な下着だ。


 果竪は明燐の手に持つ二つの下着を前にして口を開いた。


「こっちの方が似合う」


 素早く取り出した、広告チラシに載っている綿百%の普通の下着を指さした。何を持ってして普通と言うかは難しい所があるが、とりあえず隠すべき所をしっかりと隠した下着である事は確かだ。


「それは私には可愛すぎますわ」


 明燐はその可愛らしいデザインに眉を顰めた。


「いや、これで十分だわ」


 果竪は断言した。


「明燐はセクシーさと色気がカンストしてるの。だから、これ以上ごく普通の一般的なセクシー下着を着ても明燐のセクシーさを引き出す事は出来ないわ。むしろ、こっちの可愛らしい物を穿く事でかわいらしさと、別の方向からセクシーさを引き出してみる事で明燐の新たな魅力がより際立つと思うの」

「か、果竪っ!ああ、果竪、貴方はなんて素晴らしく最高なのかしらっ!ああ、私、果竪の下なら嫁いでも」

「じゃあその穿かない下着は戻してきてね」


 そう言って、明燐を上手くいなした果竪は言う。


「今までの私はバカだったの。そして気づいたわ。止めたって貫き通されるなら、言葉巧みに上手く誘導してこっちの思うとおりにさせた方がよっぽど利口だって」


 止めたってセクシー下着を穿かれる。

 呆然としていても穿かれる。

 ならば、強い心を持って言葉巧みにこちらの穿いて欲しい物を穿いて貰う様に誘導するのが利口である。


「果竪……」

「アンタ、なんて強い子に」

「俺達が不甲斐ないばかりにっ」


 淡々と説明した果竪に、朱詩達は自分達の力不足を嘆いた。そして、果竪の強さを称えた。





「という感じの日常だよ」

「待って、色々と待って」


 こちらの世界の朱詩は果竪を止めた。


 その隣で、茨戯は思った。



 果竪がこうぶっ飛んだ性格になったのは、向こうの世界の自分達にも問題があるのかもしれないーーと。



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