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第34話 

 暗闇の中、果竪はそのテントに戻ってきた。

 手には、沢山の収穫物があった。

 そう、武術大会の居合部門で準優勝した賞品を始め、その大会中に手に入れた様々な物資。


 もちろん、袋詰めになった大量の氷も、である。


「術で氷は作れるけど、やったら大変だからなぁ」


 何もない所から生み出すのは難しい。

 ある物の特性を変化させる方が、ずっとずっと簡単なのだ。


 とはいえ、雨が降ってさえ居ればそれを利用して氷を生み出す事は可能ではある。ただし、その雨は一定量をかき集めなけれはならない。

 だが、小梅の発熱に気づいた時には、既に雨が止んでいた。飲料水を氷に変えるとしても、それが長引けば長引くほど、今度は飲み水が足りなくなる。


 だから果竪は最低限度の氷を生み出し、残りは。



「ふっ、やっぱり愛する大根は完璧だわ」



 果竪の視線の先には、未だ意識がなくウンウン唸りながら額に大根をのせる小梅が居た。



 もう一度言う。

 額に大根をのせている小梅が居た。


 この光景を見た誰もが言うだろう。

 唸っている原因は、のせられた大根のせいだと。

 どう好意的に見ても、それは嫌がらせにしか見えなかった。


 だが、果竪は嫌がらせをしているわけではなかった。

 よく言うではないか。

 肌で温め合うという、言葉を。


 その逆で、大根のひんやりとした体を密着させる事で、小梅の高い熱を冷まさせているのである。



「苦しむ病神の為に、自らの体を張るーー素敵だわ!」



 どう見ても、その大根の重さで呻いている様にしか見えないのだが、果竪は大根の素晴らしさを信じて疑わなかった。

 朱詩が見れば、本気で殺りに来られそうな光景だと言うのに。


「無事に【皇宮】に戻れたら、大根のおかげで小梅ちゃんが助かったって筆頭書記官に教えてあげないとっ」


 果竪に被虐的嗜好はない。

 しかし、どう考えてもその発言は被虐的嗜好としか思えないものだった。

 普通に考えて、そんな発言をすれば朱詩がどう反応するかなんて分かりきっていた。この世界は果竪の生きる世界とは違うといっても、ここに来て暫く経つ。

 向こうの世界の朱詩よりも、大根に対して拒否感の強いこの世界の朱詩が、自分の愛する女性の額に大根をのせられていたなんて分かれば、確実に殺りに来るだろう。


 どうしたって自殺行為だ、果竪のやろうとしている事は。


 だが、果竪はバカではない。

 大根バカだけど、それ以外では実は結構色々と物事を考え、頭の回転が速かった。

 しかし、大根に関してはバカである。究極のバカである。


「きっと、筆頭書記官も泣いて平伏して喜ぶわ」


 そう信じて疑わない果竪に問いたい。

 その根拠は何か、と。


「あ、記念に写真も」


 自分の処刑執行書にサインをしたも同然のそれだが、果竪は意気揚々と撮影を試みる。最早、彼女に恐い物は無いのか?と全力で問いかけたい所行だった。


 やはり果竪は大根に関してはバカである。


「さてとーー」


 記念撮影も終え、必要な仕事を終えた果竪は小梅へと視線を向けた。記念撮影が必要な仕事かどうか論議したい所だが、論議出来る者達が居ないのでここは割愛しておく。


「……やっぱり、向こうの小梅ちゃんとは違うんだね」


 果竪は小梅の体の汗を拭きながら、小さな声で呟いた。


 向こうの小梅は、風邪一つひかない元気な少女だった。余りに元気すぎて。


「バカは風邪を引かないって言うからさ」


 と、朱詩が悔しげにのたまい、小梅に度々ドツかれていたのを思い出す。そしていつもの様に喧嘩していた。



「私だって風邪ぐらいひくわよっ」

「ボクの記憶の中では寝込んでいた記憶はないけどねっ」


 朱詩の記憶力はかなり良い。というか、むしろ変態並みに良すぎるので、朱詩の言っている事はたぶん正しかった。


「ふ、ふんっ!風邪ぐらいひかなくったって何よ!元気で良いじゃないっ」

「そうだよ。だからこの前、風邪が大流行して大変だった時に小梅ちゃんが率先して看病してくれたんだし。私だけじゃ忠望とか典晶の体を拭くのが大変だったけど、小梅ちゃんがしっかりと全身清拭」


 果竪がそうのたまった瞬間、朱詩が無言のまま、右手で忠望の胸倉を、左手で典晶の胸倉を掴んで持ち上げたのは驚きだった。典晶はまだしも、忠望は朱詩よりも身長が高いと言うのに。


「で、明睡と茨戯のもお願いしようとしたら、明睡は『涼雪が良い』って言うし、茨戯も『葵花にしてよ』とか我儘言うし!」

「お前ら!小梅の何がそんなに不満なのさっ!潰すよ?!」


「「何その理不尽っ!!」」(by 明睡&茨戯)


 体を拭いて貰ったら貰ったで胸倉を掴まれ、拒んだら怒鳴られて脅迫され。


 胸倉を掴まれている忠望と典晶も、流石にその時は不可抗力だと強く弁明と抗議をしたが、朱詩の怒りは収まらなかった。


「ってか、お前らみたいな貧弱な体を小梅に見せるなんて良い度胸だね」


 明睡達の体は、それこそ体重と同じだけの純金を積むだけでは足りないと言われる程の魅力的な体と言われていた。蠱惑的な曲線を描く肢体は、どんな美女でさえ敵わぬ妖艶な色香を放っているとさえ叫ばれていた。


 実際、そのむしゃぶりつきたくなる様な肢体に、老若男女問わずの多くの者達が魅入られ堕落していった。


 それこそ、その体一つが至宝とさえ呼べる代物なのだが。


 にも関わらず、朱詩は『貧弱』と彼らの体をのたまった。


 因みに、朱詩を含めて凪国上層部やそれに準ずる者達の男性陣は、とにかく自分の顔と体が嫌いだった。激しく嫌悪していると言っても良い。

 いつもなら、それもそうだと同意する程心の広い彼らではあったが。


「誰が貧弱だっ」


 流石にこの話の流れでの貧弱発言には同意できないものがある。


「貧弱、貧弱っ」

「お前の語彙の方が貧弱だっ」

「そうよ朱詩。明睡達の体は立派よ」


 そこで小梅が爆弾を投下した。

 大量の油をまき散らしたと言っても良いだろう。


 明睡達はこの時ばかりは、小梅を心の中で激しく罵った。


 どうして、このタイミングでそれを言うのか。


 いつもは空気が読めるお利口な小梅だが、その時はここぞとばかりに空気を読まなかった。


 当然


「決闘しろ!どっちが立派な肉体か決めてやるんだからっ」

「はぁぁぁぁあっ?!」


 完全に切れた朱詩はその後も収まらず、結局騒ぎを聞きつけて駆けつけた萩波によって強制的にお説教タイムに突入させられるまで騒ぎは続いたのだった。


 ただ、そんな騒ぎの騒動ーー火種を作った当の果竪はと言えば、さっさと安全地帯に避難し新たなる大根畑開墾計画を練っていた。



「そういえば、あの時の大根畑開墾計画書ってどこにやったっけ」



 きっとそこが着地点ではないのに、大根に関してはいつも全力な果竪はその事が今一番気にかかってしまった。そして、その計画書が萩波に説教されてふてくされた朱詩によって焚火にくべられたのを思い出してしまい、絶叫した。


 ただ、いつもの自分の部屋ならばまだしも、病神が傍に居る中でそれだけ騒げば、当然。


「ん……あ……」


 熱で唸っているのに、更に騒音被害まで浴びせられた小梅は更に苦しそうに顔を歪める。


「小梅ちゃん?!大丈夫?!?!苦しいの?!」


 その苦しさの八割は自分のせいだと言うのに、果竪は堂々とそんな風に聞いた。こちらの世界の朱詩が居れば、それこそ全力で殴られる所行である。


 だが、自分の酷い所行はどこかに放り投げ、果竪は呻いている小梅に近づきその手を握り締めた。その光景は、病神を優しく看護する聖女の如きだ。しかし大事な事なのでもう一度言う。

 小梅にトドメをさしかけているのは、果竪だ。


「そうだよね、まともに食事も摂れてないし」


 一応、氷嚢用の氷の他に、栄養のある食べ物も手に入れてきていた。茨戯から強奪ーーいやいや、どうぞどうぞと言われて貰ってきた荷物の中に入っている食料はまだまだ十分に余裕がある程残っているが、それでもいつ何が起きるか分からないのだから、手に入れられる所で手に入れてそれを消費するのは大事な事だった。


「他に飲物と、あと薬も持ってきたんだよね」


 飲物と薬の関係もしっかりと手に入れてきた果竪は、それらの入った袋を手に取り中身を取り出す。飲物は

二神で三日は持つ量を強奪ーーいやいや、貰ってきたし、薬も十分な量が入っていた。

 本当は医師に診察して貰いたいが、小梅を連れていく事で差し向けられているだろう追手に見つかる危険性が高まるとなればそれは我慢するしかない。


 小梅の熱は未だに下がりきらない。

 解熱剤を飲ませると一時的に下がるが、それが切れるとまた上がり始める。肺炎は起こしていないようだけれど、たぶん今までの疲れやら何やらで体が弱っているのが大きな原因と思われる。


「食事の用意をしないと」


 果竪はテントの外に出る。と、周囲が霧に包まれている事に気づいた。それも、かなり濃い。


「これはーー」


 今までにも朝に靄というか霧が発生していた事があった。だが、今の時刻にこれほどの霧が出ている事は一度も無かった。とはいえ、ここに来て数日なので、もしかしたら出ている時もあったかもしれない。

 けれど、果竪は本能で悟った。


 これは普通の霧ではないという事を。


 そして瞬時に、果竪はテントの中に引っ込み息を潜めた。


 テントには予め細工をしていた。

 追手が迫った時に、テントを発見されにくくする、細工を。


 違和感があっては駄目だ。

 違和感があれば、気づかれてしまう。

 そこに何かがあると。


 だから、最低限の力で最低限の術を使って、目眩ましをしていた。だが、効果は一種の賭けになってしまう。相手がほんの僅かな違和感や疑問を覚えてしまえば見つかってしまうだろう。

 それでも、強力な目眩ましをかけるよりは、ずっとずっと気づかれる可能性は低くなる。


 だが、果竪はテントを出て、その周囲を包む霧に気づいた。


 それは追手のそれとは別。

 その霧自体が目眩ましの効果を持つ。


 何を目眩ましで守っているのか。


 果竪はその霧の発生源が自分達であるという事に気づいた。

 と同時に、その霧を生み出しているのが誰かも気づいてしまった。


 果竪は皇帝陛下から貰った腕輪を見た。

 それは反応していなかった。


 そう、腕輪によるものではない。


 腕輪ではなく、自分達にかけられた、術だ。


 危機が迫った時に、自分達を守る為に発動する様に仕込まれていたのだ。


「……」


 そしてそれは見事に発動した。


 果竪が勢いよくテントの中に戻ったのは、ただ霧が発生していたからではない。霧の原因に思い当たったからでもない。

 自分達の居る場所の近くに、追手と思わしき複数の気配を感じたからだ。

 それらは、霧の中を動き自分達を探している。


 だから隠れたのだ。

 いくら霧が発生して目眩ましをしていても、いつ鉢合わせをするか分からない。下手に動けば、向こうはこちらの居場所を特定するかもしれない。


 皇帝陛下の術は凄まじいが、もしもが無いとは言い切れない。


 何事も慎重に。


 油断が死を招く事もある。


 特に今は、果竪だけではない。

 小梅が居るのだ。


 だから果竪は素早くテントの中に避難した。


 そして息を殺し、周囲を伺う。


 皇帝陛下の術は実に見事だった。

 霧は果竪と繋がっていた。

 霧の中に誰が居るのか、その相手がどう行動して何の話をしているのかが果竪の中に流れ込んでくる。


 霧は目眩ましと同時に、優れたセンサーだった。監視カメラや盗聴器の特性も兼ね揃えていると言っても良い。


「なる程、これは素敵な贈り物だわ」


 果竪はこの世界の皇帝陛下ーー萩波が自分に腕輪を渡してくれた時に、彼が何かの術を自分にかけてくれた事に気づいていた。そのうち一つがこれとは、嬉しいサプライズである。むしろ、自分にはもったいない位である。


 けれど、謙遜して事態などという事はしない。


「使える物は全部しっかりと使わせて貰わないと」


 それこそ、骨の髄まで搾り取る所存である。


 果竪は霧と同化した自分の耳を立て、迫り来る追手達の動向を探った。




「ちっ、ここも霧が発生しているのか」

「仕方ない。今は特に霧が発生しやすい時期だからな」

「俺達の目と耳を持ってすれば、この程度の霧なんて何の障害にもなりゃしないさ」

「だが、見つけられないまま既に数日が経過している」


 仲間の言葉に、男達が口を閉じる。


「これ以上見つけられないと、領主様の怒りが落ちる」

「あの方は気まぐれだからな。ったく、本当に厄介だ。権力を与えてはならない相手に与えたパターンだな」

「ってか、あれを領主に据えた時点で、皇帝陛下の失策だろう?偉大なる我が帝国の皇帝陛下にも失敗はあるんだな」


 男達が笑う。

 嘲りに満ちた笑いが、霧の中に木霊する。


「まあそれはさておき、一刻も早く見つけ出さないとな」

「面倒だな、火でもつけようか?そうしたら流石に隠れていても出てくるだろ」

「バカだなお前、この前それやったけど結局見つからなかっただろう。で、結構な森林を燃やして、今年は林業の収入が激減するって騒がれたし」

「別に収入が減っても税金を高くすれば良いだけだろ?」

「確かにな」



 確かにな、じゃねぇよ!



 果竪は無言のまま心の中でイライラを募らせた。


 大切な収入源を、確たる証拠も無しに「とりあえず焼いてみた。そしたら違った」で焼き捨てたバカ達に腹立たしさがこみ上げる。

 森林を焼いた?しかも、よくよく聞けば山だ。

 バカだ、アホだ。

 山じゃなくても大変なのに、それを山でやるとはとんだ愚か者である。


 林業に使えるまでに整備した民達の苦労が全く分かっていない。

 そして木が大きく成長し、森林になるまでどれ程の時間がかかるのかを理解していない。


 民達の収入源であり、また自然を構成するそれを「とりあえず」で焼き捨てた男のアホさ加減に果竪は大きな溜息をついた。


「アホすぎる」


 自分もたいていアホでバカだけれど、その男よりは幾分かマシだと思いたい。


 男達はその後も小梅を探しながら歩き、そしてテントに近づく事もなく立ち去っていった。自分達は一流の術者だと豪語していたが、すぐ近くまで接近しながらテントを見つけられないで何が一流の術者だ。

 確かにこれは皇帝陛下の術だが、それでも眼を見開きじっくりと辺りを探せば見つけられたはずだ。


 注意力が足りなさすぎる。


 学校で散々鍛えられ、むしろ学校の方が異常である事を知りつつも、流石に男達の穴の空きまくった捜索に心の中で苦言を呈した。


「まあでも、人の振り見て我が振り直せって言うし、反面教師にしろって言葉もあるしね」


 いついかなる時も学ぶ事を忘れず、冷静であれーー


 奢れば死ぬ

 謙虚過ぎても死ぬ


 王妃の道は茨の道


 世間の荒波に叩き込まれ揉まれながら成長してきた果竪は、男達のうかつっぷりを駄目な例として捉える事にした。


 ようは、ああいう風にならなければ良いのだ。


 霧がかかっている場所から、男達の気配が完全に消えたのを確認すると、果竪は自分が参加した武術大会で手に入れた叡州の地図を広げた。


 元々、氷の獲得と、この地図を目当てに果竪は危険を冒して街へと入ったのだ。そして、思った以上の収穫があった。


「ああでも、こんなに詳しい地図が手に入るとは思わなかったわーー領主が駄目でも、下までは腐りきっていないって事か」


 小梅が熱発した時、果竪の脳裏には幾つもの考えが浮かんだ。


 小梅の体を冷やす。

 小梅の体がしっかりと休める所に移動する。

 小梅の病状を医師に診せる。


 だが、最初の一つは冷やすものが少なくて難しく、残り二つは追手に捕まる恐れがあり現実的ではなかった。

 しかし、このまま熱が上がり続ければ小梅の体力が余計に消耗する。そして消耗し続ければ衰弱死の可能性だってある。


 だから果竪は一番を選択し、それに必要な氷を得る為に小梅を残して近くの街へと向かった。と同時に、この叡州の詳しい地図も得る事を目的とした。


 元々、叡州の詳しい地図は後々手に入れるつもりだったが、実は果竪の中で迷いがあった。地図を手に入れる為には街に行かなければならず、少なくとも小梅を連れていく事は出来ない。

 けれど、今小梅の傍を離れても大丈夫だろうか?自分が傍に居ない間に何かあったらーーそうグズグズと考えていた。


 だが、その考えは断ち切られた。


 小梅が此処にはない氷を必要としているならば、この場所を離れてでも取りに行かなければならない。そのまま何もしなければ小梅は衰弱していく。だから、果竪は自分を奮い立たせて外へと飛び出した。


 しかし、そこで氷だけに留まらないのは、それこそ学校のおかげだろう。


 果竪は氷を手に入れる為に街に行くが、氷だけを手に入れるつもりはなかった。そう、どうせなら色々な物を一度に手に入れる、特に叡州の地図を手に入れる。


 果竪は街に辿り着くと、氷の売っている場所を確認し、地図を売っている書店に入った。そして必要な物資を揃える中で、ストレス発散に居合部門に参加したりもしたが、それは単なるストレス発散だけではなかった。


「あれだけ騒いだんだもの。出入りする誰かの口の端には上るよね」


 他にも居るならまだしも、居合部門に鍬片手で乗り込む少女がそうそう居る筈も無い。


 果竪は自分がその街に居たという事を【皇宮】に報せる為に、あえてそうした。まあ、思い切り楽しんでたろと言われれば「うん」としか言えない部分もあるが。


 だが、それでも全力は出していない。

 五割ぐらいで力は留めておいた。


 あれで五割。

 この世界の朱詩や茨戯が聞いたら、「嘘だろ!!」と絶叫しそうだ。しかし、この先何があるか分からない時にいくら好きな事でも全力は尽くさない。


 本番で燃料切れになったなんてなったら、笑うに笑えないから。


 果竪は、小梅に食べさせる為の食事を作る。

 貰ってきたおにぎりをコッヘルにツッこみ、そこに味噌やらダシやらを突っ込む。ネギと卵も入れて、特性雑炊を作り上げた。


「そこに大根の漬け物があれば完璧だわ」


 もちろん、持ってきている。

 果竪にぬかりは無かった。


「小梅ちゃん、少しでも良いから食べてみようか」


 美味しい匂いを嗅がせ、果竪は小梅に声をかける。しかし、熱でうなされる小梅からは反応はない。辛そう

様子で呻いている声だけが聞こえる。


「……無理、か」


 果竪は小さな声で呟くと、その雑炊の半分を入れた自分用の器からレンゲで雑炊を掬い、自分の口に運んだ。味噌の香りが食欲をそそり、卵が絡みついた米粒がとても美味しい。



 そして大根の漬け物を食べる。


 浅漬け、ぬか漬け、ニシン漬け、マリネーー


 果竪の大根愛を形にした様な大根の漬け物の花畑がそこにはあった。



「ふっ、私なら大根がそこにあるだけで覚醒ばっちりなのに」



 大根一つでそこまで幸せになれる存在はそう居ないだろう。よく言えばポジティブ、悪く言えば単純というものだ。


「小梅ちゃんが好きなのは何だったっけ。小梅だけに梅干しとか」


 朱詩が聞けば全力で殴られそうな内容を口にしながら、果竪は大根のたくあんをボリボリと食べた。


「……一神だと味気ないなぁ」


 この世界に来て、散々一神で食事をしてきた筈なのに、果竪はそんな事を口にした。まあ、向こうの世界でも一神で食事なんて事はザラだったが。


 なのに、少し寂しいと思うのは、やはり小梅がそこに居るからだろう。今も苦しげに呻きながら眠り続ける彼女を、果竪は静かに見つめた。


「どうしたら、楽になるんだろうね」


 呻きながら「ごめんなさい」と呟き続け、時折涙を流す彼女を見ているだけしか出来ない果竪。その胸中に渦巻くものを、果竪は静かに受け入れた。


 大丈夫だよ


 謝らなくて良いんだよ


 心の中で、そう呟きながら。


「一緒に、ご飯食べたいなぁ」


 熱冷ましの薬を飲ませ、果竪は小梅の体を冷やしていく。


 叶う事ならば、明日の朝には熱が下がっていて欲しい。


「一緒に、【皇宮】に帰ろうね」


 そう、帰る。

 絶対に。

 例え、小梅が帰りたくないと思ったとしても。


「帰るんだ」


 果竪は小梅の額に濡れたタオルを乗せ、小さな声で呟いた。





 ごめんなさいーー


 意識が浮き沈みする中で、小梅は謝り続ける


 小梅の前には、あの娘が居た



「小梅姉様」



 彼女はとても恐い顔をしていた。

 けれど仕方が無い。

 だって、小梅のせいなのだから。


「どうして、なの?」


 それは小梅が聞きたかった。


「どうして、小梅姉様が生きてるの?」


 彼女は問いかける。


「どうして、どうして、どうして」



 どうして、私が死ななきゃならなかったの?



 彼女は小梅を問いただす。


「なんで、私が」

「ごめんなさい」

「どうして、どうして?!」

「ごめんなさいっ」

「なんで姉様が生き残ってるの?!」


 彼女は小梅の罪を引きずり出す。


「死にたくなかった。どうして?死ぬのは、姉様の筈だった」

「そう、そうよ」

「なのにどうして私が死んだの?!どうして姉様が」


 姉様が死ななかったからっ!!


 その言葉に、小梅は両手で耳を塞いだ。そんな資格なんてないのに。


「死んでよ!!」


 彼女が叫ぶ。


「死んでよ!今すぐ!!姉様は酷い!私が死んだのは姉様のせいだっ」


 そう、その通りだ。

 小梅が生き延びたから、代わりに彼女が召された。

 死ななくて良かった彼女が、小梅の生と引き替えに引っ張られてしまったのだ。


 小梅は死ぬ筈だった。

 死ぬべきだった。


 なのに、小梅が生き汚く生き延びてしまったから


 小梅がちゃんと死ななかったから


 だから、彼女が代わりに死んだのだ



「死んでよ」

「……」

「死んでよ、姉様」

「……カジュ」

「私が苦しんだ分、沢山苦しんで死んでよっ」



 ただ死ぬだけでは足りない


 苦しんで、苦しんで苦しんで死ねっ!!



 カジュは叫ぶ。



「私は小梅姉様のせいで死んだんだからっ」



 死ぬ筈では無かった。

 死ぬ要素なんてどこにもなかった。


 これからも幸せに、沢山長生きする筈だった。



 そんなカジュを、小梅が生き延びる事で殺したのだ。



 でなければ、死なない筈のカジュが死ぬ筈がないのだ。



 小梅のせいだ。


 私の、せいーー



「分かってる、分かってる。大丈夫、死ぬから」



 貴方の望み通りに死ぬから

 本来死ぬべきだった私が死ぬから



 本当なら、自分の命と引き替えに貴方を蘇らせたかった



 けれど、それも許されないとあっては、少しでも苦しんで死ぬ事が彼女への供養となるだろう。



「だから、もう泣かないで」



 泣きながら懇願するカジュに、小梅は微笑んだ。



 小梅はカジュが笑っている顔が好きだった。

 彼女が楽しそうに、幸せそうにしているのを見るのが好きだった。


 そんな大切な妹の様な存在を、自分が苦しめてきた。


 でも、もう大丈夫。



 きっと、彼女は笑ってくれる。



 小梅が苦しんで死ねば、幸せになってくれる。




 私の全てをあげるから



 小梅は願う。



 私の命を捧げるから



 小梅は願う。



 蘇らせられないのなら、せめてーー




 来世で幸せになって欲しい




 小梅は自分がゆっくりと浮上していくのを感じた。

 そして、まばゆい光が消え去った時、見覚えのない暗い場所に居た。



「ーー目が覚めた?」



 その声に、小梅は柔らかく微笑んだ。

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