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第33話 待つ者達

「ほら、諜報活動で一番大事なのって、その場に溶け込む事でしょう?」

「もちろん。その点で言えば、茨戯達は全然溶け込めてないよね」

「アタシ達は目立つ方専門なのよ。あと、溶け込んでいる子達もきちんと居るからっ」


 年齢性別問わず美男美女は多いが、きちんと普通顔の者達も居る。紛れ込んだら全く目立たない者達もしっかりと居るのだ。

 そして茨戯達目立つメンバー達だって、頑張って相手の懐に入り込んでいる。その美貌と色香と培い磨いてきた手練手管を弄して全力で頑張っているし、しっかりと結果を残している。


 文句を言われる筋合いはない。


「もう話が脱線しちゃうじゃない!ーーったく、それで続きだけど、その場に溶け込めるのが超一流の諜報員、で、溶け込めないけどまあ目立つのを上手く利用している者達も超一流」

「自画自賛」

「頭を叩き潰されたいようね?あぁ?!」


 最後はドスの聞いた男の怒声で凄むが、朱詩はツンと顔を背けてスルーする。朱詩のスルースキルも実はかなりなものだった。


「アタシの話を聞く気はあるの?!」

「あるよ。ただ、ボクってとっても正直者で」

「そうね、あの娘並だわ」

「喧嘩売ってるの?」



 そうして少しの間、火花を散らしたにらみ合いが始まる。

 しかし、間もなくそれがバカらしく時間の無駄である事に気づき、二神揃って溜息をついた。


「ーー話は戻るけど、普通はどこにでも溶け込める者、また目立つけれど相手の懐に上手く入れる者の二つにたいてい諜報員のタイプは分かれるわ。他の世界は知らないけど、この世界ではそうね。で、諜報員、またはそうでなくても何かあると疑う場合は、この二つのタイプに当てはめようとする。けどね」


 茨戯は真顔で言った。


「あの娘の場合はそのどちらのタイプにも入らないわ」

「……」


 溶け込めそうな容姿ではあるが、やっている事はとんでもなく目立つ事をしている。しかも、とんでもなく注目を浴び、下手すれば変態とも言わしめる行為を。


 相手の懐に飛び込む為に、犯罪を偽装する者達は居る。

 けれど、どこの世界に居合部門で鍬を振り抜き辺りを開墾して注目を浴びるバカが居るか。しかも、誰の懐に入るつもりだ。農業関係者か?農業関係者ならありえるか?いや、むしろ懐に入ってどうするんだ。


 入れるかもしれないけれど、とりあえずやっている事がそこまでアホアホ過ぎてーーむしろ、誰も諜報員、いや、実は追手に捕まらない様に逃亡している身です、だなんて誰も気づかないだろう。

 追っている者達も、まさか自分達の探している相手が堂々と変態行為ーーいや、落ち着け、まだ鍬を振っているだけだ、居合部門で。とりあえずおかしな事をして目立っている相手が自分達が探している相手だなんて思わないだろう。むしろ、そういう相手が居ると耳にしても「そんなアホが自分達の探す相手なわけないな」とスルーされる可能性が高い。


「素晴らしいですね、そこまで考えているなんて」


 感動の余り涙ぐむ配下に、茨戯は本気で心の療養を促そうかと思った。きっと疲れすぎているが故の発言だろう。


「そうですね。こちらに居場所を報せる為に、我が身を晒し、恥辱とも言える行動を取るその勇気に感動です」


 そうか、それを恥辱とは分類出来ているんですね、陛下。


 とりあえず、一定の場所で萩波が踏みとどまっている事が分かり、茨戯は安堵の溜息を漏らした。


「自分の身を犠牲にしてまで」

「いや、むしろ嬉々としてやってる気がする。ストレス発散しなきゃとか何とか言いながら」


 真顔で推測する朱詩。たぶん、それは当たっている気がすると茨戯は思った。


「まあ……とりあえず、その街に居るのね、あの子達は」

「ええ。そして準優勝で壇上に上がった最下位の妾妃様は、そこでその街の農業、ひいてはこの帝国の農業の未来について、わかりやすく問題点を挙げ語られていました」

「何してんのっ!」

「アホなの?!しかもこっちの事に口出しすんなっ」


 寸での所で部外者のくせにーーと口にする事が無かった朱詩を茨戯は褒めたい。


「なんと……あの娘が戻ってきた暁には、この国の農業について語り合いたいものです」


 ほぅっと艶めかしい色香を漂わせてそう口にする皇帝陛下

 その色香の艶めかしさは、どんな高潔な者でさえも欲望のままに飛びかかりそうになる威力を持っていた。むしろ、自分が語り合う相手と選ばれたならば、それこそ幸せの余り卒倒しそうな程だろう。そして語り合いたい相手は、一応は最下位の妾妃という皇帝陛下の妃だ。だが、語り合う内容には微塵も色気は感じられなかった。


 農業について夜を明かして語り合う皇帝陛下と妾妃。


 いや、語り合う事もあるかもしれないが、一応妾妃と言うのは皇帝陛下の世継ぎを産む存在であって、うん。


 農業も作物生み出すけど、うん。


「陛下、語り合う為にはまず、あの二神を無事に連れ戻さなければならないんだけど」

「そうですね。せっかく、命がけで自分の居場所をこちらに伝えてくださったのです。その機会を無駄にしてはなりません」


 命がけ?

 命がけ??


 命……がけ?


 いや、めっちゃ余裕な姿が脳裏に浮かんでどうしようもないんですけどーー。


 茨戯は物事を斜めに見てしまう自分が悲しくなった。

 どうしてそこで、「いや、もしかしたら本当に命がけで自分達の居場所を報せてくれたのかもっ!」と思えないのだろう。


「いや、茨戯は正しい」


 朱詩はポンッと茨戯の肩を優しく叩いた。


 心強い言葉だが、勝手に神の心を読むのは止めて欲しい。まあ、自分も読むけど。


「こちらからも、あの娘達に連絡が取れれば良いのですが」

「居合部門で鍬振ります?」


 やめろ、バカ。


 よどみなく言い切った部下に、茨戯は心の中でツッコミを入れた。本当は口に出して言いたかったが、声にならなかったのだ。


「モールス信号みたいにですか?」


 モールス信号ーー音や光等色々と使うものがあるが、それが聞こえたり見えたりしなければ意味が無い。というか、向こうの領地に自由に出入り出来る者にその情報を託したとしても、意図しなければ鍬の振り方までは口にしないだろう。


 振り方とか、回数とか。


 むしろ事細かに説明されても困るが。


「……少し難しいと思います」


 少しじゃない、とんでもなく難しいからっ!!


 皇帝陛下は完璧な方だと茨戯は思っている。けれど、いくら完璧でもそれは無理だと茨戯は思っている。その時点で完璧という論理が破綻している事に彼は気づいてはいなかった。


「それなら、カジュの作った大根畑を潰した方が向こうも気づくと思うよ」


 なんか悪魔的発言が朱詩の口から出た。


「ああうん、良いと思うしやろう、是非ともやろう。君達を助ける為だったんだとか今なら言い訳も立つし、出来る、あの変態大魔王が居ない今なら出来る!!」


 変態大魔王?


 キョトンとする萩波は、酷く麗しく可憐だった。


 だが、今はそれに見惚れている場合ではない。


「あと手が滑ったって事で全部潰そうよ!」

「いやちょっ!それ手が滑ったレベルじゃないからっ!あと、マジでやるの?!いくら何でも本神が居ない時にやったら本気であの娘が切れるわよっ」


 あの底知れぬ変態が本気で切れれば、一体どうなるかーー。

 もちろん、茨戯だって武神だ。引けはとらないつもりだがーーそれでも、あれは追い詰められれば何をしでかすか分からない怖さを持っている。


「今やらなきゃいつやるのっ!」

「そこでその台詞?!」

「そもそも、あの大根変態大魔王のアホが大根畑を潰す事をオッケーする筈がないでしょう?!だからこそ、今やるんだよっ!」

「いや、それ卑怯」

「勝てば官軍だっ!」


 いつから勝負になったのか。


「潰すよ!一石二鳥!真の策士は一手で複数の利益を引き起こすもんだっ!あのバカ領主万歳!今こそ、あの憎き大根畑を焼き払ってくれる!そもそも、【徒花園】の土地を勝手に耕しまくりやがってあんのアホンダラ!ふざけんなっ」


 バカ領主に万歳までする朱詩に、茨戯は親友のストレスゲージが振り切れた事を理解した。


「いやいやいや、真の策士なら、自分がやる事の破壊力もしっかり考えないと。あと、あの子が怒ったら本気でやばいと」

「ってか、自分の大根畑がやばいと分かったら全力で戻ってくるかもね」

「え?自力帰還のパターン?」


 というか、鍬片手に走ってこられたらどうするのか。


「いやいや、でもあんな遠くじゃ大根畑潰してもわから」

「燃やせば良いんだよ」

「は?」

「ほら、狼煙って手段があるだろ?」


 朱詩は実に良い笑顔だった。


 それこそ、遠くにまで分かるぐらいの狼煙を上げるために、国中の大根を集めて燃やす様な勢いだった。


「そうと分かれば、すぐに大根を集めるんだっ」


 美しい笑顔を浮かべた朱詩の命に、彼の意を受けた者達の気配が散っていくのに茨戯は気づいた。


「……狼煙ですか、そこは思いつきませんでした」


 素直に口にする皇帝陛下に、茨戯は「そうじゃないのよぉぉ!」と心の中で叫んだのだった。




 結論を先に言う。



 朱詩の企みは失敗した。



「自動迎撃システムが作動したようです」

「なん、だと?」


 ボロボロになった配下の一神が傅きながら、事の状況を説明する中、朱詩は怒りに肩をふるわせた。


「全ての畑が、複雑な陣を描く構成となっていまして、そこに許可無く侵入する者達にあらゆる攻撃系神術が炸裂し」



 殺る気だ


 殺る気でかかってきている!!



 茨戯はゴクリとつばを飲み込む。


 本当に奇想天外奇天烈なあの娘は、こちらの予想を遙かに超えた奇神だったようだ。



「私達の力が足りないばかりに、この責はいかようにも」

「侵入せずに焼き尽くして」

「それもやろうとしましたが、水の術に阻まれました」

「なら、雷の」

「弾かれました」

「大地」

「素晴らしい耐震性地盤です」


 ブチンと、何かが切れた音がした。

 朱詩から。


「あんの、腐れ変態女がぁぁぁぁああっ!」

「朱詩、落ち着いてください」


 萩波がやんわりと窘めるが、朱詩は聞かなかった。


「何が耐震性地盤だよ!テメェの胸かあぁ?!」

「やめて朱詩、果竪はまだしもカジュの体を貶めないで」


 いくらカジュを厳しく育てていたとしても、全力で胸をそこまで貶めて良いものではない。むしろ、一体カジュが何をしたというのか。胸をそこまで貶められる罪が彼女にあったというのか。


「しかも、複雑な陣?複雑な陣?!多重構成陣って激難しいんだからな!普通の術者だとまず無理な代物を、なんであんなバカ方向にーー!ってか、なんでそっちに全力を尽くしたんだよっ」

「いや、余裕だと思うわよ」

「尚悪いわっ」


 大根を守る為なら、高位の術者達しか使えないような多重構成陣すら使いこなしてみせる by果竪


 そんな言葉が聞こえてくるようだった。



「愛ですね」

「アンタは黙ってて!」


 アホな部下を黙らせ、茨戯は息を整えた。


「まあ、大根畑は後にしましょう。大根畑潰せても、あの子達に何かあったら元も子もないでしょう?」

「いやいや、大根畑の危機に反応して戻って」

「来ないから。来たらそれ化け物だから」

「いや、化け物だろう?」


 お前、何誰でも知っている様な事をわざわざ言ってんだよーーみたいな目で見られた。


「きっと、あいつは大根界から来たエイリアンなんだよっ」

「朱詩様疲れてますねぇ~、妄想に疲れが出てますよ」

「妄……うん」


 違う、それは妄想じゃない。

 しかし、部下の妄想発言を茨戯は否定しなかった。

 むしろありがとう、妄想と勘違いしてくれて。


「大根界……そんな世界があるのでしょうか?」


 どこか不安気な皇帝陛下は、恐ろしく色っぽく可憐だった。だが、不安がる対象が余りにもあれだ。いや、大根界の大魔王ならーー。


「大根界なんかあるわけないでしょうがっ!しかも大魔王がいるかっ」

「絶対王政だよ絶対!民主主義なわけないっ」


 論議する所が間違っているが、茨戯と朱詩にとってはそれどころではなかった。


「くっ!この国、いや、世界は今、その悪の大根界に支配されようとしているんだっ」

「そんなっ」


 驚愕に目を見開く皇帝陛下は、やはり麗しかった。だが、今はそれどころではない。


「この帝国の忠実なる臣下として、その侵略を阻止するのがボク達の役目なんだっ」

「いやいやいやっ」


 朱詩が壊れている。いや、壊れてるのは前からだけど、別な方向に突き抜けた感じがする。あと、ここぞという時の為に休ませていた筈なのに、もはや血圧は200オーバーしている気がする。


「この帝国を侵略させてなるもんかっ」

「いやいや、確かに大根畑は沢山あっても侵略は」

「茨戯!」


 朱詩は叫んだ。


「大根をナメんなっ」



 それ、果竪の台詞ーー!!



 その時、ゴトンと何かが落ちる音が聞こえた。


「誰よっ!!」


 そう誰何した茨戯の目に、部屋の入り口で静かに佇んでいる宰相の姿が映った。


「……」

「……」

「ちょっと!何も言わずに立ち去ろうとしないでよ!この状況を何とかする術を献策しなさいよ!アンタ宰相でしょうがっ」


 茨戯の怒声に、何も言わずに立ち去ろうとした宰相ーー明睡は立ち止まった。


「いや、お取り込み中だから」

「そこをズバッと切り込んでこそ宰相でしょうっ」

「いらぬ火種は被らない主義なんだ」

「陛下に火種が降り注いだらどうするのよっ」

「全力で振り払う」

「……この、陛下大好き男がっ」


 茨戯は鋭く舌打ちをした。


「皇帝の臣下として、陛下をお慕いして何が悪い。俺は陛下の為なら【後宮】に妃として入って掌握する事だって出来る」

「いや、掌握してどうすんのよ」

「陛下の寵愛を求めて五月蠅く飛び回る虫の駆除は必要だろう?」

「害虫駆除は妹が完璧にこなしてんだから必要ないわよ。あと、アンタが入ったら兄妹で妃かい」

「妃同士が実の姉妹だなんて事はよくある」

「実の兄妹はあんまりないわよ。あと、妃って一番の仕事は子供産むんだからね」

「産まない妃も居るだろ。あと、海国の【後宮】なんて男ばかりだろ」


 海国【後宮】の妃達は全て男ばかりである。

 素晴らしい男色国家ーーいやいやいや。


「あそこは特殊でしょうが!」


 あそこというか、特殊な理由を有する国々にあの国が入っているだけだ。


「そうだな。あと、海国国王陛下の為ならば子供さえ産んでみせるという男妃達の覚悟には恐れ入るものがある。見習わなければ」

「おい」

「というか、陛下の子供なら産んでも良いし、【女】になっても良い。それは、お前達もだろう?」


 明睡の言葉に、茨戯は押し黙る。


 確かに、凪帝国の上層部やそれに準ずる者達の男性陣が心底この男の子供は産んでも良いという相手は、陛下だけだろう。


「……ひとまずそれは置いておきましょう」

「むしろ語り合おう。そのテーマだけで、俺は三日は徹夜出来る」


 やる気満々な明睡。むしろ、これ程やる気に満ちている明睡は今まで見た事が無い。


「アタシは語り合いたくないの」

「何故だ」


 本当にわけが分からないといった様子の明睡に、茨戯は小さく溜息をついた。


「……後悔するわよ?」

「愚問だな」

「つまり将来はカジュと陛下の寵愛を競いあうと、兄妹揃って」


 つまりそういう事になる。この兄妹がカジュを皇帝陛下の花嫁にしたがっているのだから、そういう事になる。っていうか、嫌だな、この兄妹と競うの。


 その美貌と叡智はもとより、あらゆる面で優れた才気溢れる麗しの兄妹。両刀の好色王ならば大喜びするだろう。しかも、兄妹という禁断の淫靡で背徳的なシュチュエーションもたっぷりと含んでいる。


 ただし、その美しき花はとびっきりの毒花だが。触れればあっという間にそこから腐り落ちていくだろう。


 茨戯なら傍に近寄りたくない。


 だが、それ以前にあのカジュにこの兄妹と競わせるのは大変誠に遺憾ながら。


「アンタ達は鬼よ!」

「なんで争う事前提なんだよ!」


 そもそも争わないしそんなシュチュエーションになんぞならんっ!と言い切る明睡は、これぞ凪帝国の偉大なる宰相!!と言わんばかりに威厳に満ち溢れていたが、いかんせん言っている内容はアホ過ぎた。


「というか、正妃と宰相と最下位の妾妃を寵愛する陛下っておかしいだろ!正妃と宰相だけならまだしもっ」


 いや、それもどうかと思うーーと安全地帯に避難して事の成り行きを見守っていた茨戯の配下は思った。


「カジュに近づかないで!この歩く淫猥物っ」

「それはお前もだろう!」

「色気ダダ漏れで面会する度に他国の使者達を腰砕けにする奴には言われたくないわっ!カジュの教育に悪いっ」

「っ!それなら、狙った獲物は逃さない!獲物は全て寝台で精根尽き果てさせるお前の方が余程淫猥物だっ!」

「アタシのは仕事よ!」

「俺だって仕事だっ!」


 睨み合う茨戯と明睡。

 【海影】が長と宰相の睨み合いは、凄まじかった。例え言っている内容はアホ過ぎても。


「そもそも、アンタは昔からそうだったのよ!女と戯れるならまだしも、男にのし掛かられている状態でカジュの目に触れた事は今でも覚えてるんだからっ」

「あれはっ!あのバカの愚かな行為のせいでっ!そもそも、そんな姿をカジュに見られた俺の精神的苦痛がお前に分かるかっ!」

「分かるわ」


 目がマジな茨戯に、明睡は思わず「うん」と答えてしまった。そういえば、こいつもそうだった。


「あの、二神とも」


 朱詩を抱きしめ、その背中を撫でて宥めていた萩波が本当に本当に困った様に微笑んだ。


「似たもの同士って言葉、知ってます?」


 それはとても柔らかい言葉だった。

 柔らかすぎて悲しくなるぐらいだったが、それは二神の胸によく響いた。


「……話を戻しましょう」

「そうだな」

「今重要なのは」


 茨戯はビシッとそれを指さした。


「大根界がっ!大根界がっ」

「あれどうにかしないと」


 萩波に抱きしめられて宥められているにも関わらず暴れる朱詩は、程良く着衣が乱れて色っぽかった。だが、今はそれは重要ではない。


「……大根界ってなんだ?」

「ほら、人間界で流行った世紀末のあれと同じレベルのあれよ」

「ああ、世紀末の大魔王ーーで、大根界ってなんだ?」

「悪魔の巣窟よ!」


 なんて察しが悪い男なのだと罵られた明睡。しかし、誰が聞いたって明睡に非は無いだろう。


 茨戯もまた疲れていたのだった。





 【徒花園】を包む空気は暗かった。

 例え、至る所が大根畑にされて、白く輝く裸体をこれでもかと晒す大根達がすくすくと育っていても、そこの住神達の心までは明るく照らされなかった。

 果竪であれば、自分の夫に襲われた後でもハッピーになれるのに。


「私にとって大根は幸福剤なの!」


 あ、これヤバイ系の薬だーーと、薬関係を一手に引き受ける向こうの上層部ーー忠望でさえどん引きさせた台詞は、今でも向こうの上層部達の悪夢となっている。


「大根大根大根~~」


 クルクルクルクルと回りまくってドブに落ちた事も記憶に新しい。

 それは、学校で散々鍛えられた後でも変わらなかった。王妃教育を受けているのに、そこにはドブには落ちても良いと言われているのかーーそんな事は無いだろう。


 なんて向こうの世界の事はひとまず置いておくとして。


 【徒花園】の住神達の顔色は悪かった。


「大丈夫だ」


 その中で、片足を無くし、両方の手に松葉杖を持つ青年は言った。


「あのカジュがそう簡単にくたばるわけがない」


 何の根拠をもってしてそう言うのかーー普通ならそんな声が上がるだろう。


「なんなら、そこの大根畑を焼き捨てれば」


 それ、朱詩と同じ思考ーーと、残念ながら突っ込んでくれるものは居なかった。

 むしろ。


「そうか!」

「ナイスアイデアだっ!」

「忌々しい大根畑を焼却出来ると共に、大根の危機に反応して全力で戻ってくるかもしれないなっ」

「お前天才だな!」


 これぞ一石二鳥。

 その提案を口にした青年は皆から褒め称えられた。


 主に、【徒花園】の住神達に。

 【徒花園】に仕える者達はそっとハンカチで目元を拭った。


「そうと決まればすぐに決行だ!」

「いや、それは浅慮すぎるわ」


 それを止めたのは、片腕を失った少女だった。


「それはどういう事だ」

「確かに大根畑に危機が訪れればカジュは反応して戻ってくるかもしれない。でも、その後を考えて」

「その後?」


 少女は青ざめた顔でそれを口にした。


「足の踏み場もないぐらいそこら中を開墾されるかもっ」


 どこを見ても大根、大根、大根畑。

 空いている土地は全て大根畑。

 一ミリの狂いもなく完璧に整列された大根達。


「それに、カジュは言っていたわ!『ぐへへへへへ!次なる段階は歩く大根っ』って!」


 それ、最下位と言えども妾妃の笑いじゃないーー


 じゃなくて、【歩く大根】?!


「ちょっ、なっ!それ錬金術で言えば人体錬成ぐらいの禁忌だぞっ」

「というか、大根が歩く事で一体何のメリットがあるんだ?!」

「カジュが大喜び」

「それ一神限定だろ!一神にしか恩恵ないだろっ!むしろ周囲は恐怖だよっ!」

「いやいや待ってよ。いくら何でも、大根を歩かせるなんて事は出来るわけが」

「あのカジュだぞ」


 松葉杖の青年の言葉に、その場が静まり返った。


「あのカジュだぞ」


 大切な事なので二度言った。


「良いか、あの大根に関してはあらゆる面で突き抜けたあのカジュが、しかも自分で歩く大根うんぬん言うカジュが、自分の言った事を成し遂げない事が今まであったか?!だからこそ、俺達は【徒花園】の勝手な大根畑化計画を阻止する為にあれだけ頑張ったんじゃないかっ!」


 その場に居た全ての者達がハッとした。


「俺は、俺はこの体になって、松葉杖がないと動けない体になってもう全てがどうでも良くなった。こんな体で生きて行くなんて無理だ、どうして生き延びたんだとさえ思った。何もやる気が起きなくて、もうどうにでもなっちまえって思っていたんだ」


 松葉杖の青年が、過去を振り返る。


「だが、そんな投げやりだった俺でも何とかしないとという気持ちになったんだ」


 いや、大抵の神が居場所を勝手に大根畑にされたらなると思うよーーとは、【徒花園】に仕える心優しき者達は言わなかった。


「そう、なんだかんだ言って、俺は【徒花園】が好きだったんだ。この場所を守りたいと思うぐらいに。何もかも投げやりになっていた俺が、もう一度頑張ろうと思えるぐらいにっ」


 その言葉に、その強い光の宿った瞳に。

 同じ様な光を宿した者達が彼を見る。


「しかしここで大事な事がある。俺達の勝負はまだついていないという事を」


 【徒花園】の住神達はハッとさせられた。


「計画書は奪った。だが、すぐに奪い返された。そしてその後もこちらの手には戻ってきていない。つまり、今あの恐ろしき悪魔の計画書はカジュの手の中にあるという事だ」

「なんて事だ!」

「そんな、そんな事があって良いのかっ」

「これは由々しき事態だっ」


 【徒花園】の住神達は恐れ戦いた。それも当然だ。下手すれば、自分達の居場所が大根畑にさせられてしまう。そのうち、自分達も大根にさせられてしまうかもしれないーーなんて恐ろしい未来なのだっ!!


「そう、勝負の決着はついていない」

「でもそれなら、カジュには帰ってきてもらわない方が」

「バカ!」


 そう怒鳴られた【徒花園】の住神の一神は思わず自分を恥じた。自分が何を言ったのか理解したからだ。帰ってきて貰わない方が良い。それはすなわち、あの危険な場所にずっと留まれ、危険な目に遭えと言っているようなものだからだ。


 大根は嫌だが、カジュ達を危険な目に遭わせたく等はない。


「ご、ごめん」


 彼は素直に謝った。


「いや、言い過ぎた。だが、戻る戻らないというのを言い合うのは愚問な事ぐらい皆も分かっている筈だ」


 戻ってきて欲しい、無事に


 無事な姿を見せて欲しい


 それは、誰しもが持つ思いである。


「だがそれとは別に、終わっていない戦いがある事を理解しなきゃならない。そう、俺達の戦いはまだ終わっていない」


 松葉杖の青年は言った。


「そしてあの大根好きのカジュが、その戦いの決着をつける前にどうにかなるなんて事は絶対にないっ」

「死んでも生き返ってきそうですしね」

「大根の為か」


 ふっ、と笑った片足の青年に、その場に居た者達は少し、いや、結構イラッと来た。大根に負けているという現実など理解したくないし、そんな現実など無い。


「ーーまあ、何が言いたいと言うと、カジュはきっと帰ってくる。だが、少しでも無事に帰ってくる確率を上げる為に、【徒花園】から出られない俺達に出来る事は」


 彼は厳かに告げた。


「大根畑を燃やそう」


 その結論に戻った。

 だが、「報復されたらどうするのっ!」という熱い熱い意見に押され、結局実行に移される事は無かった。まあ、その前に朱詩の配下達が実行に移して反撃されたので、結果的にはやらなくて良かったのだが。





 力無く椅子に座る小梅付き侍女である紫苑を、花里は心苦しい面持ちで見つめた。


「紫苑……」

「……」


 あれから、既に数日が経過しているが、小梅発見の報せはまだ入っていない。今回はかなり厄介な事になっている事は聞いてはいるが、それでも凪帝国の上層部やそれに準ずる者達の能力の高さと恐ろしさを知っている分、どうしても不安はぬぐえない。


 いつもとあっという間に難題を解決する方々が、こうまで慎重に時間をかけて動く。それの意味する所は、それだけ危険が伴う状況であるという事だ。


 若い花里でさえそれが理解出来るのだ。【徒花園】に仕える者達の中でも古参で、特に聡明な紫苑が分からない筈もない。


 だからこそ、より不安が募っていく。

 こうして、仕事に影響を及ぼさない程度に紫苑が暗い顔をして動かなくなってしまう位には。まあ、命を賭けて仕える主神が不在なのだから、仕事の量はいつもより格段に少ないというものもあるが。


 花里は皮肉を感じる。


 本来であれば、主を失うのは花里の方だった。

 主の傍仕えとして不適格だとして排除されるのは花里である筈だった。

 なのに、今こうして主を失い萎れた花のようになってしまっているのは紫苑で、花里は主の傍に居続けられる。


 いや、正確には昔の主だが。


 そこで花里は自分も主を、現在の主を失っている事、紫苑と同じである事を思い出した。


 だがーー



『貴方には【徒花園】襲撃に関わった罰として、沢山仕事をして貰います。私が居ない時もお仕事です』



 そう、あの花里の新しい主になった最下位の妾妃様は命じられた。



 仕え、お世話した時間は本当にあっという間。

 そして小梅が呪いを暴走させ消え去る時に、巻き込まれてしまった最下位の妾妃。



『私が居ない時もお仕事です』



 そう言って、与えられた仕事はーー



 小さな物音が聞こえ、花里は音のした方を振り向いた。そこには、花里が愛して止まない大切な大切な、前の主が立っていた。


 葵花ーー


『私が居ない時は、葵花ちゃんの傍に仕える事。貴方が辞めてから、まだ新しい侍女も決まって居ないし、引き継ぎとかもあるしね』


 そう言ってカラカラと笑った最下位の妾妃。

 そして知ってしまった。


 一応けじめとして自分の所に引き取ったけれど、できる限り花里を葵花と引き離さない様に動いてくれた事を。新しい侍女が決まって居ないからと言うが、その新しい侍女をできる限り新しく任命せず花里が葵花の世話をし続けられる様にしてくれようとしていた事を。


 花里は、他の【徒花園】に仕える者達に聞いた。


「まあなんていうか、恩赦というのがこの帝国にはあるしーーそれなりの働きをすれば戻れると思うよ」


 そう言った仕事仲間は、「頑張って返り咲けよ」と自分が【徒花園】の襲撃で怪我を負ったにも関わらず花里を鼓舞してくれた。

 他の者達もそうだった。

 【徒花園】の住神達も。



 バカだと思った。

 愚か過ぎると思った。


 なんで、こんなーー。


 だが、そんな彼らだからこそ花里は何とかしたかった。


 敬愛する上層部やそれに準ずる者達に刃向かったとしても。

 それで殺されたとしても。


 守りたかったのだ。


 大切な、者達を。




 けれど、結局守るどころか傷付けた花里を、彼らはまた受け入れてしまった。葵花も、そうだ。



 パタパタと花里の元に来ると、キュッと服を掴み心配そうに見上げてくる。



 穢れない心優しい主。



 その主の傍にできる限り居させてくれようとした、最下位の妾妃様。



 今、彼女はどこに居るのだろう?



 あの、ボンクラ領主の領地に落ちたと言われているけれど、酷い目に遭わされていないだろうか?



 小梅様も、恐ろしい目に遭わされていないだろうか?



 心配で心配でたまらない。

 出来る事なら、花里も捜索に行きたい。

 けれど、いくら最下位の妾妃に引き取られたとはいえ、重大な犯罪を犯した罪神である花里があちこち自由に出歩けばいらぬ憶測を呼んでしまうかもしれない。


 そうすれば、全ての責任を請け負うとした最下位の妾妃様に迷惑をかけてしまう。彼女にこれ以上の迷惑はかけられない。



『みんな心配していたの。本当に、貴方が居なくなったら、処刑されたらどうしようってみんな心配していたの。大事なんだよ、大切なんだよ、本当にかけがえのない存在なの。花里さんの代わりだって居ないんだから』



 優しい神だ。

 まともに話をしたのはその時が最初だったけれど。


 優しい優しい、神。



 あの方を探しに行きたい。けれど、下手に動けば彼女の負担になる。



 だからーー



 どうか、ご無事でーー




 無事を祈る。

 そして、彼女に任された仕事に専念する。

 それがきっと、彼女の為になると信じて。


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