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第32話 探す者達

 男は苛立っていた。

 四日目の夜が来るのに、まだあの憎き女を見つけたという報せが来ない。


「何をちんたらしているっ!」


 いくら自分の領地に落ちたとはいえ、連れてくるのに時間がかかればかかるほど、【皇宮】からの追手が来るかもしれない。

 今はまだ追手の影はなく、見当違いな方向を探している様だという報告は入ってはいるが、それも時間が経てばどうなるか。


「何をこんなに時間をかけているっ!相手は両足を失った欠陥品なのだぞ?!」


 主の怒気に、報告に来た配下のみならず部屋に控えていた者達も首をすくませる。酷く気分屋なこの主は、感情のままに物事を進めることも多い。気分が乗らないからと配下をクビにし、酷い時にはその命を戯れに奪う事さえあった。


 そんな男ーー領主の今は亡き父親は穏やかで温厚だったのに、どこをどう間違えてこんな暴君が産まれたのかーー。


「早く、早く見つけろっ!」


 領主は近くの椅子を蹴り飛ばす。それがお茶を注いでいた侍女に当たろうとも、その侍女が手にしていた急須から飛び出た熱湯で火傷をしようと彼には関係無かった。


 彼にとってどうでも良い相手がどうなろうと、何ら関係無いのだから。




 同じ頃、配下から報告を受けた術者は溜息をついた。


「全く、閣下も愚かな方だ」


 そう言う自分もまた、どこか苛ついていたのだろう。


 術者の男の舌打ちは、側近中の側近達しか居ないこの部屋に良く響いた。そんな主の様子に、側近達ーー同じ術者達が気遣う様な視線を向ける。


「まあいい。愚かという事は御しやすくもある。こちらの思惑通りに動いて貰えるならそれで良いでしょう」


 全ては、祖国ーー煉国の為に。

 その想いだけを胸に、祖国が滅びてから死にものぐるいで生きてきたのだ。


 あの日、逃げ延びた者達は決して多くはない。

 それよりもずっと前から他国に散らばる煉国の手の者達はそのまま潜伏させ、自分達はあの日少しでも多く逃げられるように力を尽くした。


 全ては偉大なる国王陛下と上層部の方々の仇を取り、憎きあの凪帝国を征服するために。


 その為に、自分を筆頭に上層部に準ずるとされていた自分を含めた者達は国を落ち延びたのだ。



 だが、凪帝国はそんな自分達に追い打ちをかけてきた。



 時期を見計らい、凪帝国ーー当時は凪国と呼ばれたーーの統治者と、自分達が隠し持っていた前国王の姫を煉国の忠誠の為にと結婚させようとした。

 もちろん、結婚させた後に仲間達を集わせて決起し、凪国を支配するつもりだった。そして王を幽閉し上層部の動きを止め、王妃となった姫を女王として即位させ、煉国に組み込む手筈にする筈だった。



 なのにっ!!



 男はギリギリと歯ぎしりする。


 穏やかと定評のある男には珍しい行動だった。



 それは、ある所までは上手く行っていた。

 行っていた、筈だったのに。



「ーーあの、クソ、アマ、がぁっ」



 汚らしく穢れた黒の髪をこれみよがしに靡かせ、こちらを睨み付けてきた菫色の瞳と勿忘草色の瞳。



 あの、女達が。


 あの、クソ女達どものせいで。



「長ーー」

「……」



 気遣う様な配下の声に、長と呼ばれた男はゆっくりと息を吐く。

 思い出すな。

 思い出せば、動きが鈍る。


 それに、今度は失敗などしない。



 だがーー



「様子はどうですか?」

「っ……いえ、まだ見つかりません」


 ああ、どうしてこんなにも苛立ったのか。

 その理由は一つ。

 こちらの予想以上に、捜索が難航しているからである。


 あの愚かな閣下ではないが、流石に自分も苛立ちを覚えていく。


「閣下ではありませんが、確かにあの様な両足のない欠陥品がこうも逃げ続けているとなると」


 いや、一神ではない。


 あの娘を引きずり込もうとした際、それを阻んだ女が居る。


 取るにたらないーーいや、確かに【徒花園】の襲撃事件であの女は襲いかかる侵入者はおろか、【魔獣】まで打ち倒したという。


 だが、それがなんだと言うのか。


 自分達は煉国がまだ国として栄華と繁栄を誇っていた時から優秀な術者であり、祖国が滅亡してから今まで血反吐を吐きながら努力に努力を重ねてきた。

 昔とは比べものにならない程の神力は、全て煉国の復興の為のものだ。


 煉国を復興させる。

 そして、あの偉大なる公共事業を復活させる。

 それは、元煉国の民達だけではなく、その他世界に散らばる者達にとって大きな夢と希望なのだから。むしろ悲願だと言っても良い。


 その為の神材として、凪帝国が奪い去った元寵姫達も残らず返して貰うし、凪帝国の皇帝も上層部もそれに準ずる者達もその神材となって貰う。


 自分達に資金提供してくれる者達はさぞや喜ぶだろう。むしろ、自分達をせっついてそれを願っているぐらいなのだから。


 凪帝国皇帝が欲しい、皇妃が欲しい、宰相が欲しい、筆頭書記官が欲しい、上層部が、上層部に準ずる者達が欲しい。


 結婚していようと構わない。


 欲しいったら欲しい。



 そうーー大事な大事な商品なのだから。



「ふふ、くく、はははははははははっ!」



 その未来を、美しく高貴な者達が引きずり落とされ自分達の下で奴隷として這いつくばり玩ばれる様を想像すれば笑いがこみ上げてくる。

 そうして笑い続けた男だったが。


「はーー」


 ゾクリと後ろから冷たい手の様なものが、首に触れた気がした。いや、違う。首を掴まれた気がした。


 そのゾッとする冷たさに、思わず振り返る。



「っーー?!」



 部屋の隅に、男は見た。

 あの日、あの時。

 長い前髪に隠されながらも、爛々と憎悪と怒気に光る、その瞳を。


 その瞳を、こちらに向けて佇むーー



「っあーー!!」



 眼前に、その瞳が迫る。

 口がニタリと大きく横に開き、ぎらりとその犬歯が光る。

 小さな二本の手が、男の首に。


「長っ」

「ーーっ?!」


 配下が呼ぶ声に、男はハッと我に返った。

 目の前には、いや、部屋の隅にも、どこにもそれは居なかった。



 なん、でーー。


 いや、別におかしくなどない。


 あのクソアマはこちらの攻撃をものともせずに逃げたのだから。生きていれば、出て来てもおかしくはない。


「ふざけるな」


 だが、こちらは出てくる事を許してなどはいない。確かに昔は後れを取ったが、今度はそうは行かない。また邪魔をすると言うのなら、今度こそ息の根を止めてやろう。そして刃向かった事を後悔すれば良いのだ。






 同時刻ーー


 茨戯はその美しさに酔いしれる。


 処女雪の様に汚れのない、膝下までさらさらと伸びた艶やかな長い白髪。

 磨き抜かれた紅玉の様な赤い瞳は、見る者達を虜にする不思議な光を宿す。

 清楚さが服を着て歩いている様な、麗しく神秘的、いや幻想的とすら言わしめる美貌。


 そして全身から滲み出る清楚で清らかな美しさは、深遠の聖域に住まう穢れ無き巫女姫そのものだった。


 どんな美姫すらも足元に及ばない、花も恥じらい月の光も陰る程の性別を超越した容姿は、もし女であれば傾国の美姫として多くの国を傾けた筈だ。

 それ程にその女性的な美貌は、本当の女達よりも女性的な美に溢れていた。


 女性の良い部分だけの美しさを凝縮したかの様だった。


 所作等どれ一つとっても気品に満ちており、生来からとしか思えない高貴さの前にどんな者達だって手を触れる事を躊躇わせるだろう。

 高嶺の花という言葉では言い表せない、触れる事を躊躇わせる麗しき存在。



 凪帝国の【白き至宝】と呼ばれる、この凪帝国皇帝ーー萩波。



 凪帝国上層部も多種多様な美形揃いだが、誰一神としてこの萩波に敵う相手は居ない。帝国一の美妃と名高い明燐ですら、萩波の隣に立つのに相応しくあっても、萩波の美を上回る事は出来なかった。




 そんな萩波がスッと視線を茨戯に向ける。その途端、一瞬、たった一瞬だが腰が砕ける様な色香を茨戯は感じた。

 普段は全力で隠してはいるが、凪帝国で一番色香に富んでいるのは誰かと言われれば、上層部もそれに準ずる者達も迷いなく萩波をあげるだろう。


 そうーー美貌だけではなく、色香すらも凪帝国皇帝は帝国一だった。


 だが、色香や美貌だけで帝国を統治出来る筈はない。

 いや、やりようによっては出来るかもしれないが、この凪帝国の場合は違う。


 天才的な内政外政含む政治的才能、財政感覚、軍政的才能。

 戦場に立てば、その軍略と知識からどんな軍師も敵わないし、武器を持つ戦いや神術での戦闘も大将軍すら足元に及ばない。


 その無尽蔵とも言える、凄まじく強大で膨大な神力の量と質には茨戯でさえ目の当たりにする度に心臓がすくみ上がった。


 しかも、その膨大な力を皇帝はしっかりと制御しているのだ。


 普通であれば、とっくの昔に暴走させるかその力に飲まれてしまっている。


 だがーー


 茨戯達上層部に、そもそも力の使い方を教えくれたのが皇帝陛下ーー萩波だった。

 独学で、無意識に力を使ってきた者達も多かったけれど、萩波の教えを受けてからは比べるのも馬鹿らしくなる程、その制御力は高まった。


 寝る暇も惜しみ、神力の使い方を学んだ。

 神術の書物を読み漁り、それに必要な読み書きが出来なければ死ぬ気で学んだ。

 そして、初級、中級、上級、超上級ーー沢山の術を頭に叩き込んできた。仲間達で行なう試合で実践も重ねた。


 攻撃系、攻撃補助系、回復系、回復補助系、その他様々な術式を頭と体に叩き込んだ。


 もちろん、忙しい萩波が常にずっとつきっきりだったわけではない。

 それでも基礎をしっかりと叩き込んでくれたおかげで、茨戯達は正しい力の使い方を覚えた。そうなれば、後は自分で努力し続けるのみ。



 この帝国一の術者。

 この帝国一、最強の術者の名をあげるとすれば、茨戯は間違いなく凪帝国皇帝の名をあげる。


 そんな凪帝国皇帝だがーー。


「ご機嫌麗しゅう、陛下」


 この偉大なる美しき皇帝の目に映る自分は、誰よりも美しく完璧でありたいと思う。茨戯は完璧に整えた身だしなみと、磨き抜いた礼儀作法が生み出す思わず目を奪われる様な気品と美しさに満ちた礼をとる。


「貴方とこの前に会ったのはそれ程前ではありませんが」


 声すらも、美声の一言。

 聞く者達を恍惚と酔わせる美しい声に茨戯も聞き惚れながら、それでも無様な姿を見せずに皇帝の言葉を待った。


「朱詩の様子はどうですか?」

「今は落ち着いているわ。けれど、完全に落ち着いたわけではないわ」

「それは仕方の無い事ですよーー小梅を奪われたのですから」

「ええ。小梅と、カジュを奪われたわ」


 正確には、果竪は自ら付いて行った形だが、そこは追及すると面倒くさくなるので放っておく。


「しかも最悪の男の手に落ちてしまいました」

「陛下、それは語弊があるわ。確かに引寄せられはしたけれど、完全に落ちてはいないもの」

「それも時間の問題でしょう」


 萩波は憂いの溜息を漏らすと、茨戯を見つめた。


「確かに呪いは収まっているようですが、術者との距離が近すぎます。これでは下手に干渉すれば最後、こちらが保護するより早く向こうが小梅達を捕えるでしょう」

「まあそうね。陛下でさえ解けなかった呪い。でもーー」


 茨戯は赤い濡れた唇の端を引き上げた。


「そこに新たな術を施す事は出来なくはないわ。上書きは無理でも、付加は可能」

「……」


 ついっと萩波の唇が動いたのはたぶん見間違いではないだろう。


「でも、陛下の言う通り下手な干渉が命取りになる事は変わらないわ。そうねーーせめて正確な場所さえはっきりと分かれば良いんだけど」


 だいたいここらへんーーと言うのは分かるが、それでは少し範囲が広い。例えばこの山にいると言われたり、この街にいると言われるそれだ。山なんて言わなくても分かるそれだし、街だって広ければ範囲が広がる。


 住所を細かくは分からなくても良いが、せめてこの辺りと言うのが分かればまだやりようがある。


 その時だった。

 茨戯は背後に現れた気配に、持っていた扇をパチンと鳴らした。


「お許しを頂き、恐悦至極にございます」


 それは、茨戯の配下の一神だった。

 【海影】が幹部が一神ーー。


 彼は深く頭を垂れて傅き、長の言葉を待った。茨戯の許可がなければ彼は発言を許されないからだ。


「それで?」

「最下位の妾妃様の居場所が特定できました。たぶん、【白梅の君】も一緒でしょう」


 【白梅の君】ーーそれは、小梅を示す綽名の様なものだ。よく世間に名高い麗しの佳神に羨望と敬意を込めて付けられる部類ーー【白き至宝】とか【真珠姫】とか【薔薇姫】とかそんな感じのものだ。


「特定とは、凄いですね」


 この男もまた、領地に侵入は出来ていない筈だ。

 にも関わらず、特定した。

 それは、領地を出入りする一般の民達からの情報を集約して居場所を特定したという事に他ならない。だが、それでもこれ程までに自信満々というのが凄い。


「一体どうやったのよ」


 これには流石の茨戯も目を瞬かせ、驚きを露わにしていた。そんな長に、彼は言った。


「実は先日、その叡州のとある街で武術大会がございまして」

「ええ」

「その中で、居合という部門があり、そこでなかなか白熱した戦いがあったそうなのです」


 居合ーーまあ、プロ級になれば確かにそれは。


「しかしそこに、突如現れた鍬片手の少女」



 あ、これ絶対、間違いなくアイツだ。



 茨戯は心の中で断言した。



「その少女が鍬を構えた瞬間、全ての音が会場から消え去り、そして地面を振るわす気合いの入ったかけ声と共に振り下ろされた鍬は」



 その【海影】の一員は、まるで神に狂信する狂信者の如く高々と告げた。



「地面にぶつかると同時に、そこら辺の周囲一帯の大地が一瞬にして開墾されたそうです」



 【海影】の一員の顔は、ドヤ顔だった。というか、それお前がやったわけじゃないから。



 その時、ドサリと何かが落ちた音に気づき、茨戯はハッとして部屋の入り口を見た。そこには、朱詩が扉に手をかける形で膝を突いていた。


「しゅーー」


 名前を呼ぼうとした茨戯は、最後まで言う事が出来なかった。


「あんの、あほがぁぁぁぁあああああっ!」



 凄まじい咆哮。それすらも、艶めかしく麗しい美声にしか聞こえない事を凄いと言えば良いのか、それともお口が悪いと窘めれば良いのか茨戯は判断に困った。


「なにしとんじゃあのアホ娘がっ!アホだ、バカだ、あんの大根娘がぁぁぁぁああっ」


 大根言ったら喜ばせるからーー


 茨戯は心の中でツッコミを入れた。


「いやぁ、本当に凄かったそうですよ。見た者達が、その少女の後ろに全ての手に鍬を持った千手観音を見たと」


 くぅぅぅぅっ!と指をパチンと鳴らしては感激の余り痺れたと言わんばかりの、茨戯の部下。


「鍬だけで畑仕事が出来るわけないだろっ!水どうすんだよ!如雨露持てよスプリンクラーつけろよっ!しかも鍬持ってる時点で千手観音違うだろ!千手観音に謝れっ!!」


 うがぁぁぁぁぁぁ!と発狂して頭をかきむしる朱詩に、淫靡とか退廃的とか妖艶とかそういう言葉が見あたらない。いや、他の者達が見れば見当たるだろうが、少なくとも茨戯には無理だ。


「それに居合部門で何鍬振りしてんだよっ」

「何でも準優勝されたらしいです」

「居合部門で?!」


 茨戯は驚愕の余り目を見開いた。


「流石に居合部門なので優勝は居合の中で一番を決めたそうですが、最後まで審査に悩んだそうです、余りの見事な鍬振りに」

「居合部門よね?!居合部門なのよね?!それっ!!」


 茨戯は二度聞いた。大切な事なので二度聞いた。


「特に風を切り裂く鍬の動きの見事さに加え、まず構えてから鍬を振り下ろすまでの息する事すら忘れるその緊迫した雰囲気に圧巻されたそうです。そして鍬が振り下ろされた瞬間、その場にいた農作業に従事する者達は皆、感動のあまり全員がスタンディングオベーションの嵐となり、いつまでも拍手が鳴り止まなかったと」


 私も見たかったーーそう、悔しげに語る部下に、茨戯は「こいつ大丈夫か?」と本気で心配した。あと、それ絶対に果竪だわ、間違いないわ、と納得した。というか、あのアホ以外にそんな事を出来る恥さらしは居ない。


「何しとんじゃあぁぁぁぁぁっ」


 そして良い感じに朱詩が壊れてきている。


「……感動です」


 あと、今まで黙っていた皇帝陛下が感極まった様に呟き、その美しい瞳から流れる涙を拭った。その涙は朝露の様な清らかさに溢れていたがーーどう考えても、流す場所を間違えている。


「へ、陛下?」

「なんと、なんと健気な娘でしょうか」


 健気?!


 今一番、いや、あの果竪の神となりを知ってから一番彼女に似合わない単語を聞いた気がする。しかもその単語を口にしたのは、茨戯が、いや、上層部とそれに準ずる者達が敬愛し心酔して止まないこの偉大なる帝国の皇帝陛下なのだ。


「へ、陛下っ」


 まさか、心労の余り脳の血管が二、三本吹っ飛んだか?!


 先程まで騒いでいた朱詩も、これには目を見開きギョッとした様子で萩波を見入っている。しかし、そんな臣下達の心情を知ってか知らずか。


「ああ、感動の余り涙が止まりません」


 駄目だ、壊れたぁぁぁぁぁっ!


 茨戯は心の中で絶叫した。あと、明睡にヘルプした。というか、カジュを巡る戦いを脇に置いて、今だけは此処に居て欲しかった。


 まあーーあの萩波が大好きでたまらない男と言われる明睡だから、これといった一手を打てるかは微妙ではあるが。


「陛下もですかっ」


 なんか、うんうんと茨戯の配下が頷いている。


「私も余りの感動に涙が止まりませんでしたっ」


 にしては、なんだその力強い宣言は。キラキラとした眼差しは。


「……その、どこら辺に感動が」


 茨戯は微塵も感動を覚えなかった。

 むしろ、外でアホな行動をしたせいで、カジュが変態扱いされるかもしれない可能性が高まった事に危機を覚えていた。だから、どうして他の体を借りている時にやるのか。自分の体に戻ったらやれ。


「もちろん、全てにおいてです。あの娘ほど健気で頑張り屋な娘は居ません。ああ、私の力が及ばないばかりに」


 確かに、あの領地に下手な手出しは出来ない。しかし、いざとなれば数で勝負すれば良い。皇帝陛下の命ならば喜んで動く将軍達は多いし、将軍以下の兵士達だってそうだ。どこか適当な将軍の一神に命じて、その将軍率いる一軍をぶつけただけでも、奪取は出来るだろう。


 ただし、その領地に住まう民達の被害を度外視すればーーだが。


 例え領民だろうと、領主がアホなだけで領民に問題がなければ被害は出さないようにーーそういった厳命がいち早く皇帝陛下から出されているからこそ、その強硬手段がとられていないだけなのだ、今は。


 それは朱詩も了解しているし、色々と過激な所がある朱詩でさえ関係ない者達をわざわざ傷付けようとはしない。それをするなら、煉国への報復にあれ程時間はかけないし、それこそ煉国の民全てを巻き込んで滅亡させていた筈だ。


 おかげで、王や上層部、その関係者達に虐げられ続けていた民達への被害は殆ど出ず、そのおかげでむしろ好意的に煉国の民達は凪国に併合された。

 騒がしいのは、王や上層部の関係者達や、その思想に心酔していた者達、またその当時他国で活動していた者達やその関係者達だったりする。


 そして朱詩はその功績もあって、今は亡き煉国の民達に対して強い影響力を持つ。


 と同時に、煉国と今は亡き王と上層部達に強く心酔していた者達にとって憎悪の対象でもあった。まあ、正確には憎悪されてはいるが、それ以上にその美貌と色香の奴隷となって、朱詩を手に入れようとしているのだが。


 そのまま静かにしていれば、寿命を全う出来たかもしれないと言うのにーー。


 だが、彼らは絶対に静かになんてしない。


 煉国王や上層部に、【至宝の寵姫】と呼ばれ寵愛を受けた朱詩。

 その姿を一目見て、その声を一声聞いた瞬間から、もう駄目だった。寝ても覚めても朱詩の事だけしか頭に残らない。頭から消えない。

 手に入れられない事への壮絶な苦しみにのたうち回る。


 彼らは、煉国国王や上層部の関係者達や、他国に居た者達はそうだった。奴隷商神達に、その協力者である盗賊、山賊、海賊達もそうだった。


 なのに、煉国国王や上層部が大事に大事にガチガチに朱詩を囲っていたせいで、他の者達は誰も手が出せなかった。それもあって、滅亡時に他国に居た者達、そして煉国から脱出した王や上層部に忠実で、しかもその思想に傾倒していた者達、そしてその関係者達の朱詩に対する欲は強さを通り越し、もはや狂気そのものだった。


 欲しくて、欲しくて、欲しくて、たまらない。



 欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい



 その為ならば何だってする。


 煉国国王と上層部が死んだ事は悲しい。

 けれど、同時に彼らが今も居れば他の者達が朱詩を手に入れる事は絶対に無理だっただろう。その事実に、苦しみながらも、けれど喜びを感じる者達が居る。


 煉国国王と上層部の死を悼み、彼らの復讐を誓いながら、同時に自分達が朱詩を手に入れられるチャンスが巡ってきた事を狂喜する。



 普通なら、そこまで迫ってくる者達に恐怖を覚えるものだが、朱詩には恐怖の「き」の字もなかった。むしろ、それを狙ってすらいた。


 自分に注目し、自分を得る為になりふり構わず来る事を願っていた。


 そうーーそうやって朱詩に注目すればするほど、周囲を見ずになりふり構わずに居れば居るほど、元寵姫達への注目が減る。


 煉国【後宮】に捕えられていた元寵姫達。


 彼らの保護後も、美しい彼らを取り返そうとする者達は掃いて捨てる程居た。特に、奴隷商神達はとびっきりの商品だとばかりに盗賊達を雇って奪い取ろうとした。


 いや、盗賊達だけではない。

 その他にも、多くの者達が彼らの手足となって元寵姫達を連れ去ろうとしたのだ。


 当時、まだ心の傷が癒えていない元寵姫達は格好の獲物であり、彼らが大切にする元神質達でも手に入れればそれこそ簡単に捕獲できただろう。

 【皇宮】ーー当時は【王宮】と呼ばれていたそこに出入り出来る資格を持つ者達が手足となった事もあった。自分の意思で、無意識に騙されて協力させられた者達も居た。前者は潰すだけだが、後者は悲惨だった。そうして、保護された元寵姫達と元神質達はどんどん【王宮】の奥深くへと隠され、そしてそこに彼らの住まう【街】が形成された。

 高い城壁に囲まれ、厳重な警備に守られ、そこから一歩も出ずに住めるようにあらゆる機能を持った【街】が。


 そこが、彼らに与えられた新たな【箱庭】だった。

 そう、【箱庭】。


 結局、彼らを真の意味で自由に出来なかったのだーー当時は。


 今だってそういった部分はあるが、昔はそれこそがんじがらめだった。


 そんな彼らの為に、朱詩は自分が全面に出る事にした。


 自分の持つ魅力と色香と美しさを最大限に利用し、自分に多くを注目させる。全ては無理でも、大多数を注目させられば、元寵姫達に向けられる視線は減る。


 そうやって、朱詩はずっと戦い続けていた。



 あえて、目立つ事で。




「あの娘ーー最下位の妾妃は、敢えて目立つ事で私達にその居場所を報せようとしたのです」




 そういった皇帝陛下。

 茨戯はハッとした。


 だが、勘付いても尚、これだけは言わせてくれ。



「朱詩に謝ってください陛下!」

「はい?」



 歯を食いしばり、男達の穢れた欲望の視線に晒されて催す吐き気を飲み込み、逆流する血液を押さえつけながら必死に元寵姫達を守る為に自ら目立つ朱詩と、あの大根狂いの果竪を比べないで欲しい、マジで。


「えっと……すいません?」


 キョトンとする萩波に謝られた朱詩は、「あ、はい」とこれまたキョトンとしながらその謝罪を受けた。けれど、謝った方も謝られた方も何でそうなったかは分からなかった。



「ってか茨戯、どうしたのさ」

「いや、ちょっと色々と許せないものがあって」


 いやいや、落ち着け自分。

 ここで話の腰を折るのはまずいだろう。

 もう、バキバキ折ったが、それでも茨戯は何とか萩波の話の先を促した。


「ーーその、何かよく分からないのですがーーまあとりあえず、あの娘の行動は先程言った通り、目立つ為に、自分達の居場所をこちらに報せる為の苦肉の策でしょう」


 後ろで、ウンウンと頷く配下の気配を茨戯は感じる。


「下手な行動をとれば相手に気づかれます。いかに自然にこちらに居場所を報せるか」

「居合部門で鍬振り回す行動のどこに自然さがあるかアタシには分からないんだけど」

「別に武器は限定されていません。それに、武器の原型は農具という話もありますし」


 確かにそうだがーーそれでも、居合部門での鍬振りは自然とは思えない。


「むしろ、注目を浴びそうだと思いますけど」


 隣で朱詩が力強く頷いていた。良かった、そう考えるのは自分だけではなかった。


「一見して注目を浴びそうな行動こそ、実は浴びないものなのですよ」


 そうか、いかにもおかしい相手に近づかない、見ない、関心を持たないというあれか。

 スルー対象にされたか、とうとう。


 それは諜報活動を行なう者達にとっては、垂涎物の能力だがーー茨戯は間違っても手本にはしたくなかった。


「陛下の言ってる事がわかんない」

「簡単に言うとね」


 聡明で頭脳明晰な朱詩でさえ分からない事は茨戯だって分からない、分からないで済ませたかったが、行く先を失った子犬の様な様子を見せられれば捨て置く事は難しかった。


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