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第31話 


 果竪が目を覚ました時、まだ辺りは闇に包まれていた。時計を見れば、あと二時間もすれば日付が変わる時刻だった。


「小梅ちゃんは……」


 小梅はまだ目を覚ましていないようだ。

 小梅が目を覚ませばすぐに分かる様に術はかけてはあるが、まだ意識を取り戻さないらしい。


 その事に安堵とも期待外れとも言えない思いを抱きながら、ふとぶるりと体が震えた。少し肌寒い。ついでだからとトイレも済ませようとテントを出る。

 まだ外は雨が降っていた。


 少し離れた場所まで行き、トイレを済ませてからテントに戻る。


 そして荷物をごそごそとしていた時に、果竪は自分が入れた覚えのない巾着袋が二つ入っている事に気づいた。


「何だろう?ーーは?」


 その中には、金銭と宝石が詰まっていた。

 紙幣に小銭で一つ、幾つかの宝石がついた装飾品の詰まった巾着袋が一つ。


「……」


 そこには手紙も入っていた。



 万が一無いとは思うけれど、もし何かあった時の為に入れておくわ。言っとくけど、無駄遣いすんじゃないわよ。 by茨戯



 金銭の紙幣だけで、万札が三百枚に五千円札が百枚、千円札が百枚の合計五百枚も入っていた。その他に小銭がぎっちりと詰まっている。


 一体どんな豪華なーーいや、その前に万が一の金銭としては多すぎるのではないだろうか?というか、これをぽんっと渡せるなんて一体どういう。


「いや、そもそも高額取りだよね、茨戯って」


 一応向こうの世界の茨戯に関しては確実だ。というか、実際にはお金を余り使わないのでどんどんたまっていくのである。それに、高額取りな分、危険な仕事に従事しているし、むしろ仕事の危険性に比べて給料が低すぎるといった話もある。

 それは上層部やそれに準ずる者達全員が同様だが、基本的にお金に執着しない彼らは自分達の給料より部下達の神件費がしっかりと見合ったものが払われるかを気にしている。


 あと、定期的にお金を眠らせておくと経済が回らないとして王都にお金を落としたりしている。中には、ポケットマネーで街道を整備したり、上下水道の管理費に費やしたり、衛生面の補助金したり。


 むしろ自分達の為にはあまり使わなくて、部下達から「お願いですから自分の為に使って下さい!」と怒られた。


 色々な経費も節約を重ね、無駄な予算はカットして必要な部分に回し、残った予算はそのまま繰り越すか財源として貯蓄する。

 しかも「今回使わなかったんだから次回は今回よりも少ない予算で良いよね?」という感じにはせず、毎年どこでどのぐらいの予算が必要になるのかをしっかりと計算させる。

 おかげで、それぞれの部署や公共事業で必要以上に予算を高く見積もったり、お金を無駄に使ったりせず、結果として財源は黒字続きとなっていた。

 それに、もし例年よりも大きな予算が必要になった時もきちんと計算して申請すれば、すぐに予算が下りるようになっているというのも大きい。


 また赤字になった時も、それまでの貯蓄で補填できる。


 それは、国だけではなく、各領地、各村や町にも徹底させていた。



 必要な金銭類、資源、物資を貯蓄させ、必要な時に解放させる。特に物資類は災害の時の備蓄もあった。そして、毎年備蓄を入れ替え、古い備蓄は祭りの時や備蓄で大量に作った鍋やら何やらを振る舞うといったイベントもあった。


 いつも豊作、黒字であるという事は無い。


 それは最早合い言葉だった。


 いつ何が起きるか分からない。

 その為に準備し、備蓄し、予算も考えていく。


「……いやでも、【海影】の長様、大丈夫なんだろうか?」


 高給取りだけど、こんな大金をポンッと渡すのは流石に……。

 いやいや、もしかしたら利息つけて返せとか言われるかも。


 そう考えた果竪だが、流石にそこまでケチではないだろうと思う。むしろ、緊急時に使えと言っているのだし。


「お財布と電卓も入ってる」


 あと、何でか家計簿も入っていた。つけろって事か?つけろって。


 やっぱり、必要な分だけ使って残りは返せとかそういうのだろうか?まあ、使わなかった分は返すけど。


「それより現在位置の特定だよねぇ」


 果竪は金銭類を仕舞うと、凪帝国の地図を取り出す。

 分厚い地図帳のそれをパラパラとめくった。


「確か、小梅ちゃんが『死にさらせぇぇぇっ!』って殴ったハレンチボケナス領主の領地は」


 果竪はしっかりと、その名前を聞いていた。



 その領主?ああ、凪帝国が南方八州が一つーー『叡州』よ。



「……隣の領主の夫神を妾にと望む男が、叡領主ーー本当になんていう皮肉なのかしら」



 果竪はクスリと笑う。



「やっぱり情報は大事よね」



 これを予想していたわけではない。

 けれど、いつ何が起きるかは分からない。だから、常日頃から情報はしっかりと収集しておく。それで今回だって自分達が居る場所が分かった。


 ただ、何故小梅に呪いをかけた相手の領地だと分かったのか?


 それは、彼女が小梅の中に眠る呪いが彼女を次元の歪みに引きずり込もうとしていたのを知っているからだ。

 呪いはその領主によるもので、その呪いが次元に、小梅をどこかに連れて行こうとしていた。

 となれば、領主が小梅をどこかに移動させようという意志があったからに他ならない。それがどうして領主の元かと推察したかについては、朱詩と茨戯の会話の節々にあった。


 それだけ執着の強い馬鹿だ。

 自分が懸想し横恋慕した相手の夫を自分の手で自ら殺そうとしていた男だ。

 自分の憎い相手である小梅という存在を自分の手で殺したがってもおかしくはないーーむしろそうしようとする筈だ。


 よって、果竪は間違いなく領主が小梅を自分の元に引寄せようと呪いをそう動かしたのだと確信していた。


 それを果竪は邪魔した。

 領主の前に転がり出る事は無かった。

 しかし、領主の治める領地のどこかに落ちた。


 その場所が、今の現在位置がどこかを把握するのは大切だった。



「領主の屋敷から離れているのか、【皇都】から近いのか、それだけでも調べないと」



 果竪はそう考えると、雨合羽を纏い外へと出る。

 出入り口には術を施す。


「これで小梅ちゃんが起きても勝手に外に出ないよね。さて」


 果竪は片手にモップを持ち、夜の森の中を歩き出した。



 雨が降り続いている外の明かりは無い。

 点けようと思えばランタンや懐中電灯を点けられるが、それではこちらの居場所を教えているようなものである。


 だが、真っ暗な森の中を歩くのは遭難の第一歩だ。基本的に暗くなったらうろちょろするなと言うのが鉄則である。


 しかし、夜中のサバイバル訓練を死ぬ程させられ、実際に実践もさせられてきた果竪の夜目はそれなりにきく。

 果竪は物音を立てないように歩き続け、気配を消す。


 夜は獣達の時間だ。


 もちろん夜に眠る獣達も居るが、夜行性の獣達も多く居る。そんな彼らにとって今こそが狩猟の時間。


 ガサリと、前方の茂みが揺れる。


 気配を消しても、雨で臭いが消えても。


 それでも、かぎつけ獲物を狙う獣が近づく。

 果竪は鼻歌を歌いながらモップをくるりと回す。茂みから、大きな影が飛び出す。


「ーーっ!」


 果竪は相手の顔面に一撃入れると、そのまま口の中にモップの先を入れた。それは、獣の喉の奥を貫き、脳を串刺しにする。


 どさりと大きな音を立てて、獣が地面に倒れた。


 モップから果竪の手に伝った獣の血は、そのまま降り注ぐ雨によって流される。


 地面に倒れた虎の死骸を見下ろし、果竪は溜息をついた。


「こちらをたかが一般神と侮ったのかなぁ」


 警告を受けている筈なのに襲いかかった虎。こちらが負傷して動けなくなっているならばまだしも、真っ向からいたぶる様に襲いかかってきた時点でこの虎は明確な意志を持っていた。


 そうーー果竪を殺そうという、意志を。


「ーーこれで分かった?」


 果竪はこちらを物陰から伺う幾つもの獣達へと向けて言い放つ。


「こちらの隙を伺っているにしろ何にしろ」


 果竪は虎からモップを引き抜いた。


「例え手負いになろうと、私の方が強いって事ーー分かる?」



 その場から獣達の気配が離れて行く。



 手を出してはならない存在。



 そう認識されただろう。



 本能で生きる獣には、決定的な恐怖が必要だ。彼らだって生きて行かなければならない。この世は、自然は弱肉強食。弱ければ食われるのだ。


 だから、獣達が決して手出し出来ない、手を出す事すら考えられない程の恐怖を果竪は与えた。


 この虎は見せしめだった。



 ただ、そうさせずに済む道もあった。



 だが、この虎が説得に応じるような輩ではなく、舐められればこちらの命が危険になる。



「……」


 ゆっくりと近づいてくる獣が居る。


 それは、最初に果竪を襲った熊だった。その熊はゆっくりと虎に近づくと、その首筋を加えて引きずっていく。


 喰うのではない。



 自分の意志に反した愚かものを、自分が認めた相手の前から排除する為だ。


 熊はある程度虎を引っ張ると、果竪に向かって小さく頭を下げた。

 そうしてずるずると引きずっていき、間もなく姿が見えなくなった。


「……行くか」


 果竪は再び歩き出す。

 そして歩き続けて一時間。

 街道の側面に出た。


「……」


 周りに気配が無い事を確認し、果竪は街道に降り立つ。何か目印があれば良いのだが。


 そうして少し進んだ所で分かれ道があり、そこには木製の案内板があった。左に行けば州都、右に行けば隣州方向、後ろを戻れば海岸ーー。


「……だいたい分かった」


 とりあえず果竪はそこに示されている距離から、だいたいの位置を把握した。

 そして素早く来た道を戻り、街道から自分が出て来た森の中へとーー。


 入らずに、そのまま暫く進む。そして、そこから斜面になるべく足跡をつけない様に森の中へと戻った。


 これで足跡が余り残っていないから、後を付けられる事は無いだろう。


 果竪は一応、念のためにまっすぐにテントには戻らなかった。しばらくうろちょろし、ようやくテントに戻った時には日付がすっかり変わっていた。






「どうしてだ、修羅!」


 鉄線はバンッと勢いよく自分の上司の執務机を両手で叩付けた。そんな部下に修羅は執務机を挟んで向かい合った。


「どうしてもこうしても。君はお留守番。いいね?」

「だからどうして留守番なんだっ」

「それは君が僕に次ぐナンバー2の医務室長補佐であり、副医務室長だからです。理解出来た?」

「それは分かる。だが、今は緊急事態だし、何よりも私は当事者だっ」

「当事者というか、一方的に巻き込まれただけでしょう?」

「違う!私は、力がありながら小梅が歪みに引きずり込まれていくのに対して何も出来なかった……カジュだってそうだ。私は何も出来ず、二神引きずり込まれていった」

「……それで?」


 修羅は鉄線の勢いに飲まれる事なく問いかけた。


「だから、私は今度こそ小梅達を助けたいんだ。その為なら、どんな事だってしてみせる」

「ーー仕事を放り出して?」

「大丈夫だ、いつ仕事を放り出しても良い様に常日頃から仕事に専念している私に『ここは私達が引き受けますのでどうぞ行ってきて下さい!!』と言ってくれる可愛い医務官達が沢山居てだな」

「ちょっと待て。いつ仕事を放り出しても良い様に君は毎日仕事をしてるの?馬鹿なの?アホの子なの?というか、そんなお馬鹿な上司は止めようよ、医務官の皆も」


 鉄線は非常に優秀な部下で、常日頃から紳士として女性達に大神気だがーー実は結構天然な所がある。


「むっ!医務官の皆を馬鹿にするなっ」

「馬鹿は君だよ!」


 修羅はバンッと机を叩いた。


「とにかく、君は駄目、駄目ったら駄目!留守番っ」

「だから何故だっ」

「帝国の医務室長補佐が軽々しく危険地帯に出かけたらいらぬ騒ぎを起こすって言ってんだよ!」

「なんだと?!危険地帯こそ怪我神が大量続出する場所じゃないか!!そんな場所にこそ医師が行くべきであって、ガタガタと安全地帯で震えている医師など私の辞書には無いっ」

「だからその危険地帯で医務官達を纏める幹部の一神である君に何かあったら困るって事だよ!分かる?!」

「分からない、分からないったら分からない!」

「この……分からず屋っ!」


 修羅はガシガシと頭をかく。その動きに艶やかな髪が揺れた。


「そんなに行きたいなら、医務室長補佐の地位を返上する事だね」

「っ?!」

「ああ、返上した所で君を行かせはしないよ?この僕自らが相手をして止めさせて貰うから」


 ニコニコと笑う修羅だが、鉄線には決して壊せない巨大な壁を思わせた。


「……なん、で、そこまで」

「陛下のご命令。分かる?」

「陛下の……どうして、陛下は」

「さあねぇ?僕みたいな卑小な存在には偉大なる陛下の崇高なお考えを知るのは難しいからさ」



 修羅はそう言うと、スッと笑みを消した。



「医務室長補佐ーー鉄線。お前に医務室長が命じる。お前はここに残るんだ」

「……御意」

「そんな顔しないでさぁ。ただ今は君の出番じゃないって事だよ。そう、君の出番が来たらきちんと教えてあげるから」


 そう言ってカラカラと笑うと修羅は席を立ち部屋を退室した。一神残された鉄線は悔しげに拳を振るわせると、先程まで修羅の居た執務机を殴りつけた。その一撃で執務机に大きな穴が開くが、鉄線は気にする事はなかった。





「あ~あ、これで僕、可愛い鉄線に嫌われたよ」


 執務室を出て暫く歩いた修羅は、そこでようやく立ち止まり大きな溜息をついた。


「全く……これで僕が鉄線に本当に嫌われちゃったら慰謝料請求してやるんだから」


 もちろん、朱詩に。

 命令を下したのは皇帝陛下だが、そこに請求しないで朱詩に請求する所は修羅も良い性格をしていた。


「にしても、本当に馬鹿な事をしたよ」


 それは、小梅でもカジュでもない。


 彼女達にその汚らしい手を伸ばしたーー。



「っていうか、僕も待機組なんだからねぇ」


 鉄線だけではなく、修羅もまた待機組だった。医務室長だからと言われれば、それ以上騒ぐことは出来なかった。だが、本当は修羅だって納得はしていない。


「今頃小梅とカジュが怪我をしていたらどうしよう……ああもうっ!心配だよっ」


 まあ、今のカジュは殺しても死なそうになっているけれど、小梅は違う。あの儚く消え入りそうな小梅にもしもの事があれば。


 しかも、小梅は両膝から下を失っている。


「僕は医師だ」


 怪我神や病神を治療する義務がある。

 小梅の怪我は……もう、治療の段階ではない。けれど、それでも彼女は修羅の患者だった。患者を守る義務があるのだ。


「さあて……どうしようか?」


 どこか挑戦的な光を浮かべた瞳が、ふと遠くにその相手を捉えた。



「……百合亜」



 こちらに優雅な足取りで近づいてくるのは、彼の愛する女性だった。







 雨が上がった。

 それでもそこら辺に落ちている枝は湿り気を帯びており薪には使えない。

 果竪はそれらの枝を一瞥するが、手に取る事なくテントへと戻った。


 小梅はまだ意識を取り戻さない。

 彼女の体の呪いは動いてはいないが、それでも一度発動した影響は小梅に大きな負担をかけたのは明白だった。


 それでも時折にゅるりと黒い小さな触手を出す呪いを、果竪は一言で引っ込めさせた。



 テメェ ふざけてんのかぁ?


 一言以上の長さだが、とりあえずそれだけで触手はヒッと悲鳴を上げて奥に引っ込む。


「言っておくけど、もし私の居ない間に出たらどうなるか分かってる?死んでも、追いかけるから」



 自分が駄目なら他の者達に追いかけさせる。徹底的に地獄を見て貰う。



 そこには、「無闇矢鱈に誰かを傷付けるなんて出来ないっ」なんて健気な事を言っていた果竪は居ない。いや、今だって無闇矢鱈に誰かを傷付けるのではなく、こちらに牙をむいた愚か者に対して敵意を露わにしているのだから、根本的な所では果竪は変わっていないと言える。


「さて、どうしようか……」


 雨が晴れたのは良い。

 雨の中で動くよりも動きやすくなる。

 しかし、雨は一種の隠れ蓑でもあり、動く為にはそれが必要な場合もある。


 だから雨が晴れた今、自分達の身を守る膜が一つ消え去った事になる。


「……でも、簡単には見つかってなんてやらない」


 向こうはこちらを探しているだろう。

 わざわざ小梅を引きずり込もうとしていたのだから。


 捜索の目が動いている事は分かっていた。

 しかもそれはすぐそこまで来ていた。

 本来であれば目眩ましの術を使うべきだが、そういうのでは向こうの方が上である。目眩ましをした所で、術の気配を感じられて逆に探られてしまう可能性がある。ならばその違和感さえ感じさせない高度な術を展開させれば良いが、そうなると使用する神力の量が増えてしまう。

 神力を自家発電出来ず、量に限りがある今、大規模な術を使用するべきではない。


 その時、お腹がぐぅぅと音を立てた。


「……とあえず、食事にしようか」


 果竪はリュックから食料を取り出す。

 食料は非常食とは違い、野菜や魚、肉などの生鮮食品が大半を占めていた。また、主食として生米と小麦、乾麺もある。


「……調理するなら外の方が良いけど……」


 外で煙を出すと居場所を報せる事にも繋がりかねないので、却下。


 結局、果竪は茨戯に無理を言って入れさせた出来合の弁当を取り出した。もし調理が出来ない場合でもすぐに食べられる様にとお願いしたそれは、一日分しかないが、それでも五神分は用意させているので、一人ならば五日分の量は確保していた。


 少ないとどうにならないが、多いのは何とかなる。


 野菜多めのおかずに、梅干しが真ん中にのった白米の弁当。それを左手、右手に箸を持って口の中へとご飯を入れていく。


「はぁ……冷めても美味しいけど、なんていうか、味気ないなぁ」


 誰かと一緒ならーーそう思って果竪は小梅を見るが、彼女はまだ眠ったままである。


「……仕方ないよね」


 果竪は呟くと、再びお弁当を食べ始めた。

 それから食後の休憩とごろりとマットの上に転がる。本当は食べてすぐ横になるのは駄目だが、この状況ではそうも言ってはいられない。休める時に休み、動く時は全力で動く。


「飛ばされてーー二日か」


 既に飛ばされてから、二日目の夜に入ろうとしている。夕闇が迫る中、果竪は未だ動かずにいた。


 一つの所に留まると言うのは、場合によっては命取りになる。しかし、向こうが捜索していると考えれば、下手に動く事こそ命取りになる。

 それに果竪だけならばまだしも、小梅を連れての移動は流石の果竪でも骨が折れた。小梅が自分で動ければ良いが、今の小梅は両足がなく車椅子でしか動けない。


 背負って逃げるにしろ、そこには小梅の頑張りも必要となる。


 まあ単純に背負って逃げるだけであれば、60㎏の米袋を背負わされて二十四時間耐久サバイバル鬼ごっこを定期的にさせられている果竪からすれば出来ない事は無い。

 しかし、もし小梅の助力を得られなければーー。



 小梅は死にたがったているという。



 領主の魔手もこれ幸いと思ったら?



 むしろ果竪の邪魔をしてきたら?



 それを思えば、小梅を連れて逃げ回るのは最後の最後にするしかない。また、意識を失っている内に抱えて逃げるという手もあるが、途中で目を覚まされれば厄介となる。

 また、薬か何かで眠らせたとしても、もし追手の攻撃を受けて小梅がどこかーー例えば高いところから落ちたり、水の中に落ちたらもうジ・エンドである。


「こちらが自由に動くには、まず小梅ちゃんを絶対的な安全地帯に置く必要があるよね」


 もう一神居れば、その相手に小梅を任せて果竪が動くといった手もあった。また式神でも創れば神手は足りるが、そうなると先程の神力の使用量が増してしまうという事態になる。その分も考慮して神力を貰っていればまだ良いが、そうでないのだから必要な時にガス欠なんて事になりかねない。


「もう一つの方法はーー」


 果竪はそれを口にしなかった。

 だが、方法としては考えられるものだ。


 それは、わざと相手の目に小梅を触れさせる。すなわち、小梅を囮に相手を迎え撃つという方法だ。だが、今の小梅の状況ではリスクが高すぎる。それに、これは囮に協力して貰えなければ逆にこちらが危なくなる。小梅の事だから、果竪を売るという事は無いだろう。しかし、向こうが騙くらかして小梅に果竪の事に関して口を割らせるといった事がないでもない。


 例えば、果竪も一緒に捕えていて拷問しているとか何とか言えば、あの小梅の事だから口を割りかねない。


 やはり、果竪が一神で動いて領主を仕留めるしかないかーー。


「あ、でも、そうなるとこの体はカジュのもので」


 カジュの体を借りているに過ぎないが、見た目はカジュの果竪が領主を大立ち回りで倒すとしよう。端から見れば最下位の妾妃が領主を殴ったと見なされかねないーーいや、確実に見なされる。となると、最下位の妾妃にどんなレッテルが貼られる事やら。


 ただ、お強いのですね~とかならまだ良い。


 下手に警戒され、それこそ【後宮】の妾妃達の警戒心を煽って抹殺対象になんぞされたら大変な事になる。いや、それ以前にカジュの中身が別神だと知らない者達に怪しまれる可能性が高い。


「いや、そこは仮面被って声も変えれば何とかなるよね」


 うん、最終的に何とかならなくても何とかする。


 そうするしかないのだ。


 果竪は自分の掌をジッと見る。


 その手は小さい。


 沢山の物があればこぼれ落ちてしまいそうな程に。


 けれど、全てはつかめなくても一つだけはつかめる。


 果竪はその一つを、小梅だと決めていた。

 小梅は絶対に守る。

 命をかけて、怪我だってさせずに彼女を【皇宮】へと戻す。


 領主達が追いかけてきても、果竪が前に立ち塞がろう。


 無力で、ただ守られていたばかりの頃の時とは違う。


 常に謙虚であれ。

 状況を見誤るな。

 全力で事に当たれ。

 自分の力量を見極めろ。

 周囲に助けを求める事を躊躇うな。

 自身、常に努力しろ。



 学校で言われ続けている言葉。



 果竪はこう見えて、いくつもの大事件を、死戦を潜り抜けてきた。


 何度も命を狙われた。

 何度も死にかけた。

 何度も悔しい思いをした。


 何度も、何度も、何度もーー



 助けられる筈の命を、見殺しにした。



 全ては、果竪が弱かったから。



 それは神力だけでも、武術面だけの問題でもない。

 あらゆる方面で果竪は未熟だった。

 権謀術数の世界に身を置きながら、果竪はまるで赤子の様に未熟で無防備だった。


 武器を、神術を、それらを駆使して戦う戦場。

 頭脳と神脈を駆使して戦う戦場。


 そのどちらでも、負け続けた果竪。



 お前は王妃だ

 王妃ならばこのぐらい笑顔でこなしてみろ

 王妃として今後も生き続けるならば、死んでも身につけろ



 王妃であると分かった時

 王妃であると思い出した時



 学校の教師達はそう言って果竪を鼓舞した。



 ただの果竪として、ただの一般市民として生きるならば違った。けれど、王妃として、多くの国民の上に立つ存在として生きるならば、それこそ血反吐を吐いてでも提示された事をこなさなければならなかった。


 王妃として必要な教養と知識

 統治者として必要な教養と知識


 内政や外政といった政治

 国の経済を動かす財政

 時には王の替わりに軍を動かす軍政




 お前は王妃だ


 王妃ならば出来て当然だ


 ただ愛でられたいならば妾妃、いや、ただの愛玩動物でいろ




 そう罵声を浴びせられた



 凪国は広い。

 各領地の政治も頭に叩き込まされた。

 凪国との同盟国についても学ぶように言われ頭に叩き込んだ。

 津国、海国、泉国、その他幾つもの国々の政治や文化、特産品その他ーー沢山沢山学んだ。



 辛いか?

 だが、その辛さがお前を助ける

 お前は王妃だ

 王妃である事を選択したんだ

 国を統べる王妃であるお前の一挙手一投足が、国を救いもし貶める事になる

 お前は国の代表だ

 国民全ての命を背負っている

 厳しい事を言うかもしれない

 だが、それでも敢えて言おう



 常に学び続け自分を律する事の出来る王妃となれーー



 常に考え学び、間違っていれば修正をかけられる



 それでいて、信頼出来る者達を沢山作っていく



 けれど相手からも信頼して貰えなければどうしようもない。

 信頼がなければ、時として命をかけて戦って貰えない。



 国を治めるのは綺麗事では済まない。

 汚れ事を引き受ける者達がそこには居る。


 王と王妃がその汚れ事をするとしても限度がある。

 王と王妃がする汚れ事よりも、それ以上に大きな汚れ事を担う者達が必ず存在する。


 彼らが、この方達の為ならばと思える相手にならなければいけない。そうでなければ、彼らは何のために手を汚したのか。


 王の為、王妃の為、国の為、国民の為。


 それでも、手を汚すというのはとてつもない罪悪感を背負う。

 下手すれば気が狂うかもしれない。

 実際に気をおかしくした者達だって居る。


 そんな彼らが少しでも心を軽く出来る様に、その為にも、彼らが命をかけて手を汚すだけの存在なのだと、王と王妃は、そして国はそう有り続けなければならない。


 いざとなれば、その首一つで国を守り切れる、それだけの価値を身につけなければならないのだ。



 それには、甘えてなんていられない。

 辛いだなんて言っていられない。


 凪国が建国してから今まで、凪国を維持する為にどれほどの者達が犠牲になっていったか。それは死んでいった者達だけではない。

 生きている者達だって多大なる負担を強いられている。


 それでも、凪国の存続を願うならば。



「その為にも、私は死ねない」



 絶対に生きて帰る。

 そして、小梅も無事に【皇宮】へと連れ帰る。



「とりあえず、また偵察とかはした方が良いよね」



 そう呟いた果竪は、ふと小梅の息づかいの変化に気づいた。慌てて小梅に近づいた果竪は、自分の迂闊さに舌打ちをした。



 小梅は大量の汗を流し、顔を真っ赤にして呻いていた。



 熱発ーー



 体温計に39度を示す文字が現れ、果竪は更に舌打ちをしたくなった。


 なぜなら、ここには薬関係はあるが、熱発した時のクーリングの道具ーーすなわち氷関係は持ち合わせていなかったからだ。


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