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第28話 サバイバル準備は必須

 大雨が大地へと降り注ぐ中、果竪はようやく辿り着いた森の中の倒木が積み重なって出来た隙間に小梅を運び込んだ。


「あ~~、疲れたぁ」


 大きな溜息をつくが、実際にその声には疲労の色は無い。


 大雨だろうと落雷が頻発していようと、そんな中を長期間サバイバルーーという実習を学校で何度も受けてきた果竪にとっては、この程度の自然現象など全く堪えなかった。

 ただーー自分は大丈夫でも小梅は違う。

 あの【徒花園】で大事に大切に囲われ、最低限どころか最上級の衣食住を与えられてきた身。しかも、両足を喪った小梅は、車椅子が無ければ一神で動く事すら出来ない。


 歪みに引きずり込まれる前から車椅子を失った小梅は、当然ながらこの場にあるのは生身の体だけだ。


 一方、果竪はしっかりと準備をしてきていた。


「ふふふ~、世の中何があるか分からないもんね~っ」


 寝ている時に、ご飯を食べている時に、それこそ授業中に突然樹海に投げ込まれるわジャングルに突き落とされるわ砂漠に投げ捨てられるわその他諸々。


 準備は大切という事を、骨の髄まで学ばされた。


 【徒花園】の襲撃後ーー朱詩と言い争いをして言い負かした後の事だ。葵花の様子を見に来た茨戯をひっ捕まえて、果竪は自分が必要とする物を揃えて貰おうとした。


「は?なんでアタシがアンタに?」


 それは最もなご意見だったが。


「褒賞」

「それは皇帝陛下からで、しかももう貰ってるでしょうが」


 罪神の身柄をかっ攫っていったくせにーーそう言う茨戯に果竪は胸を張って言った。


「葵花ちゃんの心を守りました」

「は?」

「葵花ちゃんの心を守りました」

「いや、だから」

「葵花ちゃんの心を守りました」


 どこまでもどこまでもズイズイと迫り笑顔を浮かべる果竪に、茨戯はとうとう逃げ場を失った。壁を背にして、口づけが出来そうな程に近づいてきた果竪を制止する。


「わかったわよ。渡せば良いんでしょう?」

「そうそう。あ、ロープを腐らせて渡すとか、銃の砲身に鉛を詰めて暴発準備とか、壊れたコンパスを渡すとか色々と止めてね」

「やんないわよ!アンタアタシを何だと思ってんのよ!!しかも、その体はカジュのもんだって覚えてるの?!カジュの魂を取り戻したいのに体を傷付けたらとんでもない事になるじゃないっ!!」

「ほら、身を切らせて骨を断つとか言うじゃない」

「使い方間違ってるわよ!!ニュアンスで話をするんじゃないわよっ」


 茨戯はゼェハァと息を吐きながら疲れたように項垂れた。


「本当にもう……アンタと話していたら疲れて大変よ」

「まだまだだね」

「なんで上から目線なのよ」


 胸を張る果竪の偉そうな様子に、茨戯は突っ込むのも馬鹿馬鹿しくなってきた。


「で、これら全部を用意するのには数日」

「かからないよね?優秀な【海影】の長様なんだから」

「はい」


 真顔で言い放たれた茨戯は、その迫力に素直に頷いた。本能が囁いていた。逆らったらまずいーーと。


「アンタ、女王様って言われるでしょう」

「無能な落ちこぼれの穀潰しって言われてるよ」

「はぁ?!」



 嘘は言っていない。

 向こうの世界では確かに言われているのだから。

 それに、女王様は明燐だーー向こうの世界では。



 そんなこんなで、ちゃっかり物資を強奪ーーいやいや、せしめて……いやいや、恵んで貰った果竪はそれをしっかりと身につけて呪いが発動した小梅の所に特攻を仕掛けたのだ。


 他にも、何神かに必要な言伝も頼んでいる。


「あれも準備は間に合ったし。ふふ、常に準備はしておくものね」


 果竪はしみじみと呟くと、未だに眠り続ける小梅を見つめた。その目がゆらりと小梅の体からわき出した黒いものを捉え、果竪は小梅の耳元に口を近づけ囁いた。


「出たら殺す」


 黒い物が動きを止める。


「逃げてもどこまでも追いかける。地の果てまで、どこまでも、どこまでも追いかける」


 甘く蕩けるような声音で囁き、果竪はその黒い物を掴んだ。


「大神しくするよね?」



 小梅の体にその黒い物はするすると引っ込んでいった。



 軟弱なーー



 これが、果竪の良く知る者達であれば、ここぞとばかりに応戦、または色々と策を張り巡らせてくると言うのに。ガッツが足りない。


 まあ、頑張られても困るのだがーーこう、張り合いがないのも物足りない。


 それは恵まれた者が持ち得る傲慢さ故の思いでもあるが、実際に果竪の顔を見た者達が居れば、傲慢の「ご」の字も見当たらないと口を揃えて言うだろう。



「さてとーー」



 果竪は背負ってたリュックを降ろした。しっかりと防水加工されているが、リュックの口を開けてそこに水が入る可能性だってある。

 だから中に入っている物は全て防水加工のパッキンがされていた。


 だが、果竪はそれらの物を取り出さずにホチキスで纏められた数枚の紙を取り出した。それはリュックの中に入っている物のリストだった。


 その中から、簡易式のテントの文字を見つけ、果竪はそれをリュックから取り出す。それはどう考えても果竪が背負っていたリュックからは出せない大きさだったが、実はこのリュックは中身と外見に大きな差があり、見た目以上の収納力を有していた。

 言わば、一種の【神具】でどんな大きな物でも収納してしまえる能力を有した収納袋だった。ただ、収納袋の中では中間に位置する事もあって、収納出来る量には限りが有る。

 それでも、百個ほどは収納出来るそれは頑丈な作りをしている。


 中に収納出来ないのは、生きている物ーー生命活動継続中の動物や神、人の類いと、神や人の類いの死体ぐらいだろう。因みに、人の類いは他の知的生命体全てを含む言葉を指す。

 これは拉致監禁などの犯罪にこの道具が使用されない為の処置であり、たいていの収納袋にその処置は施されていた。以前、その処置を解こうとした馬鹿が向こうの世界に居たが、そういう愚かものは悲願を達成する前に果竪によって横っ面をモップで張り倒された挙げ句、その腹部を踏みつけられて動けなくなった所を御用となった。


 果竪は犯罪者には、それも性的な犯罪者には一切の容赦をしなかった。誘拐とか、強引に妾にしようとか、あと神身売買の類いも嬉々として相手の顔を殴り倒す。


 別に果竪が乱暴なわけではない。


 たいてい相手が果竪を邪魔者扱いして始末しようとしてくるのだ。


 正当防衛だ、正当防衛。


 ただし、殺さないようにするだけで相手に対しては一切の容赦はしない。そして向こうも完全にナメきっているので、たいてい果竪の一撃で吹っ飛んでいく。


「よいしょっと」


 果竪は小梅をテントの中へと運ぶ。

 テントは三~四神が寝泊まり出来るタイプのものだった。


 そしてそこで果竪は小梅の着替えをさせ、一息ついた。


 できる限り雨にあたらない様に雨具は着せてはいたが、やはり服は濡れてしまっていた。すぐに体を温める防寒具も用意したので低体温症で死亡ーーという事にはならないだろう。


 果竪もまた服を着替えた。そして、小梅の隣でごろりと横になり、先程のリストを見る。



 3~4名用のテント×2、1~2名用のテント×2、マット×3

 着替えの衣服と下着(2週間分)、防寒具×3、防寒着×3、雨具×3、長靴×2、替えの靴×2

 寝袋×5、寝具×3、毛布×5、バスタオル×5

 ランタン×2、懐中電灯×2、ヘッドランプ×1、予備電池×10、防水加工のマッチ×10、ライター×5、火打ち石×5

 工具一式、ロープ、救急箱と薬類、折り畳み傘×3

 水筒×2、調理セット一式、裁縫セット、洗面道具×2、入浴道具×2

 コンパス×1、腕時計×1

 筆記用具、ノート、様々な種類の付箋、薬草百科事典、山菜百科事典、世界の毒を持つ動植物百科事典

 凪帝国の地図、王都の地図、世界地図、凪国の山地図

 杖×2、ストック×2、サバイバルナイフ×2、スコップ×1、鍬×1、斧×1、鎌×1鋏×1、モップ×3

 ビニール袋×100、ゴミ袋×10、防水バック×5、防水加工巾着袋×2

 食料×1週間分、非常食×2週間分、行動食×3日分、水×3週間分をそれぞれ五神分

 バーナー×2、ガス缶×6

 ティッシュ箱×20、トイレットペーパー×50、タオル×10、洗剤類

 笛×5、熊撃退スプレー、双眼鏡、釣り竿、バケツ×2



 因みに、この【神具】の収納袋の凄い所は、同じ種類の物ーー例えばティッシュ箱を十個入れても袋の収納数では一つとしかカウントされない。つまり、ティッシュ箱×10、トイレットペーパー×50、タオル×10を入れても収納的には三つとしかカウントされないのである。

 というのも、この百個という個数は合計数ではなく、品目数であり、その品目であれば幾つでも入れられるのだ。


 だからこそ、犯罪に使われる恐れがあるという事で、色々な処置が施されていた。


 また、リストに上がっている物以外にも幾つかの品物が収納袋には入っていた。一つは、この【神具】であるリュックサックと同じタイプの物が予備としてい入っている。

 もう一つは、果竪が密かに集めていたものだ。


 そして果竪は、このリュックが自分の手から離れた時の対策もしていた。荷物は大事だ。しかし、時として荷物を放り出して逃げ出さなければならない時だってある。


 果竪は今まで受けてきた訓練と言う名の扱きからしっかりと学んでいた。




「ちょっとこれ、どこにサバイバルに行く気よ」

「いつサバイバルが起きても良い様にするだけだよ」



 茨戯に欲しい物資のリストを渡した時、そう言われた。なので、その質問に見合った回答をしたのだが。


「そんなサバイバル、そうそう起きないでしょう」

「甘いよ」


 果竪はばっさりと切り捨てた。


「日常と非日常は表裏一体。ちょっとした事から、突然とんでもない状況に叩き落とされる事だってあるんだよ」

「……それは、向こうの世界での事?」

「うん」


 茨戯の質問に果竪はあっさりと頷いた。


「朝起きたら砂漠とかジャングルとか海の上を漂流とか色々とあったわ」

「……アンタは向こうで一体どういった生活を営んでるのよ」

「ーー普通の生活」


 簡単に言うとサバイバルな生活が八割を占めるが、そんな事は言えない。だが、当然ながら茨戯も騙されてはくれなかった。


「というか、どうやったら普通の生活で朝起きたら砂漠に居るかが知りたいわ」


 その時、オアシスの見つけ方とか色々学びました。出来ないと死ぬからね!!


 果竪は今まで五十回は砂漠のど真ん中に叩き落とされた過去を思い出す。何度か死にかけたが、それでも今は生きているのだから良い事にする。

 それに学校側だって死なせたらまずいので本当に危なくなったら助けに来ていた。ただし、助けられたらその場で落第が決定するシステムにもなっている。

 そうならないのは、学校側が把握していない不測の事態が起きた時だけだ。


「にしても、凄いリストねーーってか、別にこんなものが無くてもアンタがここでサバイバル生活を送る可能性は」

「無くはないよね?」


 真顔になった果竪に、茨戯は口を紡ぐ。


「世の中に絶対なんて存在しない。だから、たとえその可能性が低かろうとゼロじゃない限りは、それが起きる可能性はあるって事だよ。例え、数パーセントだろうと」

「……」

「例えば災害。それが起きると言われても、いつ起きるか分からない。この位の年月で起きる可能性が高い。でも、それに対してずっと緊張して待ち続けるのは普通の神には無理。でも、もし起きた時の為を考えて定期的に防災訓練し、必要な物資を貯蓄する事は出来る。そしてそれらは、全て起きるかもしれない、まだ起きてはいない事に関して対応する為のもの。だってもし起きたら大変な事になるもの」


 果竪はカラカラと笑う。


「それと同じだよ。災害はいつ起きるか分からないけれどその発生を止められるわけじゃない。地震や津波を止める事が出来ない様に。けれど、その被害を減らす事は出来る。被害を極限まで減らす未来を求めて今できる事をする。それと同じだよ。明日どころか、一秒先の未来なんて誰にも分からない。一分後に突然雷が落ちて死ぬ事だってあるわ」

「……」

「それに、難攻不落と言われる【皇宮】の、それも奥にある【徒花園】だって襲撃されたんだもの。何が起きるかなんて分からないよね?」

「……アンタは、もう」

「それに私だって何の理由もなしに外にチョロチョロ出て行くつもりはないですよ。ただ、何が起きるか分からないのはこの世界だって同じですし、何よりも私はこの体を無事に本来の持ち主に返さなければならない。その為には、この体を全力で守らなければならない」


 果竪は自分の胸に手を当てて滔々と語る。


「それにしては、【徒花園】で思い切り襲撃者とやりあってたわよね」

「気のせいです」


 果竪は笑顔でのたまった。


「でも、この体が借り物だと知っているのに筆頭書記官様に私は何度もどつかれましたよね」

「気のせいよ」


 茨戯も笑顔でのたまった。


「けど、これだけの物資を常に身につけるつもりなら、特殊な収納袋が必要よね」

「もちろんですよ」


 そう言い切る果竪の笑みに「分かってるんだからそれも勿論寄越すよね?」という言葉無き脅迫を茨戯は受けた様な気がした。


「だからなんでアンタはそんなに偉そうなの?!」

「弱々しく見せたら侮られるからです!!普通顔ナメないでっ」

「普通顔最高じゃない!!」


 麗しい美貌も度を過ぎれば不幸しかもたらさない。

 その美貌で神生を狂わされ不幸のどん底、地獄を見させられてきた茨戯達からすれば普通顔なんて最高の代物だが、果竪にだって言い分はある。


 果竪はそんな素晴らしき美貌の持ち主達の横て普通顔なんてしていたもんだから、「お前なんてあの方達に相応しくない!!」とか「お前があの方達の隣に立つのはおかしい!!」とか「お前があの方達の傍に居るのは許されない!死ねっ!」とか言われ強制的に排除されかけてきた、毎回。


 そんな場合、その美しすぎる仲間達から離れて綺麗さっぱりと消息不明になるか、それとも意地でもしがみついているかしかない。

 そして後者の場合は、意地でもしがみつく根性と、それなりの実力を有する必要がある。


 果竪も前半期は前者を選択していたが、色々と突き抜けた今は後者を選択している。


 そしてその為に必要な実力を得る為に日々努力している。


 この入念なる隙と無駄のない物資要求もその一つだ。


 神生、何が起きるか分からない。


 準備は大切である。



 そして、実際に果竪の予測は当たった。



 小梅と二神で、【皇宮】から遠く離れた場所に飛ばされたのだ。しかも、小梅から感じられる呪いの様子からすれば、術者との距離は近いだろう。


 果竪は、それが詰まった巾着袋を見た。


「数に限りはあるからなぁ」


 そして、自分の手首にはまっているそれを見た。


 それは果竪が【徒花園】に入れられて間もなくの事だ。

 皇帝陛下からの贈り物だと、果竪ーーいや、カジュ付きの侍女として与えられた少女から渡された。


 それは、【守護の腕輪】。

 持ち主を守る強い強い力を持つ腕輪だった。

 その金属そのものが、皇帝陛下の力を凝縮して作られた【神力の結晶】だった。これ程の代物を作るのは、かなりの腕を持つ術者でなければ難しい。それこそ、王族クラスが必要だ。


 皇妃の手で危うく死にかけた経緯から、二度とその様な悲劇が起きない様にと渡された。だが、言い換えれば切れた皇妃が間違って最下位の妾妃を巻き込む形で殺さない様にする為の一種の防御機構ーー言うなれば防弾チョッキの様な物だろう。


 ただ、それにしてはとんでもない代物だった。


 一応、確認した所その腕輪に施されているのは純粋な【持ち主を守る】という力だった。ただ、純粋な神力の結晶でもあるそれは、使い方によっては持ち主に戦う力を与える事も出来た。


 というのは、その腕輪を神力の結晶ーーすなわち、動力源として使用するというものだった。乗り物も電化製品もそのままでは使えない。それらはエネルギーとなるものが必要だ。そのエネルギーがこれなのだ。


 果竪は単独では術の系統は一切使えない。呪いへの対抗だって神力を使用するものとなれば、形勢不利となる。


 しかし、この腕輪を動力源とすれば果竪は力を使えた。


 他に神々が居ればそれは必要はないが、今回の様に単独でどこかに飛ばされた場合は必須な代物となる。まあ小梅は居るが、弱っている彼女から力を貰うのはかなり気持ち的に抵抗があった。


 もちろん、果竪もこの腕輪に頼り切るつもりは無かった。


 【徒花園】の襲撃時に、ちゃっかりと自分が力を振るう時に利用させて貰った者達から少し多めに力を頂いて結晶化し、後はそれを利用してせっせと神力の結晶を色々な者達から貰わせて貰った。もちろん、貰った後はしっかりと減った分を調律させて戻させて貰っている。


 本当は相手に許可を貰った上で行なうのが常識で、向こうの世界ではそうやって上層部から力を貰っているが、この世界ではそれは難しい。


 だから申し訳なく思いつつも、隠れて茨戯や朱詩からも力は頂いたし、茨戯や朱詩の部下達からも力を貰っている。


 因みに、相手から力を貰う為に必要な神術は決して易しくは無い。むしろ高位だが、果竪はそれを息する様に行える。言わば、職業病ーーいやいや、それとは違うけれど似た様な部分がある病みたいなものだ。


 ただ、その場合はしっかりと強い力を持つ相手の腕を掴んでそこから力を引き出させて貰っている状態で、他の者達から力を貰って居るが。


 その技術についても、それはもう血反吐を吐くような思いで何度も何度も実践させられた。いかに相手に気づかれないで力を貰って回復させておくか。


 おかげで、果竪はそちらの能力については【調律師】達の中でも上のクラスに位置していた。


 まあそんな感じで、せっせと集めていた神力の結晶。

 【徒花園】の襲撃中から集め出したから、それ程多い数では無いが、それでも一定数は貯められた。

 それらは腕輪に施された、見た目は何の変哲もない地味な腕輪に見せる術を利用し、神力の結晶もただのビー玉に見える様にしている。


「とりあえず暫くはこれで良いとして、それでも今後の事を考えて節約して使うのと、行く先々で調達するしかないか」


 向こうの世界では


「ごめん、ちょっと神力の結晶頂戴」

「いいよ~」


 と、むしろこちらが抽出した神力を結晶化して取り出す前に、自らあの上層部やそれに準ずる者達は神力を結晶化させて果竪にくれた。それらは超が付くほどの純度を保ち、それ一つで街一つ消し炭に出来る程の力を有し、逆に持つのが恐いぐらいだったが。


 というか、それ程の力が詰まった結晶を幾つもポンっと渡して、それでもすぐに全力で普通に【魔獣】数体と戦い圧勝できる上層部やそれに準ずる者達が恐ろしいと思うのは果竪だけなのだろうか。

 しかもその場合、果竪は調律して相手の失った力を元の状態に戻していないと言うのに。


 考えるとドツボにはまりそうなので止めた。


 それに、今は他に考える事が沢山ある。


 果竪はテントの中に敷いたマットの上に寝転がる。その隣では小梅が未だに眠り続けていた。


「さて、どうするかーー」


 そう呟いた時だった。


 果竪の耳にそのうなり声は聞こえてきた。


「ーー」


 果竪は側に置いてあったモップを手に取ると、テントから出る。


 雨は絶えず降り続き、視界を悪くしていた。しかも夜という事で暗く先が見にくい。その中で果竪の瞳は確かにそれを捉えていた。


「ごめんね、それでもここからはまだ立ち退く事は出来ないの。それに暫くは留まる必要もあるし」


 それが一気に動く。

 凄まじい彷徨と共に、果竪へと向かって。



 大熊ーー



 鋭い爪と牙を見せつけ、その巨体に見合わぬ素早さで迫り来るそれは果竪よりも何倍も大きかった。だが、果竪はその巨体の鼻をモップで叩くと、その口の中にモップを突っ込んだ。


「時が来ればここから去るわ。でも、強制的に排除しようとするなら」



 熊が鋭い爪の腕を振り上げたまま果竪の言葉を聞く。



「脳天貫くけど?」



 果竪が勝手に改造したモップは、果竪の持つ部分を強く指で押す事で隠されたスイッチが押される。すると、モップの先から太い針が飛び出す仕組みになっていた。

 もちろん、モップの先を口の中に突っ込まれている熊は脳味噌を貫かれるだろう。


 自分に恐怖を覚える様子もなく、淡々と告げる相手に熊は自分の中に苦痛以外の感情が芽生えている事に気づいた。


 それは恐怖ーー


 熊はゆっくりと爪の光る腕を降ろした。

 果竪もまた熊の口から見事な速さでモップを抜いた。



「ありがとう。ーーここ以外に寝床はある?」



 熊はその問いに答えるように果竪を見つめた。



「うん、全てが終わったらきちんと迷惑代を置いて行くよ。あ、秋鮭なんてどうかな?」



 熊はその問いに小さく頷くと、そのままのっそりとその場から去って行った。



「ーー本当にごめんね」



 他にも寝床はあるとはいえ、彼の寝床を奪ったのはこちらだ。神だって見知らぬ相手に突然家に入り込まれて寝室を奪われたら切れるだろう。それと同じ事をしているのだ、非はこちらにある。


 しかし今、小梅を動かすのは得策ではないし、向こうだってどの様な対応に出てくるか分からない。まあ、熊が出てくる様な場所にのこのこと出てくる程向こうも馬鹿ではないだろうから、ある意味ここは安全な場所だと言える。


 とりあえずこちらの体勢が整うまで、ここを追い出されるわけにはいかない。


 そしてそれには、この場所の主と話を付ける必要があった。



 あの熊は、この場所の主だ。

 他の獣たちの長でもあるだろう。


 果竪が圧倒的な強さを見せつけた事で、あの熊は一時的に果竪達がこの場に留まる事を認めた。となれば、他の獣達の襲撃もひとまずは無い筈だ。


 獣達は自由気ままだが、それでも自然の摂理に則って生きている。強きものに従い生きる彼らは、その強きものが認めた相手に下手なちょっかいをかけてきたりはしない。


 まあ好奇心で見に来ていた者達も居たが、それらも果竪の放つ殺気にあっという間に散っていった。果竪が居る限り、この場は安全だろう。


「……」


 今度こそ、果竪はテントの中に戻る。もちろん、テントに入る前にしっかりと処置もとらせて貰ったが。


 そうして疲れたーーいや、実はそれ程疲れていない体をマットの上に横たえた。仰向けになり、頭を枕に付ける。


 やるべき事は沢山ある。

 それら全てを挙げ、優先順位を付ける。


 幸いな事に、この数ヶ月毎日の様に体を動かし続けてきた事で、果竪が現在借りている肉体は果竪本来の肉体には敵わぬものの、それでもかなりの体力と身体能力を身につける事となった。

 少ない睡眠でも全力で動ける程度には、この体は鍛えられた。


 たった数ヶ月。

 されど数ヶ月。


 果竪が向こうの世界で目覚め、営んできた学生生活の長さからすれば比べものにならない程短い期間だった。しかし、逆に言えばその数ヶ月でここまで動ける様になったのだ。



 いつ何が起きるか分からないーー



 それは、担任の口癖だ。



 だからこそ、常に準備をしておかなければならない。


 考えろ。

 考え続けろ。

 考える事をやめるな。



 そして決して



 諦めるな




「……諦めない、絶対に」



 何度も死ぬ様な経験をさせるのは、どんな苦境でも諦めぬ心を育てる為。

 それを果竪はよく理解していた。



 決して諦めない。

 最後の最後まで。

 死んでも諦めない。



 果竪を見くびる全ての者達に一矢報いよう。

 果竪から大切なものを奪う者達に、目に物を見せてやろう。



 私は絶対に、諦めない。



「何が何でも、無事に小梅ちゃんと帰るーー【皇宮】に帰るんだ」



 果竪は決意を新たに、拳を握りしめた。


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