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第27話

「カジュと小梅の居場所の特定には時間がかかるーーか」


 明睡は書類にサインしながら、報告を受け続けていた。同時に複数の報告を耳にしながらも、決して手を止める事なく対処していく姿は、到底常神とは思えない。いや、そんな明睡だからこそ、建国した当初より宰相の地位に居続ける事が出来たとも言える。


 この凪帝国の宰相は、明睡を置いて他には居ない。


 明睡こそ、偉大なる凪帝国の宰相の位に相応しい。

 皇妃を除けば、あの凪帝国皇帝の隣に立つに相応しい存在だ。


 そう言われる程の神材だった。


 まあ、一部にはこの凪帝国の皇帝にこそ相応しいという声もあるが、本神に全くその気が無いのだから、少なくともここ暫くは下克上なるものは行なわれないだろう。

 むしろ、そういう世迷い言を囁く者達は宰相自らの手で葬られている現状だ。


 明睡は書類にサインをしながら口を開いた。


「既に罠が張られているとなると、向こうの術者もそれなりの奴等だろう。まあ、小梅にかけた呪いからしてそうだがな」


 そうでなければ、とっくの昔に明睡の敬愛する皇帝陛下が解呪していた筈だ。それ程に素晴らしい術者なのだ、皇帝陛下は。


 明睡はいかに自分が敬愛する皇帝陛下が素晴らしいかを思い出していく。と同時に、そんな皇帝陛下が下手に手出しが出来ないと言わしめた呪いに対して、深い憎悪を抱く。


 明睡にとって皇帝陛下ーー萩波はこの世でたった一神の主君だった。

 天帝夫妻、十二王家ーー神にとっての神たる存在は居るけれど、それでも明睡に手を差し伸べ、明睡の手を引っ張り光の下へと引きずりあげてくれたのは、守ってくれたのは萩波なのだ。

 

 それは上層部やそれに準ずる者達全員に共通した想いだ。


 萩波が居てくれたから、自分達は此処に居られる。

 自分達は自由を得る事が出来た。

 欲しい物を欲しいと言える自由を、自分の意志で動ける自由を得られた。


 もちろんその自由には常に責任が存在するけれど、それでも。


 萩波の存在が、自分達を【物】から【神】にしてくれたのだ。


 もし、萩波が弱ければどうしたか?と聞かれる事がある。

 偉大なる皇帝陛下が凡神だったら。

 自分達よりもずっとずっと力や能力で劣っていたならば、平凡な容姿だったならばーーと。


 明睡はーーいや、明睡達はその度に鼻で笑う。


 もちろん、普通に萩波を皇帝陛下として自分達の上に戴いただろう。


 足りない部分は自分達が補い、支え、萩波の代わりに汚れ仕事を行なえば良いだけだ。例えどれほど自分達の手が血にまみれようとも、それでも萩波に仕えたい。


 自分達の下に位置するなんてとんでもなかった。


 まあ、実際には自分達より劣るだなんて事はあり得ない話で、万が一そうだとしても自分達にとって萩波が特別な存在である事は変わりないというだけの話である。


 そんな萩波。

 そんな強くて美しくて、誰よりも術に秀でた麗しき皇帝陛下でさえも、手が出せなかった、呪い。


 確かに術者は優秀だ。

 それは認めよう。

 ただ、いくら術者が優秀でも、呪われた本神ーー小梅の協力があったからこそ、皇帝陛下が手を出せなかったという事を相手は思い知るべきだ。


 お前が皇帝陛下を上回る程に優秀だったわけではないのだと、骨の髄まで分からせる必要がある。


 そうーー


 小梅の心の隙につけ込むように、小梅の心を利用して成長する呪いは皇帝陛下の手腕を持ってしても解く事は出来なかったーーその事実に、明睡はもう何度目になるか分からない舌打ちをした。


「それにしても、何が原因だ?今まで外面だけは良くしていた呪いだと言うのに」


 仕事の手を止めず、まるで独り言を呟く様に明睡は疑問を口にする。


「あの呪いは小梅の死にたいという気持ちを糧に成長する。今回の件で、小梅が死にたいと思わせる様な事は何も無かった筈だ」


 あの死にたがりの小梅が原因で襲われる様な要素は何一つとして含ませなかった。それらは先に始末し、厳しい選定の残りを放ったのだ。


 少なくとも、小梅の死を異常な程願う愚かども達は近寄らせもしなかった。


 そうーー今回の襲撃犯の黒幕達は、【徒花園】とそこに住まう者達全員を邪魔に思っており、誰か特定の相手を特別付け狙ったわけではない。


 だから、いくら死にたがりの小梅でも、自分が死にたいと思う様なーー少なくともあの呪いに栄養を与える様な極度なまでの死への羨望は起こりえない筈だった。


 ただしーーその呪い自体が自分の宿主に何かしていないとは限らないが。


「利用したかーー」


 宿主に何か働きかけているかどうかは、その宿主でなければ分からない。呪いが勝手に小梅の体に隠れながら周囲を引っかき回すのは見えても、小梅に何かしているかは見えないのだ。

 そして小梅はその事については一切口にしない。だから、どんなに推測しても、根拠がない限りは憶測にしか過ぎない。


 それでも、明睡は注意深く観察していた。


 炎水界でも、一、二を争う大国ーー巨大で強大な帝国の宰相として考える事も見る事も沢山あったが、それでも明睡は【徒花園】の住神達を注意深く観察し続けていた。


 そして少しでも変化があれば、それに対して幾つも考えていた対応策を使うつもりだった。


 勿論、小梅の中の呪いが活性化して暴走する可能性だって考えていた。その中に、小梅に呪いをかけた術者達が小梅をなんらかの方法で引き寄せる可能性もあった。


 そうーー明睡は考えていた。


 術者達を雇った馬鹿が、自分が懸想した相手を手に入れるのに、その夫にどんな仕打ちをしようとしていたかを知っていた。その馬鹿の性格を良く理解していた。


 自分の手で直接苦しめ殺さなければ気が済まない。


 馬鹿が横恋慕した相手を、その馬鹿の手からかっ攫った小梅は、奴にとっては何が何でも直接苦しめて殺したい相手だった。


 あの馬鹿なら、絶対に小梅を直接苦しめて殺す為に何か仕掛けてくる。

 そして直接実行するには、小梅の身柄を何とかして奪おうとするだろう。


 奴等は確実に、着実にその触手を伸ばしていた。


 馬鹿にはもったいなさ過ぎる術者達の触手は実に見事だった。幾重にも張られた【徒花園】の結界。その結界を少しずつ、本当に少しずつ絡みついては侵食させていく術者達の技術に明睡は拍手を送りたい。


 本当に少しずつなので気づきにくい。

 しかも気づいてもすぐには引きはがせない様に、巧みに周囲の結界を巻き込む狡猾さ。


 結界が攻撃を受け、修復されるに従いそこを奴等の触手が侵食していく。一見すれば、そうは見えないが、既に三割が侵食を受けていた。


 明睡はそれを確認しながら、一方で指示を出し続けていた。


 それは、向こうに分からない様に侵食された部分を別の部分と繋げる事だった。普通に引きはがせないならば、引きはがせる状況を作り出せば良い。


 やるなら一気に。

 決して相手に気づかれないように、侵食された部分を別の力に置き換える。


 それには、【徒花園】が受けた先の襲撃は良い目眩ましになった。と同時に、そこで倒された【魔獣】達のエネルギーをそのまま結界の作り替えに利用させて貰った。

 相手には【魔獣】達が原因だと思わせる。


 その為に、徹底的に破壊させたのだから。


 そうして新たな結界が張り巡らされ、【徒花園】は本当の意味で安全になったと言うのにーー。



「呪われるという事は、どうしたって呪った側と糸で結ばれている。例えその糸がどんなに脆弱であろうとも、呪われた相手が心を開き受け入れてしまえば瞬時に太い糸になるだろう。そうだな、互いに引き合えば結界がどれほど強力だろうとどうにもならない。自ら引寄せた物を阻むという事は、本来守るべき相手を異物として排除する様にセットしておくしかない」



 それはすなわち、小梅の死だーー。



 小梅がそれを受け入れた瞬間、小梅を異物の対象と認識し結界が異物を攻撃するならばその先に待っているのは小梅の死しかない。


「避けられぬ運命か」


 小梅が呪われ、小梅がそれを受け入れる可能性がある以上、今回の事は必然な出来事だったのだ。ただ、そこにカジュまで巻き込まれたのは予想外ではあったが。


「まあ場所の特定をするのは難しくはないな」


 明睡はスッと手を顔の前まで掲げる。その手は何かを摘まんでいる様だった。その手の中には、術で見えなくされてはいるが、細い細い糸があった。


 術で作られた糸。

 その糸の先ーー糸がくくりつけられているのは。


 だが、明睡はその糸を握りしめた。


「宰相様」

「言っただろう?罠が張られている。追跡系の術に反応する罠が幾つか。力を使えばカジュ達の居場所は分かるが、逆にその回線を利用されてカジュ達の居場所を向こうに知られる。向こうはまだカジュ達の居場所を特定してはいなさそうだしな」

 自分の術を利用されてカジュ達を危機にさらす事は許されない。


「まあ、追跡系の術は使えずともこの糸はカジュに繋がっている。健康状態ぐらいは分かる」


 正確には生きているかどうかだが、明睡の手の中の糸は確かに繋がる相手の鼓動を明睡に伝えていた。


「宰相様ーー」


 スッと音も無く現れたのは、優美で完璧な所作で持って礼をとる女官長ーー百合亜だった。相変わらずのキツイ顔立ちは、それでいてどこか退廃的で淫靡な美しさを放っていた。最近は特にそれが際だっている。


 修羅が見れば大騒ぎするだろうが、その修羅だって同じ様なーーいや、百合亜よりも退廃的で淫靡な色香を放っているのだから神の事をとやかく言える身分では無い。


 と同時に、本来はキツイ雰囲気が全面に押し出されている彼女がここまで滴るような色香を放っている理由が嫌と言う程理解している明睡は心の中で溜息をついた。


 他の者達ーー特に皇妃派の派閥は皆似た様なものである。


 そもそも、基本的には皇妃派も筆頭書記官派も同じなのだが、カジュの身柄が筆頭書記官派に渡ってからは、皇妃派のストレスは常に鰻登りだった。それに比例して、本来は抑えている色香が抑えきれなくなってきているのだ。


 明睡達は自分達の魅力を実に正確に理解している。


 自分達の容姿が、色香と魅力が相手にどう捉えられるか、相手にどの様な影響を及ぼすか。そして、どう振る舞えば相手を上手に利用出来るか。


 椿姫と謳われる優艶な美貌を持つ明睡は、艶やかに微笑んだ。それは、長い時を共に過ごす上層部仲間の百合亜でさえ見惚れる笑みだった。


「お前が直々に来るのは珍しいな」

「まあ宰相閣下。いつも仕事で顔を合わせているではありませんか」

「宰相と女官長として、はな。カジュの事に関しては違うだろう?」


 女官長はキツイと称される顔立ちを構成する唇をニィッと引き上げた。それだけで魔女の様な恐ろしさと迫力を醸し出す。


 キツイ、恐い、恐ろしいーーそんな風に称される百合亜の美貌は、それこそ良く言っていびり系お局様だ。だが、その内面が外見と全く正反対である事を明睡は理解していた。


 彼女こそ、愚かな肉親達に囚われてきた修羅を見つけ助け出し、その後も傍で守り続けてきた猛者だ。彼女は自分の持てる全てを持って修羅を守り続けてきた。

 その為に、何度も死にかけ殺されかけてきたにも関わらず、彼女は決して相手に屈する事は無かった。


 彼女は美しい。

 彼女は優秀だ。


 だが、その美しさは上層部達の中ではそれ程特筆したものではなく、優秀さも他の上層部に比べれば努力によるものが大きい。


 血の滲むような努力を重ね、今の地位を不動の物とした百合亜。


 彼女は女官長として押しも押されぬ権力を手にし、神脈を築き上げてきた。そんな彼女は皇帝陛下を主君としつつも、皇妃の懐刀としても動いていた。いや、皇妃の侍女長である燕桜と共に、明燐の右腕、左腕と称される。


 元々、明燐とは大戦時代から仲が良く、彼女が皇妃となった際には侍女長にーーという話も出ていた程だった。しかし彼女はなり手の居ない女官長に立候補し、当時はひよっこが多かった女官達を一流に育て上げた。彼女の指導を受けた女官達の優秀さは他国でも有名で、一種のブランドにすらなっていた。


 そんな女官達もまた、絶対的な忠誠を誓う百合亜と共に皇妃にーー明燐に忠誠を誓う。それこそ、最初は百合亜だけが個神的に皇妃の懐刀として動いてたが、今では女官という一つの派閥そのものがそっくりそのまま皇妃に仕えている。


 そして現在、皇妃は侍女と女官という二大勢力を手中にしている。侍女と女官だけでも、【皇宮】に仕える女性達の半数を占める。その力は、かなりのものだ。


 女達の力は侮れない。

 ただ、残りの半数の勢力は筆頭書記官が綺麗に取り込んでしまったが。


 そうやって陣取り合戦宜しくやっているうちに、上層部、それに準ずる者達、それらに仕える者達と綺麗に二つの派閥に別れてしまったが。


「カジュと小梅の行方、お知りなのでしょう?」

「あのクズの領地だ。それぐらい、お前の情報網ならとっくに知っている筈だ」


 百合亜もまた、優秀な諜報組織を持っている。

 彼女はそのキツイ美貌に魔女の様な笑みを浮かべた。


「【追跡の糸】をおつけになった筈です」

「ああ。しっかりとあいつらの状態を教えてくれている。生きてるし、まだ捕まっていない」

「それだけですか?」

「ああ」

「詳しい居場所を知れる筈ですが」

「術を発動させれば、向こうに知られる」


 明睡の言葉に、百合亜は微笑んだ。


「知られても捕えられるまでに時間はあります。だからその前に」



 コ ロ セ バ イ イ ノ デ ス



 明睡は微笑む百合亜を見つめた。それは底知れない笑みだった。不気味ささえ漂うものだった。けれど、見た目だけは相手を射殺しそうなキツさを漂わす笑みだった。


「どうせ始末するのです。大丈夫、綺麗にお掃除しますわ。私、掃除は得意ですから」

「いきなり領主を消せば混乱が起きる。そもそも、代わりに出来る領主が居ない事もあって、あのクズの命まで奪わなかった筈だ」

「小梅がそれを望んだからです」


 百合亜は淡々と告げる。


「例えどうしようもないクズでも、他に代わりが出来る者が居ない。その相手を育てるまで、下手に大きな混乱を起こす事は出来ない。小梅としては、次代が育つまでの間に改心してくれる方を望んでいたのでしょう。けれど、そのクズにそんな見込みなど無かった。期待するだけ無駄だったのです」

「見る目がなかったという事か、小梅の」

「見る目ではなく、あの子は優しいのです。それは宰相様も知っている筈です。あの子は優しい、優しくて綺麗で……だから、朱詩も惹かれたのでしょう」


 歪で歪み壊れた自分達を惹き付ける輝きを持っていた小梅の事を語る時の百合亜から、そのキツイ雰囲気が少しだけ和らいだ。

 だが、またすぐに苦々しげでキツイ雰囲気が漂い出す。


「そもそも、小梅に呪いをかけた時点で見込みなんてありません」

「それはそうだ。だが、意外に優秀だった事は認めざるを得ない」

「それは違います。ただ雇った者達が優秀だっただけ。それも偶然の産物でしょう」

「偶然か?」

「あのクズにとっては」


 確認する様に問いかけた明睡に、百合亜は含みのある様子で答えた。


「そうして呪いはかけられた。それも、皇帝陛下でさえ下手に手を出せない強力な呪いが。それを解けるのは、小梅本神だけ。彼女が死にたいという気持ちを捨て、生きたいという気持ちを抱かなければどうにもならなかった。でも、彼女は死にたいと願い続ける。誰の言う事も聞き入れてはくれない」


 悲しみを含む百合亜の言葉に、明睡は静かに頷いた。


「それでも呪いはある一定の境界線を越える事は無かった。けれど今、その境界線を越えてしまい、小梅は連れ攫われた」

「失敗したがな」


 確かに奴の領地に落ちたけれど、奴の手には渡ってはいない。


「それも時間の問題でしょう。ならば、その前に見つけ出し、奴の手に渡る前に助け出さなければ」

「罠が幾重にも張られている。下手な対応をすればこちらに犠牲が出る」

「出たとしても私一神でしょう」

「おい」

「まあ、私も犠牲者になるつもりはありませんが」

「修羅が切れる」

「ーーカジュと小梅の為ならば黙りましょう」


 それでも黙れない事があるのだと、明睡は心の中で呟いた。


 修羅にとって百合亜は愛しい女だ。けれど、百合亜にとっては修羅は大切な弟や妹の様な存在だ。


 どちらかと言うと両性具有で体付きは女性よりの修羅は、たとえ下半身にそこらの男よりも余程立派なものをぶらさげていてもその美貌から女性と間違われる。

 いや、半分は女性だけれど、見た目は完全に女性にしか見えないのだ。それも極上の美姫にしか見えない、麗しく可憐な美少女。


 百合亜が悪いわけではない。

 誰が見ても女にしか見えないのだから、百合亜が弟よりも妹と思う気持ちが大きくてもそれは仕方ない事なのだ。だが、修羅からすれば全然仕方なくなんて無い。


 いつまで経っても愛しい女性から妹の様に見られてしまう現実に


「孕ませるかーー」


 奴なら出来る。

 男としての能力持っているからだ。

 女性として子供を孕むことも、男として子供を孕ませる事も出来る両性具有の中でも更に希少なる存在。


 それこそ裏の世界では高値で取引され続ける、希少過ぎる存在の一神なのだが。


 ただ修羅は、裏の世界で高値で取引される商品たる者達と根本的な事から違う。それは、彼の両性具有的なものではない。その美貌などの外見的なものでもない。


 自分の魅力を知り尽くし、最大限利用し尽くす修羅を単なる商品と見なし利用し尽くされ破滅させられていった者達を明睡は知っていた。

 基本的に上層部やそれに準ずる者達にとっては自分の容姿や魅力などは、単なる道具でしかなく、いかに上手に有効活用出来るかが重要だった。

 幸せな結婚や恋愛に憧れていても、まるでスイッチが切り替わった様に必要とあれば貞操観念なんて捨て去れる。多くの異性同性を惑わす道具としてその体を利用出来る。


 所詮、自分達にとって、美貌なんてものはその程度なのだ。


 修羅はその中でも特に優秀なメンバーの一神だった。


 彼にとって自分の顔も体も、単なる道具でしかない。百合亜が褒めてくれるから、大事だと言ってくれるから大事にしているのであって、そうでなければ修羅もまた自分の顔を切り裂いてめちゃくちゃにしたいと思う程に憎悪していた。


 そんな彼にとって、自分の体は単なる道具。


 裏の世界で高値で取引される商品達の様な反応を求める売り手や買い手達にとっては、心底嫌な存在だろう。しかし、彼らはその美貌に騙される。例えその先に死が待ち受けていたとしても、差し出される手を取ってしまう。


 それが地獄の始まりだとも知らずに。


 そうして、売られ買われる現実と未来に絶望し死を願う両性具有の中でも更に希少たる存在達と違い、修羅は売り手や買い手を翻弄し遊び尽くすのが趣味だった。


 そうーー根本的に違う。

 商品達は、そんな事はしないしそんな余裕すらないからだ。


 それでも、遊ばれ惨殺されていった売り手や買い手達が幸せそうな死に顔を見せている所を見ると、売り手や買い手達もある意味まんざらでは無かったのだろう。

 まあ、そんな事をしていれば恨みでいつか殺されるのだから、修羅に殺された方が何倍も幸せかもしれない。殺し方は誰よりもエゲツなくエグイものだろうが。


 そんな修羅は、百合亜にはそんな顔を見せない。


 血に塗れ獲物をいたぶりながら笑う姿を隠し、いつまでも可愛い百合亜の理想的な被保護者であろうとする。というか、そういう姿を見せるからいつまでも妹と思われてしまっていると言うのに。


 きっとあれで修羅はそれなりに焦っているのだろう。


 何せ、修羅にとって百合亜はただ一神の永遠。

 この世で唯一の存在なのだ。


「カジュと小梅に関してはこちらが動く」

「私は仲間はずれですか?」

「安心しろ。大半が仲間はずれだ。それに、いつまでたっても本業の仕事は山積みだ」


 それぞれ高い地位に就いている上層部やそれに準ずる者達。

 建国当初に比べれば神材は増えた。

 それこそ過労死してもおかしくない仕事の傍らで、使える神材を探しては集め、成長が考えられる神材を育ててきた。

 そうしてせっせと育ててきた者達はしっかりと育ち、今も巻き続けている種は芽吹き成長を続けている。苦労して探し出したすぐ使える神材達は各地に散らばり、成果を上げ続けている。


 だが、なぜだか上層部やそれに準ずる者達の仕事量は変わらない。それは上に立つ存在としてある意味当然ではある。


 割り振れる仕事は増えても、日々変化し続ける情勢がもたらす仕事もこれまた増え続けているのだから。


 しかし、国の規模に比べて圧倒的に少なかった神材は振り分けるのにも苦労し、最低限にギリギリ届くかどうかの神数に上層部やそれに準ずる者達は一神で幾つもの仕事を掛け持ちする事となった。

 筆頭書記官をしながら外交官も兼ねていた奴などが良い例だ。


 それでも、そうやってがむしゃらに働き育ててきた結果が今に繋がっている。


 仕事の量はたいして減らない。

 しかし、頼れる者達が増えた事で心にも大きな余裕が出来ていた。


 それこそ、こうやって遠くの領地に手の者達を飛ばす事を考えられる位には。

 心だけではない。神数的な面での余裕も大きい。


 ただし、いくら余裕があっても実際に送り出せる神数は限られている。一つ一つは数神だろうと各部署から送り出せばそれこそとんでもない神数となる。

 そんな大神数ではそれこそ潜入捜査どころかむしろ疑って下さいと言っている様なものである。いや、敢えてそちらに注意を向けるという方法も取れるがーーだが、今回協力している術者達にはそれは通用しない。


 向こうはこちらを必要以上に警戒しているからだ。


 侮りがあればつけいる隙はあるが、なければその隙を作るしかない。だが、大神数を送り込めば彼らの場合は隙を生み出すよりも警戒されてその隙を潰される。


「まあーーひとつの威嚇にはなるだろうが」


 むしろこちらは全て気づいている。

 だからお前達のやろうとしている事は全て無駄だ。


 そういうメッセージにもなる。


 ただし、その場合は自暴自棄になった向こうの出方では民達にも被害が出るだろう。あの男はまだしも、術者達にとってはこの国全てが獲物の前に敵であり、仇なのだから。


「民への被害は出したくない。それに、必要以上に事を大きくしてカジュの存在を晒すのも避けたい」

「ふふ……大切に大切に【箱庭】で育てていましたからね。それなのに、いつもいつも、カジュは死ぬ。どうしてかしら?」

「……」

「大事に大事に、【王宮】の、【皇宮】の奥深くで外にも出さずに囲ってきた。なのに、あの子の命は奪われる。多くのカジュ達がそうして死んでいった」


 百合亜はまるで子を亡くした聖母の様な悲しい笑みを浮かべた。その笑みは、一目見れば心動かされぬ者は居ないと言える程に美しく悲しい物だった。


 明睡は百合亜を静かに見つめた。


「次は、次こそは、次こそ絶対にーーそうやって、間違っていると分かっても次を望んだ。その罰なのでしょうか?いえ、それさえも私は許せない。罰だと言うのなら許されない事をしている私達に下されるべきではないですか」

「……」

「言い訳は致しません。所詮私達のやってきた事は、命を悪戯に玩び死なせる行為でしかなかった。そこで諦めていればそれ以上の犠牲は出なかったのに、何度も何度も、何度も諦めずに生み出し続け、そして全て喪われてしまった。それが私達に下された罪ーー端から見ればそう見えるでしょう。でも、私はそれを許さない。私達ではなく、あの子の命が奪われる様な事態はもう」



 百合亜の顔から一切の表情が消えた。



「絶対に許されないのですから」



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