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第25話 呪いの発動

 体の一部の機能が失われた時、自分達は障害者と呼ばれる様になった。片手を失い片足を失い、両腕や両足を失い、目や耳、喉を失い、その他それぞれが体に決して消えぬ傷を負った。


 それでも彼らが生きてこれたのは、彼らが生きる国がこの国だった事。そして、皇帝陛下の厚い庇護があったからだ。


 そうでなければ、一部の者達は日々を生きる事すら満足に出来なかったに違いない。


 それ程の大きな物を背負ってしまったのだからーー



「はははははは!見ろ!この俺の松葉杖裁きをっ!」


 片足を失った青年は、松葉杖二本と自分の残った片足で素晴らしい俊足を見せた。というか、あれ絶対に動きがおかしいから。


「この私の超感覚を舐めるなっ!!」


 視力を失った青年は、他の感覚器を磨きまくったおかげで目が見えないのに全力疾走しても転ばなかった。


「こっちこっちパス!」


 片腕を失った少女は反対の腕で投げる、その腕力とコントロールの凄まじさは一流の野球繊手並だ。


「おりゃあぁぁぁぁぁっ」


 両腕のない少女は、そのほっそりとしながらも逞しい片足を軸に反対の足でそれを蹴り飛ばした。



「ぎゃあぁぁぁぁぁあ!私の愛しい大根達になんて事を!ってか、いつの間に抜いてきたのよその大根!!しかも大根は蹴っちゃだめって言われてるでしょう!あと、その【徒花園】の修繕計画及び【新・徒花大根庭園計画書】を返して!!」



 叫ぶ果竪に対して、【徒花園】の住神達は口を揃えて言った。



 やだ!!



「ふはははははは!返して欲しければこの俺の俊足に追いついてみるが良いっ」


 片足を失った松葉杖爆走青年が宣言し、他の住神達も「その通りだ!」と声高く叫ぶ。


 因みに、この騒ぎに混じっている住神はこの場居る者達の数からすれば、半分程度だ。他の者達は「ああ、楽しそう」と生温かい目で見守っていた。あとは、交代要員としてスタンばっていた。



 さて、一体何故こんな事になっているのか?というと。




 1.果竪が新たな【徒花園】の修繕計画と題した【勝手に大根庭園に作り替えてしまおう計画】の計画書を持ってきた。

 2.自分達の住まいが大きく変えられる、しかも大根畑に。

 3.【徒花園】の住神達、発狂ーーはしないが全力で危機を感じる。

 4.とりあえず、果竪の説得を試みようとした。

 5.しかし、大根に関しては無理だという事を思い出す。

 6.説得など問答無用。実力行使で計画書を奪うのみ。

 7.計画書を奪うが、同時に相手の動きを鈍らせる為に近くの畑から大根を数本引抜き無体な扱いする

 8.果竪、発狂。←現在、ここである。




 以上が、これまでの経緯だった。



「しかもそれ!!小梅ちゃん達、部屋で安静にしている神達に見せるやつだったのに!!」



 【徒花園】は壊滅的な被害を受け、居住する建物も燃えた。その為、簡易的な建物が急遽作られ、現在そこを仮住まいとしている。

 そしてこの騒ぎに駆けつけた住神達は全体の半分ほどで、残り半分はその仮住まいの自室に居た。出てこないのは、「見に行きたいけど体が……」と、本来の障害が重たい、または先日の襲撃事件で受けた傷は治っても体への負担がまだあるという理由だった。


 決して、面倒な事に関わり合いになりたくないとかいう気持ちからではない。


「バカ!こんなの小梅に見せたら小梅が発狂するじゃん!!」

「小梅はああ見えても繊細に見えて図太いんだからなっ」

「それ結局図太いって言ってるよバカ!」

「と、とにかく小梅は本気にしやすいんだから、こんなの見せたら駄目!!」


 彼らは小梅にこれを見せると言い張る果竪に真っ向から対立した。


「なんで?!どこが問題なのよっ」


 果竪の質問に、彼らは口を揃えた。


 大根畑


「それは問題じゃないじゃん」

「問題だよ!なんだよこの建物以外の土地は全て大根畑って!!」

「宮殿も大根色で統一しようと思うの!あと、つる大根っていうのも発明して、夏は日差しよけにもなって」

「嫌だよ!!」

「あれもこれも嫌って何?!男なら広い心で受け止めなさいっ」

「受け止めれるか!!」


 内装も全て大根で統一すると言い張る最下位の妾妃。


 こいつは悪魔か?!

 悪魔の申し子か?!


「その計画書はもはや必要皆無!!焼いちまえっ」

「破り捨てろっ」

「ふっ!描かれてある事は全て私の頭の中に入ってるわ!」

「頭をかち割」


 かち割れーーと言いかけた住神を、両サイドに居た他の住神達が殴った。それは流石に駄目だ。


「はっ!振れ、激しく振れば良いんだ!!シェイクされていい感じになるかもしれないっ」

「脳みそがシェイクされて余計に変になるだろっ」

「語尾が一々大根とかに変化したらどうすんだよっ」


 かち割れと言いかけた親友の振れ発言に、やはり両サイドの親友達が彼の頭を殴った。


「というか、大根ばかりでは食べるのが大変なんですけど」


 とある心優しく住神は言った。


「食べても寝ても抱いても遊んでも良しよ!」


 果竪はとても良い笑顔で、親指グッとして見せた。


「いえいえ、だから大根以外に人参とかタマネギとかゴボウとかそれ以外の物も植えて」


 果竪は首にかけていたタオルをペイッと地面に投げ捨てた。


「あ、なんかやさぐれた」

「めっちゃやさぐれてる」


 そのタオルをゲシゲシと足で踏みつける果竪からは、凄まじいやさぐれ感が伝わってきた。


「人参が何よ!愛情込めて植えても一本も生えなかったよ!」


 生えなかったんだ


「タマネギだってゴボウだって!!酷いっ!他の神が植えたらあんなに生き生きとっ!」

「ーーキュウリ」

「駄目!」

「トマト」

「枯れたっ」

「茄子」

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」


 なんかよつんばいになって地面をバンバンバンバン叩き始めた。他の野菜についてはもう聞くのを止めた。そのうち、刃物を待ちだしてきそうだったから。


「大根!大根だけが私を愛してくれたのっ!」

「いや、愛関係ないから」

「あるっ!!」


 愛が無い所に実は実らず!!


 うん、まあ確かにある程度の愛情というかそういうのがある所に神の子供も多く産まれているけれどーーただ、愛が無くても子供は産まれてこれる。むしろ愛が無くても産まれてくる子供が多かった時期もあった。


「ってか、人参達への愛は足りなかったの?」

「そんなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 あれ程深く深く愛したのに、果竪を捨てた他の野菜達。その悲しみを癒してくれたのは大根なのだ。



「私にとって大根は全てなの!!」

「大根教とか大根教団とかあったら絶対に狂信者だよね、カジュ」

「むしろ愚弄したら相手を殺りに行くレベルだよな」

「いや、むしろ相手を大根教に染め上げるべく洗脳を」



 なんて恐ろしい思想なんだ!!



「じゃあ、他の野菜は嫌い」

「好きよ!愛してるわ!でも、一番はやっぱり大根なの!!それに、そもそもあの大根の艶めかしさに勝てる神は居ないわ」

「いや、なんで比較対象が神になってんだよ」

「そこは他の野菜と比較しろ」

「大根に種族は関係ない!」

「いや、やっぱりアブラナ科ダイコン属の越年草としては、同じアブラナ科と比較して欲しいわけで」

「しかも単なる淡色野菜じゃん」

「いや、あれ緑黄色野菜でもあるぞ」

「凄いな」


 思わずそう呟いた住神に


「でしょう!!やっぱり大根は素晴らしいのよ!!大根の胸に埋もれる権利をあげ」

「固そうだからいらない」


 少し弱腰が問題になっているその住神は、きっぱりと最下位の妾妃の好意を断った。とても勇気ある行動だった。周りの見る目も変わった。


「大根が固いなんてっ!!その良さが分からないなんてっ」

「ほら、好みってあるから」

「じゃあ、どんな硬さなら良いの?」


 最下位の妾妃の質問に、年頃の青年は考えた。


「理想は皇妃様か」

「いや、あれは全ての男の理想だろ」

「ああ、あの完璧な胸はこの炎水界において炎水家様を除けば全ての男達の理想だ」


 何故、炎水界を統治する十二王家ーー炎水家を除いたか?それは、炎水家当主の好きな胸は彼最愛の奥方である正妻の胸しかないからだ。むしろ、凪帝国の皇妃の胸が好きだと言われても困る。


「え?そうなの?」


 果竪は首を傾げた。


「当たり前だ!あの服の上からでも分かる大きさと弾力と柔らかさは完璧な黄金比率の下に計画して生み出された物としか思えないっ!!」

「見てないが色と艶も完璧だろう!」

「きっと感度も良好だっ」


 体に傷を負っていようとも、そこは健康的な青少年。彼らの熱い熱すぎるトークは尽きなかった。


「全ての男達の理想って事は、全ての男の神達はみんな皇妃様の胸が好きだって事だよね」

「そりゃあ触れば極楽浄土に旅立てる様な完璧な胸の魅力には誰も勝てないな」

「むしろ恋神が居ても俺はその理想の胸に近づける様にその恋神の胸を育てる」


 とても良いことを言ったかの様な住神の一神に、あちこちから拍手が上がる。それと反比例して、住神の女性達が恐かった。

 あと、とりあえず静かに、かつ自分達の仕える主に危険が及ばない様に見守っていた【徒花園】に仕える女性達も恐かったし、その横で同じ様に「皇妃様の胸最高!!」とボルテージが上がりっぱなしだった【徒花園】に仕える男性達が同僚である女性達の放つ怒気に段々と顔色を青ざめさせていった。


 中には


「ふざけんなおらあぁあっ!」



 と、恋神だったらしい仕事仲間に殴られる男性職員も居た。



 だが、一番痛ましかったのは


「……」


 とある侍女は自分の胸を触る。

 が、そこには平均的すらもない真っ平らな胸が申し訳なさそうに存在を主張するのみだった。


 スカスカ


 スカスカ


 スカスカ



 侍女は、自分の様子がおかしい事に気づいた、さっきまで【皇妃様の胸最高】を叫んでいた仕事仲間兼恋神の顔を涙混じりの瞳で見つめた。



「ごめん、なくて」

「胸なんかただの脂肪だ!俺が間違ってた!!」



 その余りに力強い高速自己反省を述べる恋神たる男性に、その場が静まりかえった。



 だが、ただ一神、侍女だけは恋神の言葉に感極まり抱きつく。



「そうだな、神それぞれだよな」

「理想は所詮理想だよな」

「そもそも皇妃様の胸は陛下だけのものだ」

「むしろ育てるよりも、ありのままの物を受け入れられるだけの度量が必要なんだ俺達には」



 なんか良い感じで纏まった。



「じゃあ、ありのままの気持ちで大根も受け入れて」

「やだ」

「却下」

「断る」

「それは無理」

「絶対駄目」

「ノォ!!」


「なんでよ!!」


 全力で断る住神達に果竪は地団駄を踏んで悔しがった。だが、それでもちゃっかりと自分の計画書だけは取り戻していたのだから、果竪も抜け目ない性格をしている。



「ーーで、とりあえず話は終わったから大丈夫だよ」



 その言葉に、住神達は誰に言葉をかけているのかと首を傾げた。しかし、自分達の世話をしてくれる者達が一斉に頭を下げて道を譲る先に見えた相手に、「あ」と声を上げた者達が何神か居た。


「鉄線様」



 医務室長が補佐、鉄線。

 上層部の一神で、医務室長である修羅の公私共における補佐でもある。


「どうしてここに?」

「いや、治療の経過をーーと思って来たら、なんか色々と忙しそうで」


 本来の性は女性だが、見た目はどうあっても美しく凜々しい男性にしか見えない鉄線。その麗しい美貌は年々磨き抜かれ、ますます魅力を増していた。だが、中身もまた彼女は素晴らしかった。

 女性に優しく弱者に優しく老神や子供に優しく。

 紳士が服を着て歩いているかの様な彼女は、凪帝国の中でも神気のある男性ランキングでもいつも上位をかっ攫っていた。

 それでも女性的な配慮や気遣いも忘れない鉄線は、女性の神気が圧倒的に高いが男性からの神気も高かった。そうーー【兄貴】!!という感じで。


 美しく可憐な美貌の修羅と並べば、美男美女のカップルとして間違われ、お似合いの恋神同士と羨望の眼差しで見られる事が多いが、実際には上司である修羅に振り回されている事が多い鉄線。それでも、修羅の為には命すら捨てられる彼は心から修羅を慕っていた。


 ただし、互いに異性に対する思いは完全皆無だが。


 そんな鉄線は今日、別の仕事でこれない修羅の分まで【徒花園】の住神達の往診に来ていた。だが、彼女が思ったよりも回復は早いらしい。


 鉄線は驚かない。

 彼らが日々、少しでも自分の力で生活が出来る様に、血の滲むような努力をしている事を知っているから。涙を堪え、歯を食いしばり、血反吐を吐くような努力を続ける彼らを知っているから。


 だが、それでも鉄線が知っているよりもだいぶ彼らは動けていた。

 というか、松葉杖と片足だけなのに見事なフォームで走りきった住神を見た時などは、思わず顎を落としかけた。いや、そのぐらいの努力を彼がしている事は知っていたけれど。


「……強くなったな」


 言いたい事、思った事は色々とある。けれど、ありすぎて上手く纏められない鉄線は、一言そう告げた。


 一方、鉄線に褒められた住神達は喜びの声を上げ、きっと色々と言いたい事はあったけれど言えなかった鉄線に気づいた【徒花園】に仕える皇帝陛下の駒達はそっと涙をぬぐった。


「凄いですよね!でもこれからもっと強くなりますからっ!!」


 素晴らしい笑顔の最下位の妾妃に、鉄線は頷こうとしてハタッと気づいた。その笑顔はとても明るく輝いていた。しかし本能が叫んでいる。


 ここで頷いてはいけないのだと、神として。


「その為には、この【新徒花園の大根庭園化計画】の可及的速やかな決行を!!」

「待て!!お前はこの【徒花園】を一体どうしたいんだっ!」

「世界一の大根畑にして、炎水界の大根流行の発信源にしたいです!!」

「うわぁぁぁぁあああっ!!」


 よどみなくハキハキと答えたその様子には好感が持てるが、言っている内容は全否定したかった。なんだ、大根流行の発信源って。各国から狙い撃ちにされるわ。


「悪の帝国として攻め込まれたらどうすんだよ!!」

「ふっ、私の大根達に死角など存在しません」


 あ、こいつならやる、絶対やる、本気でやる。


 大根との愛の為には世界すら制しそうな勢いの最下位の妾妃に、鉄線は少しずつ後ずさった。おかしくなった最下位の妾妃。しかし、前より更におかしな方向におかしくなっているーーいやいや、おかしな方向に行っているからおかしいんであってーーあ、なんか自分もおかしくなってきた。


「ふふ、素敵ですよね」

「いや、世界滅亡の日が近づいてきてる様にしか思えない」


 なんだ?あれか?いつも虐げられていた事により別の神格が生まれて暴走しているのか?それともこれは復讐なのか?


「その、一応最下位とはいえ陛下の妾妃なのだから」


 あまり変なことはーーと続けようとした鉄線だが


「性格の不一致って、離婚原因の一つですよね」

「あまり変なふおぉぉぉぉおおおおおおっ!!」


 それは何だ?!遠回しの離婚発言か?!いや、カジュの場合は普通の結婚と違ーーいやいや、そうじゃなくて!!


「お、お前からは離婚出来ないぞ?!」

「それは当たり前じゃないですか。皇帝陛下の妃が、自分から離婚なんて無理です。ええ、そうですよ。自分からは無理ですよ自分からは」

「……」


 に~~っこりと笑う最下位の妾妃に、鉄線は薄寒いものを感じた。


「……か、カジュ?」

「何ですか?」


 あどけない顔で首を傾げる最下位の妾妃を、鉄線は「あ、かわいい」と思ってしまった。だが、口にしなかったのはその強靱な精神力による賜だ。


「くっ、この、小悪魔め!!」


 だが、違う言葉は口から漏れていたので、実は結構穴が空いていたりする精神力だった。


「それで、診察ですか?」

「ああーー此処に居る者達は診察がいらなさそうなぐらいだけど」


 全力追いかけっこを目撃してしまった鉄線は、ぽつりと呟いた。


「大丈夫ですよ、医務室長補佐様ーーきちんとごく普通のか弱い方達が建物の方に居ますので」

「いやそれはどうかと思うんだが」


 それはつまり此処に居る住神達はごく普通ではないという事か。


「はいはい、医務室長補佐様の手を煩わせないようにさっさと診察してもらおう。はい並んで~、服脱いで~、舌出して~」

「いやここ外だから!!しかも服全部脱がなくて良いからっ」


 鉄線は慌てて最下位の妾妃を制した。


「凄いですね、医務室長補佐様ぐらいになると顔色だけで全てが分かるんですね」

「そんな医師は居るかもしれないけれど私は違う」

「じゃあ医務室長様」

「出来るかもしれないけどやらない」

「能力の出し惜しみですか」

「きちんと全部診察するんだよ!なんでそんなに残念そうなんだよっ」


 なんだ所詮人の子かーーと哀れむ大いなる神々の様な顔をした最下位の妾妃に鉄線は全力で突っ込みを入れた。


「っく……昔はもっとお淑やかだったのに!」

「今は全然こいつお淑やかじゃないですよ」

「むしろお淑やかだったとか幻想じゃないですか?」

「ほら、上層部の皆様日々疲れてるから」

「この前なんて熱いからって腹も足も晒して歩いてたし」

「カジュっ!!」


 果竪は逃げた。

 鉄線は追いかけた。


 見事な追いかけっこだった。あと、なかなか距離が縮まらない。


「ふっ、長年医師の仕事に従事している貴方に日々農業に勤しみ農筋鍛えまくりのこの私に追いつけると思って?!」

「医師は体力勝負だ!!医師の体力と脚の速さを舐めんな!!あと医師は必要ならば患者抱えて走るんだからなっ!」

「え?!何それ凄いっ」

「はははは!!医師の凄さが分かったかーーって止まれ!!」

「にょほほほほほほほっ」


 なんかまた変な笑い方してる。


 住神達も、【徒花園】に仕える皇帝陛下の駒達も生温かく見守った。


「ふはははははは!!見よっ!この私の横移動っ」

「凄い!凄いけど何か激しく無駄な動きだろっ」


 なんか激しく左右に動いていて凄いが、確かに無駄と言い切れる動きでもあった。もっと別の方向に使えば良いのに。


「後ろ走りもこの通りよ!」

「畑仕事に必要なのかそれはっ!!」

「必要よ!!」


 種をまきながらの後ろ移動ーー出来なきゃせっかく耕した畑を踏みつぶして固くするではないか。


「大根達の柔らかな寝床を損なう愚か者には鉄槌を!!」

「こわっ!なんか凄くこわっ」


 クワッと目を見開き言い放つ最下位の妾妃は確かに恐ろしい怒気を放っていた。そこまで大根が好きか。


 だが、鉄線は己の浅はかさを思い知る。


「好きじゃない!!愛してるだよ!!」


 ライクを通り過ぎてラブに突入しているらしい。


 なんという事だ。

 変態レベルで言えば全力で関わり合いになりたくないレベルだ。しかし、相手は最下位の妾妃。関わりたくないどころか本当は関わりたくて仕方の無い相手だ。


 ああ、なんと運命は残酷なのか。


「いや、きっと、きっと最下位の妾妃は何かに呪われているんだ!何かに憑依されて乗っ取られてるんだっ」

「ーーふっ、愚かな現実逃避者の考えね」


 やばいやばい。

 果竪は心の中で冷汗をぬぐった。

 鉄線には果竪が【果竪】である事は知らされていない。

 下手にバレさせでもしたら、あの朱詩が五月蠅くなる。


「貴方はもっと現実を見るべきよ!そう、大根の様な白き心と穢れ無き眼差しで物事を見て現実を直視するべきよっ」

「お前が大根に呪われている現実なら見たくない」


 顔を横に振り、手も横に振る鉄線に果竪はムカッと来た。


「なんでよっ!!」

「お前が言うかそれをっ」


 悪いのは果たして鉄線なのか?いや、誰が見たって最下位の妾妃だろう。


「医務室長補佐様、往診の途中では」


 皇帝陛下の駒の一神が場を中断させるべく声をかけた。


「あ、ああ。そうだ。こうしてはいられない。お前にかけられた大根の呪いはきっとこの私が解き放とう、だから待っていてくれ」

「やだよ」

「お前は大根に毒されてるんだ!!いや、大根と言う名の悪魔にだっ」

「大根は悪魔じゃない!!天使よ!!それか小悪魔っ」

「んなわけあるか!!」


 大根は天使か小悪魔だと信じて疑わない最下位の妾妃を怒鳴りつける医務室長補佐。ああ、医務室長補佐が壊れていく。


 それでも何とか言い合いを止めて鉄線が建物に往診に行こうとしたその時だった。





 絶叫が響き渡る。




「っ?!」


 その悲鳴に、場が騒然となる。

 鉄線は素早く皇帝陛下の駒達にこの場を任せると、一神建物へと走っていった。そして階段を上り、目的の部屋に辿り着いた彼女の目に飛び込んできたのは。


「……小梅?」

「……」


 小梅が居た。

 だが、彼女の体は車椅子には乗って居なかった。


 地面に投げ出された状態の上半身を両手で押さえる小梅の右手に、ナイフが握られていた。そして、少し離れた所に足から血を流す小梅付きの侍女が居た。


「これ、は」

「医務室長補佐様!!」


 強い口調で鉄線を呼んだのは、その刺された侍女だった。


「どう、か、小梅様を!小梅様を助けてっ」

「え、あ」

「これは、違うっ!ああ、早く、でないと」


 侍女が何かを焦った様に口走る。それに鉄線が戸惑っている間に、それは起きた。



 ぐにゃりと何かが歪む。

 それが空間の歪みだと気づいた時、小梅の体に巻き付く黒い帯が活性化した。それは黒い帯ーーいや、呪いの塊。黒い帯は蛇の形をして小梅に絡みつき、鉄線達を威嚇した。


「呪いがーー」


 思わず口走る。

 だが、それに気づく前に鉄線は動けない侍女を背に庇った。


「ああ、呪いが、呪いがっ」


 侍女もまるで壊れたスピーカーの様に叫び続ける。


 その間にも、小梅に巻き付く黒い蛇はその長さを、太さを増してどんどん小梅に絡みついていく。まるで包帯ぐるぐるまきにしたミイラの様になっていく小梅の姿に、鉄線は手を伸ばそうとした。

 だが、強い力がそれを弾く。


「っあ!!」

「小梅様!!」



 手、胴体、首、そして少しずつ顔を覆っていく黒い帯に気を止める事のない小梅。その瞳はどこか遠くを見つめていた。

 そんな彼女が、ぽつりと言った。


「……死ななきゃ」


「っ!!」


「死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ」



 死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ、



 ぶつぶつと呟く小梅は、まるで壊れた神形の様だった。

 その体がゆっくりと宙に浮く。



 空間が歪んだ場所から、何かが出てくる。



 それは黒い黒い触手だ。

 小梅の体に絡みつく蛇がその触手の手を取る様に絡みつく。



 駄目だ、このままでは引っ張られる。



「くそっ!!小梅を離せっ」



 術を放とうとするが、間に合わない。

 それよりも早く、別の触手が鋭い刃となって鉄線の後ろに居る侍女を狙った。



 足止めされるーー



 その触手の狙いが分かっていても、鉄線は侍女を見捨てられなかった。

 触手はどんどん数を増して、動けない侍女を攻撃しようとしてくる。

 侍女ーー紫苑を守りながら、鉄線は小梅が歪みに引きずられていくのを見ているしかなかった。



「誰かーー」


 鉄線は叫ぶ。


「誰か小梅をっ」



 助けてーー!!



「はいはい~!!」



 そんなのんきな声が聞こえた。

 かと思えば、触手がズタズタに切り裂かれていった。


「え?」

「遅れてごめんっ」


 そう言うと、いつの間にか部屋に飛び込んで来た最下位の妾妃はくるくるとモップを回して新たに出現した触手を叩き落としていく。


「呪いの影響範囲が思ったよりも広くてさ」

「え?」

「外にも漏れてる」

「っ?!」


 果竪がここに来るまで、沢山の黒い帯があちこちから出現した。それは、小梅に絡みついている黒い蛇の一部だった。

 小梅の心に反応し、小梅の感情を吸い取ったそれは着実に力を溜め、そしていつの間にかこれ程の力を得ていたのだ。


 建物の外にまで影響を及ぼし、邪魔が入らないように鉄線が建物に飛び込んだ後に建物全体に幾重にも絡みついて侵入者を阻んだ黒い帯。

 それは、皇帝陛下の駒達の攻撃すら阻んだ。


 もちろん、皇帝陛下の駒達が弱いわけではない。

 だが、下手に呪いを攻撃すれば小梅にどん影響があるか分からないーーその隙を逆に突かれ、駒達は黒い帯の攻撃をかわすだけで精一杯となった。しかも、黒い帯は卑怯にも住神達を狙っては駒達の動きを鈍らせていた。


「でも残念!侵入しちゃいました!!」


 果竪はあっけらかんと言い放つ。


 実際、果竪は自分の進行方向を阻む黒い帯は全部引きちぎってきた。


「ここまで実体化してくれると逆にやりやすいんだよね~」


 呪いは神力と言うよりは、心の力が大きく作用する。だから、神力が無くてもある程度は対処出来るのだ。果竪の強い心は呪いが放つ精神的な攻撃を全て振り払った。


「捕まえた」


 果竪は歪みに引っ張られていく小梅の腕を掴んだ。黒い帯にぐるぐる巻きにされていながらも少しだけ見えていた手をしっかりと掴む。

 蛇の頭が威嚇する。

 果竪の顔に近づき、その口を大きく開き牙を見せる。

 縦に割れた瞳。

 大きな口は、果竪の体を丸呑み出来そうな程に大きかった。


 だが、果竪はその蛇を真っ向から睨み返した。


「ねぇ、知ってる?」


 果竪の口が淡々と言葉を紡ぐ。


「昔もね、バカな蛇が居たのよ。ああ、薬とか術で動けなくした子供や女性を丸裸にしてそれを大蛇が丸呑みするっていうショーを見るのが大好きな、バカな貴族が居たんだよね。それでさ、その貴族、どうなったと思う?」


 果竪はやはり淡々と言葉を口にする。


「ああ、薬とか術じゃなくて祭壇?それに縛り付けて丸呑みにさせる場合もあったっけ。で、その場合もやらかしたバカはどうなったと思う?その蛇はどうなったと思う?ねぇ、どうなったと思う?どうなったと思う?どうなったと思う?」


 同じ言葉を繰り返す果竪を鼻で笑う黒い蛇。

 だが、蛇はそれ以上動けなかった。


「ねぇ?どうなったと思う?」


 蛇はいつの間にか自分がおかしな少女に見下ろされている事に気づいた。

 顔を極限にまで近づけられ、見下ろされている。

 その表情の全てを理解した時。


 蛇は。



 恐怖した。



「知ってるわ。貴方は元々、その呪いを作り出す為だけに殺された数多の蛇。それが凝縮して作り出されたのが貴方。愚かなバカの為に犠牲になったのに、哀れに利用される存在。ねぇ、それって狂しいよね?悲しいよね?辛いよね?腹立たしいよね?」


 蛇はガタガタと震えた。


 こいつは違う。

 こいつは違う。


 こいつは、敵に回してはならないーー化け物。



「貴方をこんな風にしたのは、この呪いを小梅に差し向けた愚か者。ねぇ、その相手に」



 果竪はそこまで言って、間に合わなかった事を悟った。


 ギュンと勢いを増した触手が小梅の体を歪みに引きずり込む。果竪は蛇を放し、その手を伸ばした。



「間に合わない、でも、貴方の思い通りにはならない」



 果竪は自分の服の下にあるそれの一つを解放する。その瞬間、強い強い光が辺りを包み込んだ。



 全ての光が収まった後、鉄線は歪みも小梅も果竪すらもそこに居なくなっている事に気づいた。



「っ?!ど、どこーー」



 一体どこに彼女達は行ってしまったのかーー






「失敗だ」


 術者の言葉に、彼は怒りの声を上げた。


「何だと?!お前が必ずや成功すると言ったからーーどうするつもりだっ」

「どうかお怒りをお鎮め下さい、閣下。それに失敗と言いましたが、対象は【徒花園】からーーすなわち、【皇宮】の敷地内からは移動したようです」

「敷地内から?だが、皇都内であればすぐに追手が来るではないかっ!!」

「いえ、幸いな事に皇都の外のようですよ」

「外?」

「ええ、それも貴方様の領地内に落ちたようです」


 その言葉に、男が笑う。


「はは、はははははは!!それは傑作だ!いや、むしろ成功ではないかっ!!ふふ、ツキが巡ってきた様だな」


 男は笑い続けた後、その秀麗な顔を醜く歪めた。


「あの女のせいで、私は愛しい女を奪われた!しかも、二度と手出しが出来ないようにされた!この恨み、決して忘れはしない!絶対に、この私が受けた屈辱をあの女に思い知らせてやるのだ!!」


 その為に血反吐を吐き、屈辱と恥辱に震えながら日々を生きてきたのだ。


 数多の金を支払い、優秀な術者達を集めて呪いを生み出しそれをあの女へと放った。


「はは、あの煉国の襲撃で死んでいればこうも苦しまずに済んだものをっ」

「全くもってその通りですな」


 術者も笑う。

 彼を筆頭とした術者は、煉国出身者だった。

 そう、煉国国王と上層部に仕え、滅亡時に逃げ延びた者達の一部。


 凪国に密かに潜伏し、機会を伺っていた。


 そうーー今は亡き煉国国王と王子、そして上層部の崇高にして気高い思想の復活と新たな煉国復活の為に。


 他にも逃げ延びた者達、協力してくれた為に苦汁を飲まされた者達の為にも幸いにも凪国に潜伏出来た者達がそれを実行しなければ。


 そして最大の幸運は、自分達の一派に巡ってきた。


 そうーーあの、筆頭書記官が必死になって隠す存在がこの手に転がり落ちてきたのだ。



「さあ、閣下。獲物を追いかけましょう」



 この愚かなる男を利用し、必ずや煉国を復活させ、あの偉大なる国家的事業を引き継ぐのだ。そう、逃げた元寵姫達も残らず捕まえる。彼らは大切な大切な煉国の財産なのだから。


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