第22話 筆頭書記官の叫び
「凄い顔をしてますけど、筆頭書記官様達だって共犯なんですからね」
ただ残念な事に、果竪だけでは力不足だった。そして共犯とするつもりだった者達として、果竪は彼らを選んだ。
「悪魔めーー」
「ふふ、大魔王から格下げだね。でも、嫌いじゃないわ」
朱詩の舌打ち混じりの揶揄に、果竪はコロコロと笑った。そして、テーブルを挟んで向かい合う朱詩へと顔を寄せる。
「何を言われようとも、どう思われようとも、私はそうやって向こうの世界で戦ってきた。そしてそれはこれからも変わらない。私は、私らしく在る道を進む」
「それが、この世界を引っかき回す事になっても?」
「そこを突かれると痛いんだよねーーそう、それで言えば私もまた罪神だね。自分の住む世界とは異なる世界の平穏を乱し、騒乱の種をまいているんだから。だから、これからはもっと慎重に事を進める様にするよ」
「もう遅いよ」
ここが自分の世界だと信じていた時はまだ仕方が無い。
自分が別の世界から飛ばされたのだと気づかずに、自分の出来る事を全力で行なってきた事を朱詩は罪だとは思わない。
向こうの世界を夢だと断じ、その夢にいつまでも囚われるのではなく、厳しい現実しか待っていないこの世界で彼女らしく生きていこうとしたーーその姿勢を、朱詩は心のどこかで好ましく思っていた。
そして彼女が、この世界が自分の住まう世界ではないと知った後に、自分が知らず知らずのうちにこの世界を引っかき回した事を酷く後悔していた事も知っていた。
だが、なんと言って言葉をかけてやれば良かったのか。
やってしまった事はもう取り返しが付かない。
例え本神に悪気があったわけではなくても、知らないでやった結果だとしても、「間違えました」で済む筈が無い。
それに、朱詩は彼女が自分の良く知るカジュではない事に気づいた後、過激派達にそれが知られない様に動くのが精一杯だった。
お前は悪くないーー
たった一神、別の世界に飛ばされ、本来なら恐怖と混乱に苛まれる筈の存在が表面的には意外にも逞しく元気だった事もあった。
それに、朱詩がやる事は結局、彼女が無事に向こうの世界に帰る為の手助けであり、向こうの世界に飛んでしまったこちらのカジュを取り戻す為には必要なものだった。
朱詩に出来る事は、果竪が戻った後に、彼女がやらかした事の後始末と影響の抹消をする事ぐらいである。
本当はそれが一番大変だが、朱詩は果竪にもそれを伝えずに行なうつもりだった。
そして、彼女があのまま【徒花園】で静かに暮らしてくれていれば……あの騒ぎでもただ守られていてくれれば、罪神の身柄の要求なんて言い出さなければ、たとえ時間がかかっても朱詩の思うとおりに事は進んでいたはずだ。
「全て今更だよ。今回の事で……今回の【徒花園】襲撃事件でのお前の動き、そして罪神の身柄を要求した時の様子から、勘の良い者達の中には勘付いた者達も出て来ている。ボク達の派閥、そして帝妃派にも。馬鹿だよ、そのまま何もしなければ疑惑で済ませられたものを」
「そこは朱詩に同意するわ。全員じゃない。でも、強い疑惑を抱いていた者達は気づき、微かな疑惑に留めていた者達はそれを強くした。疑惑を持っていなかった者達も疑惑を持ち始めているわ」
「だろうねーーでも、決定的じゃないよ。だって、私はある日突然強くなったんじゃないもの」
自分の胸に手を当て、そう告げる果竪に茨戯は楽しそうに笑った。
「畑仕事で体力作りをし、ある程度体力がついてきた所で武芸を学び始めた。でしょう?武芸の師である筆頭書記官様」
「ボクは師と呼ばれる事はあまりしてないよ」
「最初から実戦形式でしたしね。でも、【徒花園】に移ってから、畑仕事の合間に武芸の講師達が訪問してくれたのは、筆頭書記官様の命によるものですよね?」
「……」
「教えてくれたのは基礎的な事が殆どで、主に護身術が多かったけれどーーでも、私は何も無い、何もしてない所からいきなり戦えるようになったわけじゃない」
果竪の言葉はいささか強引ではあるが、それでもそれを否定する事は難しいだろう。そしてその件は、明睡達も知る所である。
毎日基礎的な習練を欠かさず、武芸の書を読みあさり、自主練もこなしている。もちろん、それらは護身術ばかりではあるがーー動ける体が出来ているのとそうでないのとでは明らかに差がある。
動ける体であれば、護身術以外の武術を教え込んでも体得するのは難しくは無い。
「もちろん、武芸以外の事もそう。毎日毎日、常に学んできた。確かに、この体の持ち主はいくらやっても駄目だったかもしれない。でも、ある時急に能力が伸びる事だってある。そう言われれば、否定出来ないよね?」
果竪の言葉に、朱詩も茨戯も否定しなかった。現に、そういった者達を彼らは知っているからだ。
「まあ、だからといって、最初の頃の様に周囲を全く気にせずがむしゃらにーーって事はしないよ。私だって、この世界を不用意にかきまわしたくないし、この体の持ち主を大変な目になんて遭わせたくないもの」
「そう、なら大根畑」
「それは別として」
果竪はジェスチャー混じりに、「それは横に置いといて」と言う。
「ねぇ、冷静に考えてよ。大根のだの字もなかった子が、元の世界に戻ってきた時にそこら中が大根畑になっていて、しかもそれをお前がやったとか言われたら発狂もんだろう?」
「世界の平和の為には大根は必要だわ」
「勝手にこの世界を引っかき回さないでよ。お前の影響力を抹消する中で一番やりにくいんだよ、大根関係が」
「例え私が消えても大根は消えず」
「良いからお前がむやみやたら考え無しに開墾しまくった大根畑を潰せって言ってんだよ!!」
「考え無しなんかじゃない!!完璧な黄金比率の計算式の下に造りあげた完璧な大根畑!もしもの時の為にあらゆる術の陣形態に対応出来る様に開墾したこの私の、技術と努力、血と汗と涙の結晶を馬鹿にしないで!!」
「お前、陛下のおわす所に何勝手に陣を形成してんだよ!!」
「ふっ、一見して大根畑にしか見えず、上空から見ても麗しの大根達のセクシーダイナマイツボディーに目が眩んで濁り、そこに隠されている私の超高等過ぎる多重形成陣に気づく事など、どんな術師にだって難しいわ」
果竪は高らかと宣言した。
「ああ、目が腐るもんな」
「濁るもんね」
「大根の前に濁る目なんてないよ!!」
え?何この理不尽。
そもそもお前が言ったんだろ。
朱詩と茨戯は、果竪を何とも言えない目で見つめた。
「というか、あまりの馬鹿馬鹿しさに現実を直視したくなくて現実逃避するから、その陣に気づく暇が無いだけだよね」
「朱詩の言う通りだわ」
「違う!!あまりの大根のエロティックなセクシーさに恥ずかしくて思春期まっただ中の青少年の様に直視出来ないだけだよ!」
「果竪、向こうの世界ではどうか知らないけど、今の思春期の青少年はそこまで純情じゃないわ」
「結構きわどすぎる大神顔負けのもん読んでるよ。あと、大根のエロティックって」
「大根を変な目で見ないで!!」
クワッと目を見開き、ある筈のない牙をむきだしにして威嚇する果竪に朱詩は思った。
なんて理不尽なんだ、こいつ。
「その白い体の様に心清らかでピュアな大根にハレンチな妄想を抱くなんて最低だよ!まあ、恋もまだな少年達の心と体にグッと来るぐらいの大根の艶めかしさと色香は素晴らしいけれど」
「お前、実は大根をどうしたいんだよ」
朱詩は聞いた。
自分の納得する様な答えが出てくるとは思ってはいなかったが、これだけは聞きたかった。
「私が何かしようとせずとも、大根は世界を制するわ」
だから、この世界にも大根を満遍なく普及させますーーそう宣言する果竪に、朱詩は決意した。
もう分かりきっていた事だけど、絶対にこいつを叩き返そう、どんな手段を用いても。
カジュが戻ってきた時に「変態」という称号が付く前に。いや、この世界の為にも。
そして同時に、向こうの世界を哀れんだ。きっと、もう向こうの世界は取り替えの付かない状態になっているのだろう。
数多の無辜の者達が大根に毒され、その思想を穢され洗脳され、恐ろしい世界に成り果てているに違いない。
だがーー
「向こうの世界だと、向こうの朱詩達が全力で止めにかかるんだよね。だからこっちの世界の方が実は凄くやりやすくて」
「とっとと帰れ!!」
グッジョブ、向こうの世界のボク達ーー
思わず褒め称えた朱詩だが、同時にこの世界ばかり好き勝手にされている事実に怒声を上げた。茨戯は眩暈を覚えているのか、両手で顔を覆っていた。
「帰るよ。大根を世界中に普及したら。そもそもこの世界の大根普及率が低すぎるのが腹立たしいです。だから私、思ったの。きっと、この世界に大根を普及させる為にこの世界の大根達が私を召喚したんだって!!」
「やめろ!!この世界の大根を絶滅させたいとボクが思う前にその思想を捨てろ!!」
「大根を絶滅!あの愛する艶めかしい素晴らしい大根を?!はっ、そう言いながら実は大根を一神占めしたい独占欲」
なんだろう?この今まで生きてきた中で一番侮辱された様な気がするのは。
いやいや、今までの神生を考えれば、この程度の事など蚊にさされた程度のーー。
「仕方ないな、今度小梅ちゃん似の大根を贈ってあげるから」
「土下座して謝れ!!」
自分を侮辱するばかりか、小梅まで侮辱したこの女!!
朱詩は果竪に飛びかかり、マウントポジションをかけた戦いが勃発する。いや、実際は謝罪をかけた戦いなのだが。
「なんで小梅ちゃん似の大根で怒るのよ!!はっ?!もしや自分似じゃないと許せないとか?!どこまで自分大好きなのよっ」
「ボクは自分が一番嫌いだ!!自分の顔も体も大嫌いだっ!!」
「なら小梅ちゃん似の寸胴大根」
「小梅のどこが寸胴だ!!」
「そうだね、向こうの小梅ちゃんで考えてた」
「向こうの小梅も寸胴はないだろ!!」
茨戯はオロオロとその戦いを見守った。
誇り高い【海影】の長でありながら、その激しすぎる戦いに手出しが出来なかった。むしろ、手を出した時点で何かが、自分の中の大切な何かが終わる気がした。
「小梅ちゃんは筆頭書記官様似の大根を受け取ってくれたのに」
「は?!」
そう、小梅にそれをプレゼントした時
「………………………………ありがとう」
「って、大根を見つめて言ってくれたんだよ!!凄く喜んでくれたのにっ」
「それ絶対に喜んでない!!というか、お前はどれだけ小梅に心労をかければ気が済むんだよ!!」
「何よ!筆頭書記官様みたいに、とても神様には言えない様なイヤンな方面での心労なんてかけてないもんっ」
いや、神様に言えない方面では一緒だろう。むしろ、受け取った後にそれをどうしたのかが激しく気になる。
「はっ!でも、それも全部燃えただろうね、【徒花園】襲撃事件でっ」
「大丈夫、危機的状況になったら自動逃走機能が発動する様になってるから」
「おい!贈られた相手を捨てて逃げてんじゃないよ!!しかもボク似の癖して小梅見捨てて逃げるってボクに対する侮辱かよっ」
「いやいや、ちゃんと小梅ちゃんを守る様にプログラムもしてるから」
その時、朱詩はハッとした。
小梅をがれきの中から助け出した時に、ハラリと小梅の手から落ちたあの緑色の大根の葉っぱはもしかしてーー。
朱詩は片手で顔を覆った。
「ボクは、ボクは感動なんてしてないからね!!」
「ツンデレ」
「五月蠅い!!」
何がツンデレだ。
だが、大根の男気に思わず感動してしまった朱詩は、ぼそりと呟いた茨戯を真っ赤な顔で怒鳴りつけた。
「と、とにかく、小梅はボクが守るんだから、余計な事はするなっ」
「守れてなかったじゃん」
「っ……」
「やってる事が小学生だよ」
と言う果竪は、きっとこう絶妙なニュアンスを伝えたかったのだろう。こう、好きな相手に上手く好意を伝えられず、逆に苛めて気を惹こうとしてしまうという、あれだ。
だが、茨戯からすれば
「え?アタシそんなおませを通り越した小学生なんて嫌なんですけど」
朱詩のやってる事は、どう考えても大神のそれだ。艶とエロティックなそれだ。そんな事を小学生がしたら、世間を揺るがす大騒動である。
はっきりと言葉を口にするが、上手く伝わらない事もあるーーそんな実例の一つだった。
「まあとにかくーー」
朱詩の攻撃をかわして距離を取った果竪は、ゆっくりと立ち上がりながら口を開いた。
「もう筆頭書記官様達は共犯ですからね」
「……この、クソガキ」
「クソガキ結構!そもそも、今回の件を引き起こしたのは」
果竪は手を伸ばし、朱詩の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「自分達の【徒花園】の住神達への扱いだって、分かってるんだよね?」
「ーーは?」
「分かってるんだよね?この小学生以下」
「誰が小学生以下だっ」
「もちろん、今回の件の原因となる扱いをしていた神達全員ですよ~~」
果竪はからからと笑ったが、その目は全く笑っていなかった。
「それとも、単なる遊びなんだから口出しす」
「朱詩!!」
朱詩が果竪を後ろの壁に叩付ける様に押しつけた行為に、茨戯が声を上げる。だが、朱詩から立ち上る怒りに、そのまま拳が振り下ろされなかった方が不思議でならなかった。
「ーー前に言ったよね?その神の触れられたくない琴線に触れるなって。ズカズカテリトリーに入るなって。言ったよな?」
「聞いてるよ。その上で敢えて言ってんだもん」
「神様のテリトリーにずかずか立ち入ってーー殺されても文句は言えないよね?それとも、その体は自分のじゃないからって余裕こいてる?お前の魂を消滅させて向こうからカジュを呼び寄せる方法が無いわけじゃないんだよ?」
「朱詩やめなさい」
「黙れ茨戯。ねぇ?果竪?向こうの世界の朱詩は言わなかった?それとも、そういうのを言うのを諦めるぐらいお前の出来が悪かったのかな?ああ、そうだよね?毎回毎回反省もせずにこっちの触れられたくない部分にズカズカと土足で踏み入る馬鹿は」
果竪を押さえつけていた朱詩の手が、果竪によって払われたーーいとも簡単に。
「馬鹿で結構。小梅ちゃんに酷い事ばかりしている神の馬鹿さ加減に比べれば私の方がまだマシ」
「ーー黙れ」
「黙らない。そもそも、小梅ちゃん達への扱い方が、小梅ちゃん達が【男娼や娼妓】って言われる扱いをされていると聞いた時点で、私の中に渦巻いたものなん て言わなくても分かるよね?馬鹿にしてるの?小梅ちゃん達を馬鹿にしてるの?だよね、そうじゃなきゃそんな風に言われる様な扱いなんてしないよね!!」
「黙れ!!」
「遊びでしょ?!遊びだもんね!!だから、自分さえ良ければ後はどうでも良くて、小梅ちゃん達が周りからどう言われるかなんて全くどうでも良い!何と言われようが自分達が愉しめれば良いんだものっ!!」
「黙れぇぇっ!!」
朱詩は果竪に飛びかかった。
だが、果竪は直線的な朱詩を逆に押さえ込んでしまった。その動きの見事さに、反射的に動こうとした茨戯は動きを止めた。
「耳に痛い事を言われればそうやって力ずくで黙らせようとする。小梅ちゃん達に対してだってそうなんでしょう?自分達の思い通りにならないから、そうやって」
「お前に何が分かる」
「ん?朱詩達が小梅ちゃん達を自分達の性欲発散の道具にして」
「違う!!」
鼓膜が破れるような怒声に、果竪は空いていた片手で直撃を受けかけた方の耳を塞いだ。
「お前に、お前にっ」
「だって誰が見てもそうじゃない。誰が見たって、ただの」
「お前は自分が特別に思っている相手が突然血まみれになっているのを見た事があるのか?」
朱詩が暴れるのを止めて、果竪を見つめる。
「お前は大事な奴が死んで、必死に自分を奮い立たせようとしている時に、大切な奴が血まみれになって……しかも、それが後にとんでもない禁術の代償としての行為で、その後も自殺を繰り返そうとするのを見て、死にたい、殺してと言い続けられてーーまともで居られるのか?」
茨戯がハッとして口を手で覆う。
「お前に、何が分かる……煉国をどうにかする為に、小梅が命の危機に瀕している状態のまま置いて行かなきゃならなかったボクの気持ちが……ようやく帰ってくれば、小梅に死なせて、殺してと泣かれたボクの気持ちが……何度止めても、説得しようとしても振り払われて」
本当は朱詩だって私が死ねば良かったと思ってるんでしょう!!
「どんな思いで、ボクが、自分を押し殺して、煉国の件を処理したと……」
「朱詩、もういいから」
「よくない!!なら、どうすれば良かったのさ!!死にたい、死にたい、殺してと叫ぶ小梅を死なせてやれば良かったの?!ボクの手で殺せば良かったの?!そうしたら小梅の望みは叶うよね?!小梅は死にたがってたんだもんっ!!禁術を、死んだカジュを自分の命と引き替えに蘇らせようとしていたんだからっ!!」
朱詩はいつの間にかその美しい瞳から涙を流していた。ボロボロと、しゃくり上げながら吠えるように口を開く。
「小梅の事を思う?そうしたら死んじゃうじゃないか!死なせれば良かったの?!生きていて欲しいと思うのは罪なの?!そうだよ、生きていて欲しかった!例え小梅に憎まれても……だって、もうボクには小梅しか居なかった!!」
友神達も仲間達も居る。
忠誠を誓う主も居た。
失ったのは、カジュだけだった。
あの大規模な襲撃を思えば、それは奇跡の様な被害の少なさだろう。
だが、例えたった一神しか出なかった犠牲者でも
「ボクにとって、カジュはかけがえのない存在だったんだ!!犠牲者が一神だけで良かったね、なんて言えるわけがない!!」
民達は王と上層部の手腕を褒め称えた。
犠牲者の少なさを喜んだ。
だって、民には犠牲者なんて出なかった。
カジュを除いては。
「何が、上層部だ。何が、炎水界最強の上層部だよーー」
ずっとずっと後悔していた。
カジュは大丈夫だと、どこかで安心していた。
危険な場所に近づけさせなかったから大丈夫。
自分を助け身代りに死ぬ筈だった小梅よりもよっぽど安全で、生き延びて当然の所に居た筈だった。
なのに、死んだ
危うく小梅を失いかけて、それでも何とか生き延びて、でも小梅の両足は失われてーー
生きているだけ良いじゃないか
違う
本当は両足を失わせる事なく、無事に助け出したかった
自分の無力さを呪った。
でも、小梅にはそんな事は言えなかった。
仲間達にだって言えなかった。
カジュにだけ言おう
何故か、カジュには自分の弱さをさらけ出す事が出来た。みっともない自分を見せても良いと思った。
なのに、カジュは死んでいた
どうしてーー
もう二度と、自分の弱さなんてさらけ出せなくても良い。みっともない自分を見せられなくても良い。
我慢するから。
だから、だからーー。
そうやって嘆き悲しみ、けれど取り戻せない現実に打ちのめされて。
それでも、煉国への復讐を糧に立ち上がり、歩き出した。
まだ敵は残っている。
その敵を倒すまで、朱詩は立ち止まっている事は出来なかった。
あの国の暴挙のせいで、朱詩はカジュの死に立ち会えなかった。立ち会えていれば、何かが変わったかもしれない。もし変わらなくても、一神で逝かせたりはしなかった。
そして、あの国のせいで、小梅は両足を失った。彼女はその後の長い神生を両足を失ったまま生きて行かなければならない。
あの国が馬鹿な事をしなければ、少なくともその時点で小梅が両足を失う事は無かった。
もちろん、未来は誰にも分からない。
煉国が馬鹿な事をしなくても、違う何かで小梅が傷つき両足を失ったかもしれない。
だが、そんな分からない未来を予想するよりも、今ーー今、この理不尽な現実を朱詩は呪った。
許さない、許さない、許さないーー
しかも、その国が凪国を襲ったのは、自分を手に入れる為。
いや、正確には朱詩を筆頭に美しい男の娘と呼ばれる者達を手に入れる為だ。
煉国の【後宮】に数多の男の娘達が寵姫として拉致監禁され、地獄の様な境遇に置かれ恐ろしい仕打ちの数々を受けていると知った時、あの国らしいと思った。
だが、あの国らしかろうが、それはれっきとした犯罪だ。
王だろうと次期王だろうと、上層部だろうと許されない。
国を、世界を支える一柱だとしてもだ。
どの国も煉国の滅亡を願った。
いや、正確には愚王とその息子、上層部の抹殺を称賛した。
彼らには違う道もあった。
選ぶ事が出来た。
だが、それらを捨てて現在を選んだのは彼ら自身だ。
朱詩は狂喜した。
一切の手心を加える事なく、凪国にした仕打ちに関わった者達を、煉国の腐敗に関わった者達の断罪権を得た自分の幸運に感謝した
仕事にのめり込まなければやっていられなかった。
せめて、小梅だけはこれ以上苦しむ事なく安全な場所で生活して欲しかった。今は自分もあまり傍には行けないが、煉国の件が終わればすぐに傍に行きたかった。
仲間達が居る。
親友達が居る。
忠誠を誓う主も居る。
それでも、朱詩の中でカジュと小梅が別枠だった。
仲間達も、特に仲の良い親友達も大切だ。忠誠を誓う主だってそうだ。
だが、それとは別に大事だった二神。
片方だけでも生き延びてくれた。
しかし、朱詩は恐ろしい事実にも気づいてた。
下手すれば、小梅も失っていた事に。
小梅が助かったのは、それこそ誰が見ても奇跡だった。
そしてその奇跡は、それこそほんの偶然によって起きたものだ。
何か一つ違っていれば、小梅は溶岩流の中に溶けて消えていただろう。
その事実が何度も朱詩の中に木霊し、恐怖した。
カジュを喪い、この先小梅まで失ったら朱詩はとてもじゃないが生きてはいけない。この時、朱詩の中にはまだ小梅を強引に自分の物にまでしようとは思っては居なかった。
「ボクだって考えたさ。どうすれば、小梅の心が少しでも安らぐかーーいっその事、このカジュの思い出が詰まった【皇宮】から外に連れ出し、どこか遠くの地で生活させるのも良いかもしれないとまでっ」
だが、それは出来なかった。
煉国は滅んだがその残党達の影が見え隠れした。本国から逃げ延びた者達、また他国に潜伏していた者達。煉国は単なる小国ではない。腐っても中規模程度の国で、それなりの影響力がある。短時間で潰さなければ、こちらの足元が危なくなる。
また、幾つかの気になる情報が上がっていた。
それは、近々幾つの国々の辺境の村を襲って、大規模な男の娘狩りをする計画が持ち上がり、その決行日まで日にちが無い事。
そして、現在囚われている寵姫達の足枷となっている神質達の処分が検討されている事だ。神質達を食わせる税金を惜しみ、最近成果を上げ始めた式神で神質達の姿を写し取り、神質達の代わりをさせて本物達は処分するーーそれがかなり現実味を帯びてきていた。
このままでは、近々神質達は処分される。そうなれば、寵姫達は助け出されてもすぐに後を追うだろう。
だから、取りこぼしを覚悟し、それらが新たな災いの芽となる事を承知で煉国を短気で潰した。
その災いの芽が出向いただけだーーそう言われればそうだろう。その芽は、他の凪国に協力する国々潰すのに協力してくれた。だが、それでも逃れ続ける者達は居り、反撃の機会を伺い利用出来る物を探しーー奴等は小梅に目を付けた。
両足を失い戦えないどころか、一神での生活すら神の手を借りなければならなくなった小梅は、国が滅んでも朱詩達を手に入れようと狙う者達にとっては、格好の的だった。
小梅を狙う者達が入り込もうとするのを、何度朱詩は阻止しただろうか。
茨戯だって、他の者達だって協力した。
それでも、奴等は手を変え品を変え、いつの間にか新たな奴隷商神達やそれに協力する盗賊達の力も借りて、その触手を伸ばしてきた。
「煉国の残党達だけじゃないっ!奴等だってそうだっ」
凪国国内にだって、朱詩を狙う者達が居た。そいつらは朱詩の傍に居る小梅を狙い始めた。だが、一番厄介だったのが、ある馬鹿貴族だった。そこそこに有力 で勢力のあるそいつは傲慢を具現化した様な男だった。上手く使えば利用価値が高いと放置し、下手な暴走を引き起こさない様に監視や制御もしていた。だが、 そいつは事もあろうに隣の領地の領主夫神に懸想し強引な手段で奪おうとした。それに気づいた領主だが、領地の勢力は向こうが上。しかも、王都からは遠く離 れており、とてもじゃないが国王に訴え出ようにもその前に奥方を連れ攫われる。
領民の命を盾に取られ、泣く泣くその奥方が貴族の妾として召し抱えられようとした時。
「死にさらせぇこの女の敵がぁっ!!」
貴族は、小梅の重たい一撃を腹に受ける事となった。
「小梅、良いですか?顔を狙うと後々面倒ですので、やるなら腹を狙うのです。そもそも、腹部に内臓というものは集中していますし、全力で打ち込めば女性でも一泡吹かせる事が出来ますもの」
「っていう、明燐のせいで小梅はその貴族から恨まれて」
そうか、よく朱詩が言う「死にさらせ」発言は小梅から来てるのか。
果竪ははっきりと確信した。
「いやでも、その後馬乗りになって貴族の顔を往復ビンタしまくったわよね、小梅」
「トドメも忘れない小梅は完璧だからねっ」
泣いた子がもう笑ったーーじゃないけれど、朱詩はどこか嬉しそうだった。シリアスがシリアルになった。
「そしてきっちりと、もう二度とその女性に手を出しませんっていう証文まで書かせて、それを高々と陛下に献上したわよね」
「それは恨みも買いますね」
「そうだよ!それで、そいつは小梅が両足を失って弱っているのをこれ幸いと、小梅を狙い始めたんだよっ!しかも、自分の所からも【後宮】に妃を送り込んでいて、その女を使っても嫌がらせを始めた。自分に恥をかかせた女には生きる価値もないってね!」
しかも、同じ様に美男美女、美少年美少女を手込めにしようとしたり、神妻を強引に自分の妾にしようとして小梅に殴り飛ばされた貴族達と結託したのだ。
幾神かは、小梅に多大なる恩を受けたーーその奥方を妾としてとられかけた領主の様な者達が抑えてくれたが、全てを押さえつける事は出来なかった。
【後宮】の方は明燐が抑えてくれたけれど、その時を見計らった様に【後宮内】でいくつかの事件が起き、その犯神とされかけた下位の妾妃達を守る為に、やはり押さえつける力は分散してしまった。
せめて小梅が協力してくれれば良かったが、小梅は朱詩の言う事も、他の者達の言葉も聞き入れなかった。
いや、聞き入れたとしても、自分を殺してくれる相手ならば喜んで受け入れただろう。
「その内、呪いにまで手を出しやがった馬鹿達が居た」
「神力使用制限中だったんだよね?」
「そうさ。けれど、何も呪いは神だけのものじゃない。人の世界にも呪いはある。神に比べて力無き存在と言われる人だって、それなりの手順を踏めば呪いは完 成する。それを利用したんだよーーそしてそれは、小梅の死にたいと言う思いに反応した。死にたいと思えば思う程、呪いは小梅をがんじがらめにする。 ねぇ?」
朱詩は果竪に問いかけた。
「ボクは小梅の言う通りにすれば良かったの?死にたいと言うのなら死なせてやれば良かったの?成功する可能性の低いーーいや、例え成功しても、生き返ったカジュが一生苦しむよう禁術が行なわれるのを見過ごせば良かったの?」
朱詩の瞳から、また涙が零れ始める。
「それとも、ボクが殺してやるべきだったの?それとも、溶岩流に飲み込まれて死んでいた方が小梅は幸せだったの?生きていて欲しい、生きていてくれて良かった、これからもずっと一緒に生きて欲しいと願うボク達の、ボクの気持ちは罪なの?」
そんな女、死んでいれば良かったのに!!
小梅の死を願う者達の嘲笑が脳裏に蘇る。
「ーーでも、残念」
朱詩はケラケラと笑った。泣きながら笑った。
「例え、誰もが小梅の死を望んでも、小梅自身が死を望んでも、ボクは絶対に死なせたりはしない。そうさ、誰に憎まれても、世界を敵に回しても、小梅自身を苦しませてもボクは何度だって同じ事をしたさ!!」
説得も聞き入れて貰えない。
完全に自分の殻に閉じこもってしまった小梅には、誰の言葉も届かない。
死を願う小梅は、いつか彼女にかけられた呪いによって息絶える。
そればかりか、その呪いに囚われて一生、転生する事も出来ずに苦しむのだ。
朱詩達から引き離した所で、もう呪いは止まらない。
萩波の力で呪いの進行を食い止めても、それを上回る小梅の思いが呪いに力を与えてしまっている。
どこかで死にたいという気持ちを断ち切る必要があった。
いや、断ち切れなくても抑える必要があった。
打つ手の無くなった朱詩は、最も最悪な方法をとることにしたのだ。
許されない、最悪の方法を。
同時に、自分が夢見ていた存在を生み出す為に。
「だいたい予想はついていたわ」
朱詩が小梅を強引に自分の物にした時、彼に近しい者達は嫌という程朱詩の気持ちを分かってしまった。年頃の少年らしく、彼もまた好きな相手と恋愛し、そしていつか結婚して幸せな家庭を持つ事を夢見ていた。
穢れきった自分達には、あり得ない未来。
それでも、萩波によってその未来を夢見る事が許された。
朱詩が小梅を思う様に、小梅もまた朱詩を憎からず思っていたのは見ていても分かった。互いに意地っ張りで子供っぽくて、ちょっとした事で喧嘩してばかりだったが、それでもいつか彼らは夫婦になるのだろうと思っていた。
そして、子供も出来たりなんかしてーー
こんな風に、最悪な形でなんて想像もしていなかった。
ただ、幸か不幸か子供は出来なかった。
だから、朱詩は葵花の存在を神質として利用した。
そしてその頃には、小梅は自分の身に起きた信じられない出来事にショックを受け、少しはこちらの話を聞き入れるようになっていた。
本当であれば、その時に改めて死なないように説得すれば良かったのだろう。
「それをしなかったのはね、ボクの心の中に、小梅を許せないと言う気持ちがあったからだよ。ボク達の全てを心から閉め出し、死にたいと繰り返す小梅にボクは悲しみと、それ以上の憎悪を覚えた」
何度か殺してやろうかとすら思った。
だが、それが出来ていれば苦労していない。いや、そもそもこんなに苦しんでなどいない。
「それにどうやったって、結局ボクは小梅を殺す事は出来ない。かといって、小梅を許せない気持ちを消し去る事も出来なかった。そして、更にもう一神の自分が囁くんだ。これはチャンスだって」
子供さえ出来てしまえば、小梅も大神しくなる。それに、子供を盾に取れば彼女も朱詩を受け入れざるを得ないだろう。例え、憎まれていても、小梅が妻となるしか方法が無くなるのであればーー。
「そうさ、ボクは卑怯者だよ。結局、小梅を助けたいと、助ける為にした事だと良いながら、それをチャンスだと思い利用し、そして違う道も示せた筈なのに、自分の中の蟠りに拘ってそれをフイにした」
朱詩はがっくりと項垂れた。もう、果竪に掴みかかる気力すら無いようだった。
「……ボクだけじゃない。多かれ少なかれ、ううん、【徒花園】の住神にそういう事を強いた奴等は、みんなそうやって相手の命をこの世に繋ぎ止める手段とし てそれを用いた。でも、心の中でみんな蟠りを持っていた。怒り、嘆き、憎悪した。そして、強引な関係を結び、いつしかそのままなし崩しにと思う気持ちが あったーーそう、卑怯者の集まりなんだよ」
違う道を選べた筈なのに、例え最初は無理でも、相手が聞き入れてくれるその隙が出来たのを見つけても無視し、自分の欲望を優先した。
「果竪、お前の言う通りだよ。ボク達は、ボクは小梅の為と言いながら、小梅を自分の思い通りにしようとした。小梅の意志も何もかも無視して、小梅を玩具の 様に扱った。馬鹿だよね、こんなボクなんだから、小梅が話を聞きたくないと思っても当然だーー分かってる。小梅を狙う奴等が片付いたら、もうボクは」
「うん、この世界も思い切りすれ違ってる」
「小梅に近づかーーは?」
果竪はしゃがみ込み頬杖をついたまま、床に座り込んだままの朱詩を見つめていた。
「まあでも、やり方はあれだけど、こっちの方が行動的ーーいや、勝ち組?」
「え、何?」
朱詩は困惑した。茨戯も訳が分からないといった様子だった。
「ま、強引に見えてヘタレな朱詩の事だから、きっと何か理由はあるんだろうなぁとは思ってたんだけど」
「え?もしかしてボク、侮辱されてる?」
「してないわ。ただ、強引に見えてヘタレな向こうの世界の朱詩とこっちの世界の朱詩も根っこの部分は同じだって思っただけです」
「……」
なんだろう?
いや、考えなくても嬉しくないと分かる。
「……ヘタレって」
「ヘタレです、思い切りヘタレです。ヘタレ過ぎて向こうの朱詩は好きな相手に好きだって伝えられなかったんだもの」
「……」
どこか悲しげに笑う果竪に、朱詩は口を開こうとしたが、結局は止めた。
「でも良かったよ。朱詩の口から真実を聞けて」
「は?」
「そんなに悔やむ事ないよ。そりゃあ、何も言わずに聞く耳を持つ小梅ちゃんを襲ったんなら話は別だけど、そうじゃないもの。それに、沢山考えて沢山悩んだ んでしょう?どうにかして小梅ちゃんを生かそうとしてさ。でもどうにもならなくてーーもちろん、それで小梅ちゃんに今までした事が許されるわけじゃないけ ど、でも、小梅ちゃんも罪深いしね」
「え?」
果竪はビシッと朱詩の前に指を突きつけた。
「自分の命を自分で殺すのは、とても罪深い事なんですってーー冥府の神々が言ってたもの。ま、彼らが言わなくてもそうではあるんだけど」
ただ、死ぬ事よりも生きる事が辛い事だって沢山ある。自殺を推奨するつもりはないが、境遇的に自殺を選んだのも仕方が無いと思う事例だって今までに沢山あった。
自殺を阻止する行為の方が酷いと言える様な事例だって。
「好きな神に死にたいって言われるのは辛いよね」
「……」
「自分の事を閉め出されたのが辛いって言ってたけどさ、本当はそこまでじゃないよね?閉め出されても、それで小梅ちゃんが生きようとしてくれるならそれで 良かったよね。でも、とんな言葉も受け付けてくれなくて、このままじゃ死んでしまうのは確実でーーもうどうしようもなくて混乱したよね」
「……」
「朱詩の憎悪はたぶん裏返しだと思うよ。混乱していても、どうにもならない。それなら少しでも前に進まないと。それが、一番変換しやすくて行動の原動力に なる物にーー憎悪に変わっただけ。愛情に変換するには悲しみが強すぎて上手く行かなかったんだよ。どちらかが悪いとは言い切れない。朱詩は一生懸命だっ た。もちろん、小梅ちゃんも小梅ちゃんなりの理由があって一生懸命だっただけ。でもさ」
果竪は朱詩の頬を両手で挟み込んだ。
「まだ生きてるよ」
「……」
「死んでない。だから、もう一度伝えてみようよ」
「……無理だよ。少なくともボクの言葉なんて聞き入れてくれない。いや、ボクには何か言う資格なんて無い」
「じゃあ一緒に言うよ」
「は?」
「駄目なら、他の神達にも協力して貰う。何度だって言う。死にたいって言われても絶対に死なせたりなんてしない」
果竪の決意に、朱詩は泣きながら笑った。
「はは……馬鹿じゃない?そんな事したって」
「無駄かどうかは後で決める。それに、聞き入れてくれそうな隙が出来た事もあるなら、次だってあるよ。ほら、一度ある事は二度ある。二度ある事は三度ある」
「……」
「それにさ」
果竪は自分が疑問に思っていた事を口にした。
「小梅ちゃんはなんでそんなに死にたがったんだろうね?」
「は?お前ボクの話を聞いてた?小梅はカジュを生き返らせたくて」
「『本当は朱詩だって私が死ねば良かったと思ってるんでしょう』って言葉が気になるの」
「……」
朱詩は果竪を見つめた。
「朱詩がそこまで必死になって死なないように言っているのに、『本当は』うんぬん、しかも絶対にそうに決まっているみたいに言うなんてさ」
「それは、小梅が売り言葉に買い言葉で」
「果たしてそうかな?」
「……何が言いたいの?」
「うん?ただ、神の噂は恐いって話」
果竪はにっこりと笑った。
「ーー煉国の残党達や、小梅を殺そうとしていた奴等の言葉は小梅には入らないようにして」
「それ以外は?」
「え?」
「本当に恐いのはね、善神の仮面を被った事なかれ主義の神達なんだよ」
果竪の言葉に、茨戯が顔から表情を消す。朱詩の瞳が見開かれていく。
「混乱期が一番可能性が高いかもねーーただ、それも今更ではあるわ。今更、そこで何が言われたかが分かっても、一度放たれた言葉は取り返しが付かない。も う、小梅ちゃんはそれをしっかりと刻み込んでしまってる。ただ、それが根拠の無い噂である事を示し、真実を見せる事は可能だよ」
「……それこそ、今更じゃん」
どうせ、どうせ、どうせーーそう口にする朱詩に、果竪はバンッと床を叩いた。
「朱詩は小梅ちゃんをどうしたいの!!」
「っ?!」
「それとも、小梅ちゃんの言ったとおり死んでうんぬん思ってるの?!違うでしょう!!散々生きて欲しかったって言ってたんだもんね!!」
「そ、それは」
「今はどうなのっ」
「もちろん生きて欲しいよ!!生きて幸せになって欲しいっ」
「なら、無駄だとかどうせとか言わないで言いなさい。聞き入れてくれなくても言いなさい!両手で耳を塞ごうとしたら私が押さえつけてあげるからっ」
「え、いや、それは実力行使」
「私は手段は問わないわ」
何だろう?
果竪が凄く遠くに行ってしまった様な気がするーーいや、元々こいつは遠い世界の存在だ。
「とにかく、ちんたらしてたら余計に噂は毒をまき散らすんだから、さっさと覚悟を決める!!」
「いやでも、ボクはもう小梅には」
「五月蠅い!!手を出したんなら最後まで責任とれ!!」
果竪の怒声に、朱詩は「はいっ!」と思わず頷いてしまった。茨戯は恐ろしさに口を開けないで居た。
「言っとくけど、小梅ちゃんには二度と近づきませんとかって、反省しているようで実は逃げているだけに取られるんだからねっ」
「っ?!」
「どうせ好感度最低値ならもうそれ以上は下がらない!それならとことん尽くして好感度を上げ直すべきだわ。それに、そもそも両足を失った小梅ちゃんが外に 出されても実質的に生活するのは並大抵じゃ済まない苦労があるわ。小梅ちゃんをあらゆる面でサポートするには、それなりの身分と地位、財力が必要となる」
果竪はビシリと朱詩に指を突きつけた。
「残念な事に、今の所朱詩が一番小梅ちゃんの財布として完璧な相手はいないわ」
「財布……」
「そうよ。小梅ちゃんの面倒を死ぬまで見るーーそれぐらいじゃなきゃ、絶対に小梅ちゃんへの仕打ちの償いになんてならないわ。だから、ウジウジしてないでシャキっとして!!」
とりあえず、小梅ちゃんにどうアプローチしていくかは今後考えようーーと、まずは【徒花園】の普及もあるのでそちらの仕事に戻る様にと果竪から解放された朱詩と茨戯は、二神並んで日の暮れた道を歩いていた。
「……慰められたのかな?ボク」
「……でしょうね」
厳しい事、キツイ事を言っているようで、あれは絶対に慰めていた。朱詩と茨戯は気づいていた。
「……本当に、お節介で空気の読めない奴」
「それでも、心が軽くなったんじゃない?」
茨戯はクスリと笑って隣を歩く朱詩を見た。
本当は、朱詩はずっと誰かに断罪をして貰いたがっていた。だが、それは事情を知る誰かではなく、初めて事情を知る第三者にだ。
事情を知る者達であれば、どうしたって朱詩に同情してしまう。
朱詩は責められたかった。
お前は間違っている、酷い奴だ、許されない事をしているのだと罵って欲しかった。
自分を自分で止めるには、もうスピードが付きすぎていた。
殺してでも止めてまれる相手を探していた。
だが、ようやく朱詩を断罪してくれた相手は、最後には朱詩を慰めてしまった。
「小梅は悪くない」
「そうね」
「悪いのは、ボクだけだ。ボクに力が無かったから……」
「そうね」
「小梅ならさ、どんな相手にだって好きになって貰える」
「そうねーーただ、両足を失った相手を一生世話し続けるのは、並大抵の覚悟じゃ無理よ」
どんなに愛し合っていても、それ以外の物が必要となってくる。相手にかかる負担だって相当のものだ。それこそ、朱詩ぐらいの身分と地位、稼ぎがなければ何不自由なくとはいかないだろう。
「そんな小梅に罵られながら世話をし続ける。それが貴方にはお似合いよって事よねーーふふ、とんだ罰だわ」
「小梅に顔も見たくないって言われたら終わりだけどね」
「それでも、どんな形でも償いは出来るわーーただ、願わくば傍で世話が出来ればと思うわね」
茨戯が謳うように言えば、朱詩は「そうだね」と小さな声で呟いた。
「ーーいつか、絶対にこの借りを返してやる」
「向こうの世界に無事に戻せば返せるんじゃない?」
「それだけじゃボクの気持ちが済まないよ」
朱詩はそう言うと、どこか晴れ晴れとした表情を浮かべた。