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第20話 断罪の場

【徒花園】の被害は大きかった。

 敷地内は【魔獣】達によって荒らされ、宮殿は爆発物で破壊され、火で焼け落ちた部分もある。無事な所もそのままでは使用出来ない。


 ただ、住神や仕えている者達は無事だった。

 避難場所に辿り着いた者達の傷は癒えていたし、避難場所にたどり着けずに怪我を負った者達も駆けつけた朱詩と茨戯の配下達によって治療を受けている。


 侵入者達は全員捕縛された。

 【魔獣】達も一匹残らず倒された。



 そしてーー更に一神。



「……!!」



 葵花が傷ついた喉のまま叫ぶ。

 それは決して声にならないが、彼女は必死になって叫んでいた。


「葵花、止めなさい」


 傷ついた喉は決して葵花の喉から声を生み出さない。けれど、空気の流れだけは生まれ続ける。そんな風に叫べば、喉に酷い負担がかかる。

 しかし、茨戯に止められても彼女は叫ぶのを止めなかった。


 大きく開かれた瞳から涙が溢れている。

 伸ばされた手が相手に向かう。


 けれど、茨戯に抱きしめられた葵花の手が届く事は無かった。



 一方、相手はただ静かにその時を待っていた。



 後ろ手に縛られ、首を押さえる様二本の槍が彼女の首の上で交差する。



 処刑を待つ罪神ーーいや、実際に彼女は罪神だった。


 葵花付きの侍女である彼女の手引きによって、【徒花園】は甚大な被害を受けたのだから。



「申し開きはしません」


 彼女はそう言うと、ただ静かにその時を待った。一方、こうも見事なまでに罪を認められてしまった事で、逆に裁く側は躊躇した。


 一番裁く側が知りたいのは、何故こんな事をしたのかだ。


 何故、皇帝陛下の信頼厚い駒の一神である彼女が、侵入者達を引き入れたのか。



 侵入者達は、【徒花園】を忌々しく思う一派の放った者達だった。元々予想は付けていたが、手がなく【徒花園】の外で手をこまねいて見ているしかなかった彼らは、転がり落ちてきた幸運に乗じて今回の襲撃を行なった。


 そう、今回の襲撃は運が良かったから。

 内から手引きしてくれる者が居たからこそ叶ったものだった。


 だからこそ、何故彼女が手引きをする事になったのか?


 彼女は葵花に誠心誠意仕えていた。

 それは誰の目から見ても同様で、むしろ主が危険な目に遭いかねない襲撃を何故手引きしたのか。


 葵花の事が嫌いだった?忌々しかった?憎んでいた?



 それでは、襲撃を受けて怪我を負った葵花の所に半狂乱になって駆けつけたりはしなかった筈だ。果竪と別れ駆けつけた掃除夫に身をやつした警備の青年が寸 前で間に合ったからこそ、死なずに済んだのだ。だが、無傷では済まず、駆けつけた彼女は傷ついた主の姿に気も狂わんばかりだったと言う。


 その姿に、捕縛を担当した者達も「まさか、そんな……」と信じられない気持ちだったというから、本当に彼女は心から主を心配していたのだろう。


 そして彼女は、捕縛される時も全く抵抗しなかったという。


 それどころか


「ーーご迷惑をおかけしました」


 全ての罪を認める様に、彼女は一礼して縄に付いた。



 ああ、どうしてーー



 裁きの間に引き出されても尚、彼女は何も言わなかった。言わなさすぎて、逆に遅れて駆けつけた今回の担当刑吏が一つの原因となる事実を持ってきたぐらいだ。



「貴方の弟さんですが、無事に保護されたそうですよ」

「……」



 年の離れた弟を神質に取られていたーー



 美貌で名の知られた弟は、この襲撃の後に襲撃を指示した一派の一神の愛玩物になる予定だったという。そして既にそちらに送られる途中だったと言うから、危なかった。

 だが、彼女は顔色一つ変えなかった。


「何故言わなかったのです。間に合ったから良かった物を」



 皇帝陛下の言葉に、彼女はようやく顔を上げた。


「わざわざお手を煩わせて申し訳ありません。ですが、皆様のお手を煩わせずに事は済むはずでした」

「……」


 彼女は無表情の顔に笑みを浮かべる。


「私と違って、生まれた時からその美しさが声高に叫ばれていました。そして年を経るごとに、弟に手を出そうとする者達は掃いて捨てる程沸き……いつか、こういう事が起きると予測していました。ですから、予め対策はしていました」


 対策ーー



 その言葉に、皇帝陛下は大きな溜息をついた。



「だから早く処刑をと言ったのですね」

「申し訳ありません」


 その言葉に、朱詩は忌々しげに舌打ちし、茨戯は溜息をついた。

 皇帝陛下の隣に立つ明睡は静かに葵花付きの侍女を見ている。


「ですが、既に今回の件で許されない事をした身です。例え理由がなんであれ処刑は免れません」

「だから、弟君の身を守る術の発火装置として、【貴方の命が喪われる事】にしたという事ですか」

「出過ぎた事ではありますが、いずれ来るかもしれない時を予想して、確実な方法を選択したまでです」


 そう言う彼女は、とても感情的に小梅付きの侍女に【徒花園】が【妓院】だと言い放った相手には見えなかった。


「つまり、今回の件は弟君を神質に取られ泣く泣く手引きをしたと」

「いえ、手引きをしたのは私自身の意志です」


 そう言い切った彼女に、その場が静まりかえった。


「貴方の、意志ですか」

「はい。ただし、私が望んだのは【徒花園】の破壊のみ。そこに住まう方達を傷付ける意志はありませんでした」

「【徒花園】の破壊、ですか」

「そうです。そう、敷地内も住まう宮殿も全てが徹底的に破壊されるのはもちろん、【徒花園】そのものの存在意義の破壊、それが私の望みでしたから」


 まるで後悔のないと言わんばかりの彼女に、朱詩が鋭い視線を向ける。


「どうしてそこまで【徒花園】を壊したかったのですか?」


 皇帝陛下ーー萩波がいつもの柔らかな口調で問いかければ、彼女はまた黙ってしまう。


「どうしても言いたくはありませんか?」

「どうぞ、処刑を。ただ願わくば、弟は巻き込まれただけですので、連座させないで頂けると幸いです」

「確か弟君は関係ないですね。しかし、貴方の主はどうでしょうか?」

「……」


 彼女の顔色が一瞬だけ変わった。


「【徒花園】を何故破壊しようとしたのか?それはもしかして貴方の主が貴方に命じて」

「私だけの意志です」

「その証拠がどこにありますか?」


 茨戯がハッとして萩波を見つめる。このままの流れでは、葵花まで処罰される可能性が出てくる。だが、茨戯には発言権は無い。


「陛下、どうか冷静になって下さいませ。葵花様は、こう言っては何ですが、とても平凡な方でございます。そして今自分に与えられた境遇をただただ享受し静 かに暮らしていくを幸せとしている方です。それに、声が出ないという障害を負われているあの方にとっては、【徒花園】が壊れる事で外で暮らさなければなら なくなる方が死活問題かと。外はそう甘い所ではありませんから」

「確かに一般的にはそうですね。ですが、そう思わせておいてーーという事も考えられますが」

「陛下の様な聡明な方とは思えないお言葉です」


 暗にお前の目は節穴だーーと言わんばかりの言葉に、その場が騒然となる。しかし、萩波は変わらなかった。


「さてさて、疑わしきはという言葉もありますし、一度ここは葵花にも話を聞いてみましょうか?ああ、葵花は言葉が出ませんから、どうやって聞いたら良いのか」

「陛下」


 彼女から抑えきれない必死さが周囲に伝わっていく。そんな中、葵花が茨戯の腕を振り払い、彼女の元へと駆け寄った。


「葵花!!」


 しかし、侍女に触れる前に葵花を阻むように槍が彼女の前に突きつけられる。


「罪神に近づかない様に」


 刑吏の一神にそう言われた葵花は、その槍を退かそうとする。だが、逆に槍を動かされてバランスを崩して尻餅をついた。


「葵花、こっちに来なさい」


 茨戯が葵花の手を取って引き寄せようとするが、それを葵花は激しく拒んだ。


「葵花!!」


「困りましたねーー」


 萩波は葵花の行動に苦笑しながら口を開いた。


「葵花は貴方を助けようとしているようですよ?」

「お優しいお方ですから」

「果たして優しさだけですかね?自分の罪が露呈しないようにしている」

「陛下!!」


 その甲高い叫び声に、その場が静まりかえった。

 罪神ーーいや、たとえ皇帝陛下の駒だとしても、そんな風に強い口調で皇帝を呼ぶ事は許されない。


「今回の事は私個神の暴挙です。主は関係ありません。それよりも、この様な大罪を犯した罪神をいつまで生かしておくのですか?今回多くの者達が巻き込まれたのです。即刻」

「それは私が決めます。いえ、正確には刑吏達が決める事でしょう。今は、真相を解明する為の追求の場です。むしろ私は説明責任を果たさずに死のうとする貴 方に腹が立ちます。確かに今回多くの者達が巻き込まれ怪我をし、恐ろしい目にあった。だからこそ、その者達の為にも真相を解明する必要があるのです」

「ですから、私は【徒花園】を破壊する為に」

「何故破壊するのですか?貴方も言ったはずです。【徒花園】は他の場所よりよほど警備が厳重です。それに、生活に必要な物は全て揃っています。そこに住まう者達はこれ以上ない程に衣食住が保たれているのですよ?当然、貴方の主もここに居る限り」


 萩波は柔らかな笑みと共に高らかと告げた。


「何も困る事も悩む事もなく幸せに過ごせるのですから」



 その時、彼女の目に宿った者を萩波は見逃さなかった。



「ああ、やはり貴方は葵花の為に【徒花園】を破壊しようとしたのですかーー」



「……何を、言われるのか」

「誤魔化しても遅いですよ」



 そう言うと、萩波はやれやれと溜息をつく。


「つまり今回の件が引き起こされた最大の要因は葵花にあるという事ですね、つまり、葵花の存在が此度の騒動を引き起こす諸悪の根源」

「違う!!」

「もう良いです。罰を与えましょう。貴方にも、そして貴方を制御しきれなかった主である葵花にも」


 茨戯の顔から血の気が引く。

 他の、この場に居た上層部の一部も騒然とした。


「違う、違う違う違う!!葵花様は関係ない!!」


 彼女は必死になって訴え続けた。


「葵花様は、こんな恐ろしい事なんて出来ない!だって、だってだってーー」




 本当にお優しい、お方なのだから。








 彼女が葵花に初めて出会ったのは、【徒花園】での事ーーそう言われているが、実際には違った。それよりもずっとずっと前……まだ葵花の喉が傷つく前に、彼女は出会ったのだ。


「大丈夫、もう恐くありません」



 美しいと、その美貌ゆえに権力者達から狙われる小さな弟を抱えて逃げ続けた彼女は常に傷だらけだった。それでも、幼い弟を守る為に彼女は必死だった。


 小さな美しい弟。

 彼を権力者に差し出せば、彼女は多くの大金と生活の安全を得られただろう。

 だが、そんな事は冗談では無かった。


 ロクでもない両親が小さな弟を売り飛ばそうとするのを阻止し、逃げ出してから彼女はずっと弟と二神で生きてきた。



 売り飛ばせば良い

 美しい疫病神ではないか


 そう言う者達も沢山居た



 しかし、一心に自分を慕う弟を見ていると、どうしてもそれが出来なかった。そもそも、そうするつもりなら、両親に逆らってまで弟を連れ出したりはしない。



 それでも、逃げ回る生活に疲れ、沢山の傷を負った体は遂に動けなくなった。

 このまま死ぬのかーー。


 自分が死ねば、弟はあっという間に連れ攫われるだろう。


 せめて誰か信頼おける相手に預けられればーー



 栄養も満足にとれない体はやせ細り、彼女は寂れた裏通りの隅でただ死を待つだけだった。そんな彼女に、手を差し伸べてくれたのが葵花だった。


 葵花は同行する者達からはぐれ、一神裏通りを彷徨っていた。そんな中で、葵花は彼女を見つけたのだ。


 そして葵花に見つけられた事で、彼女は一命を取り留め、更には信頼おける相手に一時的に弟と一緒に保護される事となった。

 その指示をしたのは、後の皇帝陛下である萩波だった。

 だが、そのきっかけを作ってくれたのは、自分を見つけてくれた葵花である。


 いつか、彼女に恩を返そうーー



 大戦の最中、そのいつかすら迎えられずに死ぬかもしれない可能性が高い中で、彼女はそれを胸に必死に生きてきた。



 そして大戦が終結し、新しい神々の世界が創造されてしばらく経過した頃ーー。



 彼女は、運良く凪国の民として生活し、ある時萩波にその才能を見いだされた。

 萩波は彼女を覚えてはいなかった。当たり前だ。あれは、本当につかの間の出来事であり、同じ様な境遇の者達は沢山居た。全てを覚えている事はいかに聡明な王であっても難しいだろう。

 しかし、彼女はそれで構わなかった。例え忘れられていようとも、彼女にとって王は尊敬し敬愛すべき至高の存在なのだから。


 そうして王の駒として働く彼女は、次第に能力を発揮していった。そして、遂に彼女は思いがけない幸運を手に入れたのだ。



 彼女がいつか恩を返したいと願い続けていた葵花。

 王が皇帝となってからも駒として働き続ける中で、彼女は葵花の身に何が起きたかを知った。そして自分が近づけない場所に居る事も知った。


 だが、運命は彼女を見捨てなかった。

 葵花付きの侍女である先任者の代わりに、彼女が選ばれたのだ。

 正に天にも昇る気持ちだった。

 そうして、引き継ぎも兼ねて出勤した彼女の前に葵花は現れた。



 彼女は、覚えていた。

 喉を切り裂かれて声を失いながら、指で字を書き彼女に告げたのだ。


 ま え に あ っ た こ と が あ り ま す よ ね 



 平凡な顔立ちをしたどこにでも居る様な存在だった。

 だが、その心は誰よりもーー。



 そうして、葵花付きの侍女として新しい生活が始まった。


「それは私がします」

「……」


 【徒花園】に居る者達は、どちらかと言うと平民出身が多い。

 貴族の子女の様に傅かれる事など恐れ多い。自分の事は自分でやらないと。


 葵花もそうだった。


 失敗しても、一生懸命に自分の事をやる様子は、例え昔の事が無かったとしても、彼女から見て好ましくあった。何でもかんでも手伝っては駄目だと周りから言われつつも、ついつい手を出しーー気づけば一緒に行なうようになっていった。


「……」


 主は意外にお喋りだった。

 オドオドとしつつも、時折嬉しそうに笑った顔はとても可愛らしく、自分を慕ってくれる葵花を彼女は愛しく思った。


 弟以外に初めて守りたいと思う存在だった。


 そうして彼女は、自分の持てる物を葵花に注いだ。

 出来るか出来ないかは二の次だった。

 ただ、彼女がいつか愛しい相手に嫁ぐその日に役立つように、少しでも周囲が葵花の凄さに恐れ戦く様に、惜しみなく注いでいったのだった。



 そんな彼女は、それから間もなく自分の無知さ加減を思い知らされる事となる。



 【徒花園】にまつわる噂だ。



「これは本当の事なのですか?!」



 【徒花園】は【上層部御用達の妓院】で、そこに入っている者達は【娼妓や男娼】であるーー



 彼女の問いに、先輩達は「二度とそんな事を言うな」と厳しく告げた。

 だが、否定はしてくれなかった。


 そんな彼女は、間もなく現実を知ることになる。



 葵花と仲の良い小梅という【徒花園】の住神。その少女の身に起きた事を、彼女は見てしまった。



 筆頭書記官にのし掛かられ、衣服をはぎ取られ。

 両足を失った痛ましい体にも関わらず、筆頭書記官が彼女にした仕打ちは獣のそれだった。


 止めようとした彼女を、小梅付きの侍女である先輩が止めた。


「どうしてっ!」


 結局、気絶させられて目を覚ました時には遅かった。それに、もうずっとずっと遅かったのだ。



 それとなく情報を得ていけば、その様な仕打ちをされているのは小梅だけでは無かった。そして、もうずっと前からそういう風にされていたのだ。



 ああ、あの噂は本当だったのだ。



 【徒花園は上層部御用達の妓院】で、そこの住神達は皆、【娼妓や男娼】。



 そこで彼女は気づいてしまった。



 つまり、自分が大事にしている主ーー葵花もまた、そうであるのだと。



 基本的に、住神を【徒花園】に入れた相手である上層部やそれに準ずる者達が彼らや彼女達を【娼妓や男娼】扱いする。

 小梅の場合は筆頭書記官がーーと言うように。


 彼女は調べた。


 そして知ってしまった。



 葵花を、【徒花園】に入れたのは【海影】の長。

 つまり、葵花に対してその様な仕打ちをするのはーー。



「葵花はされていませんよ」



 小梅付きの侍女である先輩が言った。

 けれど、それが何の慰みになるのか。


 だって、それは「まだーー」という程度の話ではないか。

 彼女は心の中で吐き捨てた。



 葵花はまだ男を知らない。

 けれど、今後もそうだとは限らない。


 今は知らなくても、そうーー



 これまで、そうやって知らなかったのに、ある日突然相手にそんな対象として求められた住神を彼女は知っていた。


 そうーー今はそうではなくても、いつかその日は絶対に来る。



 あどけなく笑う葵花にいつか降りかかる恐怖に、彼女は気が狂いそうだった。


 【海影】の長に直談判するかーー。

 だが、彼女にとって【海影】の長は直接言葉を交わす事さえ出来ない高位の存在だ。むしろ、そんな存在に主が求められた事を喜びこそすれ、拒むなどあり得ない事なのだ。例え、それが慰み物としてだろうと。


 今日は無事だった。

 でも、明日は分からない。


 葵花はまだ子供だった。

 けれど、一日一日ずつ大神になっていく。

 いや、肉体こそ子供でも、もう中身はーー。



 彼女は恐怖に苛まれた。



 いつか来るその日を思い、悩み続けた。



 一神、また一神。


 自分を【徒花園】に入れた相手に奪われる住神達を知る彼女は、葵花の未来を思い震えた。



 このまま此処に居れば葵花はいつか【海影】の長に奪われる。

 そう、こんな【徒花園】という場所があるから。

 【徒花園】から葵花を連れ出したい。


 しかし、【徒花園】の住神を外に連れだす事は実質的に無理だった。

 だが、【徒花園】が存在する限り、葵花はそこに囚われ続ける。



 なら、【徒花園】が無くなれば?



 閃く天啓が、実際に彼女の前に選択肢の一つとしてもたらされたのはそれから間もなくの事だった。





「つまり、葵花ちゃんが身近な将来【海影】の長様に食われるのを心配したその侍女さんがどうにかしてその未来を回避したかったけれど、【徒花園】がある限 りどうにもならないって思って、それさえなければ葵花ちゃんは自由だって思って今回の件を引き起こしたって事なんだよね」


 正確には、弟を神質に取られて協力させられたが、全て無理矢理ではなく、相手方の「中に居る者達を傷付けるのが目的ではなく、【徒花園】を危機的状況を 陥らせる事で【徒花園】がそこまで完璧なものではない事を知らしめ、解体に追い込む為に必要な事」という部分に前々から【徒花園】が無ければ主は自由にな れると思っていた侍女の思惑が合致し自らの意志で手引きを手伝った部分があったとの事。

 しかし、実際には中に居る者達を【徒花園があった所でどうにもならない】という為に少しばかり危ない目に遭わせるのではなく、皆殺しにするつもりだったと知り、彼女は酷い罪悪感に囚われたという。


 まあ、少し怖がらせての解体促進作業が、全員皆殺しにした上での実質的な解体は全く話が違う。下手すれば自分の敬愛する主も殺されていたのだ。


「そりゃあここまでガックリ来るよね。葵花ちゃんの為にやったのに、その本神を恐ろしい目に遭わせたばかりか、怖がらせるだけで傷付ける筈じゃ無かった他の神達を死にかけさせる羽目になったんだもん。罪悪感に押しつぶされるよねぇ」

「……おい」


 朱詩は隣でうんうんと頷く相手に気づき、その頭を鷲づかんだ。


「お前、何【徒花園】から出て来てんだよっ!!」


 そこに居たのは果竪だった。

 他の者達の中で最も【徒花園】から出てはならない存在は、何気ない様子で自分の隣ーー【徒花園】の外でのんきにアホ面を晒していた。

 これには、宰相ーー明睡も唖然としていた。


「いや、【徒花園】のみんなから葵花ちゃんとその侍女さんが心配だって凄かったから、「じゃあ私が様子を見に行ってあげるよ!!」って言う事で」

「何が、って言う事だよ」


 ブランブランと足をぶらつかせながら普通に経緯を報告する果竪に、朱詩の米神がビキビキと鳴り響いた。


「お前、自分が【徒花園】に入る前に起きた騒動の数々を覚えてないの?そこまで鳥頭なの?」

「神は忘れる生き物です。忘れるは素晴らしい能力なんです」

「そこは忘れちゃならない所だろ」

「何を覚えていて何を忘れるかは個神の問題です」

「その心は」

「ぶっちゃけ大根以外どうでも良い」


 ギリギリと頭を掴む手に力を入れられた。


「にょぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおっ!!」

「一度死にさらせぇぇぇええっ!!」



 どうしようーー自分が処刑される前に、最下位の妾妃様が冥府に旅立ちそうになっている。



 オロオロとする罪神の侍女が皇帝陛下と上層部を交互に見れば、突然の事で呆然としていた刑吏達が慌てて動き出した。


「朱詩様!!どうかおやめ下さいっ」

「五月蠅い!!優先順位第一位が大根とかいうその腐った頭をどうにかしてやる!!それがこの国の平和に繋がるんだっ!!」

「思い切りわけが分かりませんっ」

「その、大根ぐらい別に良いではないですか」

「ふざけんな!!油断したら空いてる土地全部開墾されるんだよっ!!」


 思い切り揺さぶられ、ガクガクと振られる果竪は完璧に目を回していた。というか、こうなると分かっていて何で余計な事を言うのか。学習能力が無いのか。


 きっと馬鹿だからだろう。


 【徒花園】急襲の時に見せた頭の回転の速さは、きっと幻覚だったのかもしれない。

 茨戯は現実逃避しつつ、同時にそんな自分に虚しさを感じた。


「酷い、女の子にこんな仕打ちをするなんて」

「お前女の皮を被った腐れ大根オタクだろっ!!」

「そんなの、みんな同じにょぉぉぉぉぉおっ!!」

「謝れ!!この帝国全国民に謝れ!!」


 もはや最下位の妾妃は勇者だった。

 あれだけ揺さぶられても尚、自分の信念を貫き通す姿に、その場に居た者達は罪神の侍女も含めて魅入られてしまった。


「大神になってーー」


 そっと目元をぬぐう皇帝陛下に、宰相は静かに頷いた。

 茨戯だけが「いや、違うから」と小さく突っ込みを入れた。


「良いから、とっとと帰れ!!」

「嫌です。まだ貰うもの貰ってません」

「あぁ?!」


 果竪の発言に、朱詩の唇からドスの効いた声が漏れる。最近、果竪に対してはその愛らしく艶めかしい唇から出るのいつもドスの効いた声ばかりだ。とても残念である。


「今回の件で頑張ったからご褒美下さい」

「お前、図々しいって言われてるだろ」

「こういうのはきちんと請求しないと後で無かった事にされるからねっ」


 果竪は胸を張って言った。


「……何が欲しいんですか?」


 先に折れたのは皇帝陛下だった。


「へ、陛下」


 裁きの間でご褒美請求ーー何か色々と違う。それが分かっている刑吏の泣きそうな声に、萩波は苦笑しながら口を開く。


「まあ、こちらも一段落付きましたしね」


 それに、確かに最下位の妾妃の働きのおかげで【徒花園】の住神達の命は助かったのだから、彼女の働きは褒められて然るべきだろう。



 だが、次の瞬間全てがぶっ飛ぶような事を言ってくれた。



「その侍女さんの断罪権及び身柄の監督権を下さい」



 果竪のお願いに、その場が凍り付いた。


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