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第19話 

 その事で茨戯から五月蠅く言われるかと思えば、意外な事に彼はこう言った。



「持ちつ持たれつよ」



 それで分かった。

 茨戯もまた、小梅の命を盾に葵花に枷を繋いだという事を。



 そうして、【ーーー】の住神は少しずつ増えていった。

 小梅、葵花、そして涼雪ーー。


 他にも、男女問わず、老若問わず、そこに納められていく。




 そしてそこに納められる者達は一つの共通点を持つ事となる。




 そうーー死のうとした、または死にたいと願った、という共通点を





 ふざけるなーー



 死にたいと願う者達

 死のうとした者達

 死んだ方が良いと思う者達



 そんな彼ら彼女達を生かしたいと望む自分達




 【ーーー】



 そう、最初はそう呼ばれる筈だった。

 だが、いつしかそこは【徒花園】と呼ばれるようになった。



 徒花ーー身の結ばない無駄な花



 何ともお笑いではないか



 朱詩は笑いたかった。

 笑いたくて仕方が無かった。



 ただ、どう呼ばれようともどうでも良かった。

 なぜなら、たとえどう取り繕おうとも無意味だと分かっていたから。



 昔のように表立って騒がなくなった小梅は、それでも朱詩を拒絶していた。

 対話を試みようとした事は何度もあった。

 けれど、結局いつも最後は同じだった。



 小梅は朱詩を拒み、自分の中から消そうとする。



 それならば、忘れられないぐらいに刻み込んでしまえば良い。




 子供が欲しいと思った。



 カジュを実の子の様に愛していた小梅。

 彼女であれば、きっと良い母になれるだろう。


 それに、子供さえ居れば、彼女も死のうとはしていられなくなる。


 その為に子供を作るなんて酔狂だと笑われるかもしれない。

 しかし、朱詩の頭にはそれしか無かった。



 何故、そんな風に思うのかーー



 それが小梅を死なせない為と言うよりは、ただ純粋に小梅との間に子供が欲しいからだと



 小梅を好きなのだと気づくまでには本当に時間がかかった



 そうだ



 だから、小梅に死んで欲しくなかった。

 カジュが蘇っても、カジュが悲しむ。いや、それ以上に小梅を犠牲になんてしたくない。


 朱詩は、あの溶岩流で小梅が死ぬかもしれないと思った時に狂いそうになった。そして、生き延びた事が本当に嬉しかった。



 本当に、本当に嬉しかったのだ。



 両足が無くなっても、そんなものは朱詩の気持ちを欠片も揺らがす物にはならなかった。両足が無いなら、朱詩がその代わりをする。両足が無くても小梅が不自由さを感じない生活をさせるだけの物を朱詩は持っていた。



 カジュの仇を取るーー



 カジュが死んだのは、煉国が直接原因しているわけではない。

 けれど、煉国が馬鹿な事をしなければ、カジュを一神寂しく死なせる事は無かった。いや、助けられたかもしれない。


 そもそも、煉国は余りにも愚かだった。

 あの国が続く限り、あの国の民達も、【後宮】に納められた寵姫達も、酷い目に遭わされている神質達も、そして今後連れ攫われるだろう者達の未来は真っ暗だ。


 それに、下手すれば周辺国も巻き込まれかねない。



 これ以上世界を乱さない為にも、そして犠牲になり続けている者達を解放する為にも、早急にあの国を滅ぼす。



 その為には、小梅の事もひとまず置いて朱詩は全力を尽くした。



 本当ならば、両足を失い、またカジュを喪い嘆き悲しむ小梅の傍に居たかった。だが、安心してそうするには、朱詩は戦わなければならなかった。


 煉国が存在する限り、いつ再び祖国が危険な目に遭わされるかも分からない。


 祖国を守る事が、大切な仲間達を、そして小梅を、カジュの墓を守る事に繋がる。



 この国の平和を誰よりも願っていたカジュの為にも、そして敬愛する主の為にも。



 朱詩は一官吏としての自分を優先した。



 なのに、そうして国の為に、守りたい物の為に身を粉にして働く朱詩は、気づけば沢山の物を喪っていた。




 一枚岩となっていた筈の仲間達とも、【カジュ】の対応を巡っていつの間にか二分されていた。



 小梅は相変わらず朱詩を拒み続けた。

 だが、死ぬ事も諦めていない事を見抜いていたから、朱詩は【徒花園】から小梅を出す事も出来なかった。



 小梅が死ねない様に、【徒花園】に呪をかけた。



 死ねないーーいや、自害出来ない様に。

 誰かに自分の殺害依頼をするという手段を取られればどうしようもないが、それが小梅には出来ない事を朱詩は理解していた。



 小梅は自分を死なせる為に誰かの手を汚させたりはしない。



 小梅は死ぬ事には拘っていたけれど、それは自分の手によるものだ。




 だから、【徒花園】に居る限りは大丈夫ーー



 皇帝陛下の命を受けた者達に守られたらそこは、余所からの侵入も許さない。



 ここに居る限り、小梅は生き続ける。

 小梅も、他の皆も。



 そう、その筈だったのにーー。




「……何だよ、これは」



 宮殿のあちこちから煙が上がっていた。

 ゴキブリの様にうろちょろする侵入者。

 【魔獣】達が彷徨き、美しく整えられた庭を踏み荒らしていく。



 箱庭が、崩壊するーー



「……ふざけないでよ」


 壮絶な怒りの炎が吹き出す。

 【徒花園】をめちゃくちゃにした全てに強い殺意を抱く。



 この場所は、特別な場所だった。

 自分達にとって大切な物をしまい込んだ、特別な空間だった。



 なのに、それが今はめちゃくちゃに破壊されている。




 荒れ果てた庭。

 破壊されて煙を上げる宮殿。


 鼻につく、何かが燃える臭い。

 血の臭いまで混じっていた。



「おい、誰だ貴ーー」



 侵入者の一神がこちらに気づき声を上げる。しかし、朱詩の美貌に魅入ってしまったようで、間抜け面を晒したまま固まってしまった。

 朱詩はその相手に音も無く近づくと、その顔面に拳を叩付ける。


 血をまき散らしながら倒れそうになる男の顔面を掴み、その腹部に蹴りを入れた。


「誰の許可を得て此処に入ったのさ」


 いや、誰が許可しようと朱詩が許さない。


 少女の様に可憐で美しく愛らしい美貌に笑みを浮かべ、朱詩は男を玩具の様にいたぶる。

 男は顔面を潰され、両手足を砕かれる。


 途中で他の侵入者も来たが、やはり朱詩の美貌に魅入った瞬間に殴り飛ばされた。


 そんな朱詩の美貌は【魔獣】にすら通用した。

 発情して盛る獣の爪が伸ばされる。だが、朱詩はそれを鋼糸で絡め取ると、その鋭く伸びた爪を叩き折る。凄まじい悲鳴が響き渡った後、血飛沫が宙を舞う。


「汚らしい手で触らないでよ」


 【魔獣】の頭を潰して血まみれになった手を払うように動かし、その足で動かなくなった肉の塊を何度も踏みつける。


「いい加減ウザいからどいてよ」



 その巨大な死骸を蹴飛ばせば、何神かの侵入者が巻き添えをくったようだが、朱詩には関係なかった。彼の目には、煙を上げる宮殿しか映って居なかった。


「……どこにいるの?小梅」


 小梅はあの足だ。

 一神では逃げられない。


 普段であれば宮殿に仕えている者達がすぐに駆けつけるだろうが、ここまで宮殿を破壊され、【魔獣】まで出されれば、まず先にそちらに対処しようと動くだろう。

 それに、小梅以外にも動けない者達は此処には沢山居た。


 彼女達は無事だろうか?



「小梅、小梅、小梅ぇ?」



 朱詩の頭の中には小梅の事しか無かった。

 いつもは嫌と言うほど頭の中で存在を主張していた、果竪の事すら頭に無かった。


 小梅は一体どこに居るのか?


 めちゃくちゃになった【徒花園】を見た瞬間、全てが吹っ飛んだ。


 まるで狂った様に朱詩は小梅の名前を呼び続ける。



 雨雲が立ちこめ、土砂降りの雨が宮殿を包み込む火を消した。



 きっと小梅は生きている。


 この宮殿のどこかで、今も息をしている筈だ。



 生きてさえいれば何とかなる。



 朱詩は小梅の名前を呼び続けた。



「どこに居るの?怒らないから出ておいでよ」



 しかし、小梅の声は聞こえない。

 姿形も見えない。


 次第に朱詩の中に焦りが生まれる。朱詩は何度も何度も小梅を呼び、次第に癇癪を起こし始める。


「どこに居るんだよ!!小梅っ」



 生きている筈だ。

 死んでなんか居ない。


 朱詩は這い上がってくるその感覚を必死に押さえ込み、歩き続けた。壁を壊し、床を剥がし、小梅の姿を探す。


「どこに居るのさぁぁぁっ」



 居ない、どこにも。

 どこにも、居ない。



 朱詩の中に渦巻く不安が形となって暴れ出しそうになったその時だった。




 ガラガラとがれきが崩れる音が聞こえ、反射的に振り返る。

 そこは、まだ探していない場所だった。


 もしや、と思い駆け寄った朱詩の視界の隅に何かが去っていく。


「え?」



 ハッとしてそちらを見るが、既にそこには何も見えなかった。



「今の、は」



 一瞬だけだったが、どこか見覚えのある様なーー。


 だが、考えるのはそこまでだった。

 またがれきが崩れ、その音の中に朱詩は小さな呻き声を聞き取った。


 弾かれる様に走り出してそのがれきに近づいた朱詩は、その隙間に倒れる小梅を見つけた。


「しゃ、小梅!!」



 がれきを慎重に動かし、小梅の体を引きずり出す。

 小梅の体は奇跡的に殆ど怪我は無かった。

 煤で黒くなっているが、大きな火傷も無い。


 正に奇跡だと言えた。



「ああ、小梅、小梅、小梅っ!!」



 朱詩は信望する神に仕える狂信者の様に喜びを露わにし、小梅の体を抱きしめる。気を失ってはいるが、その体は温かかった。その時、小梅の手からはらりと緑色のそれが地面に落ちた。


 大根の葉?


 気にかかったが、今はそれよりも小梅の事だ。


「良かった……本当に」


 そう呟き、しばらくの間、朱詩は小梅を抱きしめたまま動かなかった。このまま、ずっとこうして居たい。


 それは縋る様な願いだったが、同時に叶わぬ願いである事も知っていた。



「朱詩様ーー」



 配下の者の声が聞こえる。


「報告いたします。侵入者はあらかた捕縛し、【魔獣】も残り数体を残すのみです。避難場所も確保済みで、大半はそこに逃げ込んでいたようです。今、逃げ遅れた者達の捜索に当たっています」

「ーー果竪は?」

「【海影】の長様と共に、避難場所前で確認済みです」


 そこで、彼は言葉を切った。


「どうしたの?」

「……その」

「怪我でもした?」

「い、いえ、むしろ逆に【魔獣】をメッタメタにしてました」

「そう、【魔獣】にメッタメタにーーは?」

「侵入者も数神ほど討ち取れてました、はい」

「……」


 今のは聞き間違いだろうか?


 いやいや、朱詩の可愛い配下がそんな冗談を言う筈が無い。つまり、これは本当の事だ。それに自分の耳も正常だ。


「……」

「あの、朱詩様」

「あ い つ は ど こ?」


 朱詩の怒りに震えた声に、配下の顔から血の気が引いた。






「こういう時を想定して大根畑を作っていたのです!!」


 どや顔をする果竪に、茨戯は眩暈を覚えていた。思わずふらつく主に、【海影】でも長の側近達が慌ててその体を支える。


「……もう一度言ってごらんなさいな」

「大根畑で結界描いてました」

「何しとんじゃ貴様あぁぁぁぁぁあっ!!」


 茨戯の怒声に、果竪以外の者達が首をすくめる。だが、怒られた当の本神は全く効いてない。



 何をしてここまで茨戯を怒らせたのか?

 それはもちろん、果竪が勝手に結界を施したからである。



 幾神もの侵入者と【魔獣】達に襲撃されながらも、何とか保っていた避難場所。それは、単純にその造りが強固だったからではなく、一つの結界が作用していたのが大きかった。

 それは、皇帝陛下や上層部が張った結界とは別の結界だった。


 だが、結界が張られているとなれば侵入者達も当然ながら警戒する筈だ。だが、彼らは最後までそれに気づく事は無かった。


 気づかなかったからだ、どこに陣があるのか。



 彼らは注意深くそこに何もない事を確認した。


 まさか、【徒花園】全体に果竪が耕しまくった大根畑それ自体が、陣を描くようにして耕され作られていたなんて知らなかった。

 そして、どこか一箇所の大根畑が崩される事が発動条件になる事も知らなかった。


「これぞ侵入者の裏をかいた巨大結界の真髄です!!」

「何やってんの何やってんの何やってんのよぉアンタあぁぁぁあっ!!」


 しかも、実際に発動されていた結界は超上級いや、超高等結界だ。結界が発動されると同時に、中に居る者達に対して負傷の有無が感知され、負傷している者達は治癒を、毒に侵されている者達は解毒をーーと言うように複数の術が発動されていた。


 だから、この結界内にーー避難場所に居た者達は全員が無傷となっている。


「いやぁ~、出来るか分からないけどやってみるもんですね」

「神体実験?!」

「あ、向こうの世界では何度かやってみたので大丈夫ですよ~、あはははは」


 失敗したらどうすんだーーと叫ぶ茨戯の怒声も何のその。

 果竪は相変わらずあっけらかんとしていた。


「でも、結果オーライだよね?」

「っーーそ、それは」



 この避難場所に逃げ込んだ時点で、重軽傷者は多数居た。そのまま、この避難場所に閉じ込められて身動きが出来ず、このままではどうにもならない状態になった。

 避難場所を取り囲む様に、神力を封じる結界を侵入者達が張り巡らせたからだ。


 だが、果竪が仕込んでいた結界は、その神力を封じる結界を打ち砕いてしまった。避難場所の中に居る者達に対して悪意となる神術の類いは、その存在すら許されない。


「……アンタ、本当は向こうの世界に帰る方法、知ってんでしょう?」

「知ってたらとっくの昔に帰っていますよ」


 ちょっとした旅行にしては、余りに長くこの世界に居る。冬に来て、もうすぐ夏になる。流石にそれだけ長く別世界に滞在してのんびりと出来る程、果竪は自分が背負う責任と義務を軽んじる事は出来ない。


 まあ、向こうの自分の体はこの体の持ち主がちゃんと動かしてくれてはいるだろうけど。きっと、向こうの皆も協力してくれているだろう。


 その事については、果竪はあまり心配していなかった。


「……世界と世界を繋げる術は」

「だから出来ないって言ってますって。ああ、もしかしたらこの国の皇帝陛下なら出来」

「無理よ」

「ーーその感じだと、もう試したみたいですね。まあそうですよね」


 果竪が腕を組みながら「うんうん」と頷く。


「そりゃそうよ。こっちとしては、一刻も早く元の状態に戻したいんだから。ったく、こっちばかり大変な気がするわ。向こうは何をしてるのかしら?」

「う~ん」


 向こうはサボってるんじゃないのか?


 そんな感じのニュアンスを含めた茨戯の言葉に、果竪は考えた。


「向こうは忙しいからなぁ」

「ちょっと、こっちを暇神みたいに言わないでよ」

「言ってないよ」

「向こうはって言ったでしょうが!!言葉に気をつけなさいよっ」


 吐き捨てる様に言う茨戯に、果竪は素直に謝った。


「言葉って難しいね」

「それだけ戦える頭をしているのに、どうしてそっちは駄目なのよ」


 一々他神の癪に障る様な事ばかり言っていれば、さぞや向こうの世界では大変だろう。


「う~ん、それはーーまあ、私の努力の成果っていうか」

「どんな努力の成果よ。争いの火種を作ってんじゃないわよ。物事を穏便に済ませる努力をしなさいよ」

「はいはい」

「はいは一回で良い!!」


 そこまで言うと、茨戯はがっくりと項垂れた。


「もう、アンタと喋ってるとこっちの調子が狂っちゃうわ」

「それは素敵ですね。あ」

「何が、素敵だぁ?」


 茨戯にガシッと頭を掴まれた果竪は、ぶらんぶらんと宙に足が浮いた。


「ごめんめんご」

「反省の色が無い!」

「反省してますよ。土下座もしますから」

「大根畑の縮小」

「ノォ!!」


 何故そこで英語になる。しかも、発音が素晴らしかった。


「私の使命はこの世界全てを大根で支、包み込む事なんだからっ!」

「今支配とか言おうとしたでしょ?!支配とかっ」

「包み込むと支配って同義語だしねっ」

「んな訳あるかぁ!!良いから、大根畑縮小しなさいって言ってんのよ!!」

「断る!」


 果竪は「てぃっ」と茨戯の手を振り払い、地面に着地する。そしてそのまま、スタコラと逃げだそうとした。


「ふべしっ!」


 走り出してすぐに、果竪は地面と熱い口づけを交わした。


「あーー」


 追いかけようとした茨戯は、果竪をつまずかせた相手の顔を見て青ざめた。


「あ~~、えっと」


 羨ましい事に、彼はその腕に自分の愛しい相手を抱えている。茨戯は未だにそれが出来ていないと言うのに。いや、無事な事はもう報告を受けているから、後はここに来るのを待つだけなのだが。


 何故だろう?


 愛しい相手を抱えているのに、その笑顔の下で燃え上がる般若の顔は。


 美しく可憐な美貌だからこそ、その迫力は凄まじかった。



「何してるのさ?この変態大根大魔王」

「大根?!」


 果竪がむくりと起き上がり、嬉しそうに相手を見上げた。


 変態は無視か。

 そのお花畑の様な頭と耳が聞き取ったのは、「大根」という単語だけであるのは茨戯には分かっていた。


「あ、筆頭書記官様、やっほう」

「やっほうじゃないよ!!この腐れ大根オタクっ!」

「大根は腐りません」


 いや、生鮮食品だろ、それ。


「大根は世界のアイドル!例え、炎天下の下で過ごそうとも、そのピチピチで艶めかしく艶のある肌に死角はないわっ!!」

「五月蠅い!!干涸らびろっ」

「ふっ、その体の殆どを水分で占める大根に乾燥なんて言う二文字はないわっ」


 あれ?乾燥大根とか店で売ってなかっただろうか?


「大根自ら太陽の日差しで減量はしても、誰かにされる事はないのよ!!」


 茨戯は決意した。

 どんな手段を用いてでも、早急にこの娘にはお帰り願おう。

 この世界が色々な意味で危機に瀕する前に。


「あ、小梅ちゃん無事だったんだね」

「当たり前だよーーにしては、小梅の所には行かなかったみたいだけど」


 嫌味を含む朱詩の言葉に、茨戯は溜息をつく。だが、果竪はその嫌味にこれといった反応を見せなかった。


「私の居る場所からだと避難場所に行く方が近いし、そもそも筆頭書記官様が来るって聞いてたからね」

「……それってつまり、ボクに譲ったって事?」

「譲るも何も、避難場所と小梅ちゃんの居る場所を考えて近い方を選択しただけ。それに、あの時点では小梅ちゃんはいち早く避難場所に避難させられたと思っていたし」

「葵花が逃げ遅れ、涼雪が【魔獣】に捕まっていたのに?」

「そうだよ。で、もし居なくても筆頭書記官様が来たなら小梅ちゃんは大丈夫。それより、大勢が逃げ込んでいる避難場所の方が狙われる可能性が高いと思ったの。そっちを襲撃した方が、一網打尽に出来るだろうしね」


 侵入者達の考えは正にその通りだった。


 外から警備の者達が駆けつける前に、決着をつけるつもりだった。だが、それも果竪が仕込んでいた結界によって阻止されたが。


「その避難場所にはお前が最初から結界を仕込んでいたんだろう?ならば、わざわざ行かなくても良かったじゃないか」

「万が一って事があるもの。それに、結界は発動した。でも、色々と複雑な機能を付けたせいで、逆にその存在が不安定なの。もし結界の構成条件に気づかれたら、簡単に消されたよ。たとえばーー」


 果竪はスタスタと歩いて、その大根畑の前に来た。


「ここに、何か物を落とす。それだけで結界を構成する陣が変わる。結界は一気に崩れる。そうなると避難場所は無防備だよ」


 避難場所に避難していた者達が外に運ばれていくのを見ながら、果竪はゴミを捨てる様に手にしていたモップをポンッと大根畑の上に置く。

 その瞬間、結界が壊れる音がした。


「はい、壊れた」

「……お前」

「もう必要ないでしょう?手の内は明かしちゃったんだし、そのまま使うよりは一度崩して別の陣に書き換えた方が良いよ」

「また大根畑を作るのか?」

「もちろん!!」


 果竪は高らかに宣言した。朱詩の米神が激しく引きつったのを茨戯は見てしまった。


「今度は、中に居る神達を守る為に大根達が走る」

「大根は走らないから」

「走れるよ」

「無理だって」


 朱詩の言い分の方がたぶん全力で正しい。


「夢がないよね」


 こいつ駄目だなぁ~という様な眼差しを向けられた。


 諦めたらそこで終わりと言われるよりも、こう言葉にしがたい複雑な心境にさせられた。


「変態大根オタクが夢を語るんじゃないっ」

「大根は世界のスーパースターだもん!夢と希望の大根なんだからっ」

「未来真っ黒だろ!!」

「バラ色って言って!!」



 大喧嘩する朱詩と果竪。いつの間にか、朱詩の手から小梅は朱詩の配下に抱えられて安全地帯に避難させられていた。




「一体大根の何が不満なの?!【徒花園】ではもう大根無しでは生きられないって言われるぐらいなのにっ!」

「あぁ?!」


 朱詩の怒りの声が上がる。

 ドスの聞いた声をあげながら、朱詩は周囲を見渡した。


 避難場所から無事に外に出てきた住神達、【徒花園】に仕える者達がぶんぶんと顔と手を横に振る。


「みんな照れ屋なんだから」

「なんでそんなにポジティブなのさ。馬鹿なの?お前本当に馬鹿なの?」

「ふっ、大根を愛しすぎる馬鹿ではあるけれど」

「良いから、もう事態は収束したんだからお前が勝手に開墾しまくった大根畑を幾つか潰せ!!」


 幾つかと言う所に温情があったのだが、果竪は「のぉぉぉぉぉおおおおおおおおおっ!!」と絶叫した。


「嫌!!大根が無いと私生きてけないっ」

「お前が生きてけなくてもカジュが生きてけるなら別に良いだろっ」

「ふっ、甘いわね。向こうの世界できっと今頃、カジュは着々と大根の素晴らしさと愛らしさ、逞しさとかっこよさを知っている筈だわ」

「よし分かった。ちょっと殴らせてよ。衝撃で戻るかもしれないから」

「私殴ったらカジュの体を殴る事になるけど」

「分かった待ってろ!魂だけぶん殴る方法見つけてくるから!!すぐに獲得してくるからっ」

「暴力反対~」


 果竪はそう言うと「にょほほほほほほほ」とまた不気味な笑い声?いや、鳴声?をあげて逃げ出した。


「くそ!!止まれこの天界外生命体っ」

「にょほほほほほほほ」



 完全に遊ばれている。



「最下位の妾妃様、本当にどうなされたんでしょう?」

「頭ぶつけたのよ、全力で」


 なんとお労しい!!と声を上げる朱詩の配下の純真さが目に痛い。

 茨戯は「あれ中身違うから」と声を出して言いたかった。



「あ、今回私頑張ったよね?ご褒美は【皇宮】の土地の開墾で構わないよ!」

「やめろ!陛下はお優しい方だからそれ受け入れちゃうだろっ!!それ以外にして!それ以外じゃないと認めないっ」

「分かった、大根」

「大根も駄目!」


 朱詩の前言撤回的な発言に、果竪は頬を膨らませた。


「さっきと言ってる事違うし」

「よし分かった。畑と大根以外なら何でも叶えるよ、このボクの名にかけて誓うよ!」

「え~~、でも筆頭書記官様ってそんなに権力無い」


 朱詩は懐から【携帯電話】を取り出し電話をかけた。数回のコールの後、出たのはこの国の皇帝陛下だった。


「はい、はい、【徒花園】の混乱は終息しました。で、お願いなんですけど」


 何か色々と話をした朱詩は、電話を切った。


「陛下の名にも誓うよ」

「ーー意外とフレンドリーだね、この国の陛下」



 何か威厳と少し離れてしまった気がするのは何故だろうか?


 だが、そこに突っ込みを入れようとした果竪は朱詩に捕まった。


「何か文句あるの?」

「ありません」


 果竪は素直に答えた。

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