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第13話 彼らと彼女の想い

 ただ、陛下の思い出話の【本物の果竪】はそこまで大根に狂って居なかった筈。


「……あれなのかな?そういう所まで拘らなかったのが敗因だったのかな?」

「そういう問題じゃないと思うけど」


 大根を無視したから、【今までのカジュ達】は……。


 なんて考える朱詩を、茨戯は止めた。


「とりあえず、そこは気にしないでおきましょう」

「いや、今後に関わるじゃん。というか、もしあの白いだけの野菜を蔑ろにしたが為に、また何かあったらーー」

「大根神社でも建てる?」


 茨戯はとりあえず聞いてみた。


「ただし、こっちのカジュはそこまで大根に拘りを持っていなかったから、絶対に戸惑うと思うけど」

「というか、今度はこっちが変態扱いされる」

「嫌われるのはまだしも、変態扱いは厳しいわねぇ~」


 これが世に言う、思春期の娘を持ってしまった父の気持ちだろうか。


 いや、思春期の娘は父を変態扱いまではしないだろう。


「それで、今後はどうするの?」

「もちろん、最終目的はカジュと果竪を本来の体に戻す。本当なら、向こうの世界の協力も欲しいんだけどね」


 ただそれに関しては無理な事は分かっている。

 それとなく果竪に話を聞いたが、夢でも向こうの世界とやりとりする事は出来ないようだ。


「けれど、向こうの世界に飛ばされたカジュとアンタは話が出来たんでしょう?」

「そうだよ。けど、それはボクの意志によるものじゃない。そして、その条件を探ろうにも、それ以降は向こうと繋がる素振りもない。陛下が協力して下さったが駄目だった」

「……それはとんでもない話ね」

「きっと何か条件があるんだろうね。そもそも、魂が入れ替わるという本来はあり得ない事態が現実に起きている。似たもの憑依があるけれど、憑依の方がまだ現実的で馴染み深い。それでもこれ程の規模での憑依は報告されてない。だからそれーー魂の入れ替わりが何故、どういった状況で起きたのかをまず探る必要がある。ただ、果竪の話では普通に寝て起きたら既にこっちに居たらしいし、そこに嘘は無かった」


 朱詩はそこまで言い切ると、お茶を飲み干した。


「じゃあ、こっち側で何か起きたって事?」

「さあね。ただ、こういうのは互いの世界で何かの条件が揃った時に起きるっていうのがセオリーだろう?」

「それは物語の話よ」

「空想はこの世界では現実だよ。ボク達は神だ」

「……その通りね」

「ただし、それだって他の世界ーーそれも並行世界に飛ぶなんて事はそう起きる事じゃない。別の世界ーー別の種族の世界に行く事は出来ても、並行世界に飛ぶには、それこそ天帝様達か十二王家の方々でもなければ難しい。ああ、実際にやるかやらないかでなく、その位難しいって事だよ。それに、そんな世界ーー想像出来る者達はどれぐらい居るのかな?【本物の果竪が生きている世界】なんて」


 朱詩はどこか投げやりに笑った。


「生きていればと思っても、それはこの世界での事だ。【本物の果竪が生きている世界が別にあるのかもしれない】なんて事はそう考えられるものじゃない。だって、生きていて欲しいのは、この世界でだもの」

「そうね……アンタの言う通りよ。本来であれば、そんな事は考えない。でも、現実にそんな世界とリンクした」

「原因は分からないけどね」


 朱詩は大きく溜息をついた。


「とにかく、ボク達の目的は果竪とカジュの魂を、本来の世界に、無事に帰還させる事だ。何があろうと、これだけはぶれちゃいけない」

「分かってるわよ。その為には、なんとしても魂が入れ替わる状況を作り出さなきゃいけない。けど、今の所は、果竪は向こうの世界のカジュと話せないんでしょう?」

「そう。だから、その条件が何かを探らなきゃならないんだよ」

「探るって言ってもねぇ……その果竪は普通に寝て起きたらこの世界だったってのは分かったけど……そうね、こっちの世界のカジュはどうだったのかしら?」


 茨戯は芽生えた疑問を口にした。


「って言っても、本神は居ないんだから聞けないわね。全く、必要な時に居ないんだから」

「ーー小屋」

「え?」

「果竪は目覚めた時、小屋に居たと言った。【後宮】の敷地内じゃない。その外ーー皇宮の外れにある場所のだよ」


 そこで、茨戯も思い出した。

 そういえば、そんな報告を受けていた。


 それは本来ならあり得ない事だ。

 だが、その驚きはいつの間にか茨戯の中で消えていっていた。

 それ以上の、自分達がカジュだと思っていた相手の突拍子の無い行動の数々で。


「そもそも、なんだってそんな所に居たのかしら?」


 それはもうずっと前に出されていなければならなかった疑問だ。いや、出されていたかもしれない。けれど、覚えていないのだ。


 まるで、何かとんでもない事が起きていたとしても、何事もなかった様に普通にいつもの日常が過ぎ去っていく様に。



『おかしいとは……なんだろう?最初は思っていたかもしれない。けれど、いつの間にか思わなくなっていったの。だって、この世界が私の生きる世界だと思ったから』



 朱詩は脳裏に蘇る果竪の声に、静かに目を閉じた。

 そして数拍置いて目を開ける。


「そうだね。まずは、何故【後宮】に居る筈のカジュが【後宮】を出て、そんな遠くまで行ってしまったのかを探る必要があると思う」

「っていっても、もう数ヶ月も前の事よ?しかも、雪がまだ降り積もっていた時の事。足跡を探すのはまず無理ね」

「そう、普通はねーーけど、お前は普通じゃないじゃん。【海影】の長なんだから」


 諜報活動、暗殺、そして追跡調査などは専門と言っても良いだろう。


「そうねーー」


 他の上層部とは違い、闇の中で生きる者達。

 それが【海影】だ。他の情報機関もそうだが、その中でも【海影】は特殊だった。


 闇の中を這いずり回る様に動き、暗闇こそが舞台だった。


 光を浴びる者達の傍ーー光指さぬ所にひっそりと存在する。


 そして、国のあらゆる闇を引き受ける。

 血に塗れ、これからもそう有り続ける。


 それでもーー。


 それでも良いと思ったのだ。


 自分達がそうする事で、あの方が、陛下が輝けるならば。

 陛下を守り支えられるならば。



 泣く事も嘆き悲しむ事も出来ず、ひたすら迷い子の様な自分達を導いてくれたたった一神の神。

 誰も陛下の支えにはなれなかった。


 だから願った。

 だから望んだ。


 もし、【本物の果竪】が生きていればーーと。


 けれど、死んだ者は生き返らない。何をどうしても、たとえ強大な神力を持っていても、死者を蘇生する事なんて出来ないのだ。


 取り憑かれたように探した。

 研究し、そして絶望した。


 それでもーー。


 そんな中で見つけたのだ。



 奇跡の技術を。



 願っていた。

 望んでいた。



 陛下を守り支える為に努力し続けてきた。

 けれど、あの方の心の支えには、あの方の心に寄り添う事は出来なかった。


 今もあの方の心で生き続ける少女。

 そう、あの少女だけが萩波を支えられる。



 何度夢見たかーー萩波の傍にあの少女が、【果竪】が寄り添う姿を。



 ダカラツクッタ



 蘇らせられなくても、新たに創り出す事は出来る。



 そうして、遙か時の流れに絶えた技術を復活させた。




 それが全ての悲劇の始まりだとも気づけずに。




 にーちゃま


 しーちゃん



 ハッと朱詩が視線を向けた先に、おぼろげな何かが居たような気がした。

 閉めた筈の部屋の扉が開いてーー。


 朱詩の意識が、決して戻れないはずの過去に引きずり戻されていく。




 扉を開けた瞬間、小さな物体が飛びかかってくる。

 それはもう何度目になるか分からない光景だった。


「にーちゃま!しーちゃんっ」

「ぶっ!」


 顔はやめて欲しいーーとは思うのだけれど、相手は全く気にしない。その小さな両手を一杯に伸ばして朱詩に飛びついてくる。

 ふわりと優しいお日様の香りがした。


「カジュ、危ないから飛びかかるなって言ったでしょう?」


 朱詩がぷくりと頬を膨らませるが、当のカジュは全く堪えていなかった。それどころか、朱詩にしっかりとしがみつく。


「本当にーー」


 朱詩はカジュを抱き上げると、困った様な笑みを見せた。


「困った子だね、君は」

「むぅ~、しーちゃんがいじわるいう」

「意地悪なんて言ってないよ。困ってるだけ。そもそもこんなにお転婆じゃあ立派なレディになれないよ?」


 そう言うと、カジュはぷくっと頬を膨らませた。


「カジュはもうレディだよ」

「何言ってんの。まだおむつもとれてないお子ちゃまが」


 ツンツンと頬をつつけば、もっと頬が膨らんだ。それに思わず吹き出す様に笑ってしまった。


「ーーで、どうする?」

「う?」

「遊びに行きたくて待っていたんでしょ?ほら、行こう」


 そう言うと、カジュはにっこりと笑って頷いた。




「あら、デート?」


 カジュと手を繋いで花園を歩いて居れば、休憩時間で出てきた小梅がクスリと笑った。


「そう!可愛い彼女でしょう?」

「あらあら、妬けますねぇ」


 そんな風にニヤニヤ笑う小梅は、自分の足でしっかりと立ち、そして寄り添う様に歩き出した。小梅の手を、カジュは朱詩の手を掴む方とは反対の手で握る。


「デート!」

「ん~?デート、かなぁ?」

「デートでしょ」


 ほら、三神でのデートとかあるよね?ドロドロ恋愛ドラマでーーと言えば、小梅に怒られた。


「カジュの教育に悪いでしょう!!あんたは一体何考えてんのよっ」

「三神でデートをする可能性について説明してた」

「馬鹿朱詩!!」


 自分を挟んで喧嘩する二神に、カジュが「めっ」と声を上げる。自分を怒る時に周りの大神達が言う言葉だった。

 自分達を見上げて頬を膨らませるカジュに、朱詩と小梅は目を瞬かせる。そして、吹き出してしまった。


「はいはい、もう喧嘩はしないわ」

「だから怒らないでよ」


 そして、自分達の間に居るカジュに笑いかければ、ようやくカジュはにっこりと笑った。


「しーちゃん、しゃおちゃん、だいすき」



 そうして飛びついてくるカジュに、朱詩と小梅は二神して微笑んだ。



 彼女は妹だった。

 娘だった。


 【本物の果竪】相手ならばそうは思わなかっただろう。友神や親友にはなれても、妹、ましてや娘の様になんて。



 誰もが笑っていた。

 微笑んでいた。

 時には怒り、呆れ、泣き。


 そしてまた笑った。



 カジュの存在はアイドルだった。

 大事な宝物だった。


 ああそうだ。


 大事で大事で仕方の無い、宝物だった。



 少しずつ反抗期が出てきて、生意気な事も沢山言ったし、思い通りにならない事も沢山あった。けれど、そんなのは子育てしている親ならば誰もが経験する事だ。


 腹立たしいと思う以上に愛しいと思った。

 ムカつくとか、この野郎とか思う事だってあった。


 本気で叱った事もあった。



 そしてそれ以上に愛し育てたのだ。




 代わりなんていない。

 カジュの代わりなんていなかった。



 本当はその時に既に気づいていた。



 どんなに同じ肉体を持っていても、同じ容姿、同じ声を持っていても。

 同じ様に造ったとしても。


 【本物の果竪】にカジュはなれない。

 それと同時に、【本物の果竪】はカジュにはなれない。



 もし、【本物の果竪】が蘇ってカジュと交換しろと言われたら、朱詩達は全力で抵抗しただろう。抵抗して、相手を叩き潰して、そして【本物の果竪】も手に入れた。

 交換は出来ない。

 けれど、一緒に暮らす事は出来る。



 もうかけがえのない家族だった。



 偽物でも、本物でもない。

 偽りなんて言葉は存在しない。



 カジュはカジュ。

 この世で唯一の、ただ一神の存在ーー【本物】。



 誰しもがそうであるように、カジュは誰の身代りでも無かった。



 そうーー【本物の果竪】の細胞から、一番最初に造られたカジュを抱きしめながら思った。


 この子は身代りなんかじゃない。

 だから、どんな道だって自由に選べる。


 上層部も、それに準ずる者達も。

 明睡や、あの明燐でさえも、もしカジュが陛下以外の相手を結婚相手として連れてきたならば、きっと笑って祝福しただろう。


 まあ「可愛い娘は渡さないわ!!」と、婿に無理難題はふっかけたりはしただろうけど。それでも、いつかそれも笑い話になった筈だ。



 そうーー無事に成長していれば





「うあぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」




 惨たらしく殺された幼いカジュの遺体の前で、朱詩は叫んだ。

 他の者達が居なくなり、静かに祭壇の棺に入っていたカジュを前に朱詩は叫び続けた。



 これは何だ?


 これは夢か?


 何故、こんな



 こんな風に死ぬ為に、この子は生まれてきたのか?




 違う


 違う、違う、違う



 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!



「違う……君は、幸せに……」



 【本物の果竪の身代り】だとか、そんなものは関係ない


 愛していたのだ


 愛して


 大切だった



 【この子】だからこそ、愛していた




「……許さない」


 この子をこんな風にした輩全てが


「許さない」


 自分達も含めて


 朱詩はカジュの亡骸に縋った。

 愚かな男の欲望に穢され、そしてただ快楽の為に殺された。



 この子だけ



 決まっているだろう?!死んでも惜しくないゴミだったからだ!



 見せしめの為に、怯えて泣く事も出来ずにボロボロにされたこの子は殺された。



「……ごめんね」


 気づけばそんな言葉が出ていた。


「ごめん、ね」



 愚かな……この世の理を曲げ、時の流れの海に沈んだ禁忌の術で生み出された物に未来などない



 殺した?はは!!馬鹿な事を言うな!!それにどうせそれは創り直せるのだろう?



 創り直す?



 ああ、顔は最悪だが、具合は良かった。だから、新しいのを創れ



 そうしたら



 また、遊んでやるからーー





 ふ  ざ  け  る  な




 血飛沫が舞う。

 何度も、何度も。

 全ての血が流れた後は、ひたすらグチャグチャにした。



 いつもは冷静な明睡は、そうやって、男を【解体】した。



 男は最後まで笑っていた。


 作り物、紛い物。

 負け犬の様に死に絶えたゴミを元にした失敗作。


 それを自分は有効活用してやっただけだと。



 幸せ?はは、そんな作り物が幸せを語るなど烏滸がましい!!



 何故?

 幸せになるのが何故いけない?


 例え、創り出された生命だとしても



 カジュにだってあった筈だ



 幸せになる権利が





「修羅、何をっ」

「五月蠅い!創るんだよっ」


 朱詩の手を振り払い、彼は叫ぶ。

 真っ赤になった目からは、枯れた筈の涙が止め処なく流れていた。


涙が涸れ果てるなんて言葉は嘘だ。


 止めようとする朱詩を突き飛ばし、修羅はまるで王の様に宣言した。


「カジュは、カジュは死なない」

「修羅!!」

「あんな、奴に、あんな奴に殺されたりなんてしないっ!幸せになれないなんて絶対にない!!カジュは幸せになる!なれるんだっ」


 そうして修羅は、背後にある巨大な円柱の水槽へと触れる。

 その中に満たされた培養液の中に浮かぶ、小さなーー胎児。


「ねぇ知ってる?」

「……え?」

「これはね、【本物の果竪】と【最初のカジュ】二つの細胞から造ったんだ。ああ、そうさ!!これは、これは【本物の果竪】であり【最初のカジュ】でもあるんだ」

「お前……」

「どうしたの?そんな顔して。褒めてよ。これで、この子が幸せになったら、【本物の果竪】も【最初のカジュ】も幸せになれる。そう、一神で三神分幸せになれるんだ」


 笑っていた。

 泣いていた。

 笑いながら泣いていた。


 修羅は神一倍責任を感じていた。

 一番最後までカジュの傍に居て、彼が少し離れた時に連れ攫われたのだから。

 そうして死にものぐるいで探して。



「……カジュ?」



 まるでゴミの様に捨てられていたその体を見つけて、修羅はふらふらと近寄っていった。

 拘束された痕、首を絞められた痕。

 そしてーー。



 あの鬼畜が幼いカジュにした仕打ちを、修羅は誰よりもしっかりと理解した。



「……あの、悪魔、がぁっ!!」



 けれど、修羅は仇を取る事が出来なかった。

 それも修羅の心を大きく歪めたのだろう。



 カジュに何かあったのかーー記憶を読み取る力に長けた者達がそれを読み取り、大きく心を歪めた様に。


 大神しくしていたら家に帰してくれる。

 カジュは最後までそれを信じていた。

 ボロボロにされる中で、抵抗出来ないように手首を縛られたまま首を絞められ事切れる最後の最後まで。



 家に帰りたいと願い続けていた幼いカジュ。



 それを笑いながら殺した男。



 自分がボロボロにしたくせに、最期は恐怖に顔を歪めるわけでもなく、抵抗すら満足にせず死んで面白くなかったと、面白くなさそうに吐き捨てた男。


 明睡が手を下したのは、あの男にとっては救いだっただろう。


 死ねたのだから


 簡単に





「生かしてあげたのに」


 小梅とカジュの診察を終え、その部屋を後にした修羅は鉄線と廊下を歩きながらぽつりと呟いた。それを鉄線は静かに聞いている。


「簡単になんて死なせなかった。ずっとずっと生かして、たっぷりと苦しめ続けてやったのに」


 ありがとうーー


 診察はいらないと言うカジュを押さえつけ、診察した。そうして道具を片付ける修羅の耳に届いたお礼の言葉。


 何故そこで顔を見ようと思ったのか分からない。

 けれど、気づいたら顔を上げて見ていた。



 最初のカジュによく似た、嬉しそうな笑顔を。



 今のカジュは見せないものだ。



 まるで、そこに最初のカジュが居る様な錯覚を覚えた。


 カジュが戻ってきた。



 いや、最初のカジュだけではない。二神目も、三神目、四神目、五神目ーー何神ものカジュ達が。



「……修羅」

「僕さぁ……思い出せないんだ」

「……」

「カジュの笑顔。顔だけ黒く塗りつぶされてる。思い出す全ての笑顔が」

「……」

「はは、当然だよね?僕があの子達の苦しみを生み出しているんだもの」

「修羅、それは」


 だが、それ以上言葉を紡ぐ事は出来なかった。なぜなら、修羅の言い分はある意味で正しかった。


 最初のカジュが亡くなった後、彼は何神ものカジュを造りだした。

 造ったカジュが死ぬ度に、新しく、新しく造っていくのだ。


 だが、その根底となる思いを鉄線は痛い程知っている。

 いつもは百合亜に強い所しかーーいや、萩波率いる軍に加わってからは強い部分しか見せなかった。泣く事を忘れたかの様に常に笑みを浮かべ、飄々とした態度を見せていた。

 そんな修羅が心から笑えたのは、陛下と百合亜、そしてカジュの前でだけだった。


 修羅は自分も手をかけて面倒を見たのもあったが、自分の後ろをよちよちとついて歩くカジュを可愛がっていた。あれだけ力加減を誤られて何度か死にかけたと言うのに、カジュはにこにこと修羅の後ろを歩くのだ。


 そして、いつしか手加減して抱きしめられるようになった頃ーー



「カジュ、最近修羅に抱きつきに行かないな?どうかしたのか?」

「くるちいの」


 しょんぼりとした様子のカジュが何を言いたいのか、それから少しして鉄線は理解した。


 修羅の体は基本的に女性よりだ。

 そこらの女性など比べものにならない程の美しく柔らかく弾力のある胸を持っていた。しかも巨乳だ。その胸に抱きしめられたカジュは大抵息苦しさに暴れた。

 最初の頃は暴れていなかったがーーたぶん、それは抱きしめられてすぐに意識が飛んでいたのだろうと思う。


 ただ、それは他の女性陣の場合も同じで、修羅とカジュのやりとりを見て、他の女性陣ーー巨乳と呼ばれる豊満な胸の持ち主達はカジュを抱きしめる時にかなり気をつける様になった。


 因みに、まだ赤ん坊だった時のカジュはよく女性陣や修羅の胸を触っていた。それは大きくなってからも彼女だけの特権として許されていたが、何故だろう?まだ第二次性徴期の始まっていないにも関わらず、カジュは姉同然の女性陣の胸から遠ざかった。


 明燐などは


「はっ?!私の胸に何か問題でもっ?!形ですの?!柔らかさですの?!それとも弾力?大きさ?!」



 と叫んでいた。

 鉄線は距離を置いた。

 その鉄線の後ろにカジュがしがみついたので、何度か死にかけたりはしたがーーまあ、明燐なので女性に対しては本気で殺しにはかからなかったが。


「カジュ、そんなに気にしなくても、もう少ししたら胸なんて膨らむから」


 自分の真っ平らな胸に手をあてて溜息をつくカジュを一番慰めたのは鉄線だ。確かに溜息もつきたくなるだろう。


 だが、そんなのもいつか笑い話になる。

 成長して、好きな神が出来て、子供を産む頃になればーー。



 まだ当時は月の物が来ておらず、今後も来るかは分からなかったが……それでも、そんな風に考えてしまう自分が鉄線の中には居た。

 いつか自分の体の事で悩む時が来るかもしれない。

 その時には、鉄線は全力で相談に乗るつもりだった。



 そうーー生きてさえいれば。



「カジュは将来何になりたいとかあるのかい?」



 何故そんな質問をしたのだろう?



 ただ、気づけばそんな問いかけをした鉄線と手を繋いで歩いて居たカジュは、「う~ん」と考えた。そしてもう少しで、カジュの部屋に着くといったその時。



「あのね、てっせんねーさまみたいなおいしゃさま」

「え?」

「あとね!しーちゃんみたいなじをかくひと、あとね」


 カジュはそう言って、いくつもの仕事を上げた。


「……はは、そんな沢山ーー神でも難しいな。だが、神だからこそ出来るかもしれない」


 長い時を生きる神であれば、それらの仕事全てに就けるかもしれないーーそう、長い時をかけて。


「ほんとう?」

「ああ、ただしカジュが頑張って勉強すればーーの話だが」

「うん!!カジュ、がんばる!!」


 そこで、カジュは「あ」と声を上げる。


「あのね、あのね!!」


 何をそんなに焦る必要があるのだろうか?

 まるで今急いで言わないともう言えなくなってしまうーーと言わんばかりの様子に、鉄線は目を瞬かせた。


「カジュね、いつかーー」



 そう言って笑う少女が光に包まれていくーー




「守りたかった……生きていて、欲しかった」



 修羅と別れ、自分の部屋に戻った鉄線は片手で自分の顔を覆う。その指と指の間から涙がこぼれ落ちる。



 生きてさえ居てくれれば。

 例えどんなに傷つこうとも、生きてさえ居てくれれば。



 それは、きっと萩波が【最初の果竪】に対して思った思いと同じものだろう。



 そしていつしか、自分達の願いは歪んでいった。

 生きてさえ居てくれればーーから、作り直せば良いと。


 喪った【先のカジュ】と【最初の果竪】の細胞を使い、何度も、何度も作り直した。そうすれば、その喪われた子達が戻ってくるとでも言わんばかりに。



 そんな捻れて歪んだ思いが、幾神もの哀れな命を造りだし、殺していった。



 本来なら止めるべきだったのだ。

 けれどーー。


 鉄線は、修羅に協力した。

 産まれて初めて、心から忠誠を誓った相手の為ならばとーー本当に相手がそれを望んでいたかさえも確かめずに。

 ただ望むがままに、それが正しいと妄信していた。


 そして忘れていた。


 どんなに本物の細胞を使おうと、同じ様に育てようと、全く同じ神にはならないのだという事を。


 遠い時の彼方の向こうに忘れ去られていった技術。

 きっと、その昔この技術を生み出し使っていった者達もそれに気づいたのだろう。


 その、高すぎる壁にーー。



 いつか、遠い未来のどこかで、その技術を自分の物にし、そっくりそのまま同じ存在を作れる者が居るのかもしれない。

 だが、それが見た目だけである事が一番分かるのは、神である自分達だ。


 転生という事象を知っている自分達には、たとえ同じ細胞を持っていようとも、その魂が違う事は分かってしまう。

 魂が違えば、もはやそれは別神である。


 きっと、古来の神々もそれに気づいたのだろう。

 だから、その技術はいつしか失われていった。


 見た目だけが同じ相手を作る事に虚しさを覚えたのだろうーー



 だが、自分達は違った。

 虚しさを覚える前に、その中身の全く違う相手に失望する前に、自分達は愛しさを覚えた。


 身代りではない。

 ただ唯一の存在として、愛し慈しむ様になった。


 いつか、【本物の果竪】が生まれ変わるかもしれない。

 その時に、【カジュ】の存在を気味悪がられるかもしれない。だが、それは自分達の罪だ。


 全てを話し、謝罪する。

 自分達はどれだけ憎まれても構わない。


 そうされるだけの事をしたのだから。


 ただ、【カジュ】だけは関係ない。

 彼女だけはなにものにも気兼ねする事なく、幸せにーー。



 そうやって、生み出してきた全てのカジュに対して思っていた。



 なのにーー



「笑った顔……全然見てなかったなぁ」


 小さい頃は、まだ笑っていた気がする。

 それは次第に少なくなり、いつも俯いている様になった。

 常にビクビクオドオドとして、言いたい事も言えない様な子になった。


 そうしたのは自分達だ。

 鉄線達が、そうなる様に仕向けた。



「……はは、カジュ不足」



 何故だろう?

 あの笑みを見てしまったからだろうか?




 ああ、どうして、どうしてお前はーー




 そんな風に、笑えるのか?

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