Scene 3 思考回路ラビリンス
「はい。どうぞ」
「あ、ありがとうございま、……っ!」
差し出された缶はヤケドするかと思うくらい熱かった。冷えきっていた手で持つにはつらすぎて、制服のカーディガンの袖を伸ばして缶を包み込む。
「熱いから、気をつけて」
隣に腰を下ろした彼のこぼれるような笑い声が聞こえた。
恥ずかしさで冷え切った頬に熱が走る。ただでさえ混乱しているところを見られたというのに、これじゃまるで落ち着きのない子どもみたいだ。
「あ、あの! お金、はらいま、」
「ああ、いいよ。気にしないで。それより開けられる?」
「え、あ、はい。だいじょうぶ、です」
なんだかちっとも落ち着かない。一息ついてプルタブに指をかければ、カツンカツンと何度も爪がすべっていくばかり。
「貸して」
ふいに隣から伸びてきた手に缶を奪われた。 瞬間、わずかに触れた指先に体がすくんで呼吸が止まる。
「はい」
「……あ、りがとうございます」
今度はその指に触れないように、差し出されたものを受け取った。いただきます、と聞こえないくらいの声を出して口をつける。喉を通る熱いものと口に広がる甘い味。思わずため息をつくと、小さな笑い声が耳をかすめた。
「寒かっただろう。それに、思考回路も回復してきた?」
口に手を当てて笑う彼に目を向ける。よくよく見れば、とても整った顔をしていると思った。雑誌とかに出ているような派手なタイプじゃなくて、頭の良さそうな爽やか好青年みたいな。
さっぱりとした短めの黒髪に鼻筋の通った顔。全体的に細身な印象だけど、首や肩はしっかりとしている。シャープな顔立ちには穏やかな表情が浮かんでいて、誰からも好かれそうな、そんな印象。
笑った顔は、ちょっと意地悪ぽいけれど。
「……ご迷惑をおかけしてすみません、でした」
「どういたしまして。朝も体を冷やしたのに、夜もこれじゃ風邪をひくかもしれないな」
「平気です。体は丈夫ですから。あ、あの、朝は、ありがとうございました」
混乱はまだつづいていたけど、聞こえてしまないように深呼吸をした。
まさか、失くした定期を拾って届けてくれたなんて思わなかった。離れたところで探してくれていたなんて知らなかった。
「駅のホームで叫ばれると思わなかったから驚いたよ。律儀だね」
「だ、だって! ……ほんとうにうれしかったから」
駅員さんに聞いて、驚いて、うれしくて。だから――気になった。
「あの、わざわざあたしの定期探してくれたんですよね」
聞きたいことが山ほどある。知りたいことがたくさんある。
だから、あたしはここで待っていた。
「駅員さんに聞きました。あなたが、探してくれたことを」
聞きたかった。気になってしかたなかった。ここまで来たら、もう止められない。
「どうして、探してくれたんですか?」
あたしたちはこれまですれ違うだけの関係だった。
それだけで、終わるはずだったのに。