第96話 転生者として
第96話から第三章の始まりです。
♢ ギルド【GGG】 ホーム Olbato・K・shin ♢
「左京! しっかりしろ! 死ぬな! 目を覚ませ!」
俺の腕に抱かれながら冷たくなっていく左京。
その顔は擦り傷だらけで瞳を閉じ、何度声を掛けても全く反応がない。これでは、まるで……。
「ひゃはははは! 無駄無駄ぁ! とっくに死んでるっつーの! すぐにお前も殺してやるから安心しな」
背中越しから嘲笑うように投げかけてくる言葉を発したのは、浅黒い肌にスキンヘッドの大柄な男。その額には短い角が二つ隆起しており、癇に障る笑い声を止めようとしない。
その姿は間違いなく鬼人族の黒鬼だった。
更に視界の奥では地面に血溜まりを作り、うつ伏せに倒れている右京の姿もある。なぜか、すでに死んでいるということが直感で分かった。
黒鬼の手によって亡き者にされた右京と左京。
抑えることができない怒りが全身を支配し、両の拳を痛いほどに握りしめる。
「貴様ぁぁーーー!! 殺してやるっ!!」
「ひゃぁーーっはっはっはーーー!! ハーッハッハッハーー……」
ガダンッ
虚ろな視界で目にしたのは、ホームであるギルドGGG三階にある宿泊施設の天井。
今はニコルさんの計らいで俺の私室として使わせてもらっている。つまり……。
「……夢か」
ベッドから転げ落ちた衝撃で目を覚ましたようでグシャグシャに皺が寄ったシーツがだらしなく垂れている。
俺にとって初のCランク任務を終えた翌日。
せっかく久しぶりにベッドで眠ることができたというのに、とんだ悪夢にうなされてしまったようだ。
次第に意識が覚醒してくると夢で良かったと胸を撫で下ろすが、早鐘を打つ動悸はいまだに収まる様子がない。
「……たく、なんて夢オチだよ」
しかし、あの時ギルさんが助けに来てくれていなければ悪夢は正夢となっていたことだろう。
嫌な寝汗をかいたせいか肌がベタつき気持ちが悪い。もはや二度寝をする気分ではないので着替えようと起き上がったとき。
コン、コン、コン
ノックの音がした。そして、すぐに聞き覚えのある声が続く。
「シン、俺だ。ギルフィードだ。起きてるか?」
悪夢に参っていたせいか、その声を聞いただけで泣きそうになるほどに気が緩んでしまう。
涙声を悟られないよう軽く咳払いをした後、うわずった声で応える。
「は、はい! 起きてます! 今、開けます」
すぐさま簡易的な鍵を解錠し、木製の扉を押し開けると師匠であるギルさんが立っていた。
「ん、今起きたばかりか? 少しいいか?」
「はい、どうぞ」
立ち話しもなんだと思い、部屋に招き入れようとするが軽く首を横に振り断られる。
「いや、ここでいい。身支度を整えたらニコルの部屋まで来い。話がある。俺は先に行ってるからな」
朝っぱらから何の話があるのだろうと思ったが、すぐに思い当たる節があった。
おそらく、鬼人族のことについてだろう。
昨日、ニコルさんに報告してからは別行動だったのでそのことについて何か進展があったはずだ。
「分かりました。すぐに準備します」
「ああ。それと、顔も洗ってこい。涙の痕があるぞ」
そう言い残し、パタンと閉じられた扉。
咄嗟に頬を手で触ると、ザリっという涙の乾いた手触りを感じ、恥ずかしさのあまりしばらく動けなかった。
♢ ♢ ♢
「失礼します」
ノックの後に声を掛けると、「どうぞ」と返事があった。
その柔らかな声は間違いなくニコルさんの声だ。
部屋に入ると、腕を組み何やら気難しそうな表情のギルさんと笑顔のニコルさんが椅子に腰掛けていた。
『おはよう、シン。調子はどう? 昨日はよく眠れたかな?』
「はい。久しぶりのベッドだったのでよく寝れました」
嘘だ。
本当は悪夢にうなされていたが、ここで言うほどのことでもないのでそういうことにしておこう。
『そう、それは良かった。それで、朝から呼び出した理由なんだけどね……』
そう言いながら机の引き出しをスライドさせて取り出したものは一枚の小さな羊皮紙だった。
伏し目がちに視線を落としながら告げた言葉はとんでもないものであった。
『実はもう一人、転生者が見つかったんだ』
「え?」
今、なんて言ったんだ? 転生者が見つかった? そんな馬鹿な!? 俺以外にも転生した人がいるのか?
全く予想すらしていない内容に混乱し、言葉にできないでいると追い打ちをかけるように更なる情報を開示してくる。
『しかも! なんと! その人物はGGGに入団してまーす! わーー!』
「???」
わざとお道化るように両手を上げ大袈裟に驚いたフリをしているニコルさんに反し、俺の思考は全くついていけてない。
ダメだ。朝一で寝ぼけているせいか内容が頭に入ってこない。やっぱり二度寝しておけば良かったか……。
「……え? ちょっと、よく意味が……」
眉をしかめ助けを求めるようにギルさんに視線で訴えかけるものの、当のギルさんは事が済むまで無言を貫き通すつもりなのか、瞳を閉じたまま黙っているだけだ。
そんな俺に対しニコルさんは止まらない。
『さらにさらに! その人物は料理人として……、いや“ イタマエ ”として、すでに厨房で働いてまーす! わーー! スゴーイ!』
「???」
もはや俺の理解の範疇を超えていた。そうとは知らず、パチパチと拍手をしているニコルさん。
俺の知らないところで何が起きているんだ? 何がどうなっているのかさっぱりだ。
一から説明してくれないと訳が分からない。
「ちょっと、待って下さい! 転生者? それに板前ってどういうことですか?」
俺が驚いているのを見て予想通りのリアクションを取ってくれたことに満足しているのか、うんうんと笑顔で頷いているニコルさん。
『いいねぇ、その反応! 今まで黙ってた甲斐があるよ!』
「えぇ? 今までってことは前から知ってたんですか? いつからですか!?」
質問をしようにも新たな問題が次から次へと涌き出てくるので質問が追い付かない。
『まぁまぁ、そう焦らないで。順番を追って一つ一つ説明していこう』
焦るなというほうが無理だ。これで落ち着いて話を聞いていられるものか。こうなったら、ちゃんと納得するまで引き下がらないぞ。
そんな俺の意思を読み取ったのかニコルさんが椅子に座るよう勧めてくれる。
『全てを説明するには、まずこれを見てもらったほうが早いかな』
それは先ほど机の引き出しから取り出した小さな羊皮紙だった。羊皮紙を受け取り目を通してみる。
そこには習字の草書のように、型を崩した字で記されており見慣れたものでなければ読み辛い文字が連なっていた。
「こ、これは……!」
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【第四十四番 吉凶不分末吉】
此れは闇夜を照らす月光の印。
天の真言在れば、地を往く道標あるべし。
気満ち、命産まれる地に赴くべし。神の赤子如き傑物、現る。
旅立つ兆なれば、避けられぬ。
何事も慎み赦す者たれば、待ち人と再会す。
精進せよ。
一、願事 気長に待て。
一、方角 東と北がよし。
一、失物 現る。
一、待人 急げばよし。
一、旅行 遅いと厄がある。
一、学問 続けよ。
一、商売 悪し。
一、争事 危うし。
一、縁談 よし。
一、病気 避けられぬ。
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「おみくじだ……!!」
まさかここでおみくじを渡されるとは思いもしなかった。
字は読み辛いし、書いてあることもいまいちよく分からない。
それでもなんとか読み進めようと頑張って解読していくと、ニコルさんが説明してくれる。
『それは、とある人物の能力を使ったもので未来のことを教えてくれるんだ。実際に当たるかどうかはその人の行動次第で変わるから信憑性は半々かな? ちなみに、それは僕を占ってもらったものだよ』
内容はよく分からないが、何故今これを見せられたのだろうか? 今は正月でもあるまいし。というか、ガイアにも正月があるのか?
「変わった能力を持った人がいるんですね。でも、どうしてこれを俺に見せたんですか?」
俺の問いに待ってましたと言わんばかりに前のめりになったニコルさんは口角を上げ、したり顔で告げる。
『実はシンを見つけることが出来たのはその占いのおかげなんだ』
「えっ!?」
どこにそんな内容があったのだろうか?
学のない俺では判別できそうにない。けれど、ニコルさんがそう言うのであればそうなのだろう。
『要約すると、その記述の中に僕にとっての待ち人。つまり救世主が現れると書いてるんだ。それが、シン。君だよ』
今日一番の意味不明な言葉が飛び出した。
救世主? 俺が? そんなわけない。
だって、俺はただの地球人で事故によって一度死んだけど神様の悪戯によって蘇り、ガイアに転生して加護を受けただけの男だ。
……あれ?
改めて考えるとかなりスゴイことかも? ……マジ?
『かねてから僕はどうしても叶えたい夢があってね。今まではどうすればいいか悩んでいたんだけど、シンと出会ったことで確信したんだ。僕の夢を叶えてくれるのは君だとね』
ニコニコと笑顔で恥ずかしげもなくそう言ったニコルさんは至って真剣だ。
冗談の類でないことは流石の俺でも理解できる。ここで下手に茶化しでもしたら、ニコルさんに悪い。
と、これまで沈黙を貫いていたギルさんが会話に割って入って来た。
「だが、重荷に感じることは無いぞ。お前の弱さは俺が一番知っている。無理に頑張らなくとも仲間がいるんだ。それに、腕っぷしではまだまだヒヨっ子だからな」
ニヤリと笑っているがなかなかに重い一言だ。
今朝の夢は自分の不甲斐なさを見せつける為かもしれない。
「でも、救世主なんて言われても……、どうすればいいか見当もつきません」
心からの本心だ。
神の気まぐれに選ばれた存在だとは認めるが、自称神様は単に面倒だから転生させたと言っていた。
それが、どこをどう間違えば救世主になるのだろうか。
『大丈夫。それは一緒に考えていこう! っと、ここまではいいかな。それじゃ、次の話に進めるね』
なんだか、どっと疲れてしまったがこれで終わりではない。
そもそも俺以外にも転生者がいるらしいのだ。しかも、同じギルドに入団し、国も前職も同じ奴が。
神の気まぐれにしたって、振り回される身にもなってほしいもんだ。
『では、これからもう一人の転生者に会いにいこうか』