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新たな新世界へ  作者: 先生きのこ
第二章  導かれる運命
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第78話  師として

本日は2話投稿しているの77話を読まれてない方はそちらからお読み下さい。

「そんな……、嘘だろ……」


 たった今産まれた鋼鯨の二匹目の赤ちゃんは、自らの力で潮を噴き上げることも、産声をあげることもなく死んでいた。

 

 長い時間をかけ母親の胎内でこれほど大きくなるまで成長していたのに──。

 兄弟か、あるいは姉妹となり得た存在を残して──。

 


 その短すぎる天寿を全うした。

 


 ブゥオオオオオォォォォオォォォオオォォォォォォォオオオオォオォオオオオッッッ


 

 大海原に母鯨の悲しみに暮れた鳴き声が──。


 泣き声だけが響いていた。



 遠目からその姿を見ていた俺達は誰もが言葉を失い、茫然と立ち尽くす。

 死んでいると分かっていても、それでも赤ちゃん鯨のそばを一時も離れようとしない母鯨は時折、優しく身体をぶつけている。


 その様はまるで「起きて──、起きて──」と呼びかけているかのようで、とても見ていられるものではなかった。

 先に産まれた赤ちゃん鯨はピクリとも動かない兄弟に何が起こっているのか理解できず、一緒に遊ぼうとでも言っているかのように死体の周りを楽し気にグルグルと泳ぎまわっている。



 その無垢な思いが届くことはなく、目を覚ますことは有り得なかった。



「うっ……、うぅ……、ひぐっ……」


 ビアンカは声を押し殺して泣いていた。

 嗚咽を無理やり抑え込もうと堪えているが、堪えるほどに感情は昂り、打ち寄せる波のような悲しみが小刻みに細い体を震えさせている。



 ジュードでさえも悲しみに暮れているのか何も言葉を発することができずに、ただただ洋上を眺めていることしか出来ていない。



 痛いほどの沈黙が船内を包み込んだ。

 だが、そんな沈黙を破ったのは熊八であった。



「準備しろ。まだ任務は終わっちゃいねぇ」


 あまりにも無機質なその言葉を放ち、熊八はただ一人動き出した。

 その言葉が信じられなかった。



「熊八……。熊八っ!!」


 俺は叫ばずにはいられなかった。

 あまりの出来事にショックを隠し切れず、天国から地獄とはまさにこのことだ。


 船に乗っている全員が悲しみに打ちひしがれている中、そそくさと任務のために行動する熊八を咎められずにはいられない。

 悲しみを通り越して怒りさえも感じてしまう。


 これまで尊敬の眼差しを向けていた人物が、まさかこれほど冷酷な感情の持ち主だったとは。

 あまりにも冷たすぎるではないか。



 母鯨の気持ちが熊八には理解できないのか?

 所詮、熊八にとって生き物とは利用するだけの存在でしかないのか?

 お金や食欲を満たすためだけにここまで来ているのか?


 ぐちゃぐちゃと混乱する脳内では次から次へと疑問が浮かんできては答えを欲している。



 なんで? なんで? なんで? どうして? 


 師としての根幹を揺るがすほどの挙動に返答次第では師弟の絆を解消するかもしれない。

 けれど、自分の思いが間違っているとは全く思えないので真っ直ぐに目を見て問う。



「なんだ?」


 感情の読めない表情で振り返った熊八は作業を中断する。

 俺は熊八と向き合ったまま毅然とした態度で問いただす。



「熊八は……、悲しくないのか? たった今……、目の前で産まれたばかりの赤ちゃんが……、死んだんだぞ?」


 自分で言った言葉を聞いているだけで泣きそうになってしまう。

 感情を律することが出来なければ今にも涙が溢れてきそうだ。じんわりと目頭が熱くなり、瞬きを繰り返さなければ涙が零れてしまう。



「悲しいに決まってるだろ」


「ならっ! なんでそんな平気そうな顔してるんだよっ!?」


 図らずも声が大きくなってしまう。

 


「おい、よせ」


 ジュードの言葉も鬱陶しい。黙ってろ。

 それでも熊八はジュードに手をかざして言葉を遮ると、俺の返答を待っている。



 何を想っているのか知らないが、抑えることができないほどに昂る感情が止まらない。



「なんで……、なんでそんな簡単に割り切れるんだよっ!?」


「俺が冒険者だからだ」


「っ!? 冒険者……? 冒険者は悲しくても仕事を優先しなきゃいけないのか!?」


「そうだ」


「死に逝く命に祈りもささげないのかよ!?」


「もう済ませた」


「嘘だっ!! だって早すぎるだろ!? 俺は見てないぞ!!」


「誰かに見てもらわなけりゃ祈ったことにならないのか」


「そうだっ! 全然、誠意が感じられない!! もしかして、死んだ赤ちゃんを食べようとでもしてるのか!? 今なら新鮮だし、殺したことにならないから食べても問題ないとでも思ってるんじゃないのか? どうなんだよっ!? 熊八!!」


 

 もはや自分でも何を言っているのか理解が追い付いていなかったが付いて出る言葉をただ吐き出すばかりで、止めることは出来なかった。

 それでも言葉は言霊に乗り、人の心を騒めき立たせる。

 

 それほどまでに混乱し、動揺し、紛擾ふんじょうしていた。

 



「 いい加減にしろ 」


 まくし立てる俺の言葉に我慢の限界が来たのか、目一杯の力で左頬を殴られてしまった。



 熊八ではなくジュードに。


 鉄のように硬い拳で殴られると、いとも容易く身体は傾き甲板に打ち付けた。ズキズキと痛む頬を抑えながら何故、同じ気持ちであるはずのジュードに殴られたのか理由が分からないまま睨みつける。

 熊八に殴られるならまだしも、まさかジュードに殴られるとは思いもしなかった。



「ってぇーーな!! 何しやがんだ!?」


 金髪ツンツン頭のジュードは怒りが頂点に達しているのか眉間にしわが寄り、こめかみには血管が浮き出ていた。

 そのまま倒れ込む俺の胸倉を乱雑に掴むと、おでこがくっ付くほどに引き寄せられ凄まれる。



「テメェがとんでもねぇ甘ちゃんだから、先輩として教えてやってんだよ」


 そして、もう一発。

 今度は右頬を殴られた。


 クソが、超痛ぇじゃねぇかよ。つーか、なんでお前が殴ってんだよ。ったく、訳分かんねぇ。

 


 殴られた際に口内を切ったのか鉄の味が口にひろがっている。




「もういい、離してやれジュード」


 怒っているわけでもなく、嘲るわけでもなく、落ち着いた声色で熊八が静かに告げた。

 三発目をお見舞いしようとするジュードは振り上げた拳を止め、ゆっくりと解くと俺を開放してくれる。



「チッ、まだ殴りたりねぇが仕方ねー。あとは師匠に教えてもらいな」


 そう吐き捨てるとズカズカと大股で歩いてどこかに行ってしまった。

 いまだに殴られた理由が分からなかったが、殴られたせいでさっきまでの勢いは消えていた。



「大丈夫か? 見せてみろ」


 嫌がる俺に構わず、傷の具合を確かめるように手を顎に添える熊八はじっと見つめたあと手を放す。

 


「今は痛むだろうが問題ない。すぐに脹れも引く。魔力を纏って殴られてたら顎が砕けてたぞ」


 嘘だろ? あれで手加減されてたのか? 滅茶苦茶痛かったぞ。血も出てるし。もう、止まったけど。



「そんで……、俺が悲しむ素振りを見せないからアラタは怒ってるんだろ?」


「ああ」


「もう一度言うが、俺は悲しい。それこそ泣いてしまいそうになるくらいにな」


「……そんな風には見えないけど」


「だから言ったろ? 俺は冒険者だからって」


「……それがよく分からないんだよ。冒険者だからなんだ?」


 反抗的な口答えをする俺にそれでも穏やかな口調で説明してくれる熊八。

 


「いいか、よく覚えておけ。生き物にとって生と死は表裏一体。どっちかだけなんてあり得ねぇ。俺もいつかは死ぬしアラタも死ぬ。これは世界のことわりだ。違うのは遅いか早いかだけ。もしかしたら、今日死ぬかもしれねぇし明日かもしれねぇ。だからこそ命は尊く、限りある時間を目一杯生きて生き抜くんだ」


「……そんなのていのいい謳い文句だろ。それと冒険者が何の関係があるんだよ?」


「ガハハ、素直じゃねぇな! 冒険者ってのは時には食べるために命を奪うこともあるし、時には一方的な都合だけで食べずに殺す時もある。

 けど、それは生きていくために必要な代償であって明日へと繋がる糧となる。だからその分、残された方は喜びも悲しみも全部背負って生きていくんだ。全ては生きるために」


「それは強者の言い分だろ? 弱者は殺され、食べられるのが役目だって言いたいのか?」


「それも真理だがそれだけじゃねぇ。すべての命は繋がってるのさ。俺たちは肉や植物を食べるがその分、糞として出すし出たものはやがて土へと還る。いつかは肉体だって消えてなくなるが、時間をかけて肉体は養分となり世界に吸収され、次の命へと繋がっていく。つまり円だな!」


「………。」


「まだ納得できねぇか。なら、その答えを自分なりに納得できるまで探してみるのも一つの手かもしれねぇな。俺は俺の真実に、アラタはアラタなりの真実に。それこそ一生を掛けるに値する” 冒険 ”だとは思わねぇか?」



 上手いこと言ったと言わんばかりに鼻を高くしているが、全然うまくないからな。 

 けど、さっきよりは少しだけ分かったような気がする。



 今までひっそりと泣いていたビアンカは気が付くと泣き止んでケロッとしており、これまでの話しを聞いていたのか口を挟んできた。



「熊八さんの言う通りじゃない。一体、なにが気に食わないの? それとも、ただ構ってほしいだけの、かまってちゃんなの?」


 泣き止んで早々、気に障るような物言いしやがって。いいさ。こうなりゃ、とことん討論してやる。



「話しは分かったよ。けど、悲しみに暮れる時間は人それぞれだろ?」


「ええ、その通りね。随分とお優しいのね」


「当たり前だろ」


「アハハ、ホントの馬鹿ね」


 笑われてしまったが、今更気にするもんか。



「それに、アンタ自分で言ってることの矛盾に気が付かないの?」


「矛盾? 何のことだ?」


「” 悲しみに暮れる時間は人それぞれ ”って言ったじゃない。まさに、その通りよ。あんたは未だにうじうじ悩んで周りに迷惑掛ける” いじけ虫 ”だけど、熊八さんは悲しみを受け止め誰よりも早く乗り越えたのよ。それに私もね」


「………。」


「周りを見てご覧なさい。あんた以外の乗組員は全員動き始めてるじゃない。果たして、どちらの行動が人道的かしらね」



 ぐうの音も出ないとはこのことだな。何か言い返したくとも、これ以上続けてしまっては俺のエゴだ。

 どうやら馬鹿だったのは俺の方みたいだ。



「ごめん、熊八。ひどいこと言って……、すまなかった」


 そう言って深く頭を下げる。



「気にすんな。これでお前さんが成長できたんなら、師として喜ばしいことだ」


「熊八……。」


 俺の過ちも笑って許してくれる熊八はとても器の大きい自慢の師匠だ。

 なんて言ったら都合のいい馬鹿野郎かな?



「あら、いじけ虫でも聞く耳は持ってるみたいね。私の手が出る前に気が付いて良かったわ」


 ビアンカまで殴るつもりだったのかよ。

 熊八と二人で笑いあっているがぶたれる身としては笑えない。



「うっし! そんじゃあ、鋼鯨の涙が出てきたら採取しに行くぞ!」


 熊八の一声により下がった士気を立て直す。

 ビアンカの言う通りクヨクヨしたままでは男らしくない。ここはいいところを見せて俺の株をあげなければ。



 そして天に召された赤ちゃん鯨のいる海域を見る。

 そこには命こそ潰えたが、他の生物にとっては極上で特大の餌が存在しており多くの生き物の糧となるだろう。


 あとは母鯨が悲しみを受け止め、残された子供を守り、未来へと前進するのを待つだけだ。


 

 俺たちはいくらでも待つ準備が出来ている。

 今はただ、見守っていよう。



 そう思っていた──。








 死んだ赤ちゃん鯨の体内から穴を空けて不気味な魔力を放つ生物が現れるまでは──。


 


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