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新たな新世界へ  作者: 先生きのこ
第二章  導かれる運命
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第77話  二匹目

 ゲホッ! ゲホ! ガハ……。



「ったく、無茶しやがって」


 熊八の手によって甲板へと引き上げられた俺と騎士団員は大量に飲み込んでしまった海水をげーげー吐き出していたが意識を手放すまでには至らなかった。

 俺は慣れない魔力の開放によって極度の倦怠感に襲われ泳ぐどころではなく、騎士団員は重そうな鎧に身を包んでいるため自力では浮かび上がることが出来ないでいた。

 熊八に助けてもらわなかったら二人とも海の底に沈んでいただろう。


 そして何故、急にグリフォンが苦しみだし絶命したかは分からないが噛み殺されることもなく噛み付かれた腰辺りが痛むものの、こうして生きている。


 更に不可解なことは、今しがた起きた我をも忘れるほどの激情に身を焦がし魔力を開放したことだ。

 だが、そのおかげで騎士団を止めることに成功し一先ず鋼鯨に近づけることは阻止したが。


 俺達を助けてくれた熊八は全身の毛皮に吸い込んだ海水をぶるぶると震わせるように振り飛ばし、その姿はまるで犬のようであった。



『何をしている!? 私に構わず目標を確保するのだ!』


 濡れた顔を拭いながら上空を旋回している他の騎士団員に指示を飛ばす男は部隊を率いている立場の者なのだろう。騎士団員としても先頭を進むリーダーが海に落ちたのであれば救出を優先しようとすることは至極、全うな思考である。


 それでも自らの保身をかなぐり捨て目標達成を第一に考えるその姿勢には一目置くが、今はそれどころではない。

 リーダーの意思を汲み取った騎士団員は表情を変え、指示通り鋼鯨のもとへと進もうと視線を向けたとき凄まじい大声が船上から響き渡る。

 


「う、ご、くなぁぁぁぁぁ!!!」


 それは熊八が上空にいる騎士団員に向け発した空気を震わせるほどの大声だった。

 牙を剥き出しにし、しわの寄った鼻先と眉間、相手を睨み殺すかのような視線と滲み出る魔力。もし、無理やりにでも動いてしまえばたちまち殺されてしまうと錯覚するほどに恐怖を植え付けている。

 

 野生の熊さながらの威嚇した表情は上空を飛んでいるグリフォンを一匹残らずすくみあがらせると指揮系統を狂わせ、次なる行動を取らせなかった。



「鋼鯨の出産はまだ終わってねぇ! 子供は双子だ! これ以上、進もうとする奴は俺が許さねぇ!」


 ビリビリと空気を振動させ誰一人として動くことのできない状況を作り出し、完全にこの場は熊八が支配していた。



『双子だと!? まさか、そんなことが……。それは真か!?』


 驚いた表情をする騎士団のリーダーは予想すらしていない事態であったのか、目を大きく開き熊八を問いただしている。



「本当だ。俺たちの船を追ってきたってことはビアンカの能力に気付いてたんだろ? なら嘘じゃねぇことくらい分かるだろうに。それに今、母鯨に近づいたら敵と見做みなされ一瞬で沈められるぞ。分かったらあいつらを船に引き返させろ。今すぐにだ」


 熊八の忠告を聞き得心がいったのか、上空にいる騎士団に向け手振りをすると一団は一匹のグリフォンを残して紅白の船へと引き返していった。

 残った一匹はリーダーを回収するために残ったのだろう。



「よし、それでいい。後は無事に産まれりゃいいが……」


 騎士団の愚行で母鯨を刺激することは未然に防ぐことは出来たが、出産はまだ終わってはいない。

 海面上ではいまだに大きく潮を噴き上げる母鯨とそのそばに寄り添うように赤ちゃん鯨の背中が垣間見える。

 その後、騎士団員はジュードとその取り巻きによって縄で縛られ身動きが取れないようにされ俺も船医に怪我の処置をしてもらった。




「どうだ、ビアンカ? 産まれそうか?」


「まだよ……、一匹目より難産のようね。最初より苦しんでいる声が聞き取れるわ」


 それはビアンカにしか知り得ない情報だがそれもそうだろう。

 ただでさえ大変な出産を一度ならず二度までも行っているのだ。極限まで痛みを堪え、疲労はピークに達し、自分の命を賭して尚、諦めずに新たな命を誕生させようとしている。

 その姿は母親の鑑であった。



「それで、こいつはどうする? 念のためにボコって人質として捕まえておくか?」


 ジュードは拘束され座り込んでいる騎士団員を見下ろしながら脅しまがいの言葉を口にし、これからの行動を決めあぐねていた。

 その言葉を聞くや否や騎士団員は怒りと屈辱を顔に浮かべ吐き捨てる。



『侮るでない小僧! 誇り高き紅龍騎士団は目的の為ならば犠牲をいとわぬ! 私一人の命に何の価値もないわっ! 拷問でも何でもするがよい!』


「へー、ならそうさせてもらおうか」


 瞳孔が開ききった目と狂気に満ち溢れた表情で恐怖を煽るようゆっくりと近づいていく。優位性を保とうとした騎士団の思惑もジュードには通じていなかった。



『ぐっ……、だが忘れるでない! 私に手を出せば仲間たちが黙っていないぞ。お前も犯罪者として指名手配所ブラック・リストに載ることだろう。この船の全員を犯罪者として仕立て上げることも出来る。それでも良いのか!?』


「今更ビビってんじゃねーよ。お前の命に価値はないんだろ? さっきと言ってること逆じゃねーか。さーて、まずは手の爪でも剥いどくか」


 これまで見せることのなかったジュードの残虐性に言葉を挟みそうになる。

 しかし、ケタケタ笑いながら手を取ろうとするとジュードの肩に手を置く者がいた。



「もうその辺でいいだろ。後腐れするのは面倒だ。海にでも放り投げておけよ」


「んだよ、もうバラしちまうのかよ。これから楽しくなるってのによー」


 初めから拷問する気は無かったのか、出合い頭のいざこざの鬱憤を晴らしたかったジュードは騎士団員をからかったあと取り巻きと共に笑っていた。

 褒められた性格とはいい難いが少なからず俺も頭にきていたので灸を据えるには効果があったことだろう。



 かくして笑いものにされたと気が付いた騎士団員は顔を真っ赤にすると、これまでのお堅い口調とはかけ離れた汚い言葉をジュードに向け口々に吐き捨てていた。

 だが、それも最早ジュードの心には響いていないようだったが。



「いいか、お前さんたちも鋼鯨の涙を狙ってんのは知ってるが、それは無事に出産が終わったあとの話しだ。騎士団なら絶滅危惧種の保全に努めろよ。歴史ある紅龍騎士団なんだろ?」


『……よかろう。我が愛獣の件は貴殿に免じて矛を収めようではないか。さぁ、縄を解かれよ』


「なーに、偉そうに言ってんだよ。ホントに拷問するぞ、コラ」


「よせジュード。いいから開放するぞ」


「わーったよ」


 そうして縄を解かれた騎士団のリーダー格は上空を旋回していたグリフォンの騎士団員に手振りで降りてくるよう指示し、二人乗りをして自分たちの船へと帰っていった。

 ふと思い返してみると、初めは反抗的だったジュードも命を救われた為か熊八の指示に従う様になっており、ビアンカも全幅の信頼を寄せている。


 やはり実力があるものには結果が伴い周りに影響を及ぼしている。

 決して偉そうな態度をとっていないにも関わらず、今では船の乗組員のほとんどが熊八の意見に耳を傾けていた。



「そういえば熊八。俺に噛み付いたグリフォンは何で死んじゃったんだ? 誰かの能力か?」


「ん? あぁ、それはこいつだ」


 そう言って、突然俺のズボンのポケットに手を入れてまさぐり始めた熊八は一枚の紫色をした葉っぱを取り出した。



「あ、それは……」


 それは先日、ジュードとビアンカが言い争っていた際に喧嘩の仲裁をするのに一役買った<紫養燕樹パープルスワロー>の葉っぱであった。



「お前さんも知ってると思うが、こいつは強力な毒草でな。うっかり口に入れちまったら結果はあの通り。お前さんに噛み付いた際に毒も一緒に接種しちまったみてぇだ」


 そんな危険なものをずっとポケットの中に忍ばせていたのか。すっかり忘れていた。というか、一歩下手をすれば俺も危なかったんじゃないか?

 確かに、嵐の中ポケットに入っていたということは雨で濡れ、長時間放置していたということになる。

 俺の知らないところで毒が回ったズボンを穿いて今まで過ごしていたなんて……。



「熊八はこうなることが分かっていて葉っぱを持たせていたのか?」


「いや、たまたまだ。俺としては気分転換くらいになればと思っていたんだが思わぬ結果を生んだな。ガッハッハ」


「もし、傷口から毒が入り込みでもしたらどうする気だったんだよ?」


「大丈夫だ。厨房に毒消しの薬草も積んであったしブラガの屋敷で食べたクッキーと同じように中和してやったさ」


 そう言われてしまえば返す言葉もない。けど、なかなか即効性のある毒だけに間に合わなかったら笑い事じゃなくなりそうだが……。

 その後、いつまでも毒化したズボンを穿いていたくなかったので新しく毒の無いズボンと交換し、これまで穿いていた物は厳重に封をして貨物室の奥に仕舞い込んだ。



 と、その時。



 ブゥオオォォォォォオオォォォオオォオオォォォォォォォオオォォッッ



 二匹目の出産を知らせる咆哮が大海原に響き渡った。



「みんな! 産まれたわよ!」


 ビアンカの歓喜に満ちた言葉を受け、再び船上は喜びに包まれる。


 しかし……、



「いえ、ちょっと待って……。様子が変よ……」


 何かに気が付いた様子のビアンカは表情を曇らせ確認のために再度、能力を発動させた。



「そんな……、あんまりよ……」


 今しがた産まれたばかりである海面に目をやると、黒い小島のような物体がプカプカと力なく浮いていた。




 産まれたばかりの二匹目は産声をあげることなくこの世を去っていた──。


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