第73話 会敵
海賊船に単身乗り込んだジュードは瞬く間に敵に囲まれてしまっていた。
彼にどんな能力があるかは分からないが、自ら戦闘タイプと豪語していただけに自信はあるのだろう。
しかし、そこは敵地。多勢に無勢。
海賊たちも、まさか向こうから乗り込んでくるとは思っていなかったのか初期対応が遅れ、ジュードの侵入を防ぐことが出来ていなかった。
けれど、敵地に乗り込むなど普通の人間ならばそのような暴挙に出ることなど自殺行為に等しい──。
が、それでも……。
♢ ♢ ♢
「一応、言っておく。お前ら痛い目に遭いたくなかったら大人しく引き返せ。今ならまだ見逃してやる」
それはジュードからの最初にして最後の勧告だった。
突如、乗り込んできた金髪男が何を言い出したかと思えば撤退を勧める言葉。可笑しな間が空き一瞬ポカンとした表情の海賊たちは、沈黙を破り大声で笑い始めた。
「ブッ! ブハハハハハッ! こいつ頭おかしぃんじゃねーか!? この状況が分かってんのか!? 馬鹿なお前に教えてやろう。答えは……、NOだ!!」
嘲笑を受け笑いものにされたジュードだが、本人はどこか安心したような得心がいった面持ちで赤い魔力を纏っていた。
「ああ、そう言うと思ってたぜ。お前らホント分かりやすくて助かる」
「サクッと、逝っとけやぁぁーーー!」
カットラスを大きく振りかぶりながら手前にいた海賊の一人が襲い掛かかり、その刃はジュードの頭蓋を叩き切るよう力の限り振り下ろされた。
ジュードは向かってくる刃に臆することなく、ただ右腕を掲げカットラスの刃を受け止めようとしている。
(馬鹿め、生身の腕で防げるとでも思ってんのか! その腕切り落としてやるっ!!)
しかし、振り下ろされた刃がジュードの腕を切り落とすことはなかった。
ギャイィィィィィンン
甲高い音を鳴らしたカットラスの刃先は真っ二つに折れ、砕けた刀身が甲板へと落ちる。
これまで数えきれないほど人間の肉を切ってきた海賊は一度も感じたことのない手応えを味わい、今起きた現象に理解が追い付いていなかった。
確かに金髪男の腕に刃が当たったはずなのに皮膚を切り裂くどころか逆に刀身が折れ、打ち付けた衝撃によって手がジンジンと痺れている。
「どうした? もう終わりか?」
「な……、てめぇ何しやがっtt!!」
海賊の言葉を聞き終える前にジュードの一撃が海賊の左頬を振りぬいた。
鉄のように固く握られた拳は易々と顎の骨を砕き、奥歯を数本へし折っていた。顔の形が崩れた海賊の口から血液交じりの唾液と共に、抜けた奥歯が口から飛び出していく。
「あれ? 俺の右腕が義手って言ってなかったっけ?」
わざとらしく惚けたフリをするジュードは接触した個所を確かめるように擦りながら全く悪びれる様子もなく答えていた。
ベチャッと受け身も取らず濡れた甲板に崩れ落ちた海賊は、もはや戦闘はおろか立つこともままならずガクガクと痙攣し、今しがた告げたジュードの言葉も届いていないことだろう。
「テメー、義手のくせに生身の肉体のフリして卑怯だぞ!!」
周りを囲む他の海賊からの罵詈雑言が飛んでくるが気にする様子が無いジュードは高らかに笑った。
「ハッハッハ! まさか、海賊に卑怯者呼ばわりされるとは! お前ら人のこと言えんのかよ? いいから、かかってこいよクズども」
火に油を注ぐ言葉を最後に海賊たちの目の色が変わった。
戦いは一気に加速し怒号が飛び交う船上は侵入してきた生意気な若造を殺さんばかりに殺気が渦巻き、武器を手にした野蛮な海賊が我先にと襲い掛かってくる。
その僅かな間にジュードは魔力を右手に滾らせ、勢いよく足場の甲板をぶち抜いた。
「オラァッッ!!」
その一撃はいとも容易く木製の船を砕くと、扉の無い場所から無理やり船内へと侵入する。たまたま入り込んだ部屋は食糧庫として使われているのか部屋の壁際に木箱や樽が並び他には誰もいない。
何かを閃いたジュードは船内から食糧庫へと通じる扉を一蹴りで破壊し、すぐには入ってこれないようにする。
「船内に入り込んだぞ! 逃がすな! 殺せ!」
「行け! 行け! 行けーーー!!」
「追え! ぶち殺せ!!」
自分たちの船を破壊され、怒りが頂点に達した海賊はジュードが空けた穴から入り込んでくる。しかし、広い甲板とは違い狭い船内では大勢が一度になだれ込むことは出来ず、一人ずつしか追うことが出来なかった。
それこそがジュードの狙いであるとは気づかないほど頭に血が昇った海賊達は地獄へと続く入り口とは知らず、入り込む。
「 カモ~ン 」
薄暗い船内へと入り込んだ海賊は着地と同時に脳が揺さぶられるほどの衝撃を喰らい、何をどのように攻撃されたかも分からぬまま意識は吹っ飛び、成す術なく倒れた。
そうとは知らない海賊達は、次々と穴へと飛び降りていくが鈍い音を響かせるばかりで誰一人として戻っては来なかった。
何人もの海賊が突入後、流石におかしいことに気が付き甲板の上では暗い船内から不気味に聞こえてくる仲間たちの苦痛を伴う呻き声と、痛々しいほどの衝撃音が追撃を尻込みさせる。
「何やってる!? 小僧一人に舐められてんじゃねぇ!! ここがダメなら船内から襲え!!」
「ダメだ! 内側から扉を壊されちまって、すぐには開かねぇんだ!」
「……ッ!? あ゛あ゛ぁ! どけぇ! 俺が殺す!!」
そう言い放ち上着を脱ぎ捨てた男は周りの海賊よりも一回り大きな身体をもっていた。そのまま魔力を滲ませると全身に纏わせている。
「俺は増強タイプだ! 軟な攻撃じゃビクともしねぇ!! 俺が先陣をきる、俺の後に続け!!」
恵まれた身体を持った男の言葉に勝機を見出した海賊は士気を取り戻し、雄叫びをあげている。
が、次の瞬間。
ドゴォッンンン
男が立っていた場所の底が抜け、バランスを崩した男は滑り落ちるように食糧庫へと転落した。追撃が止んだのを見計らったジュードが声を頼りに男のいる足場目掛けて天井を破壊したのだ。
瓦礫と共に船内へと入り込んだ男は埃にまみれながらも怒り狂う。
「ふざけやがって、クソ餓鬼がぁぁぁぁ!!」
凄まじい怒気を孕んだ魔力は禍々しい魔力を撒き散らし、その身体は怒りに震えている。
「こっちだ。おっさん」
穴の広がった天井のおかげで、暗雲と雨に遮られながらも僅かに差し込んだ光によりジュードの姿が現れる。
しかし、構えていた両手の拳は弾丸のような速さと鉄のような硬さで恵体の海賊にラッシュを打ち込む。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ
額、右耳、左耳、鼻、右目、左目、頬、口、顎、喉、胸、肩、脇腹、鳩尾、臍。上半身に向けて打ち抜いた拳は全てが的確にヒットし痛々しい拳の痕を体に刻み込んでいた。
「俺の拳は軟だったかよ?」
すでに血だらけで事切れていた海賊は大きな身体を支えきれずに背中から木箱に倒れる。
その一部始終を見ていた甲板にいる海賊たちは、そのあまりの無慈悲な攻撃に戦々恐々とし、すでに何人もの仲間がやられたため戦意を喪失しているものもいた。
「どうした? かかってこいよ。来ないならこっちから行くぞ」
瞳孔が開き暗闇で怪しく光るジュードの眼は次なる獲物を求め値踏みしていた。
しかし、時間を与えすぎたせいか蹴り壊した扉を突破した海賊が次々と食糧庫になだれ込んできた。その手にはフリントロック式の銃を構えており照準を定め、今にも発砲してくるところだった。
「撃てぇーーーー!!」
いくつもの銃口から発射された銃弾は風穴を空けようと迫りくるが、すぐさま異変を察知したジュードは今しがた倒した男の体を盾にするよう屈み被弾することは無かった。
そのまま男の死体を乱雑に鉄砲隊に向け放り投げ、その陰に隠れるように突進する。
覆いかぶさるように飛んできた死体を混み合った船内では躱すことが出来ず、そのまま圧し掛かかってくる。
一瞬、視界を奪った隙を突き一気に距離を縮めたジュードは至近距離では意味を成さない鉄砲隊に向け鉄の拳を海賊達にお見舞いした。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ
手当たり次第に打ちまくった弾丸のような拳は、数に物を言わせ普段の鍛錬を怠っていた海賊の肉体をいとも容易く破壊した。
「ゥオラァァ!!」
ラッシュ後の一撃は渾身の魔力を込め、海賊の肉体ごと狭い通路の壁を突き破った。
だいぶ数を減らすことに成功したようで正面から向かってくるものはなく、倒れ込む海賊の躯と瓦礫を避けて通路に戻り、再度甲板へと歩いて昇ってきた。
甲板にはまだ何人もの海賊がたむろしていたが、血の気の多い輩はすでに痛い目に遭わせたので残っている者は腰抜けか慎重な者だけだろう。すでに戦意は失われたようで攻撃を仕掛けてくるものはいない。だが、それ故に出来ることが残されている。
「これで分かっただろ? まだやるってんなら本気で船ごと沈めるぞ。無事な奴はケガをした奴の手当てをしてやれ。今ならまだ助かる奴もいるはずだ」
投降を勧めたジュードはガタガタと震える海賊に向け言い放つ。ここまで戦力の違いを見せつければ素直に言うことを聞くだろうと思っていた。
奴が現れるまでは──。
ブシュゥゥゥ
「ッッ!!!」
息を殺し音もなく背後に潜みこの機を狙っていたのは昨夜、夜襲を仕掛けてきた黒衣の女であった。
不意を突かれたジュードの首から夥しいほどの血が溢れ、雨と混じると甲板を赤く染めていった。