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新たな新世界へ  作者: 先生きのこ
第二章  導かれる運命
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第69話  船上での戦い 後編

 ベンジャミンの圧倒的な武力によって海から乗船してきた侵入者サハギンは壊滅し残るはマストに上っている一人だけとなった。



「す……、すげぇ。何が起きたのか全然、分からなかった……」


 今しがた目の前で起きた現象を理解できない俺は、ただただ驚くばかりであった。いくら自身の力が未熟とはいっても凄まじい速さで動き回り、一瞬で駆逐するとは……。その動きは人を超越していた。

 しかし、それは俺が駆け出しというだけであってこの世界ではよくある事なのかも知れない。

 そう思い周りを見てみるとジュードやビアンカも驚愕の表情を浮かべている。


 ただ一人、熊八を除いては。



「マジかよ……。あいつ何者だ? ただの執事にしては出来すぎだろ。ブラガはこんな奴を執事として雇ってんのか?」


 いつもの大柄な態度は鳴りを潜め、ジュードの顔は苛立ちを含んだような得体の知れない獣に出会ったかのように緊張していた。

 三ツ星(トリプル)の冒険者でありブラガの依頼を受けることができるほどに認められていたジュードでさえも力の差をまじまじと感じ取っている。それほどまでの力なのだ。



「それも複数人ね。屋敷にはまだ何人も執事がいたわ。……全く、私たちが依頼を受けなくとも今回の目標ターゲットくらいなら執事に任せておけば簡単に手に入れられるんじゃないかしら?」


 ジュードだけでなくビアンカも身構えたまま動けないでいる。この状況でいつもと変わらない出で立ちをしているのは腕を組んで立っている熊八のみだった。その視線はすでに上へと向けられており、戦いは次の局面を迎えている。



 上空から鳴り響く剣戟の音。

 薄暗い闇夜のなかでも時折、月明りに反射した光がキラリと瞬き、火花が散る。


 先ほどまで甲板に立っていたはずのベンジャミンは最後の侵入者を粛清するため、すでに攻撃を仕掛けていた。地上戦から空中戦に変わった戦いはもはや目で追うことは適わず、あとから聞こえてくる音に耳を研ぎ澄ましてもその姿を捉えることは俺には出来そうにない。



「あいつ、やるじゃねぇか。おそらく侵入してきた相手は一隻でも多くの船を沈めて競争相手を少なくするよう依頼されたプロの暗殺者アサシンだ。鋼鯨の涙が狙いじゃねぇ。狙いは俺たちの命。奴の依頼主は手柄を独り占めしようとたくらんでる船団のどれかだろうな」


 冷静に状況を整理している熊八はまだ余裕を感じさせる。しかし、相手がプロならば一刻も早く助太刀に加わらなければベンジャミンが危険ではないのか?



「なら、助けなきゃ!! 相手はプロなんだろ? 俺が行っても邪魔になるだけだろうけど、皆でかかれば何とかなるんじゃないか?」


「止めとけ。今戦闘に加わったら巻き添え食うぞ。ベンジャミンも相当、腕の立つ人物だが渡り合ってる奴もなかなかだ。指名手配書ブラック・リストに乗ってるかもしれねぇ。かえって邪魔になるだけだ」



 いまだに聞こえてくるのは硬い金属音がぶつかる音だけであり、戦闘が続いていることは分かる。

 しかし、それだけだ。


 今どちらが優勢なのかも、どこにいるのかすら分からない。俺にできることは熊八に言われた通り信じて待つことだけだった。



 だが、結末は意外にも早く訪れた。



 ダダンッと、音がしたほうを見ると船首の先端に黒衣の人物と向かい合うようにベンジャミンの後ろ姿が現れた。

 黒衣の人物は負傷しているのか衣服が所々、破けており顔に巻いてあるマスクも千切れて顔が見えそうだ。その点、ベンジャミンはスーツから覗く白いシャツがズボンから出ているくらいで主だった外傷は見受けられない。


 どうやら、実力は拮抗していてもベンジャミンのほうが上手のようだった。



「やれやれ。一撃で無力化するつもりがまさか、ここまで手こずらされるとは」


 崩れた服装を丁寧に直しながら、ベンジャミンはポンポンとスーツについた埃を払う仕草をしている。

 その手にはいつの間にかワイヤーのような細い糸が手袋の上からぐるぐると巻き付けられており白い手袋をしていなければ気付くことが出来なかっただろう。



「貴方の依頼主を吐けば、命だけは助けてやりましょう。三つ数える間に答えなさい。沈黙は拒否と判断します。一つ……」


 有無を言わせないベンジャミンの言及が始まった。

 マスクに覆われた顔は表情こそ読み取れないが焦りは感じ取れる。一歩後ろに後退した時、一陣の横風が吹く。

 風は黒衣の人物の顔を撫でると千切れかけていたマスクを飛ばし、今まで隠れていた素顔が明らかになった。



「お……、女!?」


 線の細い体をしているとは思っていたが、まさか女であるとは露ほども思っておらず驚く。実際、同じ目線で見ると確かに女性特有の胸の膨らみやくびれが見て取れる。別に変な意味は決してないがスタイルはいい。

 


「二つ」


 それでも止まらないベンジャミンの問いかけに更に黒衣の女は一歩退いた。しかし、その顔は何かを覚悟したかのように決意ある眼差しをしている。



「三つ」


 ベンジャミンが最後の言葉を告げると同時に女は反転し、船首から海に向かって勢いよく飛び降りた。漆黒の海に飛び込んだ女は鬼のような形相を呈し、こちらを睨みつけている。

 それは暗殺者としての矜持か。今となっては分からない。


 すぐさま駆けつけたベンジャミンは息の根を止めようと追撃を図っているが、時すでに遅く、女は大きな水しぶきと共に海の中へと消えていった。



「逃げたか。ですが、この海を泳いで逃げるなんて不可能でしょう。一先ず脅威は去りました」


 ベンジャミンは船内へと振り返り、ワックスで固めた髪を手櫛で掻き上げている。一体、どれだけ激しい戦闘が行われていたのか知る由もないが、この優秀な執事の手によって俺たちは誰一人として傷を負うことなく危機を回避することができた。いつの間にか手袋に巻かれていたワイヤーも消えており、いつもの冷静な執事として佇んでいる。


 漁夫を三人も失ったが、むしろ三人に抑えることが出来たと言うべきかもしれない。



 が、次の瞬間。


 ベンジャミンの後ろに海面から出てきたとおぼしき濡れたサハギンが船上へと飛び出してきた。

 完全に鎮圧したと思っていた場だけに、不意を突いて現れたサハギンは一瞬、早くベンジャミンの背中へと刃を向けている。



 バチィィィン



 しかし、その刃がベンジャミンに刺さることはなかった。

 攻撃を仕掛けてきたサハギンは熊八の大きな手に頭を掴まれ、ガクガクと身震いを起こし半開きの口からは泡を吹き出し痙攣している。


 ほんのついさっきまで前に立っていたはずの熊八が、一瞬のうちに船首へと移動しサハギンの頭を鷲掴みしている。

 それは、あり得ないスピードだった。

 闇夜に紛れていたわけでも、よそ見をしていたわけでもない。

 

 正真正銘、目の前に起こったことを見ていたはずなのに、その一部始終を捉えることが出来なかったのだ。これは先ほどまでのベンジャミンと黒衣の女の闘いとも違う。何故なら、姿は捉えられなくとも影は追えていたのだから。しかし熊八のそれは、もはや瞬間移動と言ってもおかしくないスピード。




「危なかったな、ベンジャミン」


 シシシと笑う熊八は痙攣したままのサハギンを持ったままベンジャミンに語り掛けた。



「有難う御座います、熊八様。ですが無用な心遣いです。何故なら……」


 そう言って、拳を握り何もない空中をキュッと閉めるように手を横に動かすと、触ってもいないサハギンの首がまるでギロチンにでも掛けられたように胴体から切り離された。



「何故なら、私の折檻は終わっていないのですから」


 不敵に笑うベンジャミンは顔に付着したサハギンの血を手袋で拭った。



「そうかい。なら、あいつはいいのか?」


 熊八が顎で海を見るよう促すと、船から離れていく魚影が見える。それは海に飛び込んだ黒衣の女と女を運ぶサハギンの姿であった。

 どんどん離れていく影は闇に紛れて見えなくなり、今から追撃することは不可能だろう。女は生きて戦線を離脱した。

 初めからサハギンは8体ではなく、10体で襲ってきていたのだ。万一の保険として、2体を海に潜ませたまま機会を伺っていた。



「フッ、まぁいいでしょう。手傷は追わせましたし、この船に私たちが乗っていることも身を以って体験したことでしょうから。それでもまた来るようならば有無を言わさず殺します」


「そりゃ怖い。もし、俺たちが任務に失敗したらお前さんは俺たちの敵になるか?」


 熊八のいたずらっ子のような顔をした問いかけに、目を細め、しばし沈黙していたベンジャミンは静かに笑った。



「御冗談を。私はブラガ様の使用人です。それ以上でも以下でもありません。任務に失敗した際の措置はブラガ様に委ねられます。まぁ、熊八様程の実力ならば失敗などあり得ませんがね」


 コツコツと甲板を歩いていくベンジャミンは残っていたサハギンの死体を海に落として回り、最後の死体を落とした後にまたも手袋をポケットから取り出し、新品のものと交換していた。

 どうやら潔癖症の節があるのか汚れた手袋は着けていたくないようである。しかし、いくつ手袋を持ち歩いているんだ?



「それはそうと、いち早く敵の侵入に気付けたのは素晴らしかったです。さすが船長ですね。仲間を失い、さぞかし辛いでしょうがこのまま任務は続行します」


「ああ、分かってるさ。俺たちは海の男。死ぬなら海の上だ」


 船長の手には珍しい形をした砂時計のようなものが握られており、それは赤く血塗られていた。



「こいつがあったおかげで気付くことができたんだ。奴は仲間を殺して安心してただろうが、俺たちの備えは万全だ」


 おそらく、あの砂時計は全ての砂が落ちると自動で回転し回転の勢いで鐘が打ち付けられる仕組みが施されていたのだ。

 前もって船員たちは砂が落ちる時間を把握し全ての砂が落ち切る前にひっくり返していたのだろう。


 しかし、侵入者によってそれが阻まれたとき、自らの声に代わって危険を仲間に知らせたのだ。



 俺たちは敵襲によって命を落とした漁夫三人を手厚く葬り、遺体袋に入れ船内奥深くへと安置した。

 最低でも10日間は船上にいることになるので、腐敗が進み遺体が痛むかもしれないがスペースの限られている船内では致し方ない。


 海に流すことも考えられたが遺族のためにも連れて帰ることが決定した。




 そうして波乱の夜を過ごした船は明朝、鋼鯨の目撃情報のあった海域に辿り着く。

 そこは全方位に幾多もの船が並び、今か今かと鋼鯨の出現を待っている船で溢れかえっていた。



 トラブルはあったが、ようやく任務を開始できる場所まで到着することができたのだ。



「それで、あとは鋼鯨が現れるまで待つのか?」


 特にすることが無いので横になって暇そうな熊八に聞いてみると、大きな欠伸をかき眠たそうな目をしながらゆっくりと頷いている。

 こればっかりは野生の生物が相手なのでどうすることもできない。天に運を任せ一日でも早く現れることを祈るばかりだ。


 そんな俺と熊八の会話を聞いていたビアンカが会話に参加してきた。



「あら、暇な時間なんてないわよ。私がこの船に乗ってるんですもの」


 ビアンカの全身から湯気のような淡いピンク色の魔力が溢れ出していた。


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