第67話 商売敵
大型のガレオン船に乗り込んだ俺たちは鋼鯨の目撃情報があった海域を目指し、沖へと進む。
出航直後、小さくなっていく陸地と果てしなく続く水平線にちゃんと戻ってこれるか不安はあったものの、朝陽を受けた海面はキラキラと輝き、早朝特有の清々しい潮風がもやもやとした気持ちを吹き飛ばしてくれる。
どこから飛んできたのか船の周りには幾多もの海鳥が平行して飛び、俺たちの船出を祝ってくれているかのようだ。
波も穏やかで船の揺れも少ない。
これなら船酔いの心配もなさそうで帆いっぱいに風を受けた帆船はスイスイ進んでいく。
「凄いな熊八! 見てみろよ! こんなにいっぱい海鳥が飛んでるぞ! ほらっ、あいつなんか触れそうだぞ!」
滑空するように飛ぶ鳥たちはカモメやウミネコのような姿をしたものが多く、やはりどれも地球のサイズより大きかった。
「こいつらは普段から漁船のおこぼれに与ってる奴らだな。こうして船の近くを飛んでれば餌を貰えると学習したんだろう。どれ、リンゴでもやってもみるか。食うかな?」
そう言って熊八はやすやすと片手で砕いたリンゴを空中にばら撒くと、程よく小さくなったリンゴを求め、我先にと飛んできたカモメが空中で上手に咥えている。
残ったリンゴが海面に落ちると、落下地点に幾羽もの鳥が集まりあっという間にリンゴが消えてしまった。
「ガハハ。こりゃ、おもしれぇな。アラタもやってみるか?」
見ているだけでも面白かったので俺もやってみる。ふと、試しにリンゴをそのまま落としたらどうなるか興味が湧いたのでハンドボールサイズのリンゴを目一杯、投げてみた。
すると待っていたと言わんばかりに狙っていた一羽のカモメが器用にリンゴをキャッチし、咥えたまま飛行する。大きなリンゴでも特に問題はないようだった。
しかし、その直後。
更なる高みから獲物を狙っているハンターがいた。
そいつはリンゴを咥えたカモメを狙い上空から一気に急降下すると鋭い鉤爪でしっかりと肉に食い込ませ、離さない。
それは隼のような姿をした鳥だった。
リンゴを食べようと夢中になっているカモメを狙う隼。思いもよらぬ形で弱肉強食を目の当たりにする。
カモメは衝撃によって羽毛を散らし、咥えていたリンゴを落とすと陸地の方角へと連れ去られていった。
日々、野生で行われている生々しい狩りを間近で目撃し俺は興奮していた。
「今の見た? 凄いの見ちゃったな! 獲物が捕食しようと狙っている瞬間を狙う。これぞ本物のハンティングだな!」
「ガッハッハ! 今、向かってるとこはこんなもんじゃ済まねぇのが毎日、行われてるぞ! 楽しみにしとけよっ!」
笑っている熊八だが笑い事じゃなくないか、それ? もしかしたら、俺たちが狩られる側になってもおかしくない。大丈夫か?
「お前らは気楽でいいな。ったく、遊びに来てんじゃねーぞ」
後ろから声を掛けられ振り返ると金髪男のジュードとその取り巻きがこちらを見てニヤニヤと笑っていた。
更に、その後ろには黒い日傘を差し腕には長い手袋をはめ、日焼け対策を万全にしたもう一人の雇われであるビアンカも立っている。
「またお前らか。よく絡んでくる奴だな。暇なのか?」
「あぁん? 星無しの雑魚がデカい口叩いてんじゃねーよ。師匠がいるから強気になってんのか?」
「なんだと? 喧嘩売ってんのはどっちだよ」
「……ふっ。まぁ、いいさ。寛大な心を持った俺様はお前みたいな弱っちい奴を相手にムキにならんさ。ただ、俺は提案しに来たんだよ」
「提案?」
いちいち相手を煽るような言い方をする金髪男は偉そうに続ける。
「周りを見てみろよ。俺たちの他に何隻もの船が見えるだろ? こいつらも鋼鯨の涙を狙ってんだ。目的地に近づけば更に密集してるだろうな。だが、その目的は様々だ。
俺たちのように雇われている者・船を持ち自主的に訪れている者・生物を保護しに来ている者・最初から船を襲うつもりの者。つまり海賊だな。
そんな敵だらけなうえに、足場は狭い船の上。いくら個々の能力が高くとも数の力には勝てない。そこでだ。俺たちも手を組まないか?」
ジュードが持ち掛けてきたのは、まさかの共闘案だった。
たしかに周りを見れば点々と、いくつか船影が見える。港にいた時でさえ多数の冒険者がいたのだ。ジュードの言っていることは間違っていないだろう。
けれど、それにはいくつか問題点がある。
「ビアンカも賛成したのか?」
俺が黙って思案していると隣の熊八が黒髪のビアンカに問いかけた。
「ええ。けれど、私は” 熊八さんも仲間になると約束させる ”ってことを条件にね」
「そういうことだ。だから、こうして頼みに来てやったって訳よ。俺は気に食わねーが、この女の能力は使えるからな」
「ちょっと、口には気をつけなさい。次、舐めた口利いたらその頭燃やすわよ」
「へいへい、分かりましたよ。この任務中だけは優しくしといてやるよ。お嬢様」
全く反省する気のないジュードにあからさまに嫌悪感を示すビアンカ。
本当にこの人たちと手を組んで連携はうまく取れるのだろうか? とっても不安だ。
俺は、熊八の意見に賛成するつもりなのでここでの決定は委ねることにする。
「手を組んだとして報酬の取り分はどうすんだ? 俺は自分たちが食べる分とブラガに渡す分だけあればいい。金に興味はねぇ」
「おいおい、マジかよ。1kg10Pだぞ? せっかく大金が手に入るチャンスなのに自分で食うつもりかよ?」
呆れた様に笑うジュードと取り巻きは馬鹿にしてくるかのようだが、熊八は一緒に笑っていた。
「ガッハッハ! こんな機会、滅多にねぇからな! 金に換えるなんて勿体ねぇだろ? 俺は手を組んでもいいぞ。ただし、獲得したものはきっちり三等分すること。その後は好きにすればいい」
「よぉし! 決まりだ! これでビアンカも文句ないよな!」
「ええ。頑張りましょ、熊八さん」
またしてもビアンカは熊八だけに笑顔を見せ、ジュードと俺は存在すらしていないかのように振る舞う。ジュードは憤っていたが取り合うだけ無駄だと悟ったのか、一しきり騒いだのちに静かになった。
早朝、出発した船は順調に航海しすでに半日が過ぎていた。
照り付ける太陽は真上に昇り、風は西風。
現在、この船に乗り組んでいる人員は熊八と俺。ジュードとその取り巻き2人。ビアンカ。ブラガの執事で御目付役のベンジャミン。漁夫8人、船医1人の計16人が乗っている。
食料と水も余裕をもたせて20人前を20日間分、積載している。
漁夫に聞いたところ目的地までは何事もなければ一日でつくという。それまで俺たちにすることはなくただ乗っていればいいとのこと。
それぞれ思い思いの時間を過ごす中、暇を持て余した俺は船内を見て回り、手の空いている漁夫と話して仲良くなっていた。
船員達はジュード一行と違って気立てが良く、船の仕組みや天気の読み方などを快く教えてくれる。
そして、この船に料理人は乗っておらず食事は支給されたものを各自で勝手に食べるよう言われていたので簡素なキッチンを借りて食事の際には俺と熊八が調理を担当することにした。
しかし調理といっても火や水に限りがあるので陸地と同じようにはいかない。
急ごしらえのランチなので、大したものは作れなかったがそれでも形にすることは出来た。即興での調理も熊八の得意分野である。
本日のランチメニューは以下の通り。
・トマトとバジルのカプレーゼ
・サラミソーセージの炙り
・白身魚のカルパッチョ
・ライ麦パン
・牛ヒレ肉のステーキ
・青りんご
飲み物は配給分を各自に任せることにした。
「美味しい! まさか熊八さんがあの” 海熊亭 ”の主人だなんて知らなかったわ! 私、これまでに何度も食べに伺ってるんですよ!」
全員にランチを振る舞うと、今まで本を読むばかりで静かだったビアンカが目を見開いて驚いていた。
他の乗組員も満足しているのか料理を残すものは誰もいない。
「そうかい。そりゃ、ありがてぇな」
「まさか、こんなところで海熊亭の味を味わえるなんて思ってもみなかったわ。あっ、お金を支払ったほうがいいかしら?」
「いらねぇよ。俺たちが食うついでに作ってるだけだ。その代り、全員分の食料は俺が管理するからな。勝手に食うんじゃねぇぞ」
今しがた食べた料理に誰も文句はないようで反論するものは誰もいないどころか、逆にお願いされるほど好評だった。
そうして、時間は過ぎていきトラブルが起きることもなく船は進む。
その日の夜までは──。