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新たな新世界へ  作者: 先生きのこ
第二章  導かれる運命
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第66話  出航

「お前、正気かっ!?」


 俺が魔力を故意に使ったことがないと聞いて驚いている面々のうち、真っ先に反応したのは依頼を受けに来たであろう男の冒険者だった。

 その男はワックスでも付けているのか、金髪ツンツン頭で見た目は若い。おそらく20代前半だろう。下は迷彩柄のズボンを穿きタンクトップから覗く腕がよく鍛えられており、引き締まった体をしている。



「依頼書見てこなかったのかよ!? この任務がAランク任務って分かってんのか? 三ツ星(トリプル)の冒険者でさえ命を落とす危険があるってのに一度も魔力を使ったことが無いだとぉ? 舐めてんのか、クソ野郎!!」


 立ち上がり、俺を睨みつけながら怒号を飛ばしてきた男は苛立ちを隠すことなく全面に押し出し威圧してくる。正直、滅茶苦茶怖かったが、そんなことを言われても俺はどうすることもできないので黙っていることしかできない。



「馬鹿ね。そんなことどうでもいいのよ。問題はなぜ、魔力を使ったこともない人物をここに連れてきたかってことなのよ」


「あぁん!?」



 先程まで我関せずの姿勢を貫いていた窓辺に佇む物静かな女性は、本を開いたまま熊八を見て問いかけてくる。

 その姿は肩に掛かる程度の黒髪ストレート、縁の無いタイプの眼鏡をかけ体の線は細い。フリルのついた紺色のロングスカートを穿き、落ち着いた雰囲気と見た目で歳はそこそこいっていることだろう。



「まぁ、落ち着けって。依頼を受けるのは俺であってこいつじゃねぇ。さっきも言ったがこいつは俺の弟子だ。俺が必要だと思ったから連れてきた。何も問題ねぇだろ?」


「弟子も弟子なら師も師だな! はっきり言ってこんな奴、足手まといにしかならねーよ! おいっ、ブラガ! こんな奴に依頼を受けさせる訳ねーよな!」



 乱暴な言葉遣いのツンツン頭の金髪男は依頼主であるブラガを問いただすと両隣にいた執事が眉をしかめて一歩前に、出てくる。

 それを制止するように手を前にかざすブラガはクッキーを摘みながら静かに笑っていた。



「私の要求は鋼鯨の涙を届けてくれる冒険者であって、星やランクは関係ない♪ そんなことより、話を先に進めたいのだがね♬」


 依頼主の要求に反論する気はないのか男は渋々、ソファーに座り込むと腕を組みながら汚い言葉を呟いていた。 



「よろしい♪ では、ルーイ♪ 正式に依頼を頼む冒険者の方々に詳しい説明を♬」


「はい、御主人様」


 ルーイと呼ばれた執事は魔力符を片手に粛々と依頼の詳細を述べ始めた。



「ここまで4つのトラップを回避し、辿り着くことのできた皆様にはブラガ様の依頼を受ける実力を有していると判断し、御説明致します。


 今回の目標ターゲットは<鋼鯨の涙>の採取です。ご存知の通り、鋼鯨は第弐種絶滅危惧種に指定されている生物であり対象を傷つけることは禁止されております。稀少生物であり出産時故、他の冒険者や海賊・騎士団の介入も十分考えられる為、くれぐれもご注意を。


 目標ターゲットは近日中にミーティア近海まで回遊することが予想され、海上までの移動手段はこちらで用意致します。出発は明朝6時。各々、必要なものがあるならば本日中に私どもにお知らせ下さい。可能な限りご用意させて頂きます。

 

 依頼を達成するまで陸に戻ることはありませんのでそのおつもりで。報酬は完全歩合制を採用し1kgにつき10プラと交換致します。


 依頼中に負傷した怪我、死亡に関して我々は一切の責任を問いません。たとえ、任務中に怪我をした場合でも任務を優先し治療は船上で行います。


 以上のことを踏まえ、依頼を受諾するならば誓約書にサインをお願い致します。何か質問は御座いますか?」



 淡々と依頼内容を話す執事は抑揚のない話し声で一気に説明を終えるとすぐに妙齢の女性が手を上げる。



「船上での期間は最高何日の予定?」


「鋼鯨が出産を終え、外海に帰るまでのおよそ10日間です」


「任務に失敗したときの代償は?」


「違約金を支払って頂きます」


「それだけ? 他には何もないの?」


「もちろんです」


「それと、さっき罠は4つって言ってたけど私の勘違いでなければ「庭の薔薇」「不可思議な扉」「紫養燕樹パープルスワロー」の3つだと思うんだけど他にもまだあったの?」


「ええ、皆様がこの屋敷の門番に辿り着くまでが第一のトラップです。皆様がここに到着されるまでにいくつかの屋敷を見てきたことと思いますが、それら全てはブラガ様の所有物です。この本命の屋敷に辿り着くまで秘密裏に偽の屋敷に誘導し見抜けなかった者たちは不合格としておりました」


「そう。だから可笑しな気配があったのね。……分かったわ。私は引き受ける。それと私が指示するものを必ず用意して。いい? 必ずよ」


「畏まりました。では、ここにサインと荷物のリストを。他の方は宜しいですか?」



 黒髪の女性と執事のやり取りを見ていた俺は驚くべき事実を知った。

 まず、ブラガの屋敷と思っていたどデカい屋敷の他にこの辺一帯全ての建物がブラガの所有物であるということ。次に屋敷に辿り着く前にすでに試されていたこと。

 俺はそのことに全く気付くことなく呑気に進んでいた。熊八がどうだったのか気になりこっそり耳打ちして聞いてみる。



「熊八は気付いてたのか?」


「ん? おう、知ってたぜ。干渉タイプの能力者は能力を発動すると独特の気配があるからな。なんつーか、じっとりとした視線や空気が重くなるような感覚だな」


「マジか……」


 俺は違和感に気付くことも出来ず、相手のTYPEも把握できていなかった。だからここまで人が少なかったのか……。もし、俺だけだったならば屋敷に辿り着くことさえ出来なかっただろう。本当に俺のような駆け出しがここに居ていいのか不安になる。

 


「俺からも一つ質問。依頼を受けるのは俺だが、他に仲間を連れて行ってもいいんだよな? でなきゃ、そこの命知らずな奴等も乗船できねーだろ?」


 金髪男は腕を組みながら質問し、こちらを馬鹿にしたような目つきで見てくる。



「構いません。ただ、乗船できる人数は3人までとさせて頂きます。それ以上、連れていきたい場合は個人で船を用意して下さい」


「OK。問題ねー、俺も依頼を受けるぜ」


 金髪ツンツン男はすらすらとサインをして執事に羊皮紙を渡している。残るは俺たちだけとなった。



「アラタ、もしお前さんが嫌なら俺は止めても構わねぇぞ。思ってた以上に危険な任務になりそうだ」


 そう優しく言ってくれる熊八だが、ここで尻込みしていたら冒険者の端くれとしてダメな気がしてくる。生前の体の持ち主の感覚が残っているかのように俺を後押しし、根拠の無い自信が込み上げてくる。



「大丈夫さ。これでも俺は熊八の弟子なんだ。俺の夢のためにも連れて行ってくれ!」


「うっし! 分かった! そうと決まれば善は急げだ。さっさとサインして荷造りするぞ」


「おう!」



 その後、俺と熊八も誓約書にサインし結果的にこの部屋にいる全ての冒険者が依頼を受諾した。

 説明を受けた後は解散となり部屋を出ようと立ち上がったとき、ブラガが最後の言葉を投げかけてくる。



「諸君の健闘を祈っているよ♪ くれぐれも私を失望させないでくれ給え♬ でないと……♪」


 目を線のように細め、クツクツと不気味に笑うブラガは気味の悪い気配を放っていた。それは、魔力の知識に乏しい俺でさえも容易に感じ取れる気持ち悪さだった。

 


「本当に……、楽しみだねぇ♪」


 背中越しに聞こえてきた声が不気味に響き、失敗は許されないかのようなプレッシャーが重く肩に圧し掛かった。


 


 扉の向こうには綺麗に手入れを施した庭園が広がっており、若い執事の姿はなかった。

 入城したときとは違い薔薇のトラップも作動せず、すんなり入り口まで辿り着き門を出る。ここには門番が二人いるばかりで、スーツを着た執事はいない。


 今の俺ではどの人物がどの能力を使用していたかは分からないが、おそらく出会った執事の能力なのは間違いないだろう。

 星無しの俺が挑むには早すぎるAランク任務が始まろうとしていた。




 ギルドに戻ってきた俺たちは帰るなりハルシアの質問攻めと「 なんて無茶なことを 」や「 命知らず 」「 信じられない 」「 団長に挨拶に行ったんじゃないの!? 」など散々、文句を言われてしまった。

 それでもハルシアに鋼鯨の涙を御馳走すると約束して、ようやく怒りを鎮めてくれた。

 

 任務中の食堂はハルシアと猫たちに任せることにし、俺たちは明日の任務のため今日は早めに帰ることにした。ちなみに本日も熊八の家にお邪魔している。



 翌日。



 簡単に荷造りを済ませた熊八と一緒に薄暗い空模様のなか港に来ていた。空は薄暗いが、雲はなく水平線の向こうは茜色に色づいていた。

 俺は特に私物はなく……、というより何も私物を持っていないので手ぶらだ。

 

 

 港にはすでにたくさんの人だかりが出来ており、早朝だというのに賑わっている。

 その中には漁師にはとても見えない出で立ちをした者や、得体のしれない鳥と猫が合体したような巨大な獣を連れているものもいる。


 港に泊めてある船も多数並び、大型船や小型船。高く積まれた木箱や樽。人とは違う亜人や獣人がそこかしこで船に乗り込み、次々に海へと出ていく。



「こいつら皆、鋼鯨の涙を狙ってる輩ばかりだな」


 朝食代わりに市場で買ったリンゴを齧って腹の足しにしている俺と熊八は、いそいそと働く人々を見る。

 獲物を狙うライバルの多さに気持ちが引き締まり、これだけ多くの商売敵を相手にして目標を獲得するのは骨が折れそうだ。

 そもそも鋼鯨の胎盤がどれだけの大きさなのか分からないので取り合いになることは免れないだろう。



「お前らホントに来たのかよ?」


 後ろから声を掛けてきた人物は昨日、屋敷で出会った生意気な金髪ツンツン頭だった。

 その後ろには2人の仲間らしき人物を連れている。類は友を呼ぶのか、可笑しな色と髪型をした仲間はニヤニヤと挑発してくるような笑みを浮かべながら見てくるので頭にくるが、依頼前に面倒事を起こしたくはないのでシカトを決め込む。



「おう、おはようさん。飯食ったか? リンゴ食う?」


 熊八は全く意に介していないのか買ったばかりのリンゴを勧めていた。



「ハハ、呑気な野郎だぜ、全く。これが最後の食事にならねぇよう俺等がとっとと依頼を完了してやるからよぉ、感謝するんだな」


 熊八から受け取ったリンゴを齧り咀嚼している。

 リンゴは貰うんだな。腹減ってたのか。朝、早いから仕方ないか。うん。



「俺は三ツ星(トリプル)のジュードだ。せいぜい、俺の邪魔にならないよう隅っこにでも隠れてるんだな」


「おう、俺は熊八。こっちは弟子のアラタだ」


「知ってるっつーの。昨日聞いただろが」


「そうかい。ところで、もう一人の女は? 寝坊か?」


「俺が知るかよ! てめぇ舐めてんのか!?」


「まぁ、そうカッカするなよ。ほら、リンゴやるから」


 怒るジュードをのらりくらりと躱す熊八は遊んでいるようだった。

 それでもリンゴは食べるのか、もう一つ受け取って齧っている。やっぱ腹減ってたんだな。



「私ならここにいるけど」


 頭上から声が聞こえたので見上げてみると、どデカい船上からこちらを見下ろすように昨日の女性が立っていた。



「あんまり遅いから来ないかと思ってたわ」


「んだと、コラァ! てめぇ降りてこいや!」


「嫌よ。用があるならあんたが昇ってきなさいよ。返り討ちにしてあげるから」


 火に油を注ぐような問答を繰り返すジュードは仲間と一緒に汚い言葉で女性を罵っていた。けれど相手にされず、それ以降は顔も向けてはくれなかった。 



「お前さんはなんて名なんだ? 俺は熊八。こっちは弟子のアラタだ」


 新しいリンゴを齧りながら船上の女性に問いかけた熊八はシャリシャリと芯までリンゴを食べている。



「ビアンカ。私の名前はビアンカよ」


 それまでジュードの言葉に無視を決め込んでいたビアンカは熊八の質問には答えてくれた。

 そのことで余計に五月蠅くなったジュード一行がやかましい。



「ビアンカ。いい名じゃねぇか。よろしくなビアンカ!」


「……よろしく」


「ビアンカ、リンゴ食うか? ほれっ」


 シシシと笑う熊八はポイッと軽くリンゴを投げると船上のビアンカは空中でキャッチした。



「ありがと、熊八さん。貴方には期待してるわ。二人で一緒に頑張りましょ」


「んだと、コラァ! 俺はどこいったんだよ、オイ! 聞いてんのか!」



 どうやらジュードの声は完全無視を決め込んだようでツンとした表情でそっぽを向いている。

 ビアンカに俺も戦力として見られていないようで悲しいが事実なので仕方がない。この依頼中で見返すことができればいいけど。




「皆様、お揃いのようですね」


 いつの間にか隣に立ち声を掛けてきたのはブラガの屋敷で門にいた男性の執事だった。

 今日もビシッとスーツを着ており、その姿が様になっている。



「時間になりましたので船内へとお入り下さい。私が今回の依頼に同行させて頂きます、ベンジャミンと申します。以後、お見知りおきを」


 礼儀正しく頭を下げる執事のベンジャミンはその所作にも気品が漂い、惚れ惚れしてしまう。



「おう、よろしくな! 俺は熊八。こっちは弟子のアラタだ」


 本日、三回目の自己紹介を終えた熊八はお辞儀を返している。それに倣い、俺もお辞儀する。


 

「存じております。熊八様。さ、すぐに出航致しますので船内へ。鋼鯨の海域へはこちらのブラガ様の船で向かいます」


 執事が案内した船は大きなガレオン船で四本の帆柱、細長い船体、船首楼と船尾楼が低く設計され船体からは大砲用の空洞が空いている。

 それは昔、教科書で見たペリーの黒船にそっくりであった。



 執事の後を付いて船内へと続く梯子を渡り、俺は初めてガレオン船に乗り込む。

 地球にいた頃、数えるほどだが船に乗った経験があるが、ガレオン船に乗るなんてそうあることじゃない。俺はこれから起こる事態を知らずにワクワクしていた。



 全員が乗り込んだことを確認した執事は船長に頷きかけ船はゆっくりと動き出す。

 船の乗組員は執事とは違うらしく、皆白いシャツを着て海の男らしい筋肉と小麦色に焼けた肌を惜しげもなく見せつけてくる。



 そして、俺たちを乗せた船は鋼鯨の涙獲得を目指し、出航した。



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