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新たな新世界へ  作者: 先生きのこ
第二章  導かれる運命
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第63話  ブラガの罠

 若い女性の執事はさっさと自分の役割を果たしてしまおうとしているのか、羊皮紙に書かれた内容を口早に述べ始めた。



『我が屋敷へようこそ、冒険者諸君。まず、手荒な真似をしたことを謝りたい。申し訳なかった。

 だが、どうか御理解頂きたい。私はこれでも一代で事業を成功させ、幾何いくばくかの財を保有している。

 しかし、金が増えていくごとにまた敵も増えた。

 臆病者の私は自分の身、可愛さから人を疑い避けるようになってしまった。


 けれど、そんな乾いた私の心を潤すたった一つの楽しみが” 食 ”である。今回、冒険者の君たちに依頼したいのは他でもない、未知なる珍味を私に届けてほしいからだ。


 だが御存じの通り<鋼鯨の涙>は超高級稀少食材で市場に出回ることもなく幻の食材と言われている。私はこのチャンスを逃したくはない。

 そんな貴重な食材を手に入れるには優秀な能力を持った冒険者に依頼する他ないだろう。

 

 例えば、私の用意したトラップを難なく回避できる程度にはね。


 正式な依頼を受けるつもりのある者だけ屋敷の奥へと進み、私のいる部屋まで来てほしい。それが、私の依頼を受ける条件だ。

 報酬は相応のものを支払うことを約束しよう。


 依頼を受ける気がないものはここで引き返すことを強くお勧めする。これから先は危険を伴うということを忠告しておく。

 

 一人でも多く私のところまでたどり着けることを期待している。


                                        屋敷主 ブラガ』

 

 羊皮紙に書かれている内容を読み終わった執事はクルクルと羊皮紙を丸めていき、筒に入れたあと懐に仕舞う。

 

 

「以上が御主人様から仰せ遣った内容となります。依頼を受けるならば屋敷内へとお進み下さい。それともお帰りになりますか? その際は魔力符をお渡しの上、左手に進んだところにあります出口からお帰り下さい」

 

 熊八がいなければ屋敷内に入ることも出来なかったであろう俺に決定権はないので何も言わずに熊八を見る。

 


「もちろん依頼は受ける。そんで、その御主人様はどこにいるんだ?」


「お答えできません」


「はいはい、自分で探せってことね。でも屋敷の中を勝手にうろついてもいいのか?」


「御主人様のお許しは出ております」


「そうかい、なら遠慮なく調べさせてもらおうか。行くぞ、アラタ」


「ああ」


 若い執事を残して屋敷内へと進んでいく熊八について俺も進む。その場から離れようとしたとき、後ろから執事が言葉を投げかけてくる。



「お帰りの際は私にお申し付け下さい。ここでお待ちしておりますので」


「心配には及ばねぇよ。ブラガに会うまで帰る気はねぇからな」



 一礼する執事を残し俺たちは主であるブラガを探す。

 どうやら、このだだっ広い屋敷のどこかに隠れていて探し当てれば依頼を受けることができるようだった。


 なんか思ってたより面白そうだ。

 人ん家を物色するのって、どこか背徳感がありながらもワクワクするんだよな~。初めて友達の家に遊びに行く感覚に近いかも。 



 前を行く熊八はまるで確信があるかのように、ずんずん歩いていき目の前の大階段を昇っていく。

 何か当てがあるのだろうか?



「なぁ熊八、そんな不用心に進んで大丈夫なのか? 執事もトラップがあるって言ってただろ? もう少し慎重に進まないと……」


「なぁに心配すんな。いざって時は俺が何とかする。それよか、お前さんも何か違和感に気が付いたら教えてくれよ」


「そりゃ言うけどさ……。俺は熊八と違って魔力も使えないんだから」


「ヤバいと思ったら引き返せばいい。それまではブラガのかくれんぼに付き合ってやろうじゃねぇか」

   

 どこか腑に落ちないが熊八がそう言うならいいか。

 実際、これまで何度も助けてもらっているので信頼してるし俺自身も楽しんでるふしがある。



 レッドカーペットが敷かれた階段を昇り切った先に大きな両開きの扉がある。

 その両脇には赤い炎を揺らめかせる燭台が掛けられ、うっすらと影を落としている。



「まずは、ここから行ってみるか」


 両手で押すように扉を開いていく熊八。

 重さがあるのかゆっくりと開いていき、扉の先が目に入る。


 そこは大ホールであり、社交場に使われているのか高い屋根からぶら下がる豪奢なシャンデリアと解放感溢れる空間が広がっていた。

 家具や机などは一切置かれておらず、ステンドグラスから差し込む色鮮やかな陽の光が地面を照らしている。


 

「ここには、いねぇみたいだな」


 ホールの中ほどまで進み辺りを見回してみたがおかしなところは何もなく、映画に出てくるような豪華な装飾が彫られた支柱や煌く額縁に入れられた不思議な絵画が壁に飾ってあるのみだった。

 


「あの言付けを残しておいて、そんな簡単に見つかるわけもないけどな。つーか、熊八はなにか当てがあるんじゃないのか? やけに自信ありげだったじゃないか」


「んなもんねぇよ。ただの勘だ。偉いやつなら高いとこが好きかと思ってな」


 なんだその理屈は。いい加減にも程がある。煙じゃないんだから全く。



「当てずっぽうかよ。これじゃ、先が思いやられるな」


 俺が愚痴ったその時、急に熊八が振り向くと鬼気迫る表情で勢いよく走り迫ってきた。そのあまりの剣幕に俺はビビッてしまう。


 ヤベ、怒らせちまった!? 体当たりされるっ!?


 咄嗟に身を強張らせた俺の顔はきっと恐怖に引き吊っていただろう。

 


「ごめん! ごめん! ごめん! 冗談だって! 本気にしないで!!」


 まさに、山で熊に出くわしたかのような恐怖を感じ腰が引けてしまう。

 だが聞こえてきた声は全く予想とは違うものだった。



「上だ! 避けろ!」


 上? なんだ?

 言われた通り上を見上げると俺の頭上には、さっきまで吊り上げられていた特大のシャンデリアがもの凄いスピードで落ちてきていた。


 

「うあああああああああああ!!!」


 ガッッシャァァァァンンッ



 固い金属やガラスの割れる音が大音量でホールに響き渡り、粉々に砕けたガラス片がパラパラと散らばっていく。

 

 俺は熊八にタックルされるように押し出され間一髪のところでシャンデリアの落下地点から外れていた。


 倒れこむ俺たちの後ろでは、大理石を嵌め込まれた固い床に落下したシャンデリアの変わり果てた姿があった。その自重によって基礎はひしゃげ、もはや原型を留めておらず蝋燭に付いていた火が辺りに焦げ跡を残している。



「大丈夫か?」


「あ、ああ。ありがとう。また助けられちまったな」


 熊八に手を借りて立ち上がり、シャンデリアが吊るされていた天井を見ると吊り上げていた鉄のロープが切れている。

 そして、そこにはロープを切ったであろう原因も残っていた。



 それは、まさにクルミ割り人形だった。


 貴族や王様が着ているかのような派手な装飾が付いた真っ赤な服に白いパンツ。その頭には金の王冠をかぶり黒いベルトとブーツを履いている。

 王冠からはみ出る真っ白な頭髪と顎ヒゲ。描かれた太い眉と鼻の下の黒ヒゲ、日焼けした鼻に青い目。


 何よりも、口端から顎まで切れ目が入れられ剥き出しの歯が印象的だった。


 

 クルミ割り人形の姿をしたそれは片手でロープを掴みもう片方の手には鉈のような刃物を持ったまま俺たちを見下ろしていた。



「……な、んだありゃ……」


 俺たちが凝視していると突如、カタカタと顎を上下に動きかしながら首を左右に振り、声こそ出ていなかったが笑っているかのようだった。

 無表情な上に無機質に動くその姿は気味が悪く、背筋が凍る思いだ。



「クソ気持わりぃ……。今更、人形が動いていても驚きはしないけど、あいつがシャンデリア落としたんだよな?」


「だろうな。あれが執事の言っていたトラップの一つなんだろう。気を抜くなよ」


 言われた通り、警戒心を高め集中する。

 さっきは気付くことができなかったが、気を引き締めかからねば。相手は正気の沙汰じゃない。熊八に助けてもらわなかったら今頃、死んでいたかもしれない。そう思うと、じっとりと嫌な汗が背中を伝っていく。



 膠着状態が続いた睨み合いはクルミ割り人形がロープを伝って上に登り始めたことで終わりを告げる。

 次の瞬間には熊八が飛び上がり、20mはあろう高さまでジャンプしていた。



「おいおい、なんてジャンプ力だよ……」


 人形もまさかこの高さまで跳躍してくるとは思っていなかったのか一瞬、動きが遅く熊八に両手を押さえつけられるように鷲掴みされていた。

 


 地面に降りてきた熊八は骨折している様子もないどころか痛がる素振りも見せない。

 全くもって鍛え方が違うな。


 その右手には2リットルのペットボトルほどの大きさの頭でっかちなクルミ割り人形がしっかりと拘束されていた。



「結構、デカいな。近くで見ると余計に気持わりぃ」


「あのまま逃がすわけにはいかねぇからな。とっ捕まえてやった」


「流石だな。素直に感心するよ」



 身動きの取れない人形は頭を振りながらカチカチと顎を開閉させ威嚇行動を取っている。

 きっと指を噛まれたら切断されるかもしれない。なんせ普通の人形でもクルミを割るくらいだからな。不用意に近づくのはやめておこう。



「どうするんだ、それ?」


「何か情報が引き出せるなら活用するし、何もないなら破壊する。また殺されかけるのは御免だしな」


「確かにな。けど、そいつ話せないんだろ?」


「体に聞いてみりゃいいさ」


 熊八はそう言って人形に問いかける。



「ブラガはどこだ? 居場所を教えたら解放してやる」


 だが、先ほどまで抵抗していた人形の動きが熊八の質問によってピタリと止まった。



「ガハハ、どうやら聞く耳は持ってるようだぞ」


「ホントだな。馬鹿な奴め」


 聞こえていても黙って抵抗してりゃいいものを。今のでこいつを操っている者に情報が筒抜けだってことが分かったぞ。意外と抜け道がありそうだな。



「そんで、ブラガはどこだ? この部屋にいるなら1回頷け。別の部屋なら2回頷け」


 しかし熊八の問いかけに一切、反応しないどころか本当の人形のように動かなくなってしまった。



「だんまりを決め込むのか? それもいいさ、けどお前さんの人形はどうなっても知らねぇがな。もう一度聞く。ブラガはこの部屋にいるのか? これが最後だ。心して答えろ」


 すると、人形は僅かに首を動かしゆっくりと口を開いた。



「……キ………。」


「お? 話すこともできるのか? 言ってみな」


「ギャャャャャャャァァァァァァッァァアァァァァァアアァアァ!!!!!」



 突然、けたたましい大声で叫び始めた人形はまるで断末魔のように声を荒げた。

 そのあまりの声量にホールはおろか部屋の外まで響いたことだろう。近くにいた俺たちは耳をつんざかれた。


 

 バキッッ


「ャャャァァァッッ…ア!………」


 あまりの五月蠅さに熊八は人形を握り潰していた。潰された体は粉々に砕け、もげた手足がパラパラと地面に落ち、首から落ちて転がる頭を足で踏んづけた。



「一体、何だったんだ? クソ、耳鳴りがする」


「分かんねぇが、とにかくここにブラガはいないみてぇだし他の部屋を探しにいくぞ」


 そうして俺たちは入ってきた入り口とは別の反対方向にある扉に向かい歩いていく。

 無駄に広いこの屋敷はどこまでいけば突き当りの部屋にたどり着くか分からないが、真っ直ぐ進めばいつかは角部屋に付くだろう。

 時間はかかるが、一番確実な方法だ。



 警戒しつつ、ゆっくりと扉を開き奥の部屋を覗いてみる。

 そこで俺たちは気が付いた。



 この屋敷の異常性を──。

 ブラガの趣味の悪さを──。



 覗いた扉を進むとそこは一番最初に屋敷に入った時の一階のエントランスホールだった。

 


「おや? これはこれは、ギルドGGGの熊八様ではありませんか。こちらにいらしたということはお帰りですか?」


 女性の若い執事は満面の笑みでそう告げた。



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